No | 215337 | |
著者(漢字) | 鍔本,義治 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ツバモト,ヨシハル | |
標題(和) | Hexamminecobalt(III) chloride のインスリン分泌阻害作用に関する研究 : インスリン分泌阻害作用の発見と阻害機構の解析 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 215337 | |
報告番号 | 乙15337 | |
学位授与日 | 2002.04.24 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 第15337号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | インスリン分泌不全は2型糖尿病の原因となる遺伝因子の一つであり、他の遺伝因子や環境因子と重なることによって2型糖尿病を引き起こす。このため、グルコース応答性インスリン分泌機構やその異常を明らかにすることは糖尿病の成因や病態の解明に大きな手がかりを与えると考えられる。膵β細胞におけるグルコース応答性インスリン分泌経路では、まず膵β細胞に取り込まれたグルコースが代謝され、ATPが生成してATP感受性K+チャネル(KATPチャネル)が閉鎖する。その結果、細胞膜の脱分極が起きて電位依存性のCa2+チャネル(VDCC)が開口し、細胞外Ca2+が細胞内に流入する。この細胞質Ca2+濃度の上昇が最終的な引き金となってインスリンの開口放出が起こる。従って、グルコース代謝阻害によるATP生成の阻害や、Ca2+チャネル阻害による細胞外Ca2+流入の阻害等は、結果としてグルコース応答性インスリン分泌を抑制する。グルコース代謝からインスリン分泌に至る過程をそれぞれ固有の段階で阻害する阻害剤はこれまでに多くの研究で使用され、グルコース応答性インスリン分泌経路の詳細な解明に大きく貢献してきた。 最近、β細胞にグルコース刺激が与えられると、ミトコンドリアCa2+濃度が細胞質Ca2+濃度の上昇と共に上昇し、インスリン分泌に何らかの関与をすることが報告された。このミトコンドリアCa2+濃度変化のグルコース応答性インスリン分泌における意義を検討する手段として有効な道具となる阻害剤を探索する過程で、Hexamminecobalt(III)(HAC)chlorideが膵島からのグルコース応答性インスリン分泌に対する強力な阻害作用を有することを見出した。HACは22.2mMグルコース刺激による単離マウス膵島からのインスリン分泌を濃度依存的に抑制し、その抑制率は2mM HAC添加時で約90%であった。さらに、HACのグルコース応答性インスリン分泌抑制作用をperifusion法により検討した結果から、2mM HACはグルコース応答性インスリン分泌の第一相を約80%、第二相についてはほぼ完全に抑制することが明らかになった。ここで灌流派からHACを除くと、直ちにインスリン分泌の回復が起こり、対照群を超える一過性の分泌ピークを示した後に対照群と同等のインスリン分泌量に回復して、HACによるインスリン分泌阻害作用が可逆的であることが示された。これらのグルコース応答性インスリン分泌に対する阻害作用とは対照的に、HACはインスリンの基礎分泌に対して有意な抑制作用を示さず、HACの作用がグルコース等の刺激に応答したインスリン分泌経路に特異的であることが示唆された。 HACのグルコース応答性インスリン分泌阻害作用の作用機序を解明するため、まずグルコース代謝によるATP合成経路に対するHACの作用を検討した。その結果、HACはグルコース刺激時のD-[6-14C]glucose酸化亢進、細胞内NAD(P)H濃度上昇、ミトコンドリア内膜電位の過分極、及び細胞内ATP含量増加を阻害せず、HACのグルコース応答性インスリン分泌阻害作用がグルコース代謝からATP合成に至る過程の阻害に起因しないことが明らかになった。さらに、インスリン分泌に直接影響する細胞内Ca2+の変動に対するHACの作用を検討した結果、HACはグルコース刺激時の細胞膜の活動電位、L型Ca2+チャネル経由のCa2+電流、細胞質Ca2+濃度の上昇、及びミトコンドリア内Ca2+濃度の上昇についても阻害作用を示さなかった。これらのグルコース応答性インスリン分泌経路の主要な要素に影響を与えない一方で、HACはKC1を用いた脱分極刺激と、細胞外Ca2+非存在下でのmastoparan刺激によるインスリン分泌に対しても共に阻害作用を示した。これらの結果は、HACのグルコース応答性インスリン分泌に対する阻害作用の作用点が細胞内Ca2+濃度の上昇より先の段階に存在することを示唆するものであった。特に、HACがグルコース及びKC1刺激によるCa2+依存性のインスリン分泌と、mastoparan刺激によるGTP結合蛋白質を介したCa2+非依存性のインスリン分泌を共に阻害したことは、HACのインスリン分泌阻害作用が、Ca2+依存、Ca2+非依存両経路共通の、開口放出自体かまたは開口放出にごく近い段階で作用していることを示唆している。またHACは、cAMP-dependent protein kinaseの活性化、或いはcAMPセンサーとの結合を介し、KATPチャネル非依存的な経路でインスリンの開口放出に作用するcAMPのインスリン分泌促進作用に対しても阻害作用を示し、この結果からもHACの開口放出過程周辺への作用が示唆された。 β細胞におけるインスリンの開口放出の過程においては、神経伝達物質の分泌の場合と同様に、SNARE複合体と呼ばれる複合体が形成・解離して、膜の融合過程を調節している。このため、botulinum toxinによるSNARE複合体構成蛋白質の非可逆的な切断は、結果としてグルコース応答性インスリン分泌を抑制する。グルコース応答性インスリン分泌に伴うSNARE複合体の形成・解離に対するHACの作用を共免疫沈降法により検討した結果、HACは非刺激時のSNARE複合体の量には影響を与えず、グルコース刺激に伴う複合体の減少を阻害することが明らかになった。この結果は、HACがSNARE複合体の形成については阻害せず、グルコース刺激によるSNARE複合体の解離を特異的に抑制することを示している。共免疫沈降法により検出されるSNARE複合体の増減は、細胞膜内面に結合した分泌顆粒の増減を反映しているため、HACを用いたSNARE複合体の共免疫沈降実験の結果は、HACが分泌顆粒の細胞膜内面への結合は阻害せず、結合以降の開口放出過程に作用していることを示している。これらの結果から、HACの作用点は開口放出における膜の融合及びSNARE複合体の解離過程そのものか、または、膜の融合及びSNARE複合体の解離の引き金となる経路にあると考えられた。 これまでに報告されているインスリン開口放出過程の特異的な阻害剤は、SNARE複合体に対する特異抗体を除けば、SNARE複合体構成蛋白質を非可逆的に切断するbotulinum toxinのみであった。これらの作用とは対照的にHACの作用は可逆的であり、低分子、水溶性でもあるため、HACはβ細胞におけるインスリンの開口放出過程を研究する上での有用な道具となり、開口放出過程に関する知見を飛躍的に進展させる可能性がある。インスリン分泌に対して特異な阻害作用を示すHACに関する研究は、グルコース応答性インスリン分泌機構の詳細な解析に貢献することが期待される。 | |
審査要旨 | 本研究はhexamminecobalt(III)(HAC)chlorideが膵島からのグルコース応答性インスリン分泌に対する強力な阻害作用を有することを見出し、その作用機序の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1.HACは22.2mMグルコース刺激による単離マウス膵島からのインスリン分泌を濃度依存的に抑制し、その抑制率は2Mm HAC添加時で約90%であった。さらに、perifusion法により検討した結果から、2mM HACはグルコース応答性インスリン分泌の第一相を約80%、第二相についてはほぼ完全に抑制することが明らかになった。ここで灌流派からHACを除くと、直ちにインスリン分泌の回復が起こり、対照群を超える一過性の分泌ピークを示した後に対照群と同等のインスリン分泌量に回復して、HACによるインスリン分泌阻害作用が可逆的であることが示された。 2.グルコース応答性インスリン分泌に対する阻害作用とは対照的に、HACはインスリンの基礎分泌に対して有意な抑制作用を示さず、HACの作用がグルコース等の刺激に応答したインスリン分泌経路に特異的であることが示唆された。 3.グルコース代謝によるATP合成経路に対するHACの作用を検討するため、グルコース刺激時のD-[6-14C]glucos酸化亢進、細胞内NAD(P)H濃度上昇、ミトコンドリア内膜電位の過分極、及び細胞内ATP含量増加を測定した結果、HACはATP合成経路に含まれるこれらの過程を阻害しないことが示された。 4.細胞内Ca2+の変動に対するHACの作用を検討するために、グルコース刺激時の細胞膜の活動電位、L型Ca2+チャネル経由のCa2+電流、細胞質Ca2+濃度の上昇、及びミトコンドリア内Ca2+濃度の上昇を測定した結果、HACはこれらの過程に対して阻害作用を示さなかった。 5.グルコース応答性インスリン分泌経路の主要な要素に影響を与えない一方で、HACはKC1を用いた脱分極刺激と、細胞外Ca2+非存在下でのmastoparan刺激によるインスリン分泌に対しても共に阻害作用を示し、HACのグルコース応答性インスリン分泌に対する阻害作用の作用点が細胞内Ca2+濃度の上昇より先の段階、おそらくは開口放出自体かまたは開口放出にごく近い段階に存在することが示唆された。 6.グルコース応答性インスリン分泌に伴うSNARE複合体の形成・解離に対するHACの作用を共免疫沈降法により検討した結果、HACは非刺激時のSNARE複合体の量には影響を与えず、グルコース刺激に伴う複合体の減少を阻害することが明らかになった。共免疫沈降法により検出されるSNARE複合体の増減は、細胞膜内面に結合した分泌顆粒の増減を反映しているため、HACは分泌顆粒の細胞膜内面への結合を阻害せず、結合以降の開口放出過程、すなわち膜の融合及びSNARE複合体の解離過程そのものか、または、膜の融合及びSNARE複合体の解離の引き金となる過程に作用していると考えられた。 以上、本論文はhexamminecobalt(III)chlorideがグルコース応答性インスリン分泌に対する強力な阻害作用を有することを見出し、その作用点が開口放出の過程にあることを明らかにした。インスリン分泌に対するhexamminecobalt(III)chlorideの作用はこれまでに全く知られておらず、本研究の成果はインスリン分泌を初めとする開口放出機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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