学位論文要旨



No 215340
著者(漢字) 湧川,基史
著者(英字)
著者(カナ) ワクガワ,モトシ
標題(和) Th1,Th2サイトカイン産生とケモカインレセプター発現からみたアトピー性皮膚炎の病態について
標題(洋)
報告番号 215340
報告番号 乙15340
学位授与日 2002.04.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第15340号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 新家,眞
 東京大学 助教授 岩田,力
 東京大学 助教授 平井,浩一
 東京大学 助教授 朝比奈,昭彦
 東京大学 講師 竹内,直信
内容要旨 要旨を表示する

 アトピー性皮膚炎(atopic dermatitis;AD)は主に小児期に発症し,痒みの強い皮疹を慢性的に繰り返す疾患である.この疾患は病態として免疫学的な側面と非免疫学的な側面を併せ持つが,免疫学的病態のなかでTh1/Th2バランスの不均衡が重要な要素の1つに挙げられている.AD患者の未梢血,病変部ともにTh2が優位であり,これが末梢好酸球増多やIgE高値に関連していると考えられている一方,Th1サイトカインが病変の形成に関わっているとの報告もみられる.

 ところで,近年,炎症の場における選択的または特異的な細胞浸潤に,ケモカインの関与が注目されている.炎症の場におけるTh1優位,あるいはTh2優位の炎症細胞浸潤にケモカインが関与していることが考えられるようになった.Naive T細胞やresting-memory T細胞上にはケモカインレセプターCXCR4が発現し,Th2細胞にはCCR4が,Th1にはCXCR3とCCR5が比較的特異的に発現していることが報告されている.したがって,未梢血helper T細胞上のこれらのレセプターの発現は,Th1,Th2バランスを反映するだけでなく,病勢とも関連する可能性が示唆される.

 以上のことを踏まえ,本研究では,ADにおけるTh1,Th2サイトカイン分泌パターンをより明らかにするためにAD患者PBMCを分離してADの主要アレルゲンであるダニ抗原抽出物(dust mite extract;DME)とともに培養し,上清中のIFN-γ(Th1サイトカイン)値と,IL-4,IL-5,IL-13(Th2サイトカイン)値について,特にIgEとの相関について検討を行った.また,近年ADに有効であるとされる免疫抑制剤であるtacrolimus(FK-506)によるTh2サイトカイン産生制御についても検討を加えた.

 さらに,ケモカインレセプターの発現はCCR4,CXCR3についてCD4+T細胞,CD8+T細胞において検討し,ADの病態,重症度や検査値異常を反映しうるか否か,あるいは皮膚におけるリンパ球のホーミングに関連する分子であり皮膚炎症におけるリンパ球遊走のkey moleculeとされているcutaneous lymphocyte-associated antigen(CLA)発現やリンパ球の活性化マーカーの1つであるCD25発現と関連するか否かを検討した.さらに,CCR4+CD4+T細胞あるいはCXCR3+CD4+T細胞内におけるIL-4,IFN-γの産生,病変部CD4+T細胞におけるCCR4発現についても検討を加えた.未梢血CCR4,CXCR3についての検討は,Th1優位と考えられている尋常性乾癬(Ps)患者においても施行し,ADにおける結果と比較した.

実験1.アトピー性皮膚炎(AD)患者の末梢血単核球におけるTh1,Th2産生パターンと臨床的相関についての検討

 まず,各サイトカインの経時的産生パターンの相違をみるために,AD患者と健常人のDME添加PBMCを12時間,24時間,3日,7日培養し,上清中のIL-4,IL-5,IL-13,IFN-γ値を測定したところ,IL4は,培養時間12,24時間でピークとなり,3日後,7日後で検出量が減少したが,IL-5,IL-13は7日後まで培養時間依存性に増加した.IFN-γは,検体によって多少のばらつきがみられたが,概ね経時的に産生が亢進した.

 培養時間を7日とし,AD患者,健常人のPBMCにおけるIL-4,IL-5,IL-13,IFN-γ産生量を検討したところ,IL-5,IL-13はAD群でDME無添加群に比べて有意に産生が亢進した.AD群のIFN-γ値は症例によるばらつきが大きく,DME添加ではDME無添加に比べて増加したものと抑制されたものがみられた.IL-4は添加,無添加ともに全例で検出されなかった.

 AD群のDME添加における培養7日後の各サイトカイン産生量について相関を検討したところ,IL-5とlL-13値との間には正の相関がみられ,lFN-γとIL-5,IL-13の産生量との間には負の相関が認められた.

 AD群をDermatophagoides pteronyssinus特異IgE値(Dp-IgE値)が10U/ml未満(low群),10以上100U/ml未満(moderate群),100U/ml以上(high群)の3群に分け,培養7日後の各群の各サイトカイン値を比較した.lL-5の検出値はhigh群ではlow群に比べ約18倍,IL-13値もhigh群ではlow群に比べ約15倍となり,それぞれ両群間に有意差を認めた.IFN-γはlow群で産生量が多い傾向を示したが,high郡との統計学的有意差は認められなかった.

 AD患者5例のDME添加PBMCにおけるIL-13,IL-5,lFN-γ産生に対するdexamethasone,tacrolimusの抑制効果について検討した.Dexamethasone10-8M,Tacrolimus10-8MはDME添加PBMCのIL-13,lL-5の産生を有意に抑制した.IFN-γもdexamethasone10-8M,tacrolimus10-8MによってDME無添加時のレベルまで低下したが,もともと産生量が少ないため,両薬剤による抑制効果は有意ではなかった.

実験2.アトピー性皮膚炎(AD)患者の末梢血,組織中CD4+T細胞におけるケモカインレセプターの発現

 AD患者,Ps患者,健常人において,CD4+あるいはCD8+T細胞上のCCR4,CXCR3の発現について比較検討した.AD患者CD4+T細胞におけるCCR4発現は,健常人やPs患者に比べ,有意に高値を示した.CD4+T細胞におけるCXCR3はAD患者と健常人との間で有意差を認めなかったが,Ps患者においては健常人に比べて有意に高値を示した.CD8+T細胞では,AD患者において健常人やPs患者よりもCCR4陽性率が有意に高く,PsにおけるCXCR3陽性率は健常人よりも有意に高かった.

 AD患者末梢血CD4+あるいはCD8+T細胞におけるCCR4,CXCR3陽性率とADの重症度の相関について検討した.AD患者CD4+T細胞上のCCR4陽性率はADの重症度と正の相関を示した.また,CD8+T細胞上のCCR4陽性率も重症度と正の相関を示した.それに対して,CD4+あるいはCD8+T細胞におけるCXCR3陽性率はADの重症度と相関を認めなかった.

 4人の重症AD患者末梢血CD4+T細胞上のCCR4,CXCR3陽性率の治療による時間的変化について検討した.全症例とも3週間の入院にて,ステロイド外用剤を主体とした治療を行い,著明に症状が改善した症例である.CD4+T細胞上のCCR4陽性率は症状の改善とともに全例低下傾向を示した.4症例とも治療3週間後のCCR4陽性率は治療前に比べて有意に低かったが,CXCR3陽性率は治療前後において有意な差はみられなかった.

 AD患者と健常人のCCR4+CD4+,CXCR3+CD4+T細胞におけるIL4,IFN-γ産生について検討した.健常人においては,CCR4+CD4+T細胞はIL-4を産生するがIFN-γをほとんど産生せず,CXCR3+CD4+T細胞はIL-4を産生せずにIFN-γを産生した.このことは,CCR4がTh2細胞に比較的選択的に発現し,CXCR3がTh1細胞に選択的に発現していることを示している.AD患者においては,CCR4+CD4+T細胞のほとんどがIL-4を産生していたが,一部はIL-4とIFN-γの両方を産生していた.このことは,これらの細胞がTh2またはTh0細胞であることを示唆している.一方,CXCR3+CD4+T細胞のほとんどがIFN-γのみを産生していたことから,これらの細胞はほとんどがTh1細胞であると考えられた.無刺激の条件下ではIL-4やIFN-γは検出されなかった.

 AD患者末梢血CCR4+CD4+あるいはCXCR3+CD4+T細胞上のCD25発現について検討した.CCR4+CD4+T細胞上のCD25陽性率はCCR4-CD4+T細胞に比べ有意に高かった.CXCR3+CD4+とCXCR3-CD4+T細胞におけるCD25陽性率は非常に低く,両者の間には有意差を認めなかった.さらに,AD患者未梢血CCR4+CD4+あるいはCXCR3+CD4+T細胞上のCLAについて発現を検討した.CCR4+CD4+T細胞上のCLA陽性率はCCR4-CD4+T細胞に比べ有意に高かった.CXCR3+CD4+とCXCR3-CD4+T細胞におけるCLA陽性率は非常に低く,両者の間には有意差を認めなかった.

 ADの急性の紅斑性病変部と慢性苔癬化病変部においてCCR4,CXCR3の発現について免疫組織化学的に検討した.ADの急性病変,慢性病変部ともCCR4は表皮や真皮血管周囲に浸潤している単核球の大部分に陽性となったが,CXCR3の陽性率は非常に低かった.同じ病変において他の切片でCD4陽性細胞上のCCR4の陽性率について蛍光免疫染色にて検討した.急性,慢性病変とも70%以上のCD4+T細胞においてCCR4が発現していたが,Ps病変部においては,約10%の陽性率にとどまった.

まとめ

 この2つの実験では,ADのT細胞におけるサイトカイン産生とケモカインレセプター発現を検討し,ADの病態へのアプローチを試みた.これらの結果からADの病態についてまとめると,抗原刺激によってhelper T細胞がTh2へとシフトし,IL-4,IL-5,IL-13といったサイトカインを産生分泌し,IgE高値や好酸球増多を引き起こしていることが考えられる.末梢血中のTh2細胞はCCR4を発現し,さらに活性化のマーカーであるCD25や皮膚のホーミングレセプターであるCLAを比較的高率に発現している.AD病変部では,CLAのリガンドであるE-selectinが真皮血管内皮に発現し,CCR4のリガンドであるthymus and activation-regulated chemokine(TARC),macrophage-derived chemokine(MDC)がそれぞれ表皮ケラチノサイトや真皮樹状細胞で産生され,CCR4+CD4+T細胞を皮膚に浸潤させ,皮膚病変の形成に関与していることが示唆される.こうしたことから,Th2への分化を抑制することは将来的なADの治療に考慮すべきことと考えられ,さらにCCR4やCLAなどの分子も将来的にADの治療ターゲットとなる可能性もあると考えている.

審査要旨 要旨を表示する

 本研究はアトピー性皮膚炎の病態に深く関与していると考えられているヘルパーT細胞の分化のバランス(Th1/Th2バランス)について,やはりアトピー性皮膚炎の主要アレルゲンとされるダニ抗原で患者末梢血単核球を刺激してサイトカイン産生を誘導し,Th1,Th2サイトカイン産生バランスからアプローチしている.さらに,Th1,Th2細胞に比較的特異的に発現しているとされるケモカインレセプターCXCR3,CCR4について,患者末梢血ヘルパー不細胞上の発現を検討している.以上の検討から下記のような結果を得ている.

 1.アトピー性皮膚炎(AD)患者の末梢血単核球におけるTh1,Th2サイトカインの経時的産生パターンの相違をみるために,AD患者と健常人のダニ抗原抽出物(DME)添加末梢血単核球(PBMC)を培養し,経時的に上清中のIL-4,IL-5,IL-13,IFN-γ値を測定したところ,IL-4は,培養時間12,24時間でピークとなり,3日後,7日後で検出量が減少したが,IL-5,IL-13は7日後まで培養時間依存性に増加した.IFN-γは,検体によって多少のばらつきがみられたが,概ね経時的に産生が亢進した.これは,培養時間を固定して検討をすると解釈を誤る可能性があることを示していて,重要な検討である.

 2.培養時間を7日とし,AD患者,健常人のPBMCにおけるIL-4,IL-5,IL-13,IFN-γ産生量を検討したところ,IL-5,IL-13はAD群でDME無添加群に比べて有意に産生が亢進した.AD群のIFN-γ値は症例によるばらつきが大きく,DME添加ではDME無添加に比べて増加したものと抑制されたものがみられた.IL-4は添加,無添加ともに全例で検出されなかった.AD群のDME添加における培養7日後の各サイトカイン産生量において,IL-5とIL-13値との間には正の相関がみられ,IFN-γとIL-5,IL-13の産生量との間には負の相関が認められた.ADにおいては,抗原刺激によってTh2サイトカインであるIL-5,IL-13の産生が亢進されることを示している.

 3.AD群において,Dermatophagoides pteronyssinus特異IgE値(Dp-IgE値)が高値の患者群では,IL-13とIL-5の検出値が低値の患者群に比べて有意に高い傾向を示した.このことから,Th2サイトカイン産生がIgE高値に直接結びついていると考えられた.

 4.Dexamethasone10-8M,Tacrolimus10-8MはDME添加AD患者PBMCのIL-13,IL-5の産生を有意に抑制した.これらの薬剤がサイトカイン産生の抑制を介して症状の改善に関与していることが示されている.

 5.AD患者,尋常性乾癬(Ps)患者,健常人において,CD4+あるいはCD8+T細胞上のCCR4,CXCR3の発現について比較検討した.AD患者CD4+T細胞におけるCCR4発現は,健常人やPs患者に比べ,有意に高値を示した.CD4+T細胞におけるCXCR3はAD患者と健常人との間で有意差を認めなかったが,Ps患者においては健常人に比べて有意に高値を示した.CD8+T細胞では,AD患者において健常人やPs患者よりもCCR4陽性率が有意に高く,PsにおけるCXCR3陽性率は健常人よりも有意に高かったが,CD4+T細胞に比べると発現は低かった.ADの末梢血においてCCR4+CD4+T細胞が増加していることを示している.

 6.AD患者CD4+T細胞上のCCR4陽性率はADの重症度と正の相関を示した.また,CD8+T細胞上のCCR4陽性率も重症度と正の相関を示した.それに対して,CD4+あるいはCD8+T細胞におけるCXCR3陽性率はADの重症度と相関を認めなかった.さらに,ステロイド外用剤を主体とした治療を行い,著明に症状が改善した重症4症例について未梢血CD4+T細胞上のCCR4,CXCR3陽性率の治療による時間的変化について検討しており,CD4+T細胞上のCCR4陽性率は症状の改善とともに全例低下傾向を示した.4症例とも治療3週間後のCCR4陽性率は治療前に比べて有意に低かったが,CXCR3陽性率は治療前後において有意な差はみられなかった.CCR4が重症度のマーカーとなり,治療においてもその制御が重要となる可能性を示唆したデータである.

 7.AD患者と健常人のCCR4+CD4+,CXCR3+CD4+T細胞におけるIL-4,IFN-γ産生について検討した.CCR4+CD4+T細胞はIL-4を産生するがIFN-γをほとんど産生せず,CXCR3+CD4+T細胞はIL-4を産生せずにIFN-γを産生した.このことはCXCR3がTh1細胞に,CCR4余Th2細胞に比較的特異的に発現していることを確認している.

 8.CCR4+CD4+T細胞上のCD25,cutaneous lymphocyte-common antigen(CLA)陽性率はCCR4-CD4+T細胞に比べ有意に高かった.CD25はADの活性化のマーカー,CLAは皮膚への細胞浸潤に関わるホーミングレセプターであり,CCR4+CD4+T細胞が活性化されていて皮膚へ浸潤しやすい細胞であることを示している.

 9.ADの急性の紅斑性病変部と慢性苔癬化病変部においてCCR4,CXCR3の発現について免疫組織化学的に検討し,両病変部ともCCR4は表皮や真皮血管周囲に浸潤している単核球の大部分に陽性となったが,CXCR3の陽性率は非常に低いことを示している.ADの病変部にCCR4+T細胞が多数浸潤して病態形成に関与していることを直接的に示しているデータである.

 以上より,本論文は,ADにおいてTh1,Th2に関与するサイトカイン産生とケモカインレセプター発現について明らかにしている.ADの病態にはTh2サイトカインが重要であること,この細胞に比較的特異的に発現するCCR4がヘルパーT細胞の活性化と細胞浸潤に深く関わっていることを示している.アトピー性皮膚炎の病態解明に重要な貢献をなすと考えられ,学位の授与に値するものと考えられる.

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