学位論文要旨



No 215341
著者(漢字) 宋,清華
著者(英字) SONG,Qing-Hua
著者(カナ) ソウ,セイカ
標題(和) 旋覆花のマウス免疫学的肝障害と糖尿病に対する保護作用 : 活性成分およびその作用機序
標題(洋) Protective effects of Inula flower on immune hepatic injury and diabetes in mice : Active ingredient and its mechanism of action
報告番号 215341
報告番号 乙15341
学位授与日 2002.04.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第15341号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 伊賀,立二
 東京大学 助教授 岩田,力
 東京大学 講師 竹内,二士夫
 東京大学 講師 金子,義保
 東京大学 講師 大西,真
内容要旨 要旨を表示する

緒言

 Th1およびTh2細胞のサイトカイン産生のパターンは両細胞の機能的相違と相関し、互いの反応を調節している。Th1細胞は主にIFN-γおよびIL-12を産生し、遅延型過敏症に代表される細胞免疫を誘導する。一方、Th2細胞は主にIL-4,IL-5,IL-6,IL-10及びIL-13を産生し、B細胞の活性化とクラススイッチによりIgEおよびIgG1など抗体産生を補助し、液性免疫を誘導する。さらにTh1細胞のサイトカインは液性免疫を抑制し、Th2細胞のサイトカインは細胞性免疫を抑制し、生体内ではサイトカインネットワークによって互いに制御し合いバランスを保っている。

 肝障害の原因の一つはTh1/Th2のバランスの失調が関与している。内毒素によって、マクロファージが刺激され、活性化され、Th1系のサイトカインを過剰産生し、肝を損傷し、肝炎又は肝硬変を引き起こす。Th1系のサイトカインのIL-10の投与、または抗IFN-γ抗体の投与で、Th2系のサイトカインのIFN-γを除去することによって、致死的内毒素ショックを予防できることから、免疫学的肝障害はTh1優位な免疫疾患であることと考えられている。一方、STZ誘発糖尿病マウスや糖尿病自然発症するNODマウスのサイトカイン産生能はTh1優位である。サイトカインまたは抗サイトカイン抗体の投与によって,Th1あるいはTh2細胞の活性化を修飾すると,病気の発症及び促進がTh1細胞の活性化と平行してみられ,Th2細胞の活性化により抑制が起こる。免疫学的肝障害、免疫学的糖尿病などの疾患ではTh1/Th2のバランスの乱れにより、Th1型の反応が優位になると考えられる。

 漢方薬はアジアで数千年以上も使われている。漢方医薬では独特な治療原則を基づいて疾病を治療するが、その科学的根拠は十分でなく、アジアの伝統医薬に留まっている。医療進歩のためにも、漢方医学の進歩のためにも、漢方薬を科学的立場より再検討する必要がある。

 本論文に使われる漢方薬の旋覆花はキク科のオグルマ(Inula Britannica)などの頭花で、漢方として鎮咳、去痰、利尿、健胃作用を目的として利用される。伝統的には肝障害や糖尿病に使用する記載は一つもない。頻用生薬でもないことから、基礎の研究は極少ない。同様に旋覆花の成分のtaraxastery1 acetateも今までに研究の報告は数少ない。

 本論文は漢方薬の中、新たな免疫学的肝障害や免疫学的糖尿病に有効な作用物質を探ることを試した。漢方薬の新しい応用の可能性を探るために,古典で記載していない作用を検討した。

第一章肝障害マウスに対する旋覆花とtaraxastery1 acetateの保護作用

 In vitroの肝細胞障害モデルを用い、三百以上の生薬をスクリニーグし,旋覆花の肝障害保護作用を見いだした。さらにその有効成分を精製したところ、抗肝障害の活性成分はtaraxastery1 acetateであることを確認した。

 旋覆花の熱水エキスをマウスに一週間連続経口投与した。LPS投与した8時間後、旋覆花の高投与量群ではマウスの生存率が一番高かった。さらに旋覆花の腹腔投与の影響を検討した。旋覆花の4mg/マウスの投与量で3日前一回腹腔投与、または3日前と前日の2回投与した群の生存率は最も高かった。旋覆花は経口投与より、腹腔投与の方は肝障害保護作用が強かった。旋覆花の活性物質は腸管からの吸収が悪いか、または代謝されやすいなどの可能性が考えられた。さらに、旋覆花の肝保護作用の活性成分の単離を試みた。旋覆花を各分画分の活性を検討したところ、活性の本体としてtaraxastery1 acetateを得た。Traxastery1 acetateは肝障害マウスの生存率を増加した。肝障害マウスの生化学指標を検討したところ、旋覆花の4mg/マウスの3日前と前日の2回腹腔投与では,肝障害マウスの血清トランスアミナーゼの増加を抑制する傾向、taraxastery1 acetate投与では有意に抑制した。

 LPS/P.acnesに誘導された肝障害マウスのIFN-γ+IL-4-産生細胞の増加,IFN-γ-IL-4+産生細胞の減少及びIFN-γ+IL-4/IFN-γ-IL-4+の比の増加が観察された。この肝障害マウスはTh1優位なモデルと示唆された。旋覆花はIFN-γ+IL-4-/IFN-γ-IL-4+の比、taraxastery1 acetateはIFN-γ+IL-4-産生細胞の割合,IFN-γ+IL-4-/IFN-γ-IL-4+の比を抑制した。旋覆花はTh1/Th2のバランスを正常化することにより肝障害保護作用を明らかにされ、旋覆花の肝障害保護作用の活性物質の一つであることが示唆された。

 動物の中にもTh1優位またはTh2優位なものがいる。旋覆花とtaraxastery1 acetateはTh1/Th2のバランスを影響することができることから,Th1またはTh2に対する特異性を検討するために、Th1優位とされるC57BL/6マウスとTh2優位とされるBALB/cマウスが用いられた。旋覆花はBALB/cマウスに対する影響が弱かったが、C57BL/6マウスに対する影響が強かった。異なるTh優位なマウスに対し,旋覆花の作用に特異性があることが示された。

 Thの分化はマクロファージに産生されるサイトカインによる調整することが知られている。In vitroでマクロファージのサイトカインの産生能に対する旋覆花の影響を検討した。旋覆花はマクロファージのIL-12の産生を抑制することと,高濃度でIL-10の産生を促進することが観察された。taraxastery1 acetateは肝障害マウスの脾臓細胞のIL-12の産生能を抑制した。旋覆花はマクロファージのIL-10産生の促進、IL-12産生の抑制により、Th1の優位性を低下し、肝障害を保護することが示唆された。Taraxastery1 acetateは旋覆花と同様にIL-12産生の抑制により、Th1/Th2のバランスを正常化した。組織学的検索を行ったところ,肝障害群では肝細胞は腫大し、リンパ球が浸潤し、広範囲に巣状壊死が見られた。Traxastery1 acetateはこれらの変化を抑制した。IFN-γとIL-12は炎症性サイトカイン、T細胞やマクロファージの組織への浸潤を促進し、肝細胞のネクロシスを引き起こす役割を演じることが知られている。Taraxastery1 acetateの肝組織の保護作用はこれらの炎症性サイトカインの抑制作用に関係していることが考えられた。

第二章糖尿病マウスに対する旋覆花とtaraxastery1 acetateの保護作用

 免疫学的肝障害と免疫学的糖尿病と同様にTh1優位な疾患と考えられる。旋覆花はTh1を抑制することから,免疫学的糖尿病も改善することも予想される。そこで,streptozotocinに誘導される免疫学的糖尿病マウスを用い,旋覆花とtraxastery1 acetateの影響を検討した。旋覆花とtaraxastery1 acetateは糖尿病マウスの血糖値を抑制した。旋覆花とtaraxastery1 acetateは糖尿病保護作用を確認された。

 組織検索を行ったところ、旋覆花の膵臓組織の膵島炎やβ細胞の破壊を抑制することがみられた。Taraxastery1 acetateは血清ではだけではなく,膵組織のインスリンの減少も抑制し、さらにSTZ誘導糖尿病マウスの膵臓GAD65陽性細胞の減少を抑制することが観察された。インスリンは血糖を調整する最も重要のホルモンで、GAD65はβ細胞の破壊の初期には中心的な役割を果たしていることから、インスリンおよびGAD65に対する影響はtaraxastery1 acetateの糖尿病保護作用の直接原因の一部分であると考えられた。肝障害障害実験と同様の考えに基づいて、Th分化に対する影響をも検討した。旋覆花は糖尿病マウスの脾臓細胞からのIFN-γ/IL-4産生能の比、さらに,糖尿病マウスのCD4+細胞のIFN-γ産生細胞の割合を低下した。Taraxastery1 acetateもCD4+細胞のIFN-γ産生細胞の割合の増加、IFN-γ/IL-4産生細胞の比を低下した。肝障害保護作用と同様に旋覆花とtraxastery1 acetateは糖尿病マウスのTh1の優位性を抑制することにより、免疫学的糖尿病の病態を改善することが示された。また、他のサイトカインの産生についても検討した。Taraxastery1 acetateはTNF-α産生の抑制傾向、IL-10産生の促進作用、TNF-α/IL-10の比の減少、さらにIL-12産生の減少が観察された。TNF-α、IL-10,IL-12は糖尿病の発症や糖尿病の進行に重要な役割を果たしていることはよく知られている。TNF-α/IL-10の比も糖尿病には重要な意味を持っていると指摘されている。肝障害保護作用と同様に糖尿病保護作用も旋覆花とtaraxastery1 acetateのTh1サイトカインの産生を抑制し、Th2サイトカインの産生を促進することによることと示唆された。

結語

 免疫学的肝障害、免疫学的糖尿病ではTh1型の反応が優位になる病態である。しかし,旋覆花やその成分でTh1/Th2バランスの調節をすることは知られていない。第一章で,旋覆花とその成分のtaraxastery1 acetateはTh1/Th2を調整することにより免疫学的肝障害保護作用を明らかにされた。この作用機序はマクロファージのIL-10産生の促進、IL-12産生の抑制によるTh1/Th2の比を抑制、即ち、Th1/Th2のバランスを影響することと考えられた。第二章で,肝障害と同様な発病機序である免疫学的糖尿病に対する旋覆花とtaraxastery1 acetateの影響も検討した。旋覆花とtaraxastery1 acetateは糖尿病マウスの血糖値を低下させた。その作用機序としては肝障害マウスヘの保護作用と同様にTh1/Th2を調整することによるものと示された。さらに、taraxastery1 acetateは膵臓組織への保護作用が見られた。

 旋覆花及びその成分のtaraxastery1 acetateはマクロファージのサイトカインの産生を調整することによるTh1/Th2のバランスを影響し,免疫疾患を保護することが考えられた。同様な発病メカニズムの他の免疫疾患の治療にも応用できる可能性があると期待された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、漢方薬の中、新たな免疫学的肝障害や免疫学的糖尿病に有効な作用物質を探ることを目的として行われた。漢方薬の旋覆花は鎮咳、去痰、利尿、健胃作用を目的として利用される。伝統的には肝障害や糖尿病に使用することは記載されていない。In vitroの肝細胞障害モデルを用い、三百種類以上の生薬をスクリニーグし,旋覆花の肝障害保護作用を見いだした。さらにその有効成分を精製したところ、抗肝障害の活性成分はtraxastery1 acetateであることを確認した。旋覆花とその成分のtraxastery1 acetateを用い、Lipopolysaccharide/propionibacterium acnesに誘導された肝障害モデルマウスおよび少量頻回STZ投与(multiple low doses of streptozotocin,MLDSTZ)誘導された糖尿病モデルマウスに対する影響、さらにその作用の機序を検討し、以下の結果を得ている。

1.旋覆花とtraxastery1 acetateは肝障害マウスの生存率を増加することがみられた。旋覆花は,肝障害マウスの血清トランスアミナーゼの増加を抑制する傾向、taraxastery1 acetateは有意に抑制することがみられ、両方とも肝障害の保護作用を有することが示唆された。

2.旋覆花とtraxastery1 acetateはいずれも肝障害マウスのTh1の優位性を抑制することが観察された。

3.正常マウスのTh優位性において、旋覆花はTh2優位なBALB/cマウスに対する影響が弱く、C57BL/6マウスに対する影響が強いと観察され、異なるTh優位なマウスに対し,旋覆花の作用に特異性があることが示唆された。

4.サイトカインの産生能において、旋覆花はin vitroでマクロファージのIL-12の産生を抑制することと,高濃度でIL-10の産生を促進することが観察された。肝障害マウスの脾臓細胞のサイトカインの産生能において、traxastery1 acetateはIL-12産生の抑制作用が認められた。traxastery1 acetateは旋覆花と同様にIL-12産生の抑制により、Th1/Th2のバランスを正常化した。

5.組織学的検索を行ったところ,肝障害群では肝細胞は腫大し、リンパ球が浸潤し、広範囲に巣状壊死が見られた。traxastery1 acetateはこれらの変化を抑制することがみられた。traxastery1 acetateの肝組織の保護作用はIFN-γとIL-12などの炎症性サイトカインの抑制作用に関係していることが考えられた。

6.旋覆花とtraxastery1 acetateは糖尿病マウスの血糖値を抑制し、糖尿病保護作用が観察された。

7.Traxastery1 acetateは糖尿病マウスの血中インスリンの低下、または血中と尿中のグルカゴンの低下や、血清トランスアミナーゼの増加を抑制することが観察された。

8.組織検索においては、旋覆花は糖尿病マウスの膵臓組織の膵島炎やβ細胞の破壊を抑制することがみられた。traxastery1 acetateは血清ではだけではなく,膵組織のインスリンの減少も抑制し、さらに膵臓GAD65陽性細胞の減少を抑制することが観察された。インスリンおよびGAD65に対する影響はtaraxastery1 acetateの糖尿病態改善作用の一部であると考えられた。

9.旋覆花は糖尿病マウスの脾臓細胞のIFN-γ/IL-4産生能の比、さらに,糖尿病マウスのCD4+細胞のIFN-γ産生細胞の割合を低下した。Taraxastery1 acetateもCD4+細胞のIFN-γ産生細胞の割合の増加、IFN-γ/IL-4産生細胞の比を低下することが観察された。肝障害保護作用と同様に旋覆花とtaraxastery1 acetateは糖尿病マウスのTh1の優位性を抑制することにより、免疫学的糖尿病の病態を改善することが示唆された。

10.他のサイトカインの産生において、taraxastery1 acetateはTNF-α産生の抑制傾向、IL-10産生の促進作用、TNF-α/IL-10の比の減少、さらにIL-12産生の減少が観察された。旋覆花とtraxastery1 acetateは糖尿病保護作用もTh1サイトカインの産生を抑制し、Th2サイトカインの産生を促進することによることと示唆された。

 以上のことより、旋覆花とその成分のtaraxastery1 acetateはTh1/Th2を調整することにより免疫学的肝障害保護作用を有することが明らかにされた。この作用機序はマクロファージのIL-10産生の促進、IL-12産生の抑制によるTh1/Th2の比を抑制、即ち、Th1/Th2のバランスを影響することと考えられた。または、旋覆花とtraxastery1 acetateは糖尿病マウスの血糖値を低下することが認められ、その作用機序は肝障害マウスヘの保護作用と同様にTh1/Th2を調整することによるものと示された。さらに同様な発病メカニズムの他の免疫疾患の治療にも応用できる可能性があると期待された。

 以上述べたように、数千年以上も使われている漢方薬を科学化するためにも、また漢方薬の新たな応用を探るためにも重要な試みであると考えられ、本論文は学位を授与するに十分値する研究と判定された。

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