学位論文要旨



No 215342
著者(漢字) 西脇,美春
著者(英字)
著者(カナ) ニシワキ,ミハル
標題(和) 妊娠・授乳・離乳期の骨密度の変化とその要因 : ラットを用いた研究
標題(洋)
報告番号 215342
報告番号 乙15342
学位授与日 2002.04.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 第15342号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武谷,雄二
 東京大学 教授 北,潔
 東京大学 教授 大塚,柳太郎
 東京大学 助教授 岩田,力
 東京大学 助教授 土屋,尚之
内容要旨 要旨を表示する

 ヒトやラットなどの哺乳類では、妊娠・授乳という生殖現象は母体にさまざまな影響を及ぼすことが知られている。妊娠期には成長する胎児への物質の供給が母体の重要な役割の一つであり、授乳期には母乳産生のためにカルシウムが消費される。カルシウムは主に食物中から摂取・吸収され、不足分は母体の骨から供給されることが考えられる。妊娠・授乳期のエストロゲンやプロゲステロンの増減が骨代謝や骨密度にも重要なはたらきをしていることが示唆されている。生殖周期(妊娠・授乳・離乳)にともなう骨密度と内分泌の変化に関する研究は、ヒトでは1970年代、ラットでは1980年代から行われている。骨密度の増減に関しては、妊娠期ではラットにおいてもヒトにおいても、測定方法や部位の違いによるためか、増加したとする報告と減少したという報告があり統一した結果は得られていない。授乳期の骨密度については、ラットやグリーンモンキーなど哺乳類及びヒトにおいては減少したとする報告が主であり、ヒトについては腰椎や大腿骨では減少したとする研究が多いものの、橈骨については増・減の結果いずれもある。離乳期の骨密度の研究は少ないが、ラットもヒトも骨密度は回復したという結果が主である。骨密度の増減に影響を与える要因については、ラットの妊娠期については骨密度とカルシウムやアルカリホスファターゼに関する研究があるがカルシウムは増・減両方の結果があり、アルカリホスファターゼは減少したという結果がある。ヒトについては第2,第3トライメスターには妊娠によるカルシウムの需要が高まるため骨密度が減少したとする結果と第3トライメスターにはエストロゲンのレベルの増加と体重増加にともなう負荷のため増加したとするものやアルカリホスファターゼは妊娠の進行にともなって増加したという結果がある。授乳期については、ラットの場合は骨密度の減少時にカルシウムが減少し、アルカリホスファターゼは高いレベルを示した。ヒトについては、骨密度の減少時にアルカリホスファターゼの増加にともない血清カルシウムが増加したとするものがある。また授乳中にカルシウムを補充しても骨密度の減少を防ぎえなかったとする研究と、授乳中は骨密度の減少にエストロゲンの減少やプロラクチンとアルカリホスファターゼの増加が影響するとの報告がある。離乳期のラットでは、骨密度の回復とカルシウムやホルモンなどとの関係についての研究は見られない。ヒトでは、離乳期に骨密度が回復しアルカリホスファターゼが減少したという報告がある。また離乳と月経の再来が骨ミネラルの回復をもたらしたとする研究がある。以上のように、妊娠・授乳期に骨代謝や骨密度の変化にカルシウムやホルモンなどが重要なはたらきをしていることが示唆されているものの、その作用メカニズムについては統一した知見は得られていない。目的

 そこで、本研究では、妊娠・授乳・離乳期の各時期における骨密度の変化、すなわち増減のパターンを明らかにするとともに、その変化に影響を与えると考えられるホルモンなどの物質の変化をも明らかにすることを目的に実験を行った。さらに、それらの結果に基づき、骨密度の変化に対するホルモンなどの要因の作用メカニズムについて考察することを目的とした。本研究では短期間で期待する結果が得られ、また各種実験条件の設定が容易なことからラットを用いて実験を行った。本研究の特徴は、第一に、ヒトについてもラットについても同一個体について妊娠・授乳・離乳期を通じて骨密度を縦断的に測定した研究は少なく、測定間隔も妊娠期或いは授乳期のある時点の実験というように粗いが、本研究ではラットを用いて毎週一回(週末)測定し骨密度の変化を縦断的に細かく追及したことが特徴の一つである。第二に、骨密度に影響を与えると考えられる要因(物質)についてのこれまでの研究では骨密度と1又は2種の物質との関係を調べたものが主である。本研究では、骨密度の変化と血清エストラジオール、プロラクチン、カルシウム、アルカリホスファターゼの4種との関係を明らかにし、妊娠・授乳・離乳期の骨密度における変化の要因を総合的に考察したことも特徴である。材料と方法

 実験動物と実験計画:縦断的研究、横断的研究においてもそれぞれ生後10週齢で体重140〜180gのWistar系雌ラットを用いた。縦断的研究には51匹を妊娠群27匹、非妊娠群24匹(コントロール群)に分け、腰椎・大腿骨・尾椎の骨密度と体重をそれぞれ10回測定した。非妊娠群(コントロール)については生後11週齢から22週齢まで各週の終わりに毎週測定した。横断的研究には80匹を各測定時期に8匹づつ配分し、腰椎のみ縦断的研究と同じ時期に同じ回数測定した。飼育条件:縦断的研究、横断的研究ともに飼育室の環境は室温23±5℃、湿度50±5%、明暗は12時間毎の環境条件に設定し個別式ケージで飼育した。飼料は「飼育用MF-オリエンタル酵母(1.15%のCa,0.88%のP,0.8IU/gのVD2)」を用い、自由に摂取させた。水も自由に摂取させた。骨密度の測定部位及び測定機器:縦断的研究における骨密度の測定には、ホロジック社のQDR-1000Wを用い第2・3・4・5腰椎(L2〜5)と大腿骨は膝関節から股関節に向かって1/3の遠位を選び、第2・3・4・5尾椎(C2〜5)の3部位について行った。骨密度の測定前にネンブタール注射液(ペントバルビタール50mg/mlの10倍希釈液)を腹腔内に注射をして麻酔した後に体重測定し、厚さ8mmの透明アクリル板上に腹臥位をとり下肢はfrog-positionに固定し、腰椎,尾椎,大腿骨の順にDEXA法で測定した。横断的研究における骨密度の測定前にはネンブタール注射液(ペントバルビタール50mg/mlの10倍希釈液)を腹腔内に注射をして麻酔した後に体重測定し、血液検査のため心臓から6〜8ml採血した後に、測定機器としてホロジック社のQDR-2000Wを用いて、第2・3・4・5腰椎(L2〜5)についてDEXA法により測定を行った。血清学的測定:骨形成と骨吸収と卵巣性ステロイドホルモンの情況を知るために血清エストラジオール(E2)を、代謝の亢進状態や授乳の状態-プロラクチンがE2を抑制する状態-を知るためにプロラクチンを、骨吸収の情況を知るために血清アルカリホスファターゼを測定した。骨喪失の程度を知る目的で血清カルシウムを測定した。結果及び考察

1)妊娠期

 ヒトでは妊娠期に腰部の長期的な縦断的・横断的測走は胎児との関係で困難であるが、ラットでは可能である。ラットの妊娠期には縦断的研究においては、腰椎・大腿骨・尾椎いずれも非妊娠期に比較し骨密度は増加した。特に横断的研究における腰椎の骨密度は、妊娠群では非妊娠群に比較して妊娠2・3週群は有意な増加を示し、縦断的研究においても横断的研究においても増加パターンを示した。骨密度の変化にはホルモンなどの作用、その他種々な要因の関与が知られているが、本研究では骨密度の測定と平行して血清中のエストラジオール、プロラクチン、アルカリホスファターゼ、カルシウムの変化を観察した。生殖現象に深く関与している血清エストラジオールの変化は、妊娠2・3週目には非妊娠時に比較して有意に増加し、骨密度の変化と近似した増加パターンがみられ、両者の間の密接な関係が示唆された。このことは、妊娠期には卵巣や胎盤から分泌されるエストラジオールの分泌量が増加し、直接骨に作用し骨芽細胞を刺激するとともに破骨細胞の活性を抑制することにより骨密度の増加をもたらしたと考えられる。本研究でみられた妊娠の進行にともなうエストラジオールの分泌の増加は骨密度の増加に深く関与したと推測される。妊娠期の血清カルシウムは、骨密度の増加と平行して上昇し、非妊娠群に比較し有意に増加した。このようなカルシウムの増加はエストラジオールなどの作用により腸管からのカルシウムの吸収が促進された結果であり、骨密度の増加に寄与しているものと考えられる。骨形成パラメータである血清中のアルカリホスファターゼは、妊娠週数の進行にともなって骨密度の漸増とは逆に漸減した。この血清アルカリホスファターゼの値が低いことは、骨形成のレベルが低いことを示しており、妊娠期の骨密度の増加はエストラジオールの作用が強く関与していることを示唆していると考えられる。妊娠期の骨密度の変化と血清プロラクチンの変化については、妊娠1週目の骨密度は非妊娠期とほとんど同程度であり、妊娠期のプロラクチンの分泌は乳腺の発育促進に重要なはたらきをしているが、骨密度の増減にはほとんど影響を与えていないと推測される。

2)授乳期

 授乳期の骨密度の変化については、縦断的研究の3部位いずれも授乳1・2・3週目ともすべて有意に減少し、横断的研究の腰椎の場合も非妊娠期に比較して授乳1・2・3週目ともすべて有意に減少し、授乳3週目に最も減少するという結果が得られた。授乳期に骨密度が減少することはヒトにおいてもラットにおいても一般的な現象と考えられる。

 授乳2・3週群の血清エストラジオールは、非妊娠群や授乳1週群に比較し、低い濃度で保たれていた。血清エストラジオールの減少が直接作用として破骨細胞の活性を促進することで骨吸収を増大させ骨密度の減少をもたらしたものと推測される。授乳期には本研究においては餌を自由に摂取させていたにもかかわらず、カルシウムが減少した。この結果は、血清エストラジオールの分泌の減少に起因して腸からのカルシウムの吸収が低下したためと考えられる。血清プロラクチンと血清アルカリホスファターゼは、授乳1・2週群はともに非妊娠群より有意に上昇した。血清アルカリホスファターゼの上昇の要因については、授乳期の乳腺からはプロラクチンの刺激により、副甲状腺ホルモン関連タンパクが血中に入り骨代謝を先進させ、アルカリホスファターゼの量を上昇させたものと考えられる。

 3)離乳期

 離乳期については、離乳1週目の骨密度は縦断的研究と横断的研究とも、非妊娠期に比較し有意な減少を示し、離乳3・4週目には有意な増加を示し非妊娠期の値までほぼ回復した。離乳期の骨密度の上昇(回復)の理由については、授乳による仔ラットヘのカルシウム移行が不要になったことや血清エストラジオール濃度が上昇したことは性周期の回復を示し、このことが骨密度の回復をもたらしたことによることが考えられる。結論

 骨密度は、縦断的研究においても横断的研究においても妊娠期に増加し、授乳期に減少し離乳期に増加するパターンを示し、血清エストラジオールの妊娠・授乳・離乳期の増減パターンは骨密度と近似した増減パターンを示した。血清エストラジオールが妊娠期に骨芽細胞を刺激し破骨細胞の活性を抑制し腸管からカルシウムの吸収の促進させ、授乳期に破骨細胞を活性化させ骨吸収を低下させたことが一義的要因であり、第二に授乳期の血清プロラクチンの増加が副甲状腺ホルモン関連蛋白の増加をもたらし乳汁へのカルシウム移行を促進し、さらに骨吸収を促進したことによると考える。このことから妊娠・授乳・離乳期の骨密度の増減への第一の因子は血清エストラジオールであると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は妊娠・授乳・離乳過程での骨密度の変化と骨密度の変化要因であるエストラジオールとの関係、さらに、骨密度の変化を反映するカルシウムやアルカリホスファターゼの変化を明らかにすることを目的にウィスター系のラットを用いて縦断的・横断的に実験を実施し以下のような結果を得た。

1.縦断的研究では「妊娠群」と「非妊娠群」の腰椎、大腿骨、尾椎3部位の骨密度の変化を妊娠1・2・3週、授乳1・2・3週、離乳1・2・3・4・5週の各時期に測定し解析した。「妊娠群」での3部位の骨密度の変化は、ともに非妊娠期に比較して妊娠期には増加し、授乳期に減少し、離乳期には再度増加するパターンを示した。しかし、尾椎のみ非妊娠期より高いレベルでの増減パターンであった。妊娠期の大腿骨と尾椎は有意な増加を示し、授乳期は腰椎が3時期ともに有意に減少し大腿骨は2時期に有意な減少であった。離乳期での骨密度は腰椎も大腿骨も授乳期に引き続き、離乳1または2週目は有意な減少であり離乳3週以降になって有意な増加を示した。以上のことから妊娠期の骨密度の増加は、胎仔の成長にともなう母ラットのカルシウム吸収の促進が示唆され、授乳期は仔ラットの成長にともなって授乳量の増加により母ラットの骨密度の減少が認められ、離乳2週目までは授乳の影響を受け骨密度は減少を続け、離乳3週目に非妊娠期程度までに回復し、離乳後一定の期間を経て骨密度が回復することが示唆された。「非妊娠群」の骨密度は、成長にともなって各週ともに有意に増加し、成長と骨密度に相関が認められた。

2.横断的研究では「妊娠群」の腰椎骨密度のみ縦断的研究と同時期に測定した。妊娠・授乳・離乳期の骨密度の増減パターンは、縦断的研究と同じように妊娠期に増加し授乳期に減少し、離乳期に再度増加するパターンを示した。妊娠2・3週目には非妊娠群に比較し有意な増加であり、授乳2・3週には有意に減少し、離乳1週は授乳期に続き有意な減少で経過し、離乳2週になって非妊娠群と同程度に回復した。横断的研究においても縦断的研究で得られた結果と近似しており、妊娠期の骨密度の増加は、胎仔の成長に対応したものであり、授乳期の減少は授乳由来によるもので離乳期の骨密度の回復は授乳終了によることが示唆された。

3.横断的研究での「妊娠群」の妊娠1・2・3週、授乳1・2・3週、離乳1・2・3・4週の各時期での腰椎の骨密度測定直前に採血をし、エストラジオールとアルカリホスファターゼ及びカルシュウムを測定し以下の結果を得た。エストラジオールは妊娠2・3週には非妊娠群に比較して有意に増加し、授乳1週には非妊娠種皮に減少し、離乳群は授乳群と同程度に経過した。アルカリホスファターゼは、非妊娠群に比較し妊娠2・3週には有意に減少し、授乳1・2・3週に有意に増加し、離乳1週から減少を始め離乳2・3週は有意な減少であった。妊娠群のカルシュウムは、妊娠1・2週には非妊娠群に比較し有意に増加し、授乳2週には有意に減少し、離乳1・3週には有意に増加した。エストラジオールは妊娠群で増加し、骨密度の増加を促進していることが示唆され、アルカリホスファターゼは骨密度が高い妊娠群で代謝が低く、骨密度の減少している授乳群では骨代謝が高まっており、離乳期の骨密度の日復時には骨代謝が下降していることが示唆された。カルシュウムの増減は骨密度の増減と対応しており、カルシュウムの値は骨密度を反映していることが示唆された。

 以上、本論文は縦断的研究と横断的研究の結果から、骨密度の増減パターンと程度及びその要因を明らかにできた。腰椎と大腿骨の骨密度の変化については、妊娠群では非妊娠群より有意に増加し、授乳群では有意に減少し、離乳群では非妊娠群と同程度あるいは非妊娠群より高値にまで回復した。尾椎の骨密度の変化パターンは、腰椎と大腿骨と近似していたが非妊娠群の骨密度のレベルより下降することはなかった。

 また、エストラジオール、アルカリホスファターゼ、カルシュウムなどは妊娠、授乳、離乳期に特有な変化を示し、この時期の骨代謝に深く関わっていることが示唆された。

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