学位論文要旨



No 215343
著者(漢字) 駒谷,秀也
著者(英字)
著者(カナ) コマタニ,ヒデヤ
標題(和) インドロカルバゾール系トポイソメラーゼI阻害剤に対する耐性メカニズムの研究
標題(洋)
報告番号 215343
報告番号 乙15343
学位授与日 2002.05.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第15343号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 助教授 漆谷,徹郎
 東京大学 助教授 黒瀬,等
 東京大学 助教授 内藤,幹彦
内容要旨 要旨を表示する

 抗がん剤治療を困難なものにしている大きな原因の一つとして、薬剤耐性という現象が知られており、薬剤耐性のメカニズムの究明と、それに基づいた薬剤耐性を克服するための新しい診断・治療法の開発が、強く望まれている。本研究は、抗がん剤として現在臨床開発中のインドロカルバゾール構造をもつトポイソメラーゼI阻害剤である、NB-506及びJ-107088に対する耐性機構の解明を目的とし、これらの化合物に耐性を示す培養がん細胞や、薬剤接触によって樹立した耐性細胞株を用いた分子レベルでの解析を行った。

 本研究では、まずインドロカルバゾール化合物に対する耐性機構として、細胞におけるこれらの化合物の蓄積量の違いに注目し、これらの薬物を細胞外に排出するメカニズムを明らかにし、その重要性を示唆した。この研究では 最初に、NB-506に耐性を示すHeLa細胞とNB-506感受性のHeLaS3細胞の比較から、HeLa細胞においてNB-506蓄積量の低下と細胞外排出の上昇が起きていることを示し、薬剤の排出によるNB-506の耐性機構を示唆した。またHeLa細胞は既存の抗がん剤には交差耐性を示さずNB-506化合物に選択的耐性を示したことから、これらの排出機構が既存の多剤耐性因子と異なることが示唆された。さらに反転膜小胞を用いた実験から、HeLa細胞膜上にNB-506をATP依存に輸送する未知のトランスポーターの存在を示唆した。さらに、新たに樹立した耐性株における遺伝子発現の比較解析から、このインドロカルバゾール化合物の排出を行う分子の同定を試みる研究を行った。各種の培養がん細胞をNB-506と持続接触することにより得られたNB-506高度耐性細胞株は、インドロカルバゾール化合物に対して比較的選択的に耐性を示し、HeLa細胞において観察されていたのと同様に薬剤蓄積の減少と強い排出が示された。これらの細胞株の中から、マウス由来のLY/NR2耐性株とその親株を選び、オリゴヌクレオチド・マイクロアレイを用いて耐性株選択的に発現上昇している遺伝子の探索を行った。その結果、耐性株LY/NR2株で最も選択的に発現が上昇している遺伝子としてABC トランスポーターであるBCRP/MXR/ABCP (BCRP) 遺伝子が同定された。さらにこの遺伝子を肺がん細胞PC-13に導入した実験から、BCRPがインドロカルバゾール化合物を排出することにより細胞に耐性を付与することが証明された。この遺伝子はHeLa細胞を含むすべての耐性株に過剰発現していることから、BCRPによる排出がインドロカルバゾール耐性の重要なメカニズムであることが示唆された。

 一方、本研究では排出とは異なるメカニズムによる耐性機構の解明を目的として、これら化合物の標的分子であるトポイソメラーゼIに関連した変異を持つ耐性細胞の解析をも行った。ここでは、マウス白血病細胞であるP388より樹立したNB-506耐性細胞であるP388/F11株の解析を行い、この細胞におけるトポイソメラーゼI活性の減少、NB-506などの薬剤に対する感受性の低下を明らかにした。さらに、この細胞のトポイソメラーゼI遺伝子にリアレンジメントが生じ、その結果としてこの遺伝子の翻訳領域中の約1.8kbの領域がタンデムに重複し、約170kDaの変異型タンパクが発現していることを明らかにした。この変異型タンパクをバキュロウイルスを用いて発現させ精製タンパクの解析を行ったところ、この変異型トポイソメラーゼIが酵素活性を有し、しかもこの変異型酵素のNB-506やカンプトテシンに対する感受性が低下していることが明らかとなった。これらの結果から、遺伝子の重複によって生じた変異型トポイソメラーゼIの耐性への関与が示され、遺伝子のリアレンジメントを伴う新しいトポイソメラーゼI阻害剤に対する耐性のメカニズムが示された。

 以上より本研究では薬剤耐性細胞を用いた分子レベルの解析からインドロカルバゾール系トポイソメラーゼI阻害剤に対する二つの耐性機構を明らかにした。一つはABC トランスポーターであるBCRPによる薬剤排出に基づいたメカニズム、もう一つは標的分子であるトポイソメラーゼIのリアレンジメントを伴う変異による耐性現象である。

 これらの2つの耐性メカニズムの解析結果は、将来的にインドロカルバゾール系抗がん剤を臨床の場において用いるにあたって、有用な情報を与えると思われる。まず、BCRPに関しては、今後臨床でのこの分子の発現を解析することにより、インドロカルバゾール系抗がん剤が有効であると思われるがん種の決定や、患者個人のレベルでこの遺伝子の発現にもとづいた診断に有用であると考えられる。また、トポイソメラーゼIのリアレンジメントによる耐性機構のさらなる解析は、臨床におけるトポイソメラーゼI阻害剤投与による耐性獲得のメカニズムの理解にとって重要な知見を与える可能性があると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 がん化学療法を困難なものにしている大きな原因の一つとして、抗癌剤に対する耐性がんの出現という現象があり、薬剤耐性を回避・克服することは化学療法の改善にとって極めて重要な課題である。本研究ではトポイソメラーゼIを標的とした抗がん剤であるNB-506 や J-107088といった新規の抗がん剤に関しての耐性メカニズムを明らかにするために、分子レベルでの検討を行ったものである。これらの化合物は、既存のトポイソメラーゼI阻害剤と異なるインドロカルバゾール骨格を持ちその耐性機構は不明であるが、これまでの研究から細胞における薬剤の蓄積量との関連性が示唆されていた。本研究では、このNB-506の細胞内蓄積量をコントロールするメカニズムを明らかにする目的で耐性細胞が樹立され、その解析から耐性のメカニズムとして薬剤排出の亢進による薬剤細胞内蓄積量の低下が示された。さらに耐性細胞において発現が選択的に上昇している遺伝子のスクリーニングから、この薬剤の耐性因子の同定が試みられた。

1.NB-506持続接触によるNB-506耐性細胞株の樹立

 耐性に関与する目的分子の同定のための材料として、複数の培養がん細胞をもとにNB-506を持続接触することによって耐性細胞株が樹立された。ヒト肺がん細胞のPC-13及びヒト大腸がん細胞のHCT116よりNB-506高度耐性株が得られ、また、マウス繊維芽細胞のLYよりNB-506に高度耐性を示すNR2株と中程度の耐性を示すNR1株が得られた。これらの樹立した細胞株に対する種々の抗がん剤に対する交差耐性を調べたところ、これらの細胞はインドロカルバゾール化合物に選択的に高い耐性を示し、既知の多剤耐性因子の基質化合物に対する耐性は認められなかった。これより既存の耐性機構とは異なる耐性メカニズムが示唆された。

3. マウス由来耐性細胞株におけるNB-506の蓄積の減少と排出の上昇

 この耐性現象への細胞内薬剤蓄積量の変化の関与を調べるためにマウスLY細胞由来の耐性株LY/NR1及び、NR2株におけるNB-506の細胞内蓄積が調べられた。その結果、強い耐性を示すNR2株では細胞内蓄積が親株の約14%に、中程度の耐性を示すNR1株では親株の約50%に減少していた。この蓄積の減少はミトコンドリア脱共役剤である2、4-ジニトロフェノール(DNP)処理により回復すること、またNR2株で強いNB-506の排出認められることから、耐性の原因としてエネルギー依存の薬剤排出活性の上昇が強く示唆された。

4. DNAマイクロアレイを用いた耐性株選択的な発現上昇を示す遺伝子の同定

 本実験では、前述のLY/NR2耐性株で上昇している薬剤排出の原因遺伝子を探索する目的で、耐性細胞株及び親株における約30000の遺伝子発現をオリゴヌクレオチド・マイクロアレイを用いて比較し、NR2株において選択的に発現が増加している遺伝子の検索が行われた。その結果、NR2株で最も選択的に発現が上昇している遺伝子としてBCRP遺伝子が同定された。またノーザンブロットによる解析から、ヒト及びマウス由来のすべての耐性株に選択的にこの遺伝子が過剰発現していることが明らかとなり、この遺伝子がこれらの細胞株のインドロカルバゾール耐性の原因遺伝子であることが強く示唆された。

5.ヒトBCRPのインドロカルバゾール耐性への関与の証明

 同定されたBCRP は1998年に単離されたABCトランスポーターに属する分子であり、抗癌剤であるミトキサントロン、トポテカンの耐性に関与しているという報告がなされていた。本実験では、BCRP遺伝子がインドロカルバゾール化合物の排出分子であり耐性因子であることを証明する目的で、肺がん細胞PC-13にBCRP cDNAをトランスフェクトし、得られた安定発現株を用いた解析が行われた。その結果、BCRPを導入発現させたクローンでは明らかなインドロカルバゾール化合物耐性が示され、また薬剤排出の上昇が認められた。一方報告とは異なりこれらの細胞において、ミトキサントロンやトポテカンに対する耐性は示されなかった。以上のデータからBCRPがインドロカルバゾール化合物の排出分子であり、耐性因子であることが証明された。さらに、これまでの報告とは異なり、この分子が単独でミトキサントロンやトポテカンに耐性を付与しないということも示された。本実験で得られたBCRPの配列は過去の報告と一アミノ酸異なることが判明しており、このアミノ酸の違いが基質特異性に影響を及ぼし、異なる結果が得られている可能性も示唆された。

 以上のように、薬剤耐性株の取得とDNAマイクロアレイを用いた遺伝子発現の網羅的解析から、インドロカルバゾール系抗がん剤の耐性因子としてABCトランスポーターであるBCRPが同定された。またBCRP・cDNAの細胞への導入によりBCRPがインドロカルバゾール化合物を排出することによって耐性を付与することが証明され、さらに報告とは異なる新規なBCRPの性質も明らかとなった。これらの成果は臨床における分子診断にもとづいた抗がん剤感受性の予測や、耐性の克服に有用な知見を与えることができ、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと考えられた。

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