学位論文要旨



No 215344
著者(漢字) 石神,未知
著者(英字)
著者(カナ) イシガミ,ミチ
標題(和) HMG-CoA還元酵素阻害剤のチトクロームP450を介する薬物相互作用の研究
標題(洋)
報告番号 215344
報告番号 乙15344
学位授与日 2002.05.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第15344号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 今井,一洋
 東京大学 教授 夏苅,英昭
 東京大学 助教授 漆谷,徹郎
内容要旨 要旨を表示する

 抗真菌剤のイトラコナゾールとHMG-CoA還元酵素阻害剤のシンバスタチンおよびロバスタチンを併用すると血漿中濃度が著しく上昇する薬物相互作用が報告されている。一方、HMG-CoA還元酵素阻害剤のプラバスタチンはイトラコナゾールとの併用で薬物相互作用を生じていない。そこで、本研究はプラバスタチンと他のHMG-CoA還元酵素阻害剤との薬物相互作用に関する差異を明らかにすることを目的として行われた。近年ヒト肝臓ミクロソームおよびチトクロームP450(P450)の種々の分子種発現系が利用できるようになったことに伴い、in vitroの系で併用薬の代謝阻害を簡単に調べることができるようになった。また、薬物速度論的解析を行うことでin vitroの系からヒトのin vivoでの相互作用の可能性を予測することが可能となった。そこで、シンバスタチンの代謝に対するイトラコナゾールのin vitro阻害試験の結果から薬物速度論的解析を行い、in vivo薬物相互作用を予測した。一方、in vitroからin vivoの予測を行う際には、臓器中濃度等、ヒトでは測定不可能な部分を動物のin vivo実験で補うが、P450の分子種には種差や性差が存在するために、実験動物の結果がヒトにおける薬物相互作用を反映しない可能性もある。そこで本研究では、P450代謝阻害を介する薬物相互作用の種差と性差に注目し、実験動物のなかでも体内動態試験に最も一般的に用いられているラットにおけるP450代謝を介する薬物相互作用の性差について検討した。

1.ヒトにおけるシンバスタチンとイトラコナゾールの薬物相互作用

 シンバスタチンはヒト肝ミクロソーム中で代謝物M-1およびM-2を生成したが、プラバスタチンは代謝物を生成しなかった。シンバスタチンのヒト肝ミクロソームによる代謝はCYP3A4阻害抗体により阻害された。ヒト肝ミクロソームによるシンバスタチン代謝はイトラコナゾールによって阻害され、そのKi値はnMのオーダーであった。イトラコナゾールの反応液中の非結合型濃度に基づいて算出したKi値から、薬物相互作用の解析を行った。False negativeを出さないことを念頭に置いて、このKi値とイトラコナゾールのファーマコキネティックパラメータを薬物速度論のモデルに当てはめて、in vivoの薬物相互作用の最大値を予測した。イトラコナゾール併用時のシンバスタチンの濃度-時間曲線下面積(AUC)はイトラコナゾール非併用時と比較して約84倍と算出された。以上の結果より、シンバスタチンのCYP3A4による代謝をイトラコナゾールが阻害することによってシンバスタチンの血漿中濃度が著しく上昇することが明らかとなった。一方、プラバスタチンはCYP3A4代謝を受けないため、イトラコナゾールの影響を受けないことが明らかとなった。

2.ラットにおけるシンバスタチンとイトラコナゾールの薬物相互作用の性差

 雌雄ラットのシンバスタチン体内動態に対するイトラコナゾールの併用の影響をin vivoの系で検討した。イトラコナゾールとの併用によって、雌ラットのシンバスタチンのAUCは約1.6倍上昇したが、雄ラットでは、イトラコナゾールの併用によるシンバスタチンのAUCの変化は認められなかった。そこで、雄ラットではヒトの薬物相互作用を再現できなかった原因を明らかにするためin vitroの系で検討した。シンバスタチンの雌ラット肝ミクロソームによる主要代謝物はヒトと同様のM-1およびM-2であった。一方雄ラットではヒトの主要代謝物とは異なるM-3が生成した。雌雄ラット肝ミクロソームによるシンバスタチン代謝に関与するP450分子種について、抗P450分子種抗体を用いて検討した結果、雌ラットでは主にCYP3Aサブファミリー、雄ラットでは主にCYP2C11が関与していることが示された。雌ラット肝ミクロソームのシンバスタチン代謝はイトラコナゾールによって阻害されたが、雄ではシンバスタチン代謝は阻害されなかった。この性差は、シンバスタチンの代謝に関与するP450分子種が雌雄ラットで異なる事、またイトラコナゾールのCYP3AとCYP2C11に対する阻害能力が異なる事が原因と推察された。

3.ヒトにおけるメキサゾラム代謝に対する各種HMG-CoA還元酵素阻害剤の影響

 抗不安薬メキサゾラムのヒト肝ミクロソーム代謝は、P450分子種阻害抗体を用いた検討よりCYP3A4が関与することが明らかとなった。各種HMG-CoA還元酵素阻害剤によるヒト肝ミクロソームのメキサゾラム代謝に対するKi値を比較すると、すべてのHMG-CoA還元酵素阻害剤でラクトン型のほうがアシッド型より強い阻害を示した(図1)。各種HMG-CoA還元酵素阻害剤のlogP値とCYP3A4阻害のKi値の相関をプロットしたところ、脂溶性が高いものほど強いCYP3A4阻害を示す傾向が認められた。ラクトン型プロドラッグであるシンバスタチンおよびロバスタチンはCYP3A4代謝阻害を示した。アシッド型であり、かつlogP値が負を示すプラバスタチンはCYP3A4の代謝を阻害しなかった。また、logP値が正の値を示すアシッド型であるフルバスタチン、セリバスタチン、アトルバスタチンもCYP3A4の代謝を阻害した。

4.ラットにおけるメキサゾラム代謝に対する各種HMG-CoA還元酵素阻害剤の阻害の性差

 雌雄ラット肝ミクロソームによるメキサゾラムの代謝に関与するP450分子種について、P450分子種阻害抗体を用い検討した結果、雌ラットでは主にCYP3Aサブファミリー、雄ラットでは主にCYP2C11が関与していることが示された(図2)。一方、デキサメサゾン投与ラット肝ミクロソームのメキサゾラム代謝に関与するP450は雌雄とも主にCYP3Aサブファミリーであることが推定された。雌ラット肝ミクロソームによるメキサゾラム代謝は、プラバスタチン(アシッド)以外のHMG-CoA還元酵素阻害剤によって阻害され、一方、雄ラット肝ミクロソームでは、プラバスタチン(アシッド)およびシンバスタチンアシッド以外のHMG-CoA還元酵素阻害剤によって阻害された。この時、雄に比較して雌のKi値が低値を示し、HMG-CoA還元酵素阻害剤のメキサゾラム代謝阻害能には性差が認められた。さらに、デキサメサゾンでCYP3Aサブファミリーを誘導した雄ラット肝ミクロソームによるメキサゾラム代謝に対しては、シンバスタチンアシッドは阻害を示した。これらの結果より、阻害の性差はメキサゾラム代謝に関与するP450分子種が雌雄で異なる事、またシンバスタチンアシッドのCYP2C11とCYP3Aサブファミリーに対する阻害能力が異なるためと推察された。また、メキサゾラム代謝阻害に関しては、雄ラットよりも雌ラットの方がヒトを反映しており、さらに雄ラットもデキサメサゾン誘導することによってヒト型の阻害を示すことが明らかとなった。

【結論】

 ラットによるメキサゾラムの代謝およびHMG-CoA還元酵素阻害剤の阻害には性差があり、雌ラットの方がヒトを反映していることが明らかとなった。さらに、ラットによるシンバスタチンの代謝、およびイトラコナゾールの阻害にもメキサゾラムと同様の性差があり、雌ラットがヒトに類似した相互作用を示した。この薬物相互作用の性差は、代謝に関与するP450分子種が雌雄ラットで異なる事が原因であることが明らかとなった。代謝が関与する薬物相互作用の試験の目的で、ラットをヒトのモデル動物として用いる場合は、代謝に関与する分子種の種差や性差を考慮に入れる必要性が示された。

 ヒト肝ミクロソームを用いた検討より、HMG-CoA還元酵素阻害剤の脂溶性とCYP3A阻害能力には相関が有り、脂溶性が高い薬物ほどCYP3Aの阻害活性が高い傾向が示された。この結果は、P450が脂溶性薬物を水溶性に変換し、体外に排出する役割を果たしていることから考えると、脂溶性が高い薬物ほどP450に対する親和性が高く、その延長としてP450阻害が生じることを合理的に説明できる。こうした観点から、P450による代謝をほとんど受けない水溶性の高いアシッド型として投与されるプラバスタチンは、薬物相互作用の回避という特徴を有すると結論できる。

図1 ヒト肝ミクロソームによるメキサゾラム代謝に対するHMG-CoA還元酵素阻害剤の影響

図2 雌雄ラット肝ミクロソームのメキサゾラム代謝に対するP450分子種阻害抗体の影響

審査要旨 要旨を表示する

 近年、併用療法の増加に伴い、薬物相互作用が多数報告されている。医薬品の開発段階において薬物相互作用の有無を知ることは非常に重要な課題であり、既存薬についても臨床上適応する際には薬物相互作用を起こさないよう注意することが求められている。抗真菌剤のイトラコナゾールとHMG-CoA還元酵素阻害剤のシンバスタチンおよびロバスタチンを併用すると血漿中濃度が著しく上昇する薬物相互作用が報告されているが、プラバスタチンはイトラコナゾールとの併用で薬物相互作用は生じていない。本研究はプラバスタチンと他のHMG-CoA還元酵素阻害剤との薬物相互作用に関する差異を明らかにすることを目的として行われた。シンバスタチンの代謝に対するイトラコナゾールのヒト肝ミクロソームを用いたin vitro阻害試験の結果から薬物速度論的解析を行い、in vivo薬物相互作用を予測した。一方、in vitroからin vivoの予測を行う際には、臓器中濃度等、ヒトでは測定不可能な部分を動物のin vivo実験で補うが、チトクロームP450(P450)の分子種には種差や性差が存在するために、実験動物の結果がヒトにおける薬物相互作用を反映しない可能性もある。本研究では、P450代謝阻害を介する薬物相互作用の種差と性差に注目し、実験動物のなかでも体内動態試験に最も一般的に用いられているラットにおけるP450代謝を介する薬物相互作用の性差について検討された。

1.ヒトにおけるシンバスタチンとイトラコナゾールの薬物相互作用

 シンバスタチンはヒト肝ミクロソーム中で代謝物を生成したが、プラバスタチンは代謝物を生成しなかった。シンバスタチンのヒト肝ミクロソームによる代謝は抗体を用いた検討よりCYP3A4が関与していることが示された。ヒト肝ミクロソームによるシンバスタチン代謝はイトラコナゾールによって阻害され、そのKi値はnMのオーダーであった。イトラコナゾールの反応液中ミクロソーム非結合濃度に基づいて算出したシンバスタチン代謝に対するKi値と、イトラコナゾールの体内動態パラメータから、in vivoにおける薬物相互作用の最大値を算出した結果、AUCはイトラコナゾール非併用時の約84倍と予測された。シンバスタチンとプラバスタチンのイトラコナゾール併用による相互作用有無の差異はCYP3A4による代謝の有無によることが示唆された。

2.ラットにおけるシンバスタチンとイトラコナゾールの薬物相互作用の性差

 雌雄ラットにおけるシンバスタチン体内動態に対するイトラコナゾール併用の影響をin vivoの系で検討した結果、雌の場合シンバスタチンのAUCは併用により約1.6倍上昇したが、雄ではAUCの変化は認められず性差が示された。雌雄ラット肝ミクロソームによるシンバスタチン代謝に関与するP450分子種は、雌では主にCYP3Aサブファミリー、雄では主にCYP2C11が関与していることが示された。雌ラット肝ミクロソームのシンバスタチン代謝はイトラコナゾールによって阻害されたが、雄では阻害されなかった。ラットで観察されたシンバスタチンとイトラコナゾールの薬物相互作用における性差は、シンバスタチンの代謝に関与するP450分子種が雌雄で異なる事、またイトラコナゾールのCYP3AとCYP2C11に対する阻害能力が異なる事が原因であることが示された。

3.ヒト肝ミクロソームにおけるメキサゾラム代謝に対する各種HMG-CoA還元酵素阻害剤の影響

 CYP3A4の基質である抗不安薬メキサゾラムのヒト肝ミクロソーム代謝に対する各種HMG-CoA還元酵素阻害剤のKi値を比較すると、すべてのHMG-CoA還元酵素阻害剤でラクトン型のほうがアシッド型より強い阻害を示した。アシッド型であり、かつlogP値が負を示すプラバスタチンはCYP3A4によるメキサゾラムの代謝を阻害しなかった。各種HMG-CoA還元酵素阻害剤のlogP値に対するCYP3A4阻害のKi値をプロットしたところ、脂溶性が高いものほど強いCYP3A4阻害を示す相関が認められた。

4.ラットにおけるメキサゾラム代謝に対する各種HMG-CoA還元酵素阻害剤による阻害の性差

 雌雄ラット肝ミクロソームによるメキサゾラムの代謝には、雌では主にCYP3Aサブファミリー、雄では主にCYP2C11が関与していることが示された。一方、デキサメサゾン投与によりCYP3Aサブファミリーを誘導した雌雄ラット肝ミクロソームにおいては、メキサゾラム代謝には主にCYP3Aサブファミリーが関与し、性差は認められなかった。雌ラット肝ミクロソームによるメキサゾラム代謝は、シンバスタチンアシッドによって阻害されたが、雄ラットでは阻害されず、阻害に性差が認められた。さらに、デキサメサゾン投与雄ラット肝ミクロソームによるメキサゾラム代謝に対しては、シンバスタチンアシッドは阻害を示した。メキサゾラム代謝阻害に関しては、雄ラットよりも雌ラットの方がヒトを反映していた。さらに雄ラットにおいてもデキサメサゾンによってCYP3Aサブファミリーを誘導することによってヒト型の阻害を示すことが明らかとなった。

 ラットによるメキサゾラムの代謝およびHMG-CoA還元酵素阻害剤の阻害には性差があり、雌ラットの方がヒトを反映していることを明らかとした。さらに、ラットによるシンバスタチンの代謝、およびイトラコナゾールの阻害にもメキサゾラムと同様の性差があり、雌ラットがヒトに類似した相互作用を示すことを明らかとした。この薬物相互作用の性差には、雄ラットに特異的に発現しているCYP2C11に対する親和性が重要な役割を果たしていることが明らかとなった。代謝が関与する薬物相互作用の試験の目的で、ラットをヒトのモデル動物として用いる場合は、代謝に関与する分子種の種差や性差を考慮に入れる必要性が示された。

 HMG-CoA還元酵素阻害剤の脂溶性とCYP3A阻害能力には相関が有り、脂溶性が高い薬物ほどCYP3Aの阻害活性が高い傾向が示された。この結果は、P450が脂溶性薬物を水溶性に変換し、体外に排出する役割を果たしていることから考えると、脂溶性が高い薬物ほどP450に対する親和性が高く、その延長としてP450阻害が生じることを合理的に説明できる。こうした観点から、P450による代謝をほとんど受けない水溶性の高いアシッド型として投与されるプラバスタチンは、薬物相互作用の回避という特徴を有することが示された。

 本研究は、in vitro実験あるいは動物実験からヒトのP450を介する薬物相互作用を予測する上で有用な情報を与えるものであり、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと考えられた。

UTokyo Repositoryリンク