学位論文要旨



No 215346
著者(漢字) 新井,宏二
著者(英字)
著者(カナ) アライ,コウジ
標題(和) パワーリサイクリングした干渉計型重力波検出器における安定した制御信号の取得について
標題(洋) Robust extraction of control signals for power-recycled interferometric gravitational-wave detectors
報告番号 215346
報告番号 乙15346
学位授与日 2002.05.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第15346号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 相原,博昭
 東京大学 教授 満田,和久
 東京大学 助教授 佐々木,真人
 東京大学 教授 蓑輪,眞
 東京大学 教授 黒田,和明
内容要旨 要旨を表示する

 一般相対性理論におけるアインシュタイン方程式を線形化すると、重力波と呼ばれる時空の歪みの波動解が得られる。当初理論的な存在であった重力波であるが、その存在は電波望遠鏡による連星パルサーの観測により間接的に確認され、現在では重力波はさまざまな天文現象で重要な役割を果たしていると考えられている。しかし、重力波と物質の相互作用はきわめて弱く、その直接検出はいまだなされていない。重力波の直接検出は一般相対性理論の検証実験の中で残された大きな課題の一つであり、また重力波を直接捉えることができるようになれば、電磁波による観測とは質の異なる天文学を展開することができると期待されている。

 近年、主にレーザー技術を中心とした目覚しい技術革新により、長基線レーザー干渉計による直接検出の気運が高まりをみせている。レーザー干渉計型重力波検出器は、自由質点間の固有距離の重力波による変化を、マイケルソン干渉計の差動位相変化として検出することを原理としている。重力波検出器の鏡は水平方向に自由質点として振舞うように、懸架装置に吊るされている。レーザー光源からの光をビームスプリッタによって直交2方向に分岐して干渉計の両腕に入射する。この両腕から返ってくる反射光を干渉させ、その干渉強度の変化から重力波の信号を読みとることができる。現在、世界各地で長基線干渉計計画が提案され、日本のものを含めたいくつかは計画が進行している。これらの干渉計型重力波検出器では、地面振動・鏡を懸架する振り子や鏡そのもの熱振動・光のショット雑音(散射雑音)などの原理的な雑音が最終的な感度を制限するとされている。これらの雑音の中で、ショット雑音は干渉計型重力波検出器の高周波(100Hz〜1kHz以上)での感度を制限する雑音である。ショット雑音を低減するにはなるべく高出力のレーザー光源を使用するのが望ましいが、現在のところ重力波検出器での利用に堪える高品質・高安定のレーザー光源は10W級の出力が限度となっている。

現在進行中の干渉計型検出器計画のすべてにおいて、パワーリサイクリングと呼ばれる技術によりショット雑音限界を低減する方策がとられる。パワーリサイクリングでは、干渉計の直前にリサイクリングミラーと呼ばれる半透過鏡を置いて(図1)、干渉計からの戻り光を打ち返し、干渉計内の光量を増加させる。これにより光源の光量を増大したのと、実効的に同じ効果を得ることができるのである。しかしながら、パワーリサイクリングの導入により干渉計の光学構成は複雑化してしまう。とくに現在主流であるファブリ・ペロー・マイケルソン方式では、マイケルソン干渉計の両腕に長基線のファブリ・ペロー共振器を配置しているため、リサイクリングミラーによって両腕の情報が混合してしまう。さらに、腕共振器とリサイクリングミラーで3枚鏡の結合共振器を構成するため、各共振条件のための信号を分離度よく取得するのが困難になる。本研究では、この複雑な光学構成において、各光学要素を確実に制御するための信号取得法を確立することが主目的となっている。

 ファブリ・ぺロー・マイケルソン方式の干渉計にパワーリサイクリングを行った場合(以後RFPMI)では、制御すべき光路長変動量として、「それぞれの腕に配置された光共振器の光路長(図1のLIとLP)」「リサイクリングミラーと各フロントミラーの間の光路長(lIとlP)」の4自由度が存在する。マイケルソン干渉計には腕光路長変化の同相と差動を分離する性質があるので、上記4自由度の線形結合であるを用いるのが便利である。ここでδは各自由度の動作点からの微小なずれを表す。干渉計が高い感度を持つ状態を保つためには、これらの自由度は波長の数万分の1から数百万分の1の精度で制御されていなければならない。しかし、干渉計の鏡は原理上の要請から振り子に懸架されており、地面の振動により振り子の固有振動がレーザー波長以上にまで励起されてしまう。そのため、各自由度に対応した制御信号を取得し、帰還制御により干渉計を動作状態に保つことが行われている。

 RFPMIの制御信号取得法としてプレ変調法が非常に有効な手法である。プレ変調法では位相変調により変調サイドバンド光を付加したレーザー光を干渉計に入射し、検出ポート・反射ポート・ピックオフポートなどから出てくる光を光検出器で受光する。このとき光検出器に発生する光電流を変調と同じ周波数の局発波で復調して制御信号を得る。この方法には、干渉計内に変調器を置く必要がないこと、制御に必要な4自由度のすべてが同相・差動に分離されて現れること、といった利点がある。しかし、プレ変調法でδl+の信号を得るポートは同時にδL+に対して100倍以上も高い感度を持つという問題がある。さらに、プレ変調法で得たδl+信号やδl-信号には、信号の強度や符号が干渉計の光学パラメータの変化・変更や干渉計内の光学的条件に対して敏感に変動する特徴があり、条件によっては非常に小さい信号しか得られないケースがある。そのため、プレ変調法に立脚しながらも、δl+信号やδl-信号が容易に得られる方法があれば極めて有用である。

 本研究において、高調波復調をもちいたRPFMIの信号取得法(3倍波復調法)を提案した。この方法では、干渉計反射光を変調の3倍の周波数で復調することで、δl+とδl-を反映した信号を取得する。反射ポートの光検出器には、1次のサイドバンド光とキャリア周波数の逆側に存在する-2次のサイドバンド光との干渉により、変調の3倍波の成分を含む光電流が発生する。3倍波復調法ではこれを復調して信号を取得している。従来の干渉計の信号取得においては、キャリア光と1次のサイドバンド光のみが考慮され、高次のサイドバンド光は無視されてきた。しかし本研究では、RFPMIにおいては反射ポートでの2次のサイドバンド光の効果が強調され、制御に用いるのに十分な信号が生成されることを見出した。これは主に、2次のサイドバンド光がほぼ常に干渉計に対し反共振で、高い反射率で反射されるのに対し、その他の光が干渉計内に共振して低反射率になることに起因している。

 この3倍復調法には次に挙げるような利点が存在する。

 ・3倍波復調法は信号取得系に追加の復調系を設置するだけで実現され、RFPMIの基本的な光学配置を変更する必要がない。

 ・得られる復調信号はδL+に対する感度が通常得られる復調信号より、もともと小さい。さらに、そのδL+の寄与も以下のような方法によって減らすことが可能である。

 1)3次のサイドバンドが反射されないように干渉計の光学パラメータを調整する。2)入射光に主変調の3倍の周波数で別の弱い変調を加えることで、入射光から3次のサイドバンド光を除去する。

 ・従来の復調法に比べ、3倍波復調で得られるδl+信号やδl-信号は、光学パラメータの変化・変更に対して弱い依存性しかもたない。すなわち、干渉計の典型的な光学パラメータにおいては信号の符号が反転することがなく、信号の振幅も光学パラメータによって急激に減少するようなことがない。

 ・光学パラメータへの依存性に加えて、干渉計を動作状態に導く過程(ロックアクイジション)でも、δl+信号やδl-信号の符号や振幅が大きく変動することがない。

 ・3倍波復調は新たに反射ポートに信号取得ポートを追加するので、従来使用していたピックオフ鏡がなくても、干渉計の動作に必要な信号を取得できる。そのため、ピックオフが導入していた光学的なロスを減少させ、リサイクリングによる実効光量増大率(リサイクリングゲイン)を増加させることが可能となる。

 これらの利点を実証するため、東京大学理学部に設置されたプロトタイプ干渉計型重力波検出器に3倍波復調法を実装した。この干渉計はRFPMI方式を採用し基線長は約3mである。実際の重力波検出器とまったく同様に、主要な光学要素は真空容器内にて振り子に懸架されている。本研究において3m干渉計を3倍波復調法を用いて安定に動作させることに成功し、以下に示すような結果を得ることができた。

 ・3倍波復調によって得た信号のδL+からの分離度の優位性:反射ポートにおける復調信号のδl+・δL+双方への信号感度を比較した結果、3倍波復調によって得たδl+信号は、従来のプレ変調法に対し13.6倍分離度よくδl+信号が取得できた。δl-信号についても同様の実験により、5.5倍分離度が向上した。

 ・光学パラメータの調整による、δL+からの分離度の更なる向上:干渉計内に導入された可変透過率ピックオフの透過率(TPO)を変化させて、復調信号のδL+からの分離度の干渉計の光学パラメータに対する依存性を調べた。これにより、ほとんどすべてのTPOにおいて3倍波復調法で得られた信号のほうが分離度が良いこと、とくにもっとも分離度の良くなる点では、TPOを最大に設定したときの測定値(上記)より19倍分離度を向上させることができること、が明らかとなった。

 ・信号感度の光学パラメータ依存性:ピックオフの透過率を変化させながらδl+とδl-の信号感度の変化を測定した結果、あるTPOで通常の復調法で取得した信号のδl-が急激に減少すること、そのTPOを境にして信号の符号が反転してしまうことを確認した。一方、3倍波復調で得られた信号の信号感度は、光学パラメータヘの緩やかな依存性をしめすのみであることを確認した。

・信号感度のロック状態への依存性:従来の復調法におけるδl+信号とδl-信号は、ロックアクイジションの始めと終わりで、信号感度がそれぞれ7.6倍、10.7倍減少することがわかった。一方、3倍波復調で得られた信号感度はそれぞれ1.7倍、1.9倍の変動を示したのみであった。

・ピックオフなしでのRFPMI干渉計の動作:3m干渉計のリサイクリング共振器内のピックオフ鏡を除去し、その状態で干渉計を安定に動作させることに成功した。同時にリサイクリングミラーもより高反射率のものに交換し、リサイクリングゲインは3.9から5.5へと向上した。また、ピックオフが真空容器内の光学定盤に固定されていたことに起因する位相雑音が除去され、干渉計の雑音レベルを向上させることができた。

 このように、3mプロトタイプ干渉計における実験によって、本研究で提案された3倍波復調法が、従来の復調法に対して数多くの利点をもつことを実証した。3倍波復調法を用いることにより、干渉計のパラメータによらずδl+信号とδl-信号を安定して取得できるようになるので、信号取得システムの信頼性が向上する。また、光学パラメータを非常に精度高く設定したり、能動的に制御系の特性を変化させたりする必要がなくなり、干渉計型重力波検出器の設計を簡素化できる。干渉計の光学構成を簡素化できるため、潜在的には雑音レベルを低減させる効果も持つといえる。

図1:パワーリサイクリングしたファブリー・ペロー・マイケルソン干渉計

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,現在稼働中の重力波検出器,TAMA300の干渉計としての運転に非常に重要な役割を果たしたレーザー光学系の制御方法「高調波復調を用いた信号取得法(3倍波復調法)」について述べられている.この方法は,論文提出者が独自のアイデアに基づいて提案したもので,その提案を本研究科に設置した干渉計型重力波検出器プロトタイプを用いて実証し,その結果,我が国の重力波検出器の最先端で採用されたものである.本論文は,全6章からなり,第1章で重力波研究の意義と歴史,第2章でレーザー干渉計による重力波検出の原理,第3章でレーザー干渉計を共鳴状態に保つための制御(フィードバック)方法の原理,第4章でフィードバックに必要な信号を干渉計からどのように取り出すかの原理と論文提出者の唱える「高調波復調を用いた信号取得法(3倍波復調法)」の詳細,第5章でこの方法のプロトタイプ(3メートルのパワーリサイクリング型ファブリ・ペロー・マイケルソン干渉計)による実証を詳述している.そして,最後に第6章で,この方法の長所について考察,さらにTAMA300の干渉計運転が,この方法によって成功したことを報告している.ファブリ・ペロー・マイケルソン干渉計は,マイケルソン干渉計の両腕に光路の長いファブリ・ペロー共振器を配している.パワーリサイクリングとは,干渉計とレーザー光源の間に半透過鏡を置いて干渉計からの戻り光を反射し,干渉計内の光量を増加させる技術で,光の粒子としての数の統計揺らぎであるショット雑音を低滅させることができる.この非常に複雑なレーザー干渉計を外乱から分離して,干渉状態を保つには,干渉計各部の光路長をレーザー波長の数万分の1から数百万分の1の精度でフィードバック制御する必要がある.パワーリサイクリング型ファブリ・ペロー・マイケルソン干渉計には,制御すべき光路長パラメータとして4種類あり,これらのパラメータを干渉計の信号から効率よく取り出すことがレーザー干渉計重力波検出器においては,非常に重要である.

 干渉計から,信号を取得するためには,位相変調により変調サイドバンド光を付加したレーザー光を干渉計に入射し,検出ポート,反射ポート,ピックオフポートなどと呼ばれる干渉光を検出する光検出器で受光する.そして,光検出器に発生する光電流を復調する必要がある.従来,復調は変調と同じ周波数あるいは1次のサイドバンド高調波で行われていた.この方法は,4つのパラメータに対する感度が一様でないこと,信号の強度や符号が干渉計の光学パラメータの変化に敏感に反応してしまうなどの困難があった.論文提出者は,2次のサイドバンド光が干渉計に対し,ほぼ常に反共振のため,リサイクリングミラーにおいて高い反射率で反射されるのに対し,その他の光は共振して低反射率になることに着目し,反射ポートでの2次のサイドバンド光とキャリア光を使う復調法を考案した.この方法では,光検出器には変調の3倍波の成分を含む光電流が発生するため,3倍波復調法と呼ばれている.

 論文提出者は,本学部に設置されたプロトタイプ干渉計重力波検出器にこの3倍波復調法を実装した.その結果,この方法では,4つのパラメータどれもがよく分離できること,信号感度の光学パラメータに対する依存性の軽減ができることなどがわかった.このため干渉計型重力波検出器の設計が簡素化されることがわかり,この方法の従来の復調法に対する優位性を実証した.さらに,2001年12月24日には,TAMA300において3倍波復調法を使い,干渉計を動作状態に保つこと(ロック)に成功した.一方,従来の方法では未だロックに成功していない.以上により,論文提出者の考案,実証した3倍波復調法のTAMA300の運転における重要性は明白である.

 なお,本論文第4章(方法提案部分)は,安藤正樹氏,森脇成典氏,河辺径太氏,および坪野公夫氏との共同研究であるが,論文提出者のオリジナリティーおよび,この方法の実証実験が,論文提出者が単独実験である事実から,論文提出者の寄与は明白である.

 よって,ここに,博士(理学)を授与できると認める.

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