学位論文要旨



No 215351
著者(漢字) 甲斐,芳郎
著者(英字)
著者(カナ) カイ,ヨシロウ
標題(和) 鉄筋コンクリート造立体耐震壁構造の非線形解析に関する研究
標題(洋)
報告番号 215351
報告番号 乙15351
学位授与日 2002.05.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15351号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小谷,俊介
 東京大学 教授 壁谷澤,寿海
 東京大学 助教授 塩原,等
 東京大学 助教授 中埜,良昭
 東京大学 助教授 川口,健一
内容要旨 要旨を表示する

 一般建築物の地中外壁やLNGタンクのような地中構造物、サイロ、格納容一器を構成するRC造壁構造には、通常の耐震壁と比較して、様々な応力が同時に作用する。このような複合応力を受ける耐震壁の非線形挙動は、単一の荷重を受ける場合と比較して、耐力も変形能力も異なったものとなる。これまでの研究では、これらの非線形挙動を解析的に取り扱うために、材料非線形性を考慮した材料構成則に基づく平面応力要素、シェル要素や立体要素等を用いた有限要素法解析(FEM)により、構造物全体の解析を行う方法や、立体耐震壁全体の挙動に関する復元力特性を実験等の結果から定式化し、立体耐震壁全体を一つのはり要素で表現する方法等が用いられている。一方、フレーム構造の非線形特性に関しては、FEMを用いた解析や、層全体をせん断バネに置換する解析の他に、フレームを構成するはり、柱の部材レベルでの非線形モデルを作成し、それらを組み合わせることにより、簡便でかつ合理的な解析が行われるようになってきている。このような観点から、立体フレーム構造の非線形体解析で用いられる3次元フレーム解析のように簡便で合理的な解析法は、立体耐震壁に対しては未だ開発途上であるといえる。本研究は、フレーム構造の解析に用いている部材要素の簡便性とFEM解析の持つ様々な解析条件への適応性を合わせ持つ立体耐震壁の非線形解析手法を提案するものである。本論文は全9章から構成されている。

 1章「序論」では、本研究の目的は、立体耐震壁の簡便で合理的な解析法の構築であることを示した。現在立体耐震壁構造の非線形解析に用いられている解析手法を概括し、これらの解析手法では立体耐震壁の終局挙動を解析的に求めることは難しいことを指摘した。立体耐震壁の挙動に関する実験的研究、および、面外力と面内力が同時に作用する耐震壁の実験的研究はいくつか行われている。しかしながら、これらの成果を同時に考慮し、様々な荷重を受ける立体耐震壁の非線形挙動を解析的に模擬することは、現状では、非線形FEM解析を用いる以外に手だてがなく、フレーム解析で用いられているような簡便な解析手法の開発は行われていない。一方、壁とフレームが混在した立体構造の解析では、連層耐震壁を柱要素のモデル化を拡張することによりモデル化を行っているが、このようなモデル化は、面内力と面外力が同時に作用する立体耐震壁には適さない。話したがって、立体耐震壁の合理的な構造解析のためには、フレーム構造の解析に用いているはり要素の簡便性と、非線形FEM解析で用いられるプレート要素(平板シェル要素)のような様々な応力条件への適応性の両方を満足した要素の開発が必要であると結論付け、本研究の位置づけとした。

 2章「マクロプレート要素の開発」では、複合応力を受ける立体耐震壁の挙動を表わす新しい解析手法を提案した。立体耐震壁を構成する要素は、フレーム解析における非線形はり要素の構築方法を参考として、FEM解析で用いられるプレート要素を非線形バネ置換することにより剛性マトリックスを構築した。その結果、プレート要素の構成則は、直交2方向の軸力、直交2方向の面内曲げおよび面内せん断の5つの面内変形と、要素両端における直交2方向の面外せん断と面外曲げおよび面外ねじりの9つの面外変形で表現することを提案した。以上の開発の結果、立体耐震壁のように様々な応力が非線形挙動に相互に影響しあう耐震壁の部材モデル化が可能となった。

 3章「複合応力下における耐震壁の復元力特性に関する検討」では、マクロプレート要素に用いる復元力特性について提案を行った。マクロプレート要素では、面内軸力、面内曲げ、面内せん断、面外曲げおよび面外せん断に対する復元力特牲を設定することにより、要素の非線形性を表現する。面内軸力に対する復元力特性は壁谷澤の提案を用いた。面内の曲げおよびせん断に対する復元力特性はJEAGの提案に従い、面内軸力をパラメータとした評価を行った。面外曲げに対する復元力特性は建築学会RC規準の柱の式を用いた。また、面外せん断に対する復元力特性は、面内軸力を様々に変化させた場合の耐震壁の面外せん断耐力に関する実験結果を参考に、面内の2種類の軸力の大きさや材料定数をパラメータとして評価する方法について提案した。面外せん断終局強度の評価には、せん断耐力機構をアーチ機構とトラス機構で評価するマクロ理論の一つである称原式を基本式として利用した。面外せん断終局強度に対する水平方向の軸力の影響は、拘束効果による見かけ上のコンクリート強度の変動として考慮した。また、終局時の変形は、圧縮ストラットの向きと主ひずみの大きさから求めることを提案した。面内と面外のせん断力が同時に作用する時の面内、面外のせん断耐力の変動は、小畠の提案を参考に評価した。

 4章「要素の存在応力を用いた復元力特性評価の妥当性の検証」では、要素に生じている応力状態を用いて逐次復元力特性を評価していくことにより、適切な復元力特性評価が可能であるのか検証を行った。解析は面外せん断に対する復元力特性の設定に用いた、面内軸力を様々に変化させた場合の耐震壁の面外せん断耐力に関する実験結果を対象とした。解析の結果、解析時に生じる要素応力を用いで復元力特性を評価する方法を用いても、適切に部材の非線形特性が評価できることが確認できた。

 5章「面外せん断耐力の評価精度の検証」では、マクロプレート要素の一番の特徴である面外せん断耐力の評価精度に関して検証を行った。せん断スパン、鉄筋比、せん断補強筋比、軸力の大きさをパラメータとした45体の試験体の解析を行い、既往の面外せん断耐力評価式による評価結果と比較した。解析の結果、マクロプレート要素による解析結果は従来の評価法と比較して遜色のない結果が得られることが確認できた。

 6章「面内と面外のせん断を受ける耐震壁の加力試験での検証」では、耐震壁に面内せん断と面外せん断が同時に作用する場合の評価精度に関して検証を行った。試験体の面内の拘束条件が弱いために、マクロプレート要素による面内せん断耐力評価結果は試験結果を上回る結果となったが、面外せん断力の存在により、面内せん断耐力が低下し、最終的には面外せん断で損傷する場合もあることが解析的に再現できることが確認できた。

 7章「立体耐震壁試験体による検証」では、マクロプレート要素を用いてボックス壁試験体、円筒壁試験体の解析を行い、実験結果とどの程度の対応が得られるのか確認した。試験体基部の鉄筋の抜けだしを考慮していないため、解析結果はやや固めの評価となったが、マクロプレート要素による試験体の面内せん断変形に対する荷重変形関係の評価結果は実験と良く対応することが確認できた。

 8章「動的弾塑性応答解析による検証」では、立体耐震壁の動的加力試験に対する適応性を確認した。解析では、試験体の振動特性を表現できるように、試験体基部の鉄筋の抜け出しや、せん断滑りもばねにより表現した。解析の結果、従来取り扱いの難しかった内圧を加えた状態での加振等もうまく再現できることを確認した。

 9章「まとめ」では、研究全体のまとめを行うとともに、本研究の成果を実際の構造物に活用するために必要な技術に関してとりまとめを行い、今後の研究の方向とそれによって実現することができる立体耐震壁の解析法を明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「鉄筋コンクリート造立体耐震壁構造の非線形解析に関する研究」と題し、全9章から構成されている。原子力発電所の耐力壁に代表される立体耐震壁は、複合応力を受ける場合には、単一の荷重を受ける場合と比較して耐力も変形能力も異なった性状を示す。このような現象を解析的に取り扱うには有限要素解析法のシェル要素を用いる方法や、立体耐震壁全体の復元力特性を実験から定式化して一つの部材要素で表現する方法等が用いられている。本研究は、立体耐震壁の簡便で合理的な非線形解析モデルを開発し、その信頼性を検証したものである。

 1章「序論」では、立体耐震壁構造の非線形解析手法を概括し、様々な荷重を受ける立体耐震壁が終局状態に至る非線形挙動を解析する方法は計算時間と記憶容量を大きく要する非線有限要素解析法しかないことを指摘している。一方、壁と骨組が混在する立体構造の地震応答解析では、連層耐震壁を実験に適合する復元力特性を有する柱要素にモデル化しているが、複雑な応力組み合わせを受ける立体耐震壁の応答を求めることはできないことを指摘している。そこで、本研究では、複雑な応力状態を受けて終局状態に至る立体耐震壁構造の非線形挙動を解析できる簡便なモデルを開発することを目的としている。

 2章「マクロプレート要素の開発」では、複合応力を受ける鉄筋コンクリート版要素の非線形挙動をモデル化したマクロプレート要素を提案し、弾性範囲から非線形領域における剛性評価方法を述べている。マクロプレート要素は、有限要素解析の長方形シェル要素の剛性をばね要素に置換したもので、要素の変形自由度として、直交2方向軸方向、直交2方向の面内曲げおよび要素の面内せん断の5つの面内変形、要素4節点における直交2方向に関する面外曲げおよび要素の面外振れの9つの面外変形としている。要素変形と節点変位の関係、要素変形と歪度の関係、要素歪度と要素応力の関係、要素応力と節点力の関係、から要素剛性を導く方法を示している。

 3章「複合応力下における耐震壁の復元力特性評価式に関する検討」では、マクロプレート要素に考慮する非線形性として、面内について軸歪度一軸力関係、平均曲率一曲げモーメント関係およびせん断歪度一せん断力関係、面外について平均曲率-曲げモーメント関係、せん断歪度-せん断力関係を取り上げ、既往の実験的研究に基づく復元力特性の評価方法を示している。特に、面外せん断歪度-せん断力関係では、著者の実験に基づいて復元力特性を提案している。面内と面外のせん断力が同時に作用する場合については、簡単な耐力の相互作用を考慮している。

 4章「要素の存在応力を用いた復元力特性評価の妥当性の検証」では、著者が行った版の面外せん断力と面内軸力を作用させた実験結果を用いて、要素応力に応じて復元力特性を評価する解析手法と復元力特性の妥当性を検証している。

 5章「面外せん断耐力の評価精度の検証」では、鉄筋コンクリート造原子炉格納容器を対象として、面外せん断力を受けてせん断破壊する試験体44体に対して面外耐力評価式の検証を行い、既往の評価方法と同程度の精度を有することを示している。

 6章「面内と面外のせん断を受ける耐震壁の加力試験での検証」では、マクロプレート要素モデルで考慮する面内と面外に同時に作用するせん断力の相互作用による耐力低下について、既往の実験結果に対して妥当性を検証している。

 7章「立体耐震壁試験体による検証」では、本論文で開発した解析手法が立体壁構造にも適用できることを既往の実験に対して検証し、終局強度はよく評価できるが、終局変位は過小評価することを示しているが、試験体の形状の違いによる変形能の違いは実験結果とよく対応するとしている。

 8章「動的弾塑性解析による検証」では、原子炉建屋からコンクリート製原子炉格納容器を切り出した試験体に内圧を加えた状態で振動台上で加振した実験について、本論文で開発したマクロプレート要素モデルを動的非線形応答解析に適用して、試験結果と解析結果がよく対応していることを検証している。

 9章「まとめ」では、本論文を総括し、今後の研究課題を示している。

 本論文は、複雑な加力を受ける立体耐震壁構造について、実験により得られた復元力特性を反映できる比較的簡便なマクロプレート要素を開発し、静的あるいは動的な破壊実験に対して、本要素を用いた非線形解析の妥当性を示したものであり、鉄筋コンクリート構造の発展に大きく貢献するものである。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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