学位論文要旨



No 215353
著者(漢字) 友成,弘志
著者(英字)
著者(カナ) トモナリ,ヒロシ
標題(和) トラップ内の封水流動の数値解析に関する研究 : トラップの封水の固有振動数算定法を中心として
標題(洋)
報告番号 215353
報告番号 乙15353
学位授与日 2002.05.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15353号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 助教授 平手,小太郎
 東京大学 助教授 大岡,龍三
内容要旨 要旨を表示する

 下水道に存在するガスや衛生害虫との縁切りを果たす排水トラップは、水封式と機械式とそれらの組み合わせに分別できる。建物内排水システムとして、現在主流となっている重力排水システムにおいて、機械式トラップは、可動部と材料の耐久性との矛盾、およびトラップが使用者の任意性を伴う使用形態であることによりほぼ淘汰され、現在においては、水封式トラップが主に用いられるようになってきている。

 水封式トラップは、破封強度(トラップ内の封水を損失させないこと)と、自掃力(封水の品質が維持されること)が要求される。封水損失を誘発する要因としては、誘導サイホン、自己サイホン、蒸発および毛細管現象が挙げられているが、その中でも、誘導サイホン作用は排水システム全体に係わることから、これに関し、排水配管での圧力変動の定量化とトラップの性能の定量化、および両者を組み合わせた研究が行われてきた。

 トラップ性能の定量化に関する実験的研究としては、王・正久らによるデジタル制御の圧力加振装置によって作成された圧力波によるトラップ固有振動数の予測や実大タワーでのいくつかの圧力変動を圧力加振装置で再現し、各種トラップの封水強度を検討した研究が挙げられる。数値解析を含めた研究として、松平らによる同径トラップでの動的な封水損失を考慮した1次元解析モデルと実験による研究、坂上らによる異径トラップにおける1次元数学モデルと実験との比較などが挙げられる。これらの研究により、トラップが排水管内の圧力変動の振動数に対する特性を持ち、封水の固有振動数と圧力変動振動数が一致すると共振をなし封水損失が増大することが明らかにされた。また、圧力波形入力を線形化した数学モデルも提示され、さらに実際のトラップと実際の管内圧力変動での封水強度の評価も実施されている。

 しかし、封水強度に関してトラップの隔壁長や脚断面積比、封水高さやトラップ底形状などの多くの形状因子が複雑に関連しているのにもかかわらず、各形状因子の因果関係について、詳細に解析した事例はなく、トラップ構造因子と内部流動に関する考察が不足している。

 一方、コンピュータの発達により3次元の流れを比較的高精度に解くことが可能になってきた。また、3次元の形状を空間定義可能で操作性の優れる3次元CADが、安価に手に入るようになってきた。トラップ内部で生じる流動は、非分散性の多相流に分類できるが、この数値解析法についても様々な手法が提案されてきている。将来においては、例えば、排水配管での圧力変動の定量化が進み、継手や設置階、配管口径ごとの標準圧力波形が手に入るようになれば、器具を実験施設に持ち込むことなく、机上で封水強度の確認が行えるようになることが期待され、その実現のためには、非分散性多相流の3次元数値解析モデルの検証を行いながら、トラップ封水の内部流動の定性的、定量的考察を行うことが望まれている。

 本研究では、上記の期待を背景として、非分散性多相流の3次元数値解析モデルの精度の検証と応用を行うことを目的とする。

 検証課題としては、第一段階として、封水損失のない自由振動という基礎現象での3次元数値解析と実験の比較と検証を行い、次いで封水損失のある封水現象での比較と検証を行う。

 応用課題としては、内部流動の定性的、定量的考察が不十分である封水の固有振動数算定法の確立を目指して、封水の自由振動の計算結果を利用しながら、新算定法を検討する。

 本研究は、以下6章よりなる。

第1章序論

 本研究の背景と目的、既往研究および本研究の位置付け、本論文の構成、用語の定義、記号と単位などについて、述べている。

第2章多相流の3次元数値解析手法

 非分散性2相流の3次元数値解析手法の進展と、本研究で用いた解析手法について、概要を示した。さらに、3次元解析の検証課題のテーマ選定の根拠についても、説明した。

第3章U字管の自由振動現象の3次元数値解析と実験との比較

 封水現象の3次元数値解析の検証の第1段階として、封水の自由振動を選び、矩形断面U字管について、その主要寸法である隔壁長と脚断面積比を変化させて、自由振動時の封水位の過渡応答を、実験と3次元数値解析について比較し、良好な一致を見た。

 さらに、流入脚断面積が大きく、かつその脚が傾斜している大便器を模擬したU字管について、その傾斜角度を変化させて、自由振動時の封水位の過渡応答および水面の形状の時間変化を実験可視化画像と数値解析による速度ベクトル図にて比較し、良好な一致を見た。

 以上より、封水の自由振動の3次元解析は、排水現象の解析においては十分な精度を持つことを確認した。

第4章トラップの封水損失がない場合の固有振動数算定法

 3章で実験検証した自由振動現象の3次元数値解析を用いて、トラップの封水損失がない場合の固有振動数算定法を検討した。まず既往の1次元理論式を、流体力学の式から再度導出し、適用限界を明らかにするとともに、等価封水長(バネ-質量系で構成される単振動での固有振動数において、質量に相当する特性値)の概念を導入し、適用範囲を拡大した。

 さらに、運動中に水面が略水平を保つ場合と、大便器のように水面が大きく変形する場合に分けてトラップの封水損失がない場合の固有振動数を検討し、以下の結論を得た。

 (1)封水高さと隔壁長が小さいほど、封水運動中にディップ側と底面側で運動量の輸送速度が異なるため、ディップ近辺に交互に発生する渦(交互渦)が発生し、等価封水長の低下を招き、交互渦発生領域が封水の運動軸長さに占める割合により、従来の1次元理論予測値よりも固有振動数は増大する。

 (2)同一隔壁長、封水高さの直角底トラップに比べて、U字底トラップのほうが、交互渦が発生しにくい。

 (3)封水高さに対して隔壁長が大きいほど、固有振動数は脚断面積比の影響を受ける。

 (4)脚断面積比が1より離れるにしたがって、交互渦の影響が低減され、既往の1次元算定式で、固有振動数を予測することが可能になる。

 (5)大便器を除く実際のトラップについて、トラップ底形状や脚断面積比および隔壁長について、等価封水長の低下を考慮しない算定式(算定式A)と等価封水長の低下を考慮した新算定式(算定式B)を比較し、新算定式の有効性を明らかにした。

 (6)一方の脚が傾斜し、脚断面形状が一定でないトラップの封水は、傾斜角が大きくなると、2つの固有振動数を持つことを明らかにした。

 (7)一方の脚が傾斜し、脚断面形状が一定でないトラップの封水での2つの固有振動数の発生要因について、3次元解析による物理的考察を行い、さらに考察結果から予測式を立てた結果、2つの固有振動数をほぼ予測する式を提示した。

 第5章一般トラップの固有振動数の評価方法

 実際のトラップでの封水損失がある場合の固有振動数を決定するために、流出脚側に対して、大気圧基準の正弦波圧力波形を加えて、振幅と振動数を変化させて、瞬時破封する最小振幅を各振動数ごとにプロットし、固有振動数を求め、4章で提案された新算定式との比較と検証を行い、以下の結論を得た。

(1)固有振動数評価方法:封水が共振する瞬間の封水の状態が測定不可能なため、満水状態と半水状態の2つの状態の固有振動数の間で、固有振動数遷移域を定義し、さらに遷移域の中のどの封水状態で破封したかを示す指標を導入した。また、遷移域内での解の妥当性を検討する資料として、破封がより半水状態で行われやすい条件を、トラップの形状因子から導出した。

(2)S、Pトラップ:提案した算定法で十分に予測可能であることを示し、また封水形状が同じであるにもかかわらず、SトラップよりもPトラップの方が固有振動数が小さくなることについて、構造因子から検討した。

(3)わんトラップと逆わんトラップ:円筒トラップでの等価封水長の式を導出し、奥行き長さ一定のトラップの等価封水長の式と比較し、両者の違いを明らかにした。

 わんトラップの正弦波試験結果では、等価封水長の低下を考慮しない算定式(算定式A)と等価封水長の低下を考慮した新算定式(算定式B)ともに、妥当な固有振動数遷移域内で、予測できた。さらに、算定法AとBの算定結果がほぼ同一である根拠を検討し、通水路長さと半径比が小さいためであると、結論づけた。

 逆わんトラップについては、脚断面積比の異なる3つのトラップについて、正弦波試験を実施した結果、わんトラップと比較して、通水路長さと半径比が大きいために、どのトラップにおいても、算定式Bの妥当性が確認された。

(4)大便器:大便器については、流入脚断面積のサイズ違いに配慮し、サイホン便器とサイホンゼット便器を比較した。その結果、4章での予測どおり、流入脚断面積のサイズが大きくなるにつれて、すなわち傾斜角が大きくなるにつれて、2つの固有振動数応答を持つことを確認した。さらに、低振動数側および高振動数側ともに、4章で提案された予測式で十分に予測可能であることを示した。

第6章トラップの封水損失がある場合の3次元数値解析の実験との比較

 封水損失のある場合の3次元数値解析の検証テーマとして、解析入力の不確かさの少ない便器の自己サイホンを選び、便器の水路形状を模擬したモデル便器で、比較パラメータとして、解析の初期値であるタンク水位を変化させて、自己サイホン発生前と後での質量の収支や、トラップ内の圧力過渡応答を比較し、排水の解析には十分な精度であることを確認した。

第7章結論

 本論文のまとめと、今後の課題について、述べている。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「トラップ内の封水流動の数値解析に関する研究-トラップの封水の固有振動数算定法を中心として-」と題し、現在世界的に主流となっている重力式排水システムにおいて、排水管内の悪臭、衛生害虫が室内に侵入することを防止する上で必要不可欠な排水トラップの中の封水の流動を、実験、数値解析、理論解析から検討するとともに、この分野で本格的に導入されたのは初めてである数値解析手法の妥当性を検証し、さらに実用的なトラップの封水の固有振動数算定法を提案したものである。排水管内に生じる圧力変動によって、トラップ内の封水がどのように流動するかを知る上で最も基本となる固有振動数に着目した論文であり、以下の7章よりなる。

 第1章では、本研究の背景と目的、既往研究と本研究の位置付け、本論文の構成、用語の定義と単位などを述べている。

 第2章では、本研究で用いている非分散性2相流の3次元数値解析手法の進展の概要を示すとともに、本研究での解析手法を述べている。また、3次元数値解析において、本研究で対象とする検証課題の選定根拠を示している。

 第3章では、封水現象の3次元数値解析の検証の第一段階として行った、流入脚・流出脚の断面積、流入・流出脚の距離である隔壁長を変化させた矩形断面のU字管および大便器を模擬した流入脚側が傾斜したU字管での封水の自由振動に関する数値解析結果と、試作した透明トラップを用いて行った可視化実験および封水表面変動の測定結果との照合結果を述べており、数値解析により、極めて正確に実現象が表しうることを示している。

 第4章では、3章で有効性が確認された自由振動現象の3次元数値解析手法を用い、封水損失がない条件でのトラップ封水の固有振動数算定法を検討した結果を述べている。まず、既往の1次元理論式を流体力学の式から再度導出し、適用限界を明らかにするとともに、数値解析結果を詳細に検討し、封水高さと隔壁長が小さいほどディップ近辺に交互に発生する渦(交互渦)が発生し、既往の1次元理論式と合わなくなることから、等価封水長(バネ-質量系で構成される単振動の固有振動数において、質量に相当する特性値)の概念を導入した新算定式を提案し、その有効性を示している。さらに、一方の脚が傾斜している場合、傾斜角が大きくなると2つの固有振動数を持つようになることを示すとともに、数値解析に基づく物理的考察を行い、両固有振動数を予測しうる式を提示している。

 第5章では、実際に使用されているトラップでの、封水損失がある場合の固有振動数について考察している。まず、流出脚側に正弦波圧力を加え、振幅と振動数を変化させ瞬時破封する最小振幅を各振動数ごとにプロットし、その振幅が極小値を示す振動数(破封振動数)を実験より求めている。その上で、破封振動数と満水状態・半水状態での固有振動数の関係を調べ、破封が満水・半水のどちら側で生じやすいかの指標を導入し検討している。対象としたトラップは、Sトラップ、Pトラップ、わんトラップ、逆わんトラップ、大便器造り付けトラップであり、SトラップよりPトラップの方が破封振動数が小さくなることが構造因子から説明できること、わんトラップ・逆わんトラップなどの円筒トラップも等価封水長を適切に評価することにより固有振動数が求められること、流入脚の傾斜が大きいサイホンゼット便器では2つの破封振動数を持つが、両者の振動数を妥当な精度で求められることなど、第4章での考え方が、実際に使用されているトラップで、封水損失のある場合の破封振動数を検討する際にも有効であることを示している。

 第6章では、トラップの封水損失がある場合の3次元数値解析の有効性を検証するために行った、極めて複雑な形状のサイホンゼット型便器を対象とした、洗浄時の洗浄タンク内水位変化、便器からの排水流量、トラップ内圧力の測定データと数値解析結果の比較を述べており、工学的には十分な精度があることを示している。

 第7章では、以上の結果をまとめるとともに、今後の課題を示している。

 以上を要約するに、重力式排水システムにおいて、最も重要な構成要素である排水トラップの研究分野に、初めて本格的に数値計算手法を導入し、用いた非分散性2相流の3次元数値解析手法が、トラップ内の封水流動の解明に極めて有効なことを示すとともに、トラップの耐圧力性能を議論する上で最も基本となる封水の固有振動数算定法に関し、従来の1次元理論式の適用限界を示し、新たに等価封水長の概念を導入した上で、適用範囲の広い新算定式を提案したものである。また、サイホンゼット便器などで生じるとされながら、その理由が明確でなかった2つの固有振動数に関しても、数値計算結果などを検討した上で理由を明らかにし、両固有振動数の算定法を提案している。

 現在世界的に主流となっている重力式排水システムでの許容流量を決定する上では、排水管内に生じる圧力の予測法の確立と、その圧力変動に対し封水がどのように挙動するかを知ることが必要不可欠であるが、圧力の予測法に比べ研究が遅れていた封水の流動現象解明に関し、極めて有効な数値解析手法を提示するとともに、流動現象解明の基本となる固有振動数算定法に関し、工学的に有用性の高い算定式を提案した本論文の内容は、建築給排水衛生設備分野の発展に寄与するところが極めて大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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