学位論文要旨



No 215354
著者(漢字) 武沢,英樹
著者(英字)
著者(カナ) タケザワ,ヒデキ
標題(和) 細線電極を用いた放電による複合的加工法に関する研究
標題(洋)
報告番号 215354
報告番号 乙15354
学位授与日 2002.05.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15354号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 毛利,尚武
 東京大学 教授 増沢,隆久
 東京大学 教授 横井,秀俊
 東京大学 教授 高増,潔
 東京大学 助教授 鈴木,宏正
内容要旨 要旨を表示する

 近年の工業製品の小型高精度化に伴い,微細加工の必要性がますます高まってきている.各種の加工法の中で放電加工は,非接触加工であり加工反力が小さいため工具欠損が少なく,ばりやかえりも他の加工法に比較して小さいなどの特徴から微細加工に多用されている.一方,除去加工が主体であった放電加工では,粉末を圧縮成型した圧粉体電極を用いて大量の電極消耗を発生させることで,電極材料を相手材料表面に付着させる堆積加工が可能となった.

 本論文では,圧粉体電極をの代わりに細線電極を用いた大電流放電加工により電極を大量に消耗させる放電堆積加工を目指したことを端緒としている.直径0.1mm程度の細線電極とした従来の放電加工では,精密加工を目的とした微小エネルギ条件を用いた.それに対して本研究では,堆積加工を目的として,電極の消耗を大量に促すために50A程度の大電流条件を用いて加工を行った.その結果,いくつかの特異な現象を見いだすことができた.一つは,大電流連続放電により相手材料表面に瞬時に微小な突起物を形成する瞬時堆積現象と,他の一つは大電流単発放電により放電後の電極先端が微細化する瞬時微細化現象である.

 堆積加工現象について,電極材質の影響,電気条件の影響,堆積物の断面観察,放電波形の分析,指定回数放電による放電実験,高速度ビデオカメラによる極聞観察などを行い,現象を追求した.その結果,タングステン細線電極で実現し,黄銅や銅細線電極では除去加工が進行する。さらに,堆積加工となる場合の放電波形を調べた結果,連続した短絡が発生したのち設定パルス幅よりも長い放電が発生する.このような現象は,細線電極に直流大電流を流した時に発生する線爆現象に類似する.これより,堆積プロセスは除去加工が進行した後に発生する連続した短絡を起因として,細線電極が高温になり溶断することで発生する線爆現象により,電極の溶融部が工作物上に押しつけられて堆積することが明らかとなった.以上の方法により,微小域を瞬時に高融点材料であるタングステンで表面処理することができる.

 細線電極を用いた単発放電による微細軸の瞬時成形は,細線電極を用いた大電流単発放電における長さ消耗量の測定に端を発している.タングステン細線電極を用いた256μsのパルス幅では,(+)極側と(-)極側の消耗量が2倍以上も異なった.放電後の先端形状を観察すると,(-)側の先端は直径30μm長さ250μm程度に微細化していた.微細な放電加工では微細電極を成形する必要があり,現状では数分以上の時間を要している.したがって,単発放電により瞬時に微細な軸が成形できるならば,その効果は大きい.微細軸が成形される現象を追求した結果,タングステン電極の(-)極側だけが微細化すること,微細化するには適当な放電入力エネルギが存在すること,重力の影響は少ないこと,微細軸の先端は未溶融部であることなどが明らかとなった.しかしながら,以上の結果から成形メカニズムを詳細に議論することはできなかった.そのため,放電中の極間現象を直接観察して,微細軸が成形されるタイミングを特定した.YAGレーザを背光とした極間観察システムを構築して極間観察を行った結果,微細軸は放電終了後100μs程度から後に成形されることがわかった.これらの実験結果より,電極先端に作用して微細化現象を引き起こす影響は,電気的な作用やプラズマジェットのような影響ではなく,放電によって発生する気流の影響であると推定される.極性(-)側だけが微細化するのは,電極消耗量が(+)極では大きいため,電極先端が後退しすぎて気流の影響が小さくなり微細化しないと考えられる.

 同一放電加工機による細線電極を用いた放電加工において,加工条件を変えることにより堆積加工と除去加工を使い分けることが可能となり,実際に鋼鈑薄板に対する穴あけ加工において,その端面をタングステン材料で表面処理することが可能であることが確かめられた.

 本研究では,直径0.1mm程度の細線電極を用いた大電流放電加工において発生する加工現象の追求を行い,連続放電における堆積加工と,単発放電における微細化現象の複合的なプロセスを明らかとし,これらを組み合わせた応用加工を行い,新たな微細放電加工の展開の可能性を見いだした.

審査要旨 要旨を表示する

 武沢英樹(たけざわひでき)提出の論文は、「細線電極を用いた放電による複合的加工法に関する研究」と題し、タングステン細線電極を用いた除去/堆積放電加工に関する論文である。全5章から構成され、各章の内容は以下の通りである。

 第1章の「緒論」では、放電加工の系譜とこれまで行われてきた研究のまとめ、および細線電極を用いた微細加工に関する研究と残された課題についてまとめ、本論分の目的と構成を述べている。

 第2章の「細線電極を用いた放電堆積加工」では、従来圧粉体電極を用いて実現されている連続的な放電堆積加工を、直径0.1mm程度の細線電極を用いた内容について示している。加工条件を変えて実験を繰り返した結果、加工時間数百msの極短い時間で、加工物表面に微小な堆積物が得られる条件を見いだした。得られた微小な堆積物は母材と強く密着しており、内部にはタングステンとカーボンが存在し、ビッカース硬度は1000Hv以上と高硬度であることなどが確認された。この堆積加工は連続した短絡が発生した後に起る線爆現象により、溶融部が工作物表面に押し付けられた結果であることが明らかとなった。この堆積加工は、線爆現象に起因するため連続的な処理は困難であるが、電極繰り出し装置を放電加工機主軸に追加することを提案している。微細加工において、微小な範囲を選択的に瞬時に表面処理できるため、従来にない微細加工が可能となり、マイクロマシン部品の耐摩耗性の向上、摺動面の摩擦係数調整、耐腐食性の向上など多くの応用が期待できる。

 第3章の「細線電極を用いた単発放電による微細軸瞬時成形」では、直径0.1mm程度のタングステン細線電極を用いた大電流単発放電により、放電後の電極先端が直径30μm、長さ300μm程度に微細化することを見いだした経緯とそのメカニズムについて述べている。微細軸瞬時成形メカニズムの解明を目指して、微細軸成形の最適電気条件の追跡、放電波形の詳細な観察と解析およびレーザによる時間分解イメージング法などを実施した。微細軸の成形は、重力に関係なく極性(-)側で起こること、微細化する条件は電極直径で決まる最適な放電入力エネルギーが存在すること、電極先端の微細化は、放電終了後100μs以上経過してから開始して、放電終了後350μs程度で完了することなどが判明した。さらに成形された微細軸の断面観察により、微細軸先端は溶融していないことから、微細軸の成形プロセスは、先端の溶融部が電極軸根もと側に押し上げられ、溶融していない電極の芯が露出することで成形することが明らかとなった。

 現状の微細放電加工においては微細電極の成形に時間がかかるため、本研究における瞬時微細軸成形法の利点ははかりしれない。現状では成形精度に課題が残るため、ただちに実用に用いることはできないが、微細軸の大量生産など将来的な可能性として多いに期待がもてる。放電現象そのものを利用し、微細軸が自己成形されるプロセスを明らかとしたことで、将来の新しい放電加工の可能性を示した点で意義がある。

 第4章の「細線電極を用いた除去/堆積複合加工」では、第2章、第3章で得られた成果を用いて微細放電加工における複合加工を試みた内容について述べている。単発放電によって瞬時に成形した微細軸を用いて、板厚0.1mmの銀飯に対して微細穴あけ放電加工を実施した結果、連続的に穴あけ加工が可能であることが確認された。電極を瞬時に成形できる利点を生かし、電極消耗を抑える従来の穴あけ加工条件から、加工速度を優先する加工条件を選択することを提案している。また、細線電極を用いた堆積加工と、瞬時成形した微細軸を用いた除去加工を組み合わせて、同一の放電加工機上で複合加工が可能であることを実証している。微細加工を得意とする放電加工において、微細な堆積加工が可能になったことから、他の加工法では困難な堆積と除去を組み合わせた複合加工の可能性を示した点は重要な成果である。

 第5章の「結論」では、本論文全体のまとめと今後の展開について述べている。

 細線電極を用いた様々な条件による加工を使い分けることで、1台の加工機で多様な処理が可能となる。また、放電現象そのものを利用して加工工具の瞬時成形が可能であることを見いだしたことは、極めて大きな成果である。加工工具としてのみならず、計測用プローブヘの応用など今後の展開に多いに期待がもてる。本研究において提案された技術は、将来の微細機械の精密部品加工や計測などの分野においてその発展に寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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