学位論文要旨



No 215357
著者(漢字) 今野,進
著者(英字)
著者(カナ) コンノ,ススム
標題(和) 高出力LD励起固体レーザに関する研究
標題(洋)
報告番号 215357
報告番号 乙15357
学位授与日 2002.05.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15357号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡部,俊太郎
 東京大学 教授 黒田,和男
 東京大学 助教授 香取,秀俊
 東京大学 助教授 三尾,典克
 東京大学 助教授 志村,努
内容要旨 要旨を表示する

 固体レーザの励起源がランプから半導体レーザ(レーザダイオード:LD)に代替されることによって固体レーザの性能は大きく向上した。LDを励起源に採用すると固体活性媒質の吸収波長を選択的に励起できるため、電気効率が向上するとともに固体結晶の熱負荷が低減する。すなわち、熱レンズ、熱複屈折といった固体レーザ装置の高出力化、高ビーム品質化を阻む要因が大きく緩和されるとともに装置全体が小型化する。また、励起源であるLD自体がランプに比べて長寿命、安定な光源であるため、固体レーザ装置の安定性、寿命も向上する。

 1990年代初頭より高出力LDの性能向上に伴い本格的なLD励起固体レーザ開発が始まり、溶接、切断に使用される高出力固体レーザや電子部品加工機光源に用いられる波長変換紫外レーザ、可視レーザが生産ラインへ導入されつつある。本論文はLD励起固体レーザ(及び波長変換レーザ)装置の性能向上のために筆者が行った研究をまとめたものである。

 本論文は4章から構成され、第1章においては本論文の2章以降の内容の理論的、技術的背景を概説する。第2章においてはTEM00モード赤外レーザの高出力化について述べる。連続発振(CW)TEM00モード赤外レーザは、固体レーザの高ビーム品質化、高出力化の極限であり、各種計測、重力波干渉計等の科学研究に用いられる。産業用途では金属材料の精密加工のほか、可視光、紫外光による微細レーザ加工機の波長変換用基本波光源として有用である。近年のLD励起固体レーザ装置(またはファイバーレーザ装置)による回折限界近いビーム品質を持つ赤外光発生報告例を図1に示す。本論文の研究開発結果は図1中に黒丸で示されている。筆者らは1995年からTEM00モード赤外光高出力化に関する研究を開始し、拡散集光器を用いた励起構成と複レンズ解消共振器構成に独自の共振器構成を採用し、1996年に80WのTEM00モード赤外光(電気・光効率8.1%)を[1]、2000年にはランダム偏光発振において153W(電気効率10.9%)、直線偏光発振において105W(電気効率8.6%)まで高出力化を進めた。また、2001年には発振器(Power Oscillator)+増幅器(Power Amplifier)構成により206Wの連続発振赤外光をビーム品質M2=1.34においての発生した。これらはロッド型LD励起固体レーザ装置を用いた連続発振TEM00モード赤外光出力の世界記録である[2]。

 第3章では、カスケード型ロッドレーザ装置の出カビーム安定化構成の提案について述べる。複数のロッド型レーザ結晶を等間隔に配置し、同じ強度で励起するカスケード構成は、高出力、高ビーム品質のレーザビームを、広い励起強度(出力)範囲において取り出すことができるため、金属溶接、切断用のkWクラスのレーザ装置から微細加工用の出力数Wの波長変換レーザ装置まで幅広く使用されている。一方、固体レーザ結晶を用いたレーザ装置においては、励起強度(出力)に依存してレーザ結晶の熱レンズ焦点距離が変化し、それに伴ってレーザ発振器(増幅器)からの出力レーザビームのビーム径、ビーム曲率が変化する。このビームパラメータ変化は、加工、光ファイバー導光、波長変換などの応用に際して、加工点、光ファイバー導光点、波長変換結晶位置のビーム径、ビーム曲率の変化を引き起こすため、出力ビームの安定化(一定化)が求められていた。また、従来報告されてきた固体レーザ装置の出力ビーム安定化(一定化)構成は、曲率可変ミラーや特別な材料を用いた熱レンズ補償素子を使用したり、光学素子を可動とすることにより実施されていた。本論文において筆者はロッド型固体レーザ結晶を用いたカスケード構成において、出射ビームの曲率、ビーム径の変化を低減する新しい構成を提案し、実験においてその基本的な機能を実証した。

 第4章では内部波長変換型第2高調波レーザについて述べる。Nd:YAGレーザの第2高調波レ一ザ(波長532nm)は、加工(金属微細加工、アニール等)、ガイドスター光源、高出力fsレーザ励起用光源、第4高調波発生用光源等幅広い応用がある。著者らは1994年より内部波長変換型Qスイッチグリーンレーザの開発を開始し、1995年に20W[3]、1997年には68W[4]のグリーン光発生を当時の世界最高効率で実現した.また、従来、計算を行うことができなかったQスイッチ内部波長変換型第2高調波レーザに繰り返し型レート方程式計算コードを開発し、広い動作パラメータ範囲において実験結果と比較することによって有用性を実証した。

 Qスイッチグリーンレーザの出力とビーム品質報告例を図2にまとめて示す。本論文の研究開発結果は図2中に黒丸で示されている。図2からわかるように従来の高出カグリーンレーザはビーム品質が低く、実用上輝度が十分ではなかった。筆者らは1999年に拡散集光器型構成と複レンズ解消共振器構成に独自の共振器構成を採用することによって、グリーン光138WをM2=10.6で得ることに成功し内部波長変換型グリーンレーザの世界最高輝度を達成した[5]。図3は内部SHG型グリーンレーザのパルスエネルギー報告例を示したものである。本論文の研究開発結果は図3中に黒丸で示されている。図3からわかるように従来の内部波長変換型グリーンレーザはパルスエネルギーが<20mJに限られていた。著者らはQ-cw励起方式と損傷を回避する独自の共振器構成を採用し構成とすることにより電気-光効率6%において、内部波長変換型グリーンレーザの世界最高パルスエネルギー53mJを達成した[6]。

参考文献

[1]S. Konno, S. Fujikawa, and K. Yasui, Appl. Phys. Lett. 70, 2650 (1997).

[2]S. Konno, S. Fujikawa, and K. Yasui, Appl. Phys. Lett. 79, 2696 (2001).

[3]S. Konno, and K. Yasui, Appl. Opt. 37, 551 (1998)

[4]S. Konno, S. Fujikawa, and K. Yasui, Appl. Opt. 37, 6401 (1998)

[5]S. Konno, T. Kojima, S. Fujikawa and K. Yasui, Opt. Lett. 25, 105 (2000)

[6]S. Konno, Y. Inoue, T. Kojima, S. Fujikawa, and K. Yasui, Appl. Opt. 40, 4341 (2001).

図1LD励起固体レーザによるTEM00モードビーム発生報告例。

図2内部波長変換型グリーンレーザの出力とビーム品質報告例。

図3内部波長変換型グリーンレーザのパルスエネルギー報告例。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「高出力LD励起固体レーザに関する研究」と題し、半導体レーザ励起固体レーザ及び波長変換レーザ装置の高性能化を目的として行われた研究についてまとめたものである。

 本論文は5章からなる。第1章は「序章」と題し、本研究の背景、意義、目的について述べ、高出力LD励起固体レーザに用いられる光学素子の特性と共振器設計方法について説明している。

 第2章は「高出力TEM00モード赤外レーザの研究」と題し、LD励起固体レーザによる高出力TEM00モード赤外光の発生について述べられている。拡散集光器型励起部と複レンズ解消構成を採用した側面LD励起Nd:YAGレーザ発振器によって153W、増幅器構成によって206Wという開発時の連続発振光としては最大出力のTEM00モード赤外光を得ている。また、フレネル積分を用いた2次元波動計算により回折の効果による出力低下を定量的に解析している。

 第3章は「カスケード型構成における出力ビーム安定化構成の提案」と題し、この研究の新規性、独自性を表している。まず、カスケード型固体レーザ装置の構成および特徴が説明され、当該レーザ装置が高出力、高ビーム品質レーザ光を発生するのに適していることから産業分野に広く適用されていることが強調されている。また、固体レーザ装置におけるレーザ結晶の熱レンズ効果の影響や、従来開発されてきた熱レンズ補償構成が精密な配置と能動的制御を必要としたことなど、本研究の意義と背景が述べられている。次にカスケード型固体レーザ共振器(増幅器)内部のビーム曲率、ビーム径の励起強度に依存した変化についての解析が行われ、上記、解析に基づいて提案された新規構成が説明されている。そして、最後に100WクラスのNd:YAGレーザ発振器、増幅器構成において、本研究に提案された構成を用いることにより、出力ビームの安定性を従来装置に比べ1桁向上した結果が報告されている。

 第4章は、「高出力第2高調波レーザの研究」と題し、内部波長変換構成に基づいた高出力第2高調波Nd:YAGレーザの開発について述べられる。序として高出力fsチタンサファイアレーザ励起用第2高調波レーザに求められる性能が説明され、従来の第2高調波レーザ装置は集光性とパルスエネルギーが不充分であり、この要求を満たすことが開発の目的であることが述べられている。続いて100Wクラス第2高調波レーザ装置の開発について説明しており、拡散集光器型励起部と複レンズ解消構成を採用したLD励起内部波長変換Nd:YAGレーザ装置を用いて、出力138Wの第2高調波光を、電気□光効率7.9%、ビーム品質M2=10.7で得ており、100W級の第2高調波レーザ装置としては開発当時の最高の集光性を持つ。続いて、50mJクラスのレーザ装置の開発について述べられる。光学素子の損傷回避と高効率波長変換を両立する共振器設計と擬似連続波励起方式の採用により、53mJ、1kHzの第2高調波レーザ光を電気日光効率6%で得たことが説明されている。このパルスエネルギーは従来の内部波長変換型グリーンレーザ装置を大きく上回るものである。また、出力結合率が時間変化するQスイッチ内部波長変換レーザをシミュレーションするため、共振器パラメータの周期的な時間変化を繰り返し計算するレート方程式に基づく計算コードを開発し、上記のレーザ装置の解析に適用した結果が説明されている。さらに、上記の第2高調波レーザは実際にチタンサファイアレーザ励起用レーザとして科学研究に活用されていることが述べられている。

 第5章は以上の結果に対するまとめである。第2章、第4章の成果の多くは開発段階において高出力LD励起固体レーザの分野で世界的に見ても先進的なものであり、多くの場合世界記録を更新した。また、第4章に述べられたレーザ装置は科学研究に活用されている。また、第3章に述べられた出力ビーム安定化構成は、15年以上前に提案され、広く産業分野で使用されている装置に対して新しい構成を考案した点に大きな意味がある。以上の内容からこの研究は物理工学に大きく寄与するものであり、よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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