学位論文要旨



No 215361
著者(漢字) 宇野,かおる
著者(英字)
著者(カナ) ウノ,カオル
標題(和) 小児悪性固形腫瘍におけるhSNF5/INI1遺伝子の解析
標題(洋) Analysis of hSNF5/INI1 Gene in Pediatric Malignant Solid Tumors
報告番号 215361
報告番号 乙15361
学位授与日 2002.05.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第15361号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上西,紀夫
 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 助教授 矢野,哲
 東京大学 助教授 辻,浩一郎
 東京大学 助教授 野阪,哲哉
内容要旨 要旨を表示する

 1998年に、染色体22q11.2に位置するhSNF5/INI1遺伝子がmalignant rhabdoid tumor(MRT)の原因遺伝子であることが証明された。酵母変異株で発見されたsucrose non-fermenting(SNF)familyのヒトでの相同体h SNF5遺伝子とhuman immunodeficiency virus(HIV)の核内取り込みにホスト側から働く酵素inter-nuclear interactor-1(INI1)の遺伝子が同じものであったことが判明し、名称は、上述のごとく2つの遺伝子の並記で示される。その後、hSNF5/INI1遺伝子の変異は、rhabdoid様の病理所見を部分的に含む脳腫瘍、atypical teratoid(AT)/rhabdoid tumors(RTs)、髄芽腫、cboroid plexus carcinoma、central primitive neuroectodermal(cPNETs)等でも報告され、さらに固形腫瘍以外でも、慢性骨髄性白血病や悪性リンパ腫の細胞株でも報告されてきた。しかし、MRT以外の固形腫瘍でこの遺伝子の変異を認めた腫瘍の診断の再検討までなされている研究は無い。本研究では、hSNF5/INI1遺伝子の異常を小児固形腫瘍で広く検索すると同時に、MRT以外の診断でhSNF5/INI1遺伝子の異常を認めた症例の診断に関し、病理学的、遺伝学的追加検討を行った。

2.対象と方法

 検索対象は、細胞株で、MRT7株、神経芽腫19株、横紋筋肉腫8株、およびEwing肉腫7株の計41株、新鮮腫瘍では、横紋筋肉腫21例、髄芽腫13例、Ewing肉腫8例、central primitive neuroectodermal tumor(cPNET)14例、peripheral PNET 7例、glioma 5例,Wilms腫瘍4例、AT/RT 4例、MRT 3例、congenital mesoblastic nephroma(CMN)3例、およびその他の小児腫瘍8例(骨肉腫、悪性黒色腫、神経肉腫、肺癌、胚芽腫、肝肉腫、未分化甲状腺癌、および未分化多発性皮膚癌、各々1例)を含む種々の小児固形腫瘍計90例、さらにインフォームドコンセントの得られた正常コントロール27例に対し、reverse transcription-polymerase chain reaction(PCR)法,PCR-single strand conformation polymorphysm法等によりhSNF5/INI1遺伝子の異常の有無を解析した。また、MRTやAT/RT以外の診断でHSNF5/INI1遺伝子の異常を認めた細胞株2株は、FISH法を含めた染色体分析、N-myc増幅、MyoD1、myogenin、desmin遺伝子の発現、およびPAX3-FKHRキメラ転写物の有無を検索すると同時に、細胞株をヌードマウスヘ移植して形成した腫瘍塊の免疫染色を含めた病理学的検索を行った。

3.結果

 MRTの細胞株7株中7株と新鮮腫瘍3例中2例、AT/RT新鮮腫瘍4例中2例にhSNF5/INI1遺伝子の変異を認めた。それ以外の小児固形腫瘍では、横紋筋肉腫の細胞株8株中1株(KYM-1)に異常を認めた以外に明らかな変異を認めなかった。hSNF5/INI1遺伝予の変異を認めた横紋筋肉腫の1株(KYM-1)をヌードマウスに移植して得られた腫瘍塊のhematoxylin and eosin(HE)染色で、KYM-1ではMRTに特徴的な好酸性細胞質内封入体と目立った核小体を持つ丸く大きな核を認めた。電子顕微鏡所見では、perinuclear filament whorlsを認めなかった。染色体分析では、KYM-1で46,X,-X,+14,t(11;22)(p11.2;q13),t(17;22)(p13;q11.2)の2つの転座を認め、これはFISH法でも確認された。NSE、S100、EMA、myoglobin、vimentin、およびrhabdomyoactinによる免疫組織染色では、vimentinが陽性に染色された以外は、明瞭な陽性染色所見を認めなかった。また、MyoD1、myogenin、desmin遺伝子の発現を認めず、PAX3-FKHRキメラ転写物を検出しなかった。

4.考案

 hSNF5/INI1遺伝子の変異はMRTとAT/RTに高率に、かつ特異的にみられた。横紋筋肉腫でhSNF5/INI1遺伝子の欠失を認めたKYMは、種々の検索結果から横紋筋肉腫ではなくMRTと診断するのが妥当と考える。今回マウスに移植したKYM-1の電子顕微鏡所見では、核周囲にMRTに特徴的とされる渦巻き状構造、perinuclear filament whorlsを認めなかった。細胞株樹立時の論文中には、電顕所見で核周囲の渦巻き状構造が記載されており、また、新鮮腫瘍からの系代培養中に渦巻き状構造が失われることが他のMRTの細胞株でも観察されており、今回渦巻き状構造を認めなかったことと、KYM-1をMRTと診断することに矛盾は無いと考える。さらに、今回新たに、横紋筋肉腫とMRTとの鑑別に、MyoD1、myogenin、desmin遺伝子等の骨格筋分化制御遺伝子の発現検索が有用であることを発見した。1999年に横紋筋肉腫でhSNF5/INI1遺伝子の欠失を認めたと報告された細胞株A204が、1991年の別の論文でMyoD1とmyogeninいずれの発現も認めなかったことが報告されており、今回の我々のKYM-1の検査結果と一致し、この細胞株がMRTである可能性があると考えている。横紋筋肉腫でhSNF5/INI1遺伝子の変異を認めた場合は、MyoD1とmyogeninの発現検索による診断の確認が必要である。

 hSNF5/INI1蛋白は、SWI/SNF多蛋白複合体の殆どに全てにその最小構成蛋白として含まれ、ATPと結合して種々の機能に関与する。SWI/SNF多蛋白複合体は、細胞特異的に翻訳活性を司り、細胞の発生のプログラムに応じた多彩な分化に関与すると考えられる。SWI/SNF多蛋白複合体の構成員として同定されたBRMやBrg-1蛋白の変異により、筋肉への分化を司る転写因子myogeninの発現が消失し、MyoD1蛋白が合成されないことも実験的に証明され、我々の実験結果でhSNF5/INI1遺伝子の変異とMyoD1とmyogeninの発現消失がMRTで同時に起こっていることは、同等の変化を引き起こしたことを示唆しており、興味深い。それ以外にもhSNF5/INI1はc-MycやALL-1との関連が報告され、徐々に他の癌抑制遺伝子との関連も解明されつつある。SWI/SNF多蛋白複合体の構成員以外の機能として、hSNF5/INI1蛋白は、retinoblastoma蛋白と結合し、retinoblastoma蛋白のリン酸化を抑制し、細胞周期の進行を抑制的に調節したり、HIV、子宮頚部の発癌に関わるpapilloma virus、さらにEB virusなどで宿主側のintegraseやvirus側の蛋白と共同し、viral DNAをホストの核内に取り込む作用を促進する働きも証明され、抗ウイルス薬の開発という観点でも注目されている。

5.まとめ

 小児悪性固形腫瘍の細胞株と新鮮腫瘍で、hSNF5/INI1遺伝子の変異とその診断的意義を検討した。hSNF5/INI1遺伝子の変異は、MRTやAT/RTに高率にかつ特異的にみられ、MRTの診断に非常に有用であると考えられた。その一方、MRT以外の腫瘍、横紋筋肉腫でhSNF5/INI1遺伝子の変異を認めた細胞株KYM-1は、ヌードマウスに移植して得られた腫瘍塊の病理検索を含めてMRTと修正診断した。その際、骨格筋分化制御遺伝子MyoD1とmyogeninの発現の有無が横紋筋肉腫とMRTの鑑別診断に有用であることを発見し、KYM-1と同様な検索が必要な細胞株A204の存在も見出した。hSNF5/INI1遺伝子の変異はMRTに非常に特異的であり、MRT以外の診断でhSNF5/INI1遺伝子の異常を認めた固形腫瘍は、診断の再検討が必要である。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、小児の固形腫瘍に関して、Malignant rhabdoid tumorの原因遺伝子であり、癌抑制遺伝子であるhSNF5/INI1遺伝子の関与を検索するのが目的である。このため、MRTを含む小児固形腫瘍の細胞株41株と新鮮腫瘍88例、および正常コントロール27例においてhSNF5/INI1遺伝子の全エクソンの解析を行ったもので、下記の結果を得ている。

 1.MRTの細胞株7株全例、MRTの新鮮腫瘍3例中2例、およびAT/RTの新鮮腫瘍4例中2例に、6個の欠失変異、2個の短縮変異、1個のmissense mutation,3個のpoint mutationを検出し、これらの変異により異常を検出した検体においては、いずれもhSNF5/INI1遺伝子の機能ドメインの部分あるいは全欠失が起こっていた。hSNF5/INI1遺伝子の変異はMRTやAT/RTで高率にみられた。それ以外の小児固形腫瘍では、横紋筋肉腫の1株(KYM-1)に全欠失を認め、また3非翻訳領域にpolymorphismと思われるpoint mutationを認めた以外に異常はみられなかった。

 2.横紋筋肉腫細胞株KYM-1の染色体分析では、t(11;22)(p11.2;q13),t(17;22)(p13;q11.2)が認められ、MRTに特徴的とされる22q11.2の部位に点座がみられ、FISH法でも確認された。

 3.さらに、横紋筋肉腫細胞株KYM-1をヌードマウスに移植して得られた腫瘍の病理組織学的検索では、H.E.染色で細胞質内の好酸性封入体と目立った核小体を有する大きな核を、免疫組織染色所見で、vimentinのみに明瞭な陽性染色所見を認め、MRTに矛盾しない病理組織所見が確認された。

 4.このため、横紋筋肉腫に特徴的とされるPAX3-FKHRキメラmRNAの有無と、骨格筋分化を司る転写因子、MyoD1、myogenin、やdesmin遺伝子の発現をMRTと横紋筋肉腫に関して検索した。KYM-1細胞株では、PAX3-FKHRキメラmRNAはみられなかった。またMRTでは、7細胞株で1例にdesmin遺伝子の発現を認めたのみで、MyoD1やmyogenin遺伝子の発現はみられなかったのに対し、横紋筋肉腫細胞株8株と新鮮腫瘍11例では、KYM-1以外では、MyoD1かmyogenin遺伝子が必ず発現しており、MRTとの相違は明瞭であった。これらの結果から、KYM-1細胞株は、横紋筋肉腫ではなくMRTであると診断した。文献的にも、hSNF5/INI1遺伝子の変異がありMyoD1やmyogenin遺伝子の発現がない細胞株が横紋筋肉腫として報告されており今後広く再検討されるべきであることが明かとなった。

 以上、本論文は、hSNF5/INI1遺伝子を小児固形腫瘍において幅広く検索し、その結果hSNF5/INI1遺伝子の変異はMRTとAT/RTに特異的にみられ、診断に有用であることを明かにした。さらに、MyoD1とmyogenin遺伝子の発現検索がMRTと横紋筋肉腫の鑑別診断に有用であることを示した。本研究は、hSNF5/INI1遺伝子の診断的意義を解明し、MRTと横紋筋肉腫の鑑別に新たな方法を示しており、今後のMRTの研究と診断に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考える。

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