学位論文要旨



No 215370
著者(漢字) 坂下,幸雄
著者(英字)
著者(カナ) サカシタ,ユキオ
標題(和) 単結晶モデル担体を用いたMoS2水素化精製触媒の微細構造と触媒機能に関する研究
標題(洋)
報告番号 215370
報告番号 乙15370
学位授与日 2002.06.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第15370号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩澤,康裕
 東京大学 教授 太田,俊明
 東京大学 教授 西原,寛
 東京大学 助教授 尾中,篤
 東京大学 教授 水野,哲孝
内容要旨 要旨を表示する

 アルミナ担持硫化物触媒は、その高水素化能・高脱硫能により石油精製において広く使用されてきた。さらに近年、軽油の超深度脱硫のニーズに伴い、水素化脱硫触媒の活性あるいは選択性の更なる向上が求められている。このような背景のもと、同触媒の機能とその微細構造との相関をより深く理解することが必要となってきた。しかしながら、実触媒には細孔構造があるため、均一な活性点構造を作製できないこと、また拡散の効果抜きの触媒機能評価が困難であることなどにより、上記相関関係が必ずしも明確になっているとは言えなかった。そこで上記相関関係を明確にするため、本研究では複雑な実触媒をモデル化した2種類のモデル触媒研究を行った。具体的には、(1)構造の規定された酸化物単結晶基板をモデル担体に用いることにより、均一な活性点構造を制御して作製し、担体表面と担持物質の形態の相関を把握すること、(2)表面積が大きく細孔構造を有さない球状モデル担体を用い、微細構造と触媒機能の相関を把握することである。特に均一な活性点構造を制御して作製するために、MoS2クラスターは担体上にエピタキシャル成長するとの仮説をたて、面方位の異なる単結晶基板及び微粒子を複数種用いた。また、実験結果の解析では、特に担持物質-担体界面に着目し、結晶科学的な解析からエピタキシャル成長という仮説の検証を行った。

本論文は7章からなり、以下に各章の概要を示す。

第1章「序論」では、(Co)MoS2触媒の活性点構造、それに対する担体種の効果、モデル触媒研究などの既往の研究を概説し、本研究の目的と意義について記述した。また、本研究の重要ポイントであるエピタキシャル成長、使用モデル担体、新規に設計した設備についても記載した。

 第2章「ルチル単結晶基板を用いたMoS2モデル触媒の作製および構造特性化」では、モデル触媒の作製・評価法の確立、その有効性を確認するために、導電性を有するルチル単結晶基板を用いた研究を行った。すなわち3種の面方位((100),(110),(001)面)のルチル単結晶基板上にMoOxを蒸着し、酸化および硫化処理した結果、基板の面方位、結晶性により、MoS2クラスターの微細構造(大きさ、組成等)を制御できる可能性があることがわかった。また、MoS2クラスターの微細構造は、その前駆体であるMoOXクラスターの影響を大きく受けることを見出した。

 第3章「アルミナ薄膜の作製及び構造特性化」では、実触媒で使用される多孔質γ-Al2O3のモデルとしてγ-Al2O3単結晶薄膜の作製を試みた。電子ビーム蒸着法により、3種の面方位((100),(110),(111)面)のスピネル単結晶基板上にはそれぞれ同一方向に成長し表面が原子レベルで平滑なγ-Al2O3エピタキシャル薄膜が得られることを新規に見出した。本法により良好なアルミナ薄膜が得られたので、これら薄膜基板をMoS2モデル触媒作製実験に使用した。

 第4章「アルミナ薄膜基板を用いたMoS2モデル触媒の作製及び構造特性化」では、表面構造の規定された3種の面方位((100),(110),(111)面)のγ-Al2O3単結晶薄膜及びアモルファスアルミナ薄膜をモデル担体として用いたMoS2モデル触媒の構造をXPS、TEMで解析し次のことを解明した。酸化物状態では(111),(100),(110)の順でMoの分散性が上がり、Moとの相互作用のある酸素が多くなり、Mo(VI)の割合が増えた。これは、面方位による表面酸素配列の相違がMo-O-Al結合の数やMo原子のネットワークの差に現れ、さらに酸化モリブデンの凝集度や電子状態の違いとなって現れたと考えられた。硫化過程では、S/Moは増加し、OMo/Moは減少、Mo(IV)は増加した。また、高温でのS/Moの序列は(110)>(100)>(111)であり、Mo(IV)の序列も(110)>(100)>(111)であった。これは、酸化物状態での面方位によるMo-O-Al結合の数や安定性、Mo原子のネットワークの相違が、酸化モリブデンの硫化機構の違いとなって現れたと考えられる。TEMの観察結果より、高温(773K)硫化後のMoS2クラスターの配向方向が、(111)面ではbasal-bonding、(100)面ではedge-bondingとなることを見出した。(図1及び図2参照)特にedge-bondingについては、世界で初めて確たる証拠を報告した。これは、硫化温度上昇時においても、酸化物状態の配列を維持する界面Mo原子の存在により説明できた。

 第5章「アルミナ微粒子モデル担体を用いたMoS2触媒の触媒機能と微細構造の関係」では、第4章の平板型モデル触媒研究から得られた知見が実用触媒にも適用できることを示すため、またMoS2クラスター構造と触媒機能の関係を把握するため、より実用触媒に近い微粒子モデル担体として{110}面が支配的なベーマイト経由の板状アルミナ粒子(図3参照)、{111}面及び{100}面が支配的な気相法による球状アルミナ粒子(図4参照)の2種類の微粒子担体触媒を用いた構造解析及び活性評価を行った。図5に示すように、{110}面が支配的な板状アルミナ上には比較的大きな単層でbasal-bondingなMoS2クラスターが形成され、その触媒機能は水素化指向であった。{111}面及び{100}面が支配的な球状アルミナ上には多層でbasal-bondingなMoS2クラスター或いは高分散なMoS2種が形成され、その脱硫活性及び水素化活性とも板状アルミナ担持触媒より高く、その触媒機能は相対的に脱硫指向であった。アルミナ微粒子担体の面方位がMoS2クラスターの形態に与える影響は、アルミナ単結晶薄膜のものと同様な傾向を示したことから、モデル触媒研究で得られた結果は、商業触媒の設計に活かせるものと思われる。また、触媒の活性と選択性はアルミナの面方位に大きく影響を受けるMoS2クラスターの形態と相関関係があり、よってMoS2担持触媒の触媒機能を設計する上でアルミナ担体の表面特性は重要であることが明らかとなった。

 第6章「チタニア微粒子モデル担体を用いたMoS2触媒の触媒機能と微細構造の関係」では、アルミナ以外の担体の代表としてチタニア微粒子を担体に用いた場合のMoS2クラスター形態制御、さらに触媒機能との相関について検討した。H2S/H2気流中573-673Kで硫化した場合はほとんどのMOは高分散状態であるのに対し、H2S/N2気流中573-673Kで硫化した場合は比較的大きなedge-bondingのMoS2結晶が形成されることがわかった。このedge-bondingのMoS2結晶とチタニア粒子との界面のTEM像を結晶学的に解析した結果、MoS2結晶はチタニア粒子との格子配列が整合するように成長することを新規に見出した。(図6及び図7参照)このedge-bondingのMoS2結晶の単位表面積当たりの活性は、高分散状態或いはbasal-bondingのMoS2結晶よりも高いと考えられた。

 第7章「総括」では、本研究で得られた結果を総括し、今後の課題について述べた。

 以上述べてきたように、本研究により従来不明確であった担体の結晶性及び面方位とMoS2クラスター形態の相関関係が明確になった。すなわち、MoS2クラスターは担体に対しエピタキシャル成長するという仮説が正しいことを結晶学的に検証し、担体表面構造の重要性を指摘した。さらに、触媒機能とMoS2クラスター形態の相関関係を把握することにより、触媒機能が担体表面構造により設計可能であることを提唱した。特にedge-bondingのMoS2クラスターが作製できること、その触媒機能が特異であることを新規に見出したことは今後の触媒開発にとって大きなブレークスルーとなると思われる。また本研究では、平板型モデル触媒のみならず微粒子型モデル触媒も用いその両者において同傾向の結果が得られることを示したことは、モデル触媒研究と商業触媒のギャップを埋め、モデル触媒研究の成果が商業触媒の開発に十分活かすことが可能であることを示した点で意義深いと考えられる。さらに、以上述べてきた本研究の基本的な考え方がγ-Al2O3を担体に用いる全ての触媒系に適用できることを考えると、その波及効果は計り知れない。

図1 MoS2クラスターのTEM像と基板界面での原子配列

(a)(111)面、(b)(100)面

図2 MoS2クラスターの配向方向

(a)(111)面、(b)(100)面

図3 板状アルミナ

(a)TEM像、(b)面指数

図4 球状アルミナ

(a)TEM像、(b)面指数

図5 MoS2/アルミナ触媒

(a)板状、(b)球状

図6 H2S/N2気流中673Kで硫化したチタニア触媒

(a),(c)TEM像、(b),(d)方位関係

図7 界面での原子配列モデル

審査要旨 要旨を表示する

 アルミナ担持硫化物触媒は、その高水素化能・高脱硫能により石油精製において広く使用されている。近年、軽油の超深度脱硫のニーズに伴い、水素化脱硫触媒の活性あるいは選択性の更なる向上が求められている。このような背景のもと、同触媒の機能とその微細構造との相関をより深く理解することが必要となってきた。本研究は複雑な実触媒をモデル化した2種類のモデル触媒を用いて、上記相関を明確したものである。本論文は7章からなる。

 第1章では、(Co)MoS2触媒の活性点構造、それに対する担体種の効果、モデル触媒研究等の従来の研究を概説し、本研究の目的と意義について述べている。

 第2章では、3種の面方位((100),(110),(001)面)のルチル単結晶基板上にMoOXを蒸着し、酸化および硫化処理した結果、基板の面方位、結晶性により、MoS2クラスターの微細構造(大きさ、組成等)を制御できる可能性を示した。また、MoS2クラスターの微細構造が、その前駆体であるMoOXクラスターに著しく依存することも見出した。

 第3章では、実触媒で使用される多孔質γ-Al2O3のモデルとしてγ-Al2O3単結晶薄膜の作製を試み、電子ビーム蒸着法により、3種の面方位((100),(110),(111)面)のスピネル単結晶基板上にそれぞれ同一方向に成長した平滑なγ-Al2O3エピタキシャル薄膜が得られることを見出した。

 第4章では、作製した3種の面方位((100),(110),(111)面)のγ-Al2O3単結晶薄膜及びアモルファスアルミナ薄膜をモデル担体として用いたMoS2モデル触媒の構造をXPS、TEMで解析し、高温(773K)硫化後のMoS2クラスターの配向方向が、(111)面ではbasal-bonding、(100)面ではedge-bondingとなることを見出した。特にedge-bondingについては、世界で初めて確たる証拠となるTEM像を報告している。

第5章では、第4章の平板型モデル触媒研究から得られた知見が実用触媒にも適用できることを示すため、実用触媒に近い微粒子モデル担体として{110}面が支配的なベーマイト経由の板状アルミナ粒子、{111}面及び{100}面が支配的な気相法による球状アルミナ粒子の2種類の微粒子担体触媒を用いた構造解析及び活性評価を行った。その結果、{110}面が支配的な板状アルミナ上には比較的大きな単層でbasal-bondingなMoS2クラスターが形成され、その触媒機能は水素化指向であり、一方、{111}面及び{100}面が支配的な球状アルミナ上には多層でbasal-bondingなMoS2クラスター或いは高分散なMoS2種が形成され、その脱流活性及び水素化活性とも板状アルミナ担持触媒より高く、その触媒機能は相対的に脱硫指向であることを見いだし、モデル触媒研究で得られた結果が、商業触媒の設計に活かせる基礎情報を提供した。

 第6章では、アルミナ以外の担体の代表としてチタニア微粒子を担体に用いた場合のMoS2クラスター形態制御、さらに触媒機能との相関について検討した。H2S/N、気流中、573-673Kで硫化した場合は比較的大きなedge-bondingのMoS2結晶が形成されることが分かり、そのMoS2結晶とチタニア粒子との界面のTEM像を結晶学的に解析した結果、MoS2結晶はチタニア粒子との格子配列が整合するように成長することを新規に見出した。

第7章では、本研究で得られた結果を総括し、今後の課題について述べた。

以上、本論文では従来不明確であった担体の結晶性及び面方位とMoS2クラスター形態の相関を明らかにした。すなわち、MoS2クラスターは担体に対しエピタキシャル成長するという仮説が正しいことを結晶学的に検証し、特にedge-bondingのMoS2クラスターが作製できること、その触媒機能が特異なものであることを見出した。これらの成果は物理化学、特に触媒科学に貢献するところ大である。また、本論文の研究は、本著者が主体となって考え実験を行い解析したもので、本著者の寄与は極めて大きいと判断する。

 従って、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

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