学位論文要旨



No 215372
著者(漢字) 川本,健
著者(英字)
著者(カナ) カワモト,ケン
標題(和) 砂層におけるフィンガー流の発生と成長機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 215372
報告番号 乙15372
学位授与日 2002.06.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15372号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮崎,毅
 東京大学 教授 佐藤,洋平
 東京大学 教授 田中,忠次
 東京大学 助教授 塩沢,昌
 東京大学 助教授 溝口,勝
内容要旨 要旨を表示する

 不飽和土壌で発生する選択流の一つであるフィンガー流は土壌内で部分的かつ優先的な水みちを形成する。このため、水・溶質はこのフィンガーを経由して高速に下方へと移動する。フィンガーは、その発生要因や局所的な水みち形成の性質から、1)土壌汚染・地下水汚染、2)乾燥地・半乾燥地における水管理、3)撥水性を有する土壌での浸透問題、を扱うときに重要な問題となる。

 フィンガーに関しては、理論的なアプローチ、室内実験、フィールドでの調査など様々な研究が行われている。しかし、フィンガーの詳しい内部構造や浸潤継続にともなうフィンガー膨張現象を考慮したフィンガーの成長モデルは示されていない。そこで、本研究では以下の二点を目的とした。1)モデル実験を行い、均一砂層で散水浸潤時に発生するフィンガーの発生基準や形状特性を明らかにする。2)フィンガーの内部構造を明らかにし、実用的なフィンガーの成長モデルを提案することである。

 はじめに、フィンガーの発生と形状特性を明らかにするため、モデル実験として均一砂層に散水浸潤を行い、浸潤形状の変化や浸潤前線の不安定化について調べた。その結果、砂層で観察される浸潤形状は初期含水比(Wi)と散水強度(IR)の違いで変化し、フィンガー、波状の浸潤前線、滑らかな浸潤前線の三つに分類できた(Fig.1)。さらにフィンガーは膨張速度が0.1cmh-1程度と極めて小さいLSF(low-swell finger)と、0.7cmh-1以上のHSF(high-swell finger)の二つに区別できた。

 浸潤前線が通過する際のサクション変化から、LSF,HSF、波状の浸潤形状はRaatsの不安定化基準に従った。このとき、LSFとHSFの両者には浸潤前線通過後のサクション回復(上昇)の度合いに差があった。また、フィンガーの発生太さや発生本数を既存の提案式で推定したところ、LSFでは太さや本数を過大評価するのに対し、HSFでは比較的良い一致が見られた。

 次に、フィンガーの成長モデル構築にあたり重要となるフィンガーの内部構造について調べた。フィンガー内部は前線の通過と同時に形成されるコアと、その後にコアからの水平方向への水移動で形成される膨張領域からなり、砂層内部の含水比測定から両者は異なる水分量で共存した。そして、コアと膨張領域内部の水分状態をサクション変化と水分特性曲線を用いて推察したところ、コアは先端から背部にかけて吸水過程から脱水過程に水分状態が切り替るのに対し、膨張領域は吸水過程のみをたどることが明らかとなった。また、コアから膨張領域に向うサクション勾配を計算したところ、LSF・HSFともに膨張時の動水勾配は一定値となったが、HSFのそれはLSFの約1/10と非常に小さな値を示した。

 フィンガーの内部構造で得られた知見をもとに、フィンガーの膨張機構を探った。LSFは膨張過程の大半がコア内のサクションが一定値hsに達した時点以降に膨張が生じた。これより、膨張領域の形成は一定サクション下での水移動で形成されると定め(Fig.2(a))、土壌の吸水性を示すソープティビティSを用いた以下の膨張式で記述した。ここで、dfはフィンガーのコアの太さで、tfはフィンガー先端の到達時刻、θswellは膨張領域の体積含水率で、θiは砂層の初期体積含水率となる。これに対し、HSFは膨張過程の大半がコア内のサクション回復時に生じた。これより、コアと膨張領域の不飽和透水係数Kと動水勾配iに注目して、膨張領域は一定フラックス下での水移動で形成されると定め(Fig.2(b))、以下の膨張式で記述した。両式でフィンガーの太さの経時変化を推定したところ、LSF・HSFともに実測値と良い適合を得た(Fig.3)。

 最後に、フィンガー膨張式を用いて、フィンガーの膨張をともなった下方への成長を表現するモデルを提案した。成長モデルで散水中にフィンガーによって形成される湿潤率Fを推定したところ、推定値と実測値との間に良い一致が見られた(Fig.4)。

本研究で提案したフィンガーの成長モデルは、LSF・HSF両者の膨張をともなった水みち形成を上手く表現し、フィンガーによる水移動予測を可能とした。また、モデルはシンプルな式で記述されるため実用性が高く、今後フィールドヘの適用も期待される。しかし、本研究ではフィンガーの形状特性を含めた発生に関する知識とフィンガーの成長を直接結び付けることができず、今後の展開としてこの問題が残された。さらに、近年、フィールドを中心に土壌の不均一構造が要因となって発生するフィンガーの研究も盛んに行われている。これらから得られる知見と、本研究で扱った均一構造の土(室内実験)での知見を相互にフィードバックさせて、より実用的なフィンガーによる水・溶質移動の把握・評価に努める必要がある。

Fig.1Photographs of wetting fronts.

Fig.2Schematic diagrams of lateral water movement of fingers.

Fig.3Finger widths versus square root of time.

Fig.4Fraction of soils by fingers versus square root of time.

審査要旨 要旨を表示する

 不飽和土壌で発生する選択流の一つであるフィンガー流は土壌内で部分的かつ優先的な水みちを形成するため、水・溶質はこのフィンガーを経由して高速に下方へと移動する。このような特性を有するが故に、フィンガー流は、1)土壌汚染・地下水汚染、2)乾燥地・半乾燥地における水管理、3)撥水性を有する土壌での浸透問題、などを扱うとき技術的に重要な問題となる。こうしたフィンガー流に関して、これまでにも多くの理論的、実験的研究が行われてきたが、フィンガー流内部の水理構造を解明したものは極めて少ない。そこで、本研究の目的は、1)モデル実験により、均一砂層で散水浸潤時に発生するフィンガーの発生基準や形状特性を現象論的に明らかにすること、および、2)フィンガー流内部の水理構造を明らかにし、実用的なフィンガー流モデルを提案すること、とした。

 第1章では、研究の背景と本研究の構成を述べた。

 第2章では、既往の研究を総括した。

 第3章では、フィンガー流のモデル実験内容を述べ、測定結果から得られる現象論的解析を述べた。特に重要な知見として、砂層で観察される浸潤形状は、初期含水比と散水強度の違いで変化し、初期含水比が小さくて散水強度が小さい場合にはフィンガー流形状、初期含水比が中程度で散水強度が大きい場合には波状の浸潤前線形状、初期含水比が大きい場合には散水強度によらず滑らかな浸潤前線形状、という規則的な違いが生ずることを見いだした。このような形状分類は、本研究が初めてである。さらに、フィンガー流形状は、そのままの形状を持続する場合と、時間と共にフィンガーが膨張する場合とがあることを発見し、これらを、膨張速度が0.1cmh-1程度と極めて小さいLSF(low-swell finger)と、膨張速度が0.7cmh-1以上と大きいHSF(high-swell finger)の2つに区別した。フィンガー流膨張をこのように速度論的に捉えた点にも、これまでに見られない独創性がある。

 第4章では、フィンガー流内部の水理構造を解析した。すなわち、浸潤前線が通過する際のサクション変化から、LSF,HSF、波状の浸潤形状はRaatsの不安定化基準に従うことと、LSFとHSFの両者には浸潤前線通過後のサクション回復(上昇)の度合いに差があることを見いだした。そこで、LSFとHSF内部の水理構造をさらに詳しく解析するために、フィンガーを、浸潤前線の通過と同時に形成されるコア領域と、その後にコアからの水平方向への水移動で形成される膨張領域とに分割する方法を考案した。この分割法を適用して、コア領域と膨張領域の水理構造の違いを検討したところ、コア領域は先端から背部にかけて吸水過程から脱水過程に水分状態が切り替るのに対し、膨張領域は吸水過程のみをたどるという違いが存在することが明らかとなった。さらに、コア領域から膨張領域に向うサクション勾配を計算したところ、HSFの方がLSFの約1/10と非常に小さく、従来見落とされていた興味深い結果を得た。

 第5章では、フィンガー流内部の水理構造について得られた知見をもとに、フィンガーの成長モデルを構築した。まず、膨張が小さいフィンガー流LSFにつき、コア領域内のサクションが一定値であること、膨張領域の形成は一定サクション下での水移動で形成されることに基づき、土壌の吸水性を示すソープティビティSを用いた以下の膨張式を提案した。ここで、dfはフィンガーのコアの太さで、tfはフィンガー先端の到達時刻、θswellは膨張領域の体積含水率で、θiは砂層の初期体積含水率となる。一方、膨張が著しいフィンガー流HSFにつき、膨張領域は一定フラックス下の水移動で形成されると仮定し、以下の膨張式で記述した。ここで、Kは不飽和透水係数、iは動詞勾配である。両式でフィンガーの太さの経時変化を推定したところ、LSF・HSFともに実測値と良い一致を得た。最後に、これらモデル式を用いて、フィンガーの膨張をともなった下方への成長を表現するモデルも構築し、散水中にフィンガーによって形成される湿潤率Fを推定したところ、推定値と実測値とは良く一致した。

 以上要するに、本論文は、室内実験、現象解析、モデル理論構築を通じて、従来取り扱いが困難とされてきた砂層中のフィンガー流形成に関し、詳細な知見と実用的なモデル式を得たものであり、学術応用上寄与するところが大きい。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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