学位論文要旨



No 215373
著者(漢字) 鳥居,慎一
著者(英字)
著者(カナ) トリイ,シンイチ
標題(和) ヘビ毒由来アポトーシス誘導因子Apoxin 1の分離精製・遺伝子クローニングおよび機能解析
標題(洋)
報告番号 215373
報告番号 乙15373
学位授与日 2002.06.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第15373号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鶴尾,隆
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 助教授 仁科,博史
 東京大学 助教授 内藤,幹彦
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

 近年、アポトーシス研究が急速に進展するなかで「細胞死の生物学」が分子レベルで解明されつつあり、従来の概念による「細胞死」を引起こす物質・因子のなかにもアポトーシスを特異的に誘導するものがあることが確認されつつある。そこでタンパク性の毒性物質、特にガラガラヘビ由来の出血毒に注目し、ヘビ毒中に新規アポトーシス誘導物質の存在を作業仮説として、その探索研究を進めた。

1.ヘビ粗毒からのアポトーシス誘導因子の精製とアポトーシス誘導活性の解析

 ガラガラヘビ(Crotalus atrox)の粗毒よりアポトーシス誘導活性を指標にアポトーシスを誘導するタンパクの分離・精製を試みた。ガラガラヘビの粗毒(Sigma)をSephadex G-100ゲル濾過、等電点電気泳動、Superdex 200HR、TSK-Gel G3000PWXLゲル濾過によって精製を行い、アポトーシスを誘導する画分を順次濃縮した。最終的にSDS-PAGEにより55KDa、ゲル濾過により100KDaを示す単一のタンパク質に精製し、Apoxin Iと命名した(図1)。

 Apoxin IはHUVEC、HL-60、A2780、KN-3等の細胞にアポトーシスを誘導することが以下のように確認された。1)形態学的検討:培養液中でHL-60細胞にApoxin I(5μg/ml)を処理するとapoptotic bodyの形成が観察された。2)核DNA染色:核DNAを蛍光色素で染色し蛍光顕微鏡で細胞の核を観察するとコントロール細胞では正常な網目状の核組織が認められるのに対し、Apoxin I処理細胞では核の凝集が確認された。3)DNA fragmentation assay:HL-60細胞をApoxin Iにて処理後、電気泳動にて各DNAの断片化を検討したところ用量依存的に、また処理時間依存的にオリゴヌクレオソーム単位の断片化が起こることが確認された(図2)。また、Caspaseファミリーの阻害剤(Z-VAD:160μM、Z-Asp:200μM)を前処理するとApoxin IによるHL-60細胞のアポトーシス誘導は完全に阻害された。

 次にApoxin Iのアミノ酸一次構造を検討するために精製したApoxin Iをアミノ酸シークエンサーにかけることにより、N末端アミノ酸のマイクロシークエンスを行った。得られたアミノ酸シークエンスを蛋白質データーベース上でホモロジー検索を行った。するとMalayan pit viperのL-アミノ酸酸化酵素(以下LAO)と高いホモロジーを有することが判明した(図3)。

 そこでApoxin IがLAO活性を有するかどうかを検討するために酵素反応液中においてL-leucineおよびD-leucineの酸化を指標にすることによりApoxin IのLAO活性を測定した。するとApoxin IはL-leucineを用量、時間依存的に酸化したのに対し、D-leucineを全く酸化しなかった。このことによりApoxin IはL-アミノ酸を特異的に酸化する酵素活性を有する物質であることが判明した。

 L-アミノ酸酸化酵素はガラガラヘビのみならず、出血毒を有する有毒ヘビに含まれる毒素であり、L-アミノ酸を酸化し、αケト酸、H2O2、NH3に変換する酵素である。そこでApoxin IがL-アミノ酸酸化活性によりH2O2を発生することによりアポトーシスを誘導するのではないかと推察し、抗酸化剤によるApoxin I誘導アポトーシスの阻害効果を検討した。HL-60をcatalase(1000 units/ml)、L-ascorbate(1mM)、trolox(ビタミンE誘導体:2mM))にて前処理後、Apoxin IまたはH2O2を処理後アポトーシス抑制を検討したところ、catalase、ビタミンE誘導体のtroloxはApoxin I及びH2O2によるアポトーシスを阻害したのに対し、L-ascorbateは阻害しなかった(図4)。

2.Apoxin Iの遺伝子クローニングと発現タンパクを用いた機能解析

 得られた精製Apoxin Iタンパク質をリジルエンドペプチダーゼを用いて酵素消化することにより得られたペプチド断片をペプチドシークエンサーにかけ、5種類のペプチド断片配列が得られた。この配列よりDegenerated-PCRプライマーを作製し、ヘビ毒(Western diamondback rattlesnake:学名Crotalus atrox)毒腺由来のcDNAライブラリーよりApoxin I全長ORF遺伝子をクローニングした。そのApoxin I全長ORF遺伝子をアミノ酸翻訳し、データーベース検索するとApoxin Iは他のL-アミノ酸酸化酵素と高い配列相同性を示し、5'末端に分泌シグナルと思われるシグナルペプチド配列を有していた。また、同様にホモロジーの高い遺伝子としてモノアミン酸化酵素(MAO-B)およびinterleukin 4-induced gene(FIG1)が相同性の高い配列として検索された(図5)。

 次にクローニングされたApoxin IのORF配列を3'末端にHA配列を結合させたpCG哺乳類発現ベクターに組み込んだ(以下:pCG-Apoxin I)。このpCG-Apoxin Iをリン酸カルシウム法によってヒト腎由来293T細胞に遺伝子導入し、タンパク発現させ以下の解析を行った。発現ベクターに組み込まれたApoxin I遺伝子の哺乳類細胞への遺伝子導入後のタンパク発現を確認するためにWestern blottingによってApoxin Iタンパク質を確認した。抗体は精製Apoxin Iタンパクをウサギに免疫し、抗血清を作成したものを用いた。また同時に3'末端に結合させたHAタンパクに対する抗体を用いWestern blotting解析を行った。Apoxin Iタンパクの発現は細胞質(Cell Lysate)および細胞培養液中(Conditioned Medium)に認められ、Apoxin I遺伝子は細胞内にて発現後、細胞培養液中に分泌されるた(図6)。

 またApoxin I遺伝子は細胞内にて翻訳後細胞外へ輸送・分泌されることを確認するために、Apoxin I遺伝子を細胞内導入・発現後の細胞質抽出液、および細胞培養液中のL-およびD-アミノ酸酸化酵素(LAO、DAO)活性をL-leucineおよびD-leucineのH2O2の産成を指標に前述の方法に従い測定した。LAO活性は細胞質よりも細胞培養液中に強く認められ、DAO活性は認められなかった。

 次に4種類のdeletion mutantを作成し、それぞれのApoxin I遺伝子のタンパク発現・アポトーシス誘導活性を検討した。Apoxin I deletion mutantではタンパク発現は確認されたがいずれもアポトーシス誘導活性をほとんど有さず、LAO活性も弱いものであった(図7)。またwild type Apoxin Iタンパクは培養液中に分泌されるのに対し、deletion mutantでは分泌量は低下していた。

 Apoxin Iのタンパク配列中にN-glycosylation部位が一ヶ所存在するが、tunicamycinによって糖差付加を阻害するとApoxin IのLAO活性は低下した。これらのことよりApoxin I遺伝子はは細胞内で細胞外へ輸送される過程で、mature typeになる翻訳後修飾を受け活性型になることが示唆された。また、ゲルろ過にとSDS-PAGEによる分子量の検討により、Apoxin Iタンパクは2量体として存在することが示唆されるが、deletion mutantでは活性型になるいずれかの過程が阻害されることが示唆された。

図1.ヘビ粗毒からのApoxin Iの分離・精製(FPLCゲルろ過チャートとSDS-PAGE)

図2.Apoxin IによるHL-60細胞におけるDNA fragmentation assay

図3.Apoxin IのN末端アミノ酸(A1)

図4.Apoxin IのL-アミノ酸酸化酵素活性と抗酸化剤によるアポトーシス抑制

図5.Apoxin Iのアミノ酸配列とホモロジーを有するタンパク

図6.Apoxin I遺伝子の293T細胞への遺伝子導入によるタンパク発現とWestern blotting解析

図7.Apoxin I遺伝子のdeletion mutantとアポトーシス誘導活性

審査要旨 要旨を表示する

 ヘビ毒中の物質がある種の細胞に細胞死を引き起こすことは従来より知られていた。しかし単一の因子がアポトーシスを引き起こすのかあるいは複数の因子が協力して最終的にアポトーシスに至るのか、といったことは全く判っていなかった。ヘビ毒より新しいタンパク性のアポトーシス誘導因子が見つかれば、それに対応する生体側の受容体・標的分子等も新たに見つかるのではないか、という期待もあった。ヘビ毒は出血毒と神経毒に大きく分類されるが、出血毒による毒性発現の機序については現在でもまだ完全には解明されておらず、出血毒によるアポトーシス機構が解明されれば出血のメカニズムを解明する手がかりにもなり、血管の老化・循環器系疾患への新たなアプローチになるのではないか、といった臨床的期待も考えられる。そこでタンパク性の毒性物質、特にガラガラヘビ由来の出血毒に注目し、ヘビ毒中に新規アポトーシス誘導物質の存在を作業仮説として探索研究を進めた。

1.ヘビ毒のアポトーシス誘導因子の精製とアポトーシス誘導活性の解析

 ガラガラヘビ(Crotalus atrox)の粗毒よりアポトーシス誘導活性を指標にアポトーシスを誘導するタンパクの分離・精製を試みた。ガラガラヘビの粗毒をゲル濾過、等電点電気泳動等によって精製を行い、アポトーシスを誘導する画分を順次濃縮した。最終的にSDS-PAGEにより55KDa、ゲル濾過により100KDaを示す単一のタンパク質に精製し、Apoxin Iと命名した。

 Apoxin Iは培養細胞にアポトーシスを誘導することが以下の様に確認された。形態学的検討として培養液中でHL-60細胞にApoxin Iを処理するとapoptotic bodyの形成が観察された。核DNAを蛍光色素で染色し蛍光顕微鏡で細胞の核を観察するとコントロール細胞では正常な網目状の核組織が認められるのに対し、Apoxin I処理細胞では核の凝集が確認された。DNA fragmentation assayによってHL-60細胞をApoxin Iにて処理後、電気泳動にて各DNAの断片化を検討したところ用量依存的に、また処理時間依存的にオリゴヌクレオソーム単位の断片化が起こることが確認された。またCaspaseファミリーの阻害剤を前処理するとApoxin Iによるアポトーシス誘導は完全に阻害され、Apoxin Iは単独物質として細胞にアポトーシスを誘導することが判明した。

2.Apoxin IのN末端アミノ酸配列解析とL-アミノ酸酸化酵素活性の検討

 次にApoxin Iのアミノ酸一次構造を検討するために精製したApoxin Iをアミノ酸シークエンサーにかけることにより、N末端アミノ酸のシークエンスを行った。得られたアミノ酸シークエンスを蛋白質データーベース上でホモロジー検索を行った。するとMalayan pit viperのL-アミノ酸酸化酵素(LAO)と高いホモロジーを有することが判明した。

 そこでApoxin IがLAO活性を有するかどうかを検討するために酵素反応液中においてL-leucineおよびD-leucineの酸化を指標にすることによりApoxin IのLAO活性を測定した。するとApoxin IはL-leucineを用量、時間依存的に酸化したのに対し、D-leucineを全く酸化しなかった。このことによりApoxin IはL-アミノ酸を特異的に酸化する酵素活性を有する物質であることが判明した。

 L-アミノ酸酸化酵素はL-アミノ酸を酸化し、αケト酸、H2O2、NH3に変換する酵素である。そこでApoxin IがL-アミノ酸酸化活性によりH2O2を発生させアポトーシスを誘導するのではないかと推察し、抗酸化剤による阻害効果を検討した。HL-60をcatalase、ビタミンE誘導体のtroloxにて前処理後、Apoxin IまたはH2O2を処理後アポトーシス抑制を検討したところ、catalase、troloxはApoxin I及びH2O2によるアポトーシスを阻害し、H2O2がApoxin Iによるアポトーシス誘導のメディエーターであるこことが判明した。

3.Apoxin Iの遺伝子クローニングと発現タンパクを用いた機能解析

 得られた精製Apoxin Iタンパク質をリジルエンドペプチダーゼを用いて酵素消化することにより得られたペプチド断片をペプチドシークエンサーにかけ、5種類のペプチド断片配列が得られた。この配列よりDegenerated-PCRプライマーを作製し、ガラガラヘビ毒腺由来のcDNAライブラリーよりApoxin I全長ORF遺伝子をクローニングした。そのApoxin I全長ORF遺伝子をアミノ酸翻訳し、データーベース検索するとApoxin Iは他のL-アミノ酸酸化酵素と高い配列相同性を示し、5'末端に分泌シグナルと思われるシグナルペプチド配列を有していた。また同様にホモロジーの高い遺伝子としてモノアミン酸化酵素(MAO-B)およびinterleukin 4-induced gene(FIG1)が相同性の高い配列として検索された。

 次にクローニングされたApoxin IのORF配列を3'末端にHA配列を結合させた哺乳類発現ベクターに組み込んだ。このApoxin I遺伝子をリン酸カルシウム法によってヒト腎由来293T細胞に遺伝子導入したところ、Apoxin Iタンパクが293T細胞において発現したことがWestern blottingによって確認された。Apoxin Iタンパクの発現は細胞質および細胞培養液中に認められ、Apoxin I遺伝子は細胞内にて発現後、細胞培養液中に分泌されることが判明した。

 またApoxin I遺伝子は細胞内にて翻訳後細胞外へ輸送・分泌されることを確認するために、Apoxin I遺伝子を細胞内導入・発現後の細胞質抽出液、および細胞培養液中のL-およびD-アミノ酸酸化酵素活性をL-leucineおよびD-leucine酸化によるH2O2の産成を検討した。LAO活性は細胞質よりも細胞培養液中に強く認められ、DAO活性は全く認められなかったことより、遺伝子導入されたApoxin I遺伝子は細胞外へ分泌され、L-アミノ酸を特異的に酸化することが示された。

4.Apoxin Iのdeletion mutantを用いた機能解析と翻訳後糖付加修飾の検討

 次にdeletion mutantを作成し、それぞれのApoxin I遺伝子のタンパク発現・アポトーシス誘導活性を検討した。Apoxin I deletion mutantではタンパク発現は確認されたがいずれもアポトーシス誘導活性をほとんど示さなかった。またwild type Apoxin Iタンパクは培養液中に分泌されるのに対し、deletion mutantでは分泌量は低下していた。

 Apoxin Iのタンパク配列中にN-glycosylation部位が一ヶ所存在するが、tunicamycinによって糖差付加を阻害するとApoxin IのLAO活性は低下した。これらのことよりApoxin I遺伝子はは細胞内で細胞外へ輸送される過程で、mature typeになる翻訳後修飾を受け活性型になることが示唆された。また、ゲルろ過とSDS-PAGEによる分子量の検討により、Apoxin Iタンパクは2量体として存在することが示唆されるが、deletion mutantでは活性型になるいずれかの過程が阻害されることが示唆された。

 本研究によってヘビ毒から単離精製されたApoxin IはLAO活性を有し、L-アミノ酸の酸化反応によって発生する過酸化水素によって細胞にアポトーシスを誘導する機構が解明された。この成果は生命薬学において興味ある知見と将来の抗癌治療薬の可能性を示したもので、博士(薬学)の学位を受けるに十分値するものと判断した。

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