学位論文要旨



No 215376
著者(漢字) 大野,俊夫
著者(英字)
著者(カナ) オオノ,トシオ
標題(和) コンクリートの体積収縮ひび割れの発生予測に関する基礎研究
標題(洋)
報告番号 215376
報告番号 乙15376
学位授与日 2002.06.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15376号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 魚本,健人
 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 教授 堀井,秀之
 東京大学 助教授 古関,潤一
 東京大学 助教授 岸,利治
内容要旨 要旨を表示する

 コンクリート構造物においてひび割れは,美観を損なうばかりでなく,漏水や塩化物などの有害物質の侵入経路となり,また,水和生成物の滲出経路となり,コンクリート構造物の機能,耐久性を低下させる原因となる.このため,幾多の研究者によってひび割れ発生に関する研究がなされてきているが,実構造物のひび割れ発生を精度よく予測できていないのが現状である.その理由の一つとして,ひび割れ発生限界点の把握が十分になされていないことが挙げられる.

 コンクリートのひび割れは,コンクリートに作用する引張応力が引張強度の何割かを越えた場合,または,引張ひずみが伸び能力を越えた場合に発生すると考えられており,温度応力によるひび割れ解析では,引張応力が供試体の引張強度の80%に達した場合にひび割れが発生するとして解析しているのに対し,自己収縮によるひび割れ発生の判定値としては,乾燥収縮ひび割れによる研究成果をもとに引張強度の70%に設定され,ひび割れの発生限界の目安になっている.

 本研究は,施工工程や耐久性に大きく影響を及ぼすコンクリート構造物のひび割れについて,その発生時期を予測する手法を提案することを目的として,コンクリートの自由収縮を拘束することによって生じるひずみや応力を詳細に測定し,実用に供するひび割れ発生限界を示し,ひび割れ発生の予測手法の提言を行ったものである.

 本研究は以下の現象把握を目的としている.

(1)一軸拘束ひび割れ試験の信頼性に関する検討:コンクリートの体積収縮を拘束してひび割れを発生させる拘束ひび割れ試験はばらつきの大きい試験として位置付けられており,その一つとして採用した一軸拘束試験体を用いた試験(図-1)の信頼性を研究に先駆けて確認する.

(2)ひび割れ発生限界点の把握:体積収縮ひび割れの発生に影響する要因を取上げた一軸拘束ひび割れ試験を行い,ひび割れ発生限界点を解明する.

(3)ひび割れ発生限界点の適用性の把握:断面内の水分分布を変化させた一軸拘束試験体や壁状構造物,開口部などを模擬した試験体について,拘束ひび割れ試験を行い,一軸拘束試験体より得られたひび割れ発生限界点の適用性について検討する.

(4)クリープ解析の適用性の把握:コンクリートの体積収縮に伴う応力,ひずみをクリープ解析によって算定できることを確認する.

(5)ひび割れ発生予測手法の提案:実コンクリート構造物のひび割れ発生時期を予測する手法や,設計・施工段階におけるひび割れ発生予測手法の適用法などを提案する.

 拘束板のない自由収縮試験体のコンクリートひずみは測点間で若干のばらつきはあるもののほぼ一様に収縮傾向を示すのに対し,一軸拘束試験体では測点間で大きくひずみがばらつき(図-2),一様に収縮を示す測点や乾燥初期からほとんど収縮傾向を示さない測点など,部位によるひずみの差が大きい.本研究の実験要因とひび割れ発生材齢の関係は,複数の研究者の試験結果の傾向と一致しており,本試験の信頼性はあると判断された.

 また,乾燥後のひび割れ発生日数と引張伸び能力の関係を既往の研究結果と対比すると,ほぼ同一傾向を示し,ひび割れ発生日数が大きくなるほど引張伸び能力が大きくな為傾向にあることが明らかになった(図-3).

 断面を貫通するひび割れが発生した際にひずみが開放される範囲があり,この範囲のひずみがひび割れ発生に影響していると考えられ,この範囲から算定した凝結開始以後の引張伸び能力はひび割れ発生材齢の増加に伴って大きくなる傾向を示した(図-4).また,この範囲の拘束引張ひずみが大きい実験条件の方が,ひび割れが早期に発生することが明らかになり,引張伸び能力限界曲線がひび割れ発生を判断する指標として適用可能であると考えられた.

 また,ひび割れ発生時の拘束板ひずみの変動量に基づいて算定した収縮応力とその材齢の引張強度の比(収縮応力強度比)は,強度発現性状などが同じ条件の場合には,ひび割れ発生材齢が大きくなるほど大きくなる傾向が認められ(図-5),材齢初期の骨材とモルタルの付着が不十分な時点と十分になった長期材齢でクリープ限が異なることが明らかになった.

 力の釣合い条件とひずみの適合条件に基づき,クリープ係数を用いたステップバイステップ法による逐次解析法により,一軸拘束試験体の収縮応力やひずみを実用上問題なく再現できることが明らかになった.

 断面寸法が大きく,乾燥に伴って断面内に水分分布が生じる場合には,断面内に内部応力が発生するため,この内部応力を考慮することで上記のひび割れ発生限界曲線が適用できることを示した.

 壁状構造物を模擬して底面から拘束を受ける試験体や,開口部を模擬して4周囲から拘束を受ける試験体においても,拘束によってひずみに疎密が生じ,部位により拘束度が異なる傾向が認められた.ひび割れ発生影響範囲(図-6)から算定した引張伸び能力は一軸拘束試験体とほぼ同様なひび割れ発生材齢との関係であった.

 コンクリートの体積収縮ひずみ,クリープ係数,静弾性係数,引張強度の履歴と断面寸法によって解析的に拘束引張ひずみや収縮応力強度比の履歴を算定し,ひび割れ発生限界曲線に到達するか否かによってひび割れが発生する可能性を判定する手法を示した(図-7).本研究のひび割れ発生限界曲線は体積収縮ひずみの履歴やクリープ係数が本研究で対象としたコンクリートの材料,配合と大きく異なる場合には適用できないことが考えられ,この場合にひび割れ発生限界曲線を効率的に求める実験方法についても提案した.

 本研究では種々の条件下のひび割れ発生を予測するところまで達成しておらず,今後の課題とするところも多いが,この研究が体積収縮ひび割れの発生予測,コンクリートの耐久性向上に関する研究に少しでも役立てば幸いである.

図-1一軸拘束ひび割れ試験

図-2自由収縮試験体(左図)と一軸拘束試験体(右図)のひずみ履歴

図-3ひび割れ発生日数と引張伸び能力の比較

図-4引張伸び能力限界曲線

図-5収縮応力強度比限界曲線

図-6ひび割れ発生影響範囲

図-7ひび割れの発生予測

審査要旨 要旨を表示する

 コンクリート構造物におけるひび割れは,美観を損なうばかりでなく,漏水や塩化物などの有害物質の侵入経路となり,また,水和生成物の滲出経路となり,コンクリート構造物の機能,耐久性を低下させる原因となる.通常,コンクリート構造物の建設に当たり,構造物に要求される機能について,力学的な耐力を維持することを確認する以外に,たわみの許容値,塩害などの供用環境下での耐久性,漏水,美観の確保などの点について,それらを確保する方法などを検討する.これらの要求機能を満足すべく施工を行うが,一般的には,材料的,構造的にひび割れが発生しないような全ての検討,対策を行った後に,施工が行われていないのが現状であり,結果として程度の差こそあれ,ひび割れが発生していることが少なくない.このため,ひび割れの発生によって上記の機能を満足できなくなるケースがあることが問題となっている.さらに,コンクリート標準示方書の性能規定化への移行に見られるように,今後はコンクリート構造物の設計・施工・維持管理を通した性能設計を行うことが重要である.ひび割れを考慮した性能設計を実施するためには,コンクリート構造物のひび割れの有無,発生する時期,ひび割れ幅,本数,間隔,ひび割れの進行予測,ひび割れが各劣化要因に対する性能低下曲線に及ぼす影響などを定量的に評価することが重要になっている.本研究は,このような現状を鑑み,コンクリート構造物のひび割れ発生時期を予測する手法を提案することを目的とし,特に,比較的ひび割れ発生が長くその予測が困難である体積収縮ひび割れを対象として,ひび割れ発生限界点やひび割れ発生のメカニズムなどの解明を行ったものである.

 第1章は序論であり,本研究の背景と必要性を示し研究の方針と対象範囲を説明している.

 第2章はコンクリート構造物のひび割れ発生予測,制御を行う上で大きく関与する,水の移動と体積収縮,体積収縮ひずみ・クリープの予測,設計・環境要因が体積収縮に及ぼす影響,ひび割れ抵抗性評価試験,各種要因がひび割れ発生に及ぼす影響,ひび割れ発生限界,実規模実験,ひび割れ発生予測,破壊の力学について過去の研究成果を概観するとともに,本研究とそれらの研究の着眼点の違いを説明し,本研究の位置付けを明らかにしている.

 第3章は,コンクリートの打設終了から生じる体積収縮が確実に拘束される試験方法としてJIS原案の一軸拘束試験を採用し,水セメント比,乾燥開始材齢,拘束鋼材の断面積,粗骨材量を実験要因とし,試験体作製後乾燥条件下に静置してひび割れが発生する材齢,コンクリートや拘束板のひずみの測定,コンクリートの物性試験を行った結果について記している.さらに,ひび割れ発生材齢について過去の研究例と対比することによって本試験の再現性について考察している.

 第4章は,第3章において実施した一軸拘束試験体を用いた拘束ひび割れ試験によって得られたひずみや物性試験の結果に基づいて,引張伸び能力や収縮応力強度比(収縮応力/引張強度)のひび割れ発生限界としての適用性について考察している.

 第5章は,一軸拘束試験体においてコンクリートの収縮によって生じる拘束板の圧縮力と,この圧縮力によってコンクリートに作用する引張力のカの釣合い条件,コンクリートと拘束板のひずみが等しいとするひずみの適合条件のもとに,コンクリートに作用する引張応力やひずみを解析的に求め,実験値と対比することによって解析方法の妥当性について考察している.さらに,ひび割れ発生限界曲線によってひび割れの発生を予測する手法の提案を行っている.

 第6章は,実構造物の体積収縮ひび割れの発生予測を行うことを前提に,断面内部の水分分布を変化させた一軸拘束試験体による拘束ひび割れ試験を実施し,第5章で得られたひび割れ発生限界曲線の適用性について考察している.

 第7章は,実構造物の拘束形態に近い試験条件がひび割れの発生に及ぼす影響を検討するため,壁などの構造物を模擬して底面を拘束した試験体と,開口部を模擬して4周囲を拘束した試験体について,ひび割れ発生材齢やひび割れ発生限界に及ぼす影響に考察している.

 第8章は,第3章から第7章までの室内実験や解析的検討から得られた知見をもとに,実際の構造物における体積収縮ひび割れの発生を予測する方法を提案している.

 第9章は,本論文の総括であり,本論文の成果をとりまとめたものである.

 以上を要約すると,本研究はコンクリート構造物の体積収縮ひび割れの発生時期を予測する手法を提案したものであり,コンクリート工学の発展に寄与するところ大である.よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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