学位論文要旨



No 215377
著者(漢字) 西,建吾
著者(英字)
著者(カナ) ニシ,ケンゴ
標題(和) 土地区画整理事業における市街化促進方策に関する実証的研究 : 住宅先行建設区制度の必要性とその適用性
標題(洋)
報告番号 215377
報告番号 乙15377
学位授与日 2002.06.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15377号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 太田,勝敏
 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 教授 大方,潤一郎
 東京大学 教授 浅見,泰司
 東京大学 教授 原田,昇
内容要旨 要旨を表示する

1)昭和30年代後半からの大都市圏への人口集中に伴い、大量な住宅宅地の供給が社会的要請となり、土地区画整理事業により、毎年3千〜4千haの良好な宅地の供給がなされてきた。しかしながら、土地区画整理事業は上物整備に対する整備手段を基本的に欠いているため、事業者が地区内において、想定した市街化過程を計画的にコントロールすることは困難であり、結果的には地権者の自由意志により市街化が進むことになる.このため必然的に市街化の「遅れ」が生じ、事業済み地に膨大な末利用地が残されており、これらの速やかな市街化が喫緊の課題となっていた。

2)市街化(建物のビルトアップによる宅地利用)速度(1)を尺度とした市街化促進要因分析の結果、地区内への計画的住宅建設や申し出換地等の事業内要因や、住宅都市整備公団施行や業務代行者等の事業煮要因が促進効果のあることが判った。このため、これらの要因を含む既存の市街化促進方策を分析した結果、大きく2つの方策に分数できた。

 Aグループは、換地操作の工夫により土地利用誘導を図る方策(権利者意向換地、保留地集約換地、共同住宅区、立体換地、一体型等)、Bグループは、施行者自ら建物建設を行う等積極的に土地利用を行う方策(地主住都公団、地主地方住宅供給公社、業務代行、参加組合員、同意施行等)である。

 この結果を市街化速度で比較してみると(表-1参照)、A、Bどちらも施策なしと比べ改善が見られるが、特にBグループにおいて顕著な相違が見られる。

 これは、土地の処分・利用を業務とする法人所有地が多く、これらが速く市街化するため当然の帰結であるが、それだけでは説明がつかず、一般地権者の宅地も市街化速度が高まることを意味している。

 このメカニズムは、法人所有地の市街化→生活利便施設の立地→一般的な宅地需要の向上→宅地供給意向の向上、と考えられる。

3)一方、路線価方式による土地評価においては、地権者に含み損を与えないようにするため、換地処分時の想定市街化を低く押さえることにより、実際の市街化との乖離は必然的に起こるが、市街化の担保方策の導入により、乖離を縮小することが出来る。

この結果、増進率が上昇し、減歩対象となる開発利益が増大し、開発者負担の増分だけ公的負担が減少する。

4)以上から新たな市街化促進方策の条件として、事業者自らが

(1)計画的な住宅建設を先行的に行える制度、

(2)想定された市街化を担保出来る制度が想定される。この条件に合うのが「住宅先行建設区」制度である。

5)「住宅先行建設区」の特徴は、以下の通りである。

(1)事業計画に住宅先行建設区の区域を定める。

(2)住宅建設に意欲ある地権者を申し出により集約換地する。

(3)建設区内に従前地があって、住宅建設を希望しない地権者は強制的に移動させる換地の特例を設けた

(4)建設区内では住宅の建設を義務化し、地権者に強制できる仕組みを設けた。

6)事業認可主体に対する「住宅先行建設区」のアンケート調査によると、制度の効果としては、期待した市街化速度を確保しての市街化促進、早期の街並み形成、コミュニティー形成による防犯上の安全性確保、利便施設の早期立地、住宅等の建設意欲の向上等が上げられる。

7)「住宅先行建設区」の課題としては以下の通り。

(1)一般地権者が制度のメリットを理解していないと思われるため、制度の周知徹底が必要である。

(2)建設区内の嬢物用途が住宅に限定されており、生活利便施設等街並み形成に必要な施設の立地制限緩和めため、法律議論が必要である。

(3)土地評価において、市街化が担保されているにも関わらず、市街地形成熟度u値の値を高く設定しておらず、想定市街化との乖離の解消に役立っていない。このため土地評価の趣旨を実際に評価作業を行うコンサレタントの区画整理士等に理解してもらう必要がある。

8)地価下落時においては、土地区画整理事業そのものが厳しい状況に置かれているが、他の公共事業と比較して、減少したとはいえ、保留地処分金という民間資金の導入により、公共団体にとっては極めて効率的な事業手法である。事業済み地は基盤整備された良好な宅地という観点で、地価下落防止効果があり、市街化の担保された住宅先行建設区の導入により、市街化が促進され、より一層効果的である。宅地の増進率も高まり、保留地も売却し易くなり、地価下落時においても「住宅先行建設区」の活用は高い効果を期待できる。

<注>

(1)市街化速度の定義

v=1-{(1-yn)/(1-y0)}1/n

V:市街化速度n:認可からの経過年数y0:従前市街化率yn:事業認可n年後の市街化率

表1施策別の市街化速度

図5-1実際と想定に基づく地価曲線の比較

B:市街化想定にもとづく地価曲線(t1時点で評価)A,C:実際の市街化にもとづく地価曲線(t2時点で評価)t1:事業認可時t2:換地処分時t3:市街化熟成時b/k:増進率

審査要旨 要旨を表示する

 土地区画整理事業は官民協働の市街地整備手法として、人口急増期のわが国の都市化を支えると共に、現在でも良好な都市基盤整備を実現する手法として大きな役割を担っている。しかし、同事業は、道路、公園等の公共施設を含む都市基盤整備には有効に機能してきたが、上物整備は基本的に地権者に任せられていたことから、対象地区の市街化(建物の建設による宅地利用)の遅れが発生し、事業効果が社会的に十分に発揮されていない状況が見られる。本研究は、区画整理事業地区における市街化促進方策として、平成5年に土地区画整理法改正により制度化された「住宅先行建設区」について、その提案に至った意義を実証的に検証すること、同制度の適用性と効果を解析すること、それらの分析を基に今後改善すべき課題を考察すること、更に、新たな状況としての地価下落時における土地区画整理事業の意義とそのあり方を検討することを目的としたものである。

 研究の方法と内容を論文の構成に即してみると、まず土地区画整理事業地区の市街化促進について、既往研究のレビューを行い、研究の必要性と視点、研究方法及び方向性について確認している(第2章)。次に、市街化促進要因について、既存の市街化状況調査データ(平成8年度、建設省)を基に市街化速度(未利用宅地が毎年一定の割合で市街化すると仮定した場合の市街化の割合)と地区特性要因との関係について統計的分析を行い、4つのカテゴリー(事業外、事業内、事業者、地権者)別に関連する要因を明らかにした。特に、市街化促進に関しては、立地条件以外の要因が関連していること、地区内の地権者の意向が関連していること、地区内で住宅などを計画的に建設することにより、これをインパクトとして市街化が促進される傾向があることなどの知見を得ている(第3章)。続いて、既存の市街化促進方策について、促進要因として事業内要因を含む方策として集約換地、共同住宅区、業務代行及び参加組合員方式を取り上げ、それらの効果を実証的に検討している。その結果、権利者の土地利用意向を反映させた集約換地設計など換地方策と、施行者による計画的住宅建設が特に効果的で施策化し易いものとして特定化している(第4章)。

 一方、土地区画整理事業における土地評価方法と市街化促進との関係について分析して、現行の路線価方式において市街化熟度を表す宅地係数u値の設定、そして算定される地価想定曲線と実際の地価曲線との乖離から生じる開発利益の還元における公平性問題などに制度上の課題が大きいことを明らかにした(第5章)。

 以上の分析を基にして、計画的住宅の先行的建設を進め、土地評価上の想定値と実際値との乖離を少なくして、土地区画整理事業の社会的効果を高めるため、同事業で想定した市街化を担保できる方策として「住宅先行建設区」を提案し、その制度の内容と特徴を明らかにすると共に、その活用状況と効果についてのアンケート調査を基に現時点でのその適応性を評価し、その課題と改善策を検討した。現状では制度の適用が始まったばかりで事例は限られており、評価は困難であるが、アンケート調査を基に権利者への同制度の周知の必要性、住宅に限定せず生活利便施設の立地を許容する制度改善の重要性、土地評価における市街化促進効果の反映の必要性などの改善策について提案している(第6章)。

 さらに、日本経済のバブル崩壊後の現在の地価下落時における土地区画整理事業のあり方と意義、そして今後の方向性について検討している。民間との協働により市街地整備を進める土地区画整理事業は地価下落という新たな状況においても機能し、その役割が大きいこと、また住宅先行建設区が有効であることを、従来の枠組みでの対応策及び新たな概念での対応策の検討を基に明らかにしている(第7章)。以上の分析に基づいて、最後に全体の結論を取りまとめると共に、今後の展望を示している(第8章)。

 以上のように、本研究の主要な研究成果は、土地区画整理事業の整備効果を発揮する上での障害となっている整備地区の市街化の遅れに対して、筆者らが提案して制度化された「住宅先行建設区制度」に関してその成立の背景と根拠を実証的に検証すると共に、その活用状況の分析により同制度の適応性と課題を明らかにし、また地価下落という新しい状況の中での土地区画整理事業の役割を再確認して、住宅先行建設区を含めその新しい展開の方向を考察しており、都市計画上有用な知見を与えるものとして高く評価される。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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