学位論文要旨



No 215380
著者(漢字) 仙場,浩一
著者(英字)
著者(カナ) センバ,コウイチ
標題(和) 銅酸化物超伝導体YBa2Cu3O6+Xのドーピング制御と輸送特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 215380
報告番号 乙15380
学位授与日 2002.06.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15380号
研究科 工学系研究科
専攻 超電導工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高木,英典
 東京大学 教授 永長,直人
 東京大学 教授 鹿野田,一司
 東京大学 教授 内野倉,國光
 東京大学 教授 内田,慎一
内容要旨 要旨を表示する

 高温超伝導は、ドープされたMott-Hubbard絶縁体で見られる物理現象である。近年、この絶縁体と高温超伝導体の境界領域への注目が高まっている。量子ゆらぎによって反強磁性と超伝導の秩序形成が共に抑制されたこの領域には、0Kでの相転移点いわゆる量子臨界点が存在する可能性が指摘されている。いまだに実験のメスがはいっていないこの希薄ドープ域にこそ、高温超伝導を理解する鍵が潜んでいる可能性がある。

 我々は、温度可変平衡酸素圧下アニールを精密化することにより、アンダードープYBa2Cu3O6試料を安定的に得ることに成功した。そして、この手法を用いることによって、量子臨界点組成を含む低ドープ領域の系統的な輸送特性の測定に初めて成功した。実験の結果明らかとなった特筆すべき特徴は、YBa2Cu3O6+xの常伝導状態での抵抗率、ホール係数等輸送特性の温度依存性がx〓0.5を境に急峻に変化する事である(図1,図2)。高ドープ域(x>0.5)では、温度依存性が顕著であるのに対して、低ドープ側(x<0.5)では温度依存性が特に低温で抑制される。ホール数(nH=1/eRH)は近似的にnH∝x-0.2(0.2

 また、薄膜を用いた輸送特性の有限サイズスケーリング解析によって、臨界点組成近傍60K程度の温度から、面抵抗が変数〓(xc=0.4±0.02,zν=1.2±0.2)に対してスケールすることを見い出した(図3)[2]。単位胞中の一組のCuO2面を実効的な一層の二次元的伝導層と仮定して計算した一層あたりの臨界面抵抗は、二次元ボゾンモデルによるユニバーサルな値(h/4e2)とほぼ一致する。超伝導絶縁体転移における面抵抗のスケーリングが観測されたことは、絶対零度に存在すると考えられる超伝導絶縁体転移量子臨界点の存在を示唆し、その臨界領域が60Kに達することを示す。低ドープ領域でのバルク結晶に関するホール測定結果(図2)より、スケーリング変数の分子は、本質的にキャリア密度と考えられるため、本実験は、超伝導絶縁体転移における面抵抗スケーリングの様子をキャリア密度を制御変数として初めて測定した実験であると言える。

 通常の相転移である超伝導転移の臨界領域ではなく、超伝導絶縁体転移量子臨界点の大きな臨界領域の存在をキャリア密度を制御変数として初めて明らかにした点を強調しておきたい[2]。この知見は、銅酸化物で発現する高温超伝導が大きな量子臨界領域に接して、あるいは囲まれて存在することを示唆する(図4)。

 論文では、上記研究に加え、(1)本研究の対象物質であるYBa2Cu3O6+xのいわゆる1:2:3組成の発見の経緯および結晶構造の同定に関する研究[3]、(2)超伝導臨界温度Tcより高温側での超伝導ゆらぎに起因する磁気抵抗測定あるいは、磁場中における抵抗転移データより超伝導コヒーレンス長(ξ)を導出する研究[4],[5]、そして、(3)銅酸化物超伝導体における起源の異なる二種類の超伝導ゆらぎであるAslamazov-LarkinゆらぎとMaki-Thompsonゆらぎの比較の研究[5]についても述べる。

参考文献

[1]K. Semba and A. Matsuda, Phys. Rev. Lett. 86, 496 (2001).

[2]K. Semba, A. Matsuda, and M. Mukaida, Physica B281 & 282, 904 (2000).

[3]K. Semba, S. Tsurumi, M. Hikita, T. Iwata, J. Noda, S. Kurihara, Jpn. J. Appl. Phys. 26, L429 (1987).

[4]K. Semba, A. Matsuda and T. Ishii, Phys. Rev. B49, 10043 (1994).

[5]K. Semba, T. Ishii, and A. Matsuda, Phys. Rev. Lett. 67, 769 (1991); 67, 2114 (E) (1991).

図1YBa2Cu3O6+xの(a)面内抵抗率ρab、(b)面間抵抗率ρcのドーピング依存性。

SL転移の臨界抵抗率は0.8mΩcm付近である。クーパー対の臨界面抵抗h/4e2〓6.45kΩを矢印で示す。面内抵抗率ρabの温度依存性は、酸素組成x〓0.5を境に明瞭に変化する。x〓0.5を境とする輸送特性の明瞭な変化は、ホール測定でも観測されており[1]、超伝導ゆらぎの古典-量子クロスオーバを観測している可能性も考えられる。

図2(a)ホールナンバーの酸素組成(ドーピング)依存性。

Tc

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、題目「銅酸化物超伝導体YBa2Cu3O6+xのドーピング制御と輸送特性に関する研究」に表現されているように、典型的な高温超伝導体であるYBa2Cu3O6+xについてドーピングの精密制御を行い、電荷輸送特性のキャリア数依存性を切り口として、この物質系に発現する高温超伝導の特徴・位置付けを明らかにすることを試みた研究である。論文は全8章からなる。

 第1章序論では銅酸化物超伝導体の物性、超伝導発現機構に関する研究の現状がまとめられている。これに基づいて、本研究の問題意識が述べられ、銅酸化物高温超伝導がMott-Hubbard絶縁体へのキャリア-ドーピングによって作られ、キャリア-密度変化によって系を特徴付ける物性パラメータを積極的に変え得る点が注目すべき特徴の一つであると指摘している。

 第2章ではYBa2Cu3O6+x単相の分離と同定および構造解析に関する研究が述べられている。単相の分離を目的に作成された焼結体試料が超伝導相である1-2-3相と非超伝導相である2-1-1相とに自然に相分離し、EPMA元素組成分析が決定的な解析手段となったことが示されている。

 第3章では、単結晶育成と本研究において重要な役割を担う平衡酸素圧精密制御アニールによるドーピング制御法およびその方法で作成された試料に関する分析結果等に関して述べられている。

 第4章では、磁気抵抗測定あるいは磁場中抵抗転移の測定からこの系の超伝導コヒーレンス長および超伝導ゆらぎに関する研究について述べられている。コヒーレンス長は超伝導状態の基本パラメータの一つであるが、銅酸化物高温超伝導体の場合にはこれがnm程度と桁違いに短く、熱ゆらぎの効果が顕著となるため、臨界磁場のTc→0外挿値から求めたコヒーレンス長の信頼性が低いという問題が指摘されていた。この問題に対して、超伝導ゆらぎ理論を考慮した磁気抵抗データの解析から、コヒーレンス長を導出する方法が提案され、最適ドープ結晶、Zn置換結晶あるいはドーピングを変化させた結晶について、CuO2伝導面に平行・垂直なコヒーレンス長の成分の導出に成功している。また、鋭い超伝導転移を示す最適ドープ単結晶に関する縦・横磁気抵抗の温度依存性より、従来型の超伝導体では軌道磁気抵抗に隠れて観測できなかった磁気抵抗のZee鵬an項(スピンシングレット破壊に起因する磁気抵抗)の観測に成功している。さらに、従来型のs-波超伝導体では普遍的に存在する超伝導ゆらぎ磁気抵抗であるMaki-Thompson項の寄与がYBa2Cu3O6+xでは、測定できないほど小さい可能性を指摘した。

 第5章では、第3章で示された平衡酸素圧精密制御アニール法を主に単結晶に適用し、CuO2伝導面に平行・垂直な抵抗率成分およびホール係数等の電荷輸送特性のドーピング依存性に関する研究について述べられている。平衡酸素圧精密制御アニール法で、約100時間程度をかけて注意深くドーピング制御された結晶の面内抵抗率およびホール密度(nH)の温度依存性が共に、x=0.5の酸素組成を境に急峻に変化し,低ドープ側(0.2

 第6章では、前章での困難を克服すべく、パルスレーザ蒸着法によりSrTiO3基板上に作成されたc-YBa2Cu3O6+x薄膜試料を用いた抵抗スケーリング解析について述べられている。薄膜試料は、同一試料について引き続くドーピング制御が短時間で容易に実現でき、臨界点付近で多くのデータが必要なS/I転移の臨界領域の研究には圧倒的に有利である。面内抵抗の有限サイズスケーリング解析の結果、結晶の場合と同様、クーパー対の量子抵抗RQ=h/(2e)2に相当する抵抗率(cRQ,c:CuO2面に垂直方向のユニットセル長)を境に、大凡60K以下の低温領域かつx=0.4±0.02のドーピング範囲において単一のスケーリング関数に従うことが示された。これは、絶対零度に存在すると考えられる超伝導絶縁体量子臨界点の臨界領域が60Kにまで達することを示す結果であり、実験が二次元ボゾンモデルで良く説明されることから、臨界領域では基底状態(S/I)に係わらず、主要電荷はクーパー対であることが強く示唆されるとしている。また、スケーリング変数は、本質的にキャリア密度と考えられるため、本実験は、超伝導絶縁体転移における面抵抗スケーリングの様子をキャリア密度を制御変数として初めて観測した実験であると主張されている。キャリア密度を制御変数として超伝導絶縁体量子臨界点の臨界領域の存在をはじめて明らかにしたことになる。

 第7章総合討論では、以上の研究成果を踏まえてコヒーレンス体積中の対密度に関する考察から、BCS極限の対極にあるBEC極限に近い超伝導、Zn不純物効果とd-波超伝導、小さなMaki-Thompsonゆらぎとd-波超伝導、超伝導ゆらぎの古典・量子クロスオーバ、高温超伝導と臨界領域相図上での位置付けなどの議論が総合的に述べられ、『この系で発現した高温超伝導の本質は何か?』という研究当初の問題意識に対して『量子臨界領域に存在する高エネルギー量子ゆらぎを媒介とするBEC極限に近いd-波超伝導。』と締め括っている。

 第8章では本研究成果のまとめと今後の課題が述べられている。

 以上、本論文にまとめられた研究は精密ドーピング制御によりはじめて明らかとなったYBa2Cu3O6+x系超伝導体の輸送特性のドーピング依存性、超伝導ゆらぎ、超伝導絶縁体量子臨界点およびその臨界領域等に関する重要な知見を提供するものであり、YBa2Cu3O6+x系の理解に留まらず、広く銅酸化物系高温超伝導の理解の基礎を与える.超伝導工学の発展に寄与するところ大であり、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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