No | 215381 | |
著者(漢字) | 味村,俊樹 | |
著者(英字) | Mimura,Toshiki | |
著者(カナ) | ミムラ,トシキ | |
標題(和) | 難治性回腸嚢炎に対する腸内細菌製剤による寛解維持療法 : 二重盲検無作為振り分け比較法による検討 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 215381 | |
報告番号 | 乙15381 | |
学位授与日 | 2002.06.19 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 第15381号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 緒言 潰瘍性大腸炎(ulcerative colitis:以下UC)に対する現在の標準術式は,全大腸摘除・回腸嚢肛門(管)吻合(restorative proctocolectomy)である.この術式の長所は,患者が永久回腸ストマを回避できる点にあるが,短・長期合併症が永久回腸ストマよりも多い点が短所である. 回腸嚢炎(pouchitis)はその長期合併症の中で最も頻度が高く,この術式に特異的な合併症である.回腸嚢炎は回腸嚢内に生じる非特異性急性炎症であり,頻回便,下痢,血便等が主症状である.その内視鏡像は,粘膜浮腫,アフタ様びらん,潰瘍形成などUCに酷似しており,病理組織学的にも粘膜・粘膜下層への好中球浸潤やmicro abscess形成等のUCと同様の所見を呈する.発生頻度は,その定義と経過観察期間によって20-50%と報告により異なるが,10年間の累積発生率は約50%と極めて高い.病因は不明だが,回腸嚢内細菌叢のバランス破綻が関与し,回腸粘膜におけるUCの再発と考えられている. 回腸嚢炎に対する治療法としてはmetronidazoleやciprofloxacin等の抗生物質が一般的に有効であるが,回腸嚢を持つUC患者の約5-20%が難治性回腸嚢炎と呼ばれる状態に陥る.この難治性回腸嚢炎は,以下の3型に分類される:(a)抗生剤治療後も頻回(1年間に3回以上)に再発する再発性回腸嚢炎;(b)抗生剤を服用している限りは炎症や症状が抑えられるが,服用を中止した直後に再発する治療反応性持続性回腸嚢炎;(C)抗生剤等の通常の治療が有効でない治療抵抗性持続性回腸嚢炎.再発性回腸嚢炎や治療反応性持続性回腸嚢炎では,寛解導入後の寛解期をいかにして維持するかが課題である. そこで最近注目されているのが腸内細菌製剤(probiotics)である.Probioticsとは健康回復及び維持に貢献する生物活性を持つ細菌であり,これを用いて腸内細菌叢を正常化させる治療がprobiotic therapyである.回腸嚢炎が腸内細菌叢のバランスの破綻であるとすればそれを正常化するprobiotic therapyが有効である可能性がある. そこで本研究では,難治性回腸嚢炎患者を対象に以下の2つの仮説をたて,それを検証した. (I)難治性回腸嚢炎患者においてmetronidazoleとciprofloxacinの抗生剤2剤長期併用療法は炎症の寛解導入に有効で,患者のquality of life(以下QOL)を向上する. (II)抗生剤2剤長期併用療法により導入された寛解期の維持に,VSL#3と呼ばれる新しいprobioticsが有効で,抗生剤療法によって改善されたQOLもVSL#3により維持することができる. 研究I.難治性回腸嚢炎に対する抗生剤2剤長期併用療法の有効性およびquality of lifeに及ぼす影響に関する検討. 【対象及び方法】難治性活動性回腸嚢炎患者44例を対象にmetronidazole 800mg/日または1000mg/日とciprofloxacin 1000mg/日の両剤を朝夕,分2で4週間投与し,効果をpouchitis disease activity index(以下PDAI)にて判定した。PDAIは,回腸嚢炎の程度を評価するscoring systemで,臨床症状,内視鏡的炎症所見,生検組織の病理組織学的炎症所見の3要素よりなる.各要素がO〜6点で評価されるため,合計PDAIは0点(炎症なし)〜18点(最大炎症)である(表1). 難治性は,緒言の難治性回腸嚢炎の分類で挙げた(a)〜(c)の3条件いずれかに該当するもの,活動性はPDAIスコア7点以上,炎症寛解は臨床的PDAIスコア2点以下かつ内視鏡的PDAIスコア1点以下と定義した. また患者QOLに対する本療法の影響を,inflammatory bowel disease questionnaire(以下IBDQ)を用いて評価した.IBDQは消化管症状,全身症状,情緒,社会的活動等に関する32項目の質問からなる自己記入選択式アンケートで,患者は各質間項目に対して症状や制限が高度なものから軽度なものまで1〜7点が与えられた7つの選択肢から1つだけ選ぶ.したがってQOLの最悪点は32点,最良点は224点である.同時に,治療に対する患者の全体的な満足度を,非常に不満の1点から非常に満足の5点まで5段階で評価した. 【結果】本抗生剤療法により44例中36例(82%)で寛解導入に成功した、44例を対象に抗生剤療法前後の各因子の変化を調べると,排便回数は中央値11回/日から6回/日に,臨床的PDAIが4点から1点に,内視鏡的PDAIが5点から1点に,病理組織学的PDAIが3点から1点に,合計PDAIが12点から3点と全ての因子が有意に改善していた(全てp<0.0001).IBDQスコアも,中央値97点から176点と有意に改善し,患者の全体的満足度も中央値2点から4点へと有意に改善した(ともにp<0.0001). 背景因子に関して非寛解群8例を寛解群36例と比較すると,非寛解群は高齢で,回腸嚢作製時の年齢が高く(術前のUC病悩期間が長く),回腸嚢炎の病悩期間が長く,再発性よりも持続性回腸嚢炎の比率が高かった(表2). IBDQスコアとPDAIスコアの間のspearman相関係数は0.79であり,両者は有意に相関していた(p<0.0001).また患者の満足度が高いほどIBDQスコアも高値で,両者は有意に関連していた(p<0.0001). 【結論】4週間と比較的長期にわたるmetronidazoleとciprofloxacinの抗生剤2剤併用療法は,難治性回腸嚢炎の寛解導入と患者のQOL向上に極めて有効であった.本療法が効きにくい症例の特徴は,高齢,長期のUC病悩期間,長期の回腸嚢炎病悩期間,持続性回腸嚢炎であった.IBDQは,難治性回腸嚢炎患者の疾患特異的QOLを評価するアンケートとして有用であった. 研究II.難治性回腸嚢炎に対する腸内細菌製剤(VSL#3)による寛解維持療法 : 二重盲検無作為振り分け比較法による検討 【対象及び方法】研究(I)の抗生剤療法により寛解導入された難治性回腸嚢炎患者36例を対象に,腸内細菌製剤のVSL#3を6g,分1で内服するVSL#3群とplacebo群の2群にrandomiseし,再発しない限り内服を1年間継続して,両群の寛解維持率をdouble-blindにて比較した. VSL#3(R)(VSL pharmaceuticals Inc.,Gaithersburg,Maryland,USA)は,4種類のlactobacilliと3種類のbifidobacteriaと1種類のsteptococcusを成分とし,1g当たり合計約3000億colony forming unitの生きた細菌を含有した粉末状の腸内細菌製剤である. 回腸嚢炎再発の定義は,抗生剤療法による寛解時のPDAIスコアと比較して,臨床的PDAIスコア2点以上の増加かつ内視鏡的PDAIスコア3点以上の増加とした.経過観察期間中は,2ヶ月間隔で臨床症状とIBDQを評価し,治験薬内服前,内服開始2ヵ月後,1年後の経過観察終了時または再発時には内視鏡検査を行い,PDAIを算出した. 【結果】VSL群20例中17例(85%)が1年にわたって寛解を維持し,2例が再発し,1例は急性胃腸炎症状のため脱落した.それに対してplacebo群16例中1例のみ(6%)が12ヶ月間にわたって寛解を維持し,15例が再発した(図1).両群間のこの寛解維持率の差は統計学的に有意であった(p<0.0001)(図2). Placebo群での再発群15例のIBDQスコアは,抗生剤療法前の中央値86点から,4週間の抗生剤内服により寛解導入された時点で168点と有意に上昇したにもかかわらず,plaebo内服中に再発した時点では104点と再び有意に低下した.それに対してVSL#3群での寛解維持群17例のIBDQスコアは,抗生剤療法前の110点から抗生剤内服により寛解導入された時点で190点と有意に上昇し,その上昇したIBDQスコアはその後のVSL#3内服期間中12ヶ月にわたって中央値200点以上と高いレベルで維持された. 【結論】研究(I)の抗生剤療法により寛解導入された難治性回腸嚢炎患者36例を,VSL#3群20例とplacebo群16例にrandomiseして1年間経過観察したところ,VSL#3群では17例(85%)が,placebo群では1例(6%)のみが寛解を維持した.また寛解が維持されたVSL#3群17例ではIBDQが200以上の高値で維持されたのに対して,再発したplacebo群15例ではIBDQが抗生剤療法前の低値に低下した.すなわちVSL#3は,難治性回腸嚢炎の寛解維持およびQOLを良好に保つのに極めて有効であった. 表1:Pouchitis Disease Activity Index(PDAI) 表2:寛解群と非寛解群の患者背景の比較 数値は中央値(範囲)で表現.*有意差あり.非寛解群は寛解群より高齢で,回腸嚢作製時の年齢が高く,回腸嚢炎の病悩期間が長<、再発性よりも持続性回腸嚢炎の比率が高く,これらの差は統計学的に有意であった. 図1:難治性活動性回腸嚢炎に対する腸内細菌製剤による寛解維持療法-a double-blind placebo-controlled randomised study- 図2.VSL#3,placebo各群における寛解維持率(Kaplan-Meier法) 12ヶ月間の寛解維持率は,VSL#3群(85%)の方がPlacebo群(6%)より有意に高かった.p<0.0001,Logrank test | |
審査要旨 | 本研究は,潰瘍性大腸炎患者に対して全大腸摘除・回腸嚢肛門(管)吻合術を施行した際の長期合併症である回腸嚢炎(pouchitis)のうち,治療に苦慮する難治性回腸嚢炎に対する寛解導入療法及び寛解維持療法を検討したものである.寛解導入療法は,抗生剤2剤併用による炎症の改善度と生活の質(quality of 1ife)の改善度をopen studyにて検討し,次いで寛解維持療法は,腸内細菌製剤(probiotics)による寛解維持とquality of life維持の効果をdouble-blind randomised placebo-controlled studyにて検討し,下記の結果を得ている. 1.難治性回腸嚢炎患者44例を対象に,metronidazoleとciprofloxacinの抗生剤2剤4週間併用療法を施行したところ,36例(82%)と大半の症例を寛解導入できることが示された.寛解導入されなかった8例の特徴は,高齢で,回腸嚢作製時の年齢が高く,潰瘍性大腸炎の病悩期間が長く,回腸嚢炎の病悩期間が長く,再発性よりも持続性回腸嚢炎の比率が高かった. 2.さらに本抗生剤療法による回腸嚢の炎症改善に伴って,inflammatory bowel disease questionnaire(以下IBDQ)で評価した患者のquality of lifeが有意に改善されることが示された. 3.IBDQは,回腸嚢炎の炎症を評価するpouchitis disease activity indexと有意に相関するとともに,患者の全体的な満足度や幸福感をも良く反映していた.すなわち難治性回腸嚢炎患者において,IBDQは疾患特異的なquality of lifeを評価するアンケートとして有用であることが示された. 4.上記抗生剤療法により寛解導入された36例を対象に,VSL#3と呼ばれる腸内細菌製剤による寛解維持療法の効果をdouble-blind placebo-controlled randomized studyにて検討し,1年間の内服・経過観察期間中,VSL#3群20例のうち17例(85%)が寛解を維持したのに対して,placebo群16例のうち1年間寛解が維持されたのは1例(6%)のみであり,その差は有意であった. 5.VSL#3群で寛解が維持された17例では,1年間にわたってquality of lifeも良好に保たれたが,placebo群で再発した15例では,再発に伴ってquality of lifeが有意に低下した. 以上,本論文は難治性回腸嚢炎の寛解導入療法としてmetronidazoleとciprofloxacinの抗生剤2剤4週間併用療法が,炎症改善と患者のquality of life改善に極めて有効であることを証明した.さらに,VSL#3という腸内細菌製剤が,上記抗生剤療法にて導入された寛解期の維持および改善されたquality of lifeの維持に極めて有効であることを証明した.本研究は,これまで寛解維持に苦慮した難治性回腸嚢炎に対する寛解維持療法として,腸内細菌製剤が極めて有効であり,患者のquality of lifeをも良好に維持することを示した点で,回腸嚢炎のみならず炎症性腸疾患の病因論及び治療に重要な貢献をなすと考えられ,学位の授与に値するものと考えられる. | |
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