学位論文要旨



No 215383
著者(漢字) 田中,実
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,ミノル
標題(和) 悪性グリオーマに対する局所制御因子の検討 : 照射範囲内における均一照射の重要性について
標題(洋)
報告番号 215383
報告番号 乙15383
学位授与日 2002.06.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第15383号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,紀夫
 東京大学 教授 名川,弘一
 東京大学 教授 井原,康夫
 東京大学 助教授 菅澤,正
 東京大学 助教授 中川,恵一
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

 悪性グリオーマは退形成性星細胞腫と膠芽腫を含めた疾患概念である。悪性グリオーマの治療は、手術、放射線治療、化学療法を合わせた集学的治療を行っても、その治療成績は不良である。悪性グリオーマに対する第III相臨床試験の成績を通覧すると、生存期間中央値は12から14ヶ月である。悪性グリオーマは放射線抵抗性であるが、放射線治療にて生存期間が延長する。グリオーマの放射線治療は、全脳照射から局所高線量照射へと変移した。全脳照射は照射線量が制限され限界の40Gyを照射しても生存期間が延長しないこと、悪性グリオーマの再発部位は90%以上が原発部局所再発であること、正常脳は照射容積を小さくすると高線量に耐えられること(耐容線量の概念)から原発部局所に60Gyをかけるようになった。しかし、60Gyで局所制御は困難であった。

 そこで悪性グリオーマに対する新しい放射線治療の試みは、より高い線量をいかに安全に照射するかに重点がおかれてきた。より高い線量が安全に照射できる唯一の方法として多分割照射法が開発され、その治療効果が期待された。しかし、悪性グリオーマに対する多分割照射の治療成績は、照射線量を81.6Gyまで増量しても生存期間中央値が11.7ヶ月と通常の放射線化学療法の成績と差がなかった。多分割照射法の治療成績が伸びなかった原因の一つとして現行の局所高線量照射の方法では高い線量を均一に照射できなかったからではないかと考えられた。

 本研究が対象とした悪性グリオーマの症例では、全例腫瘍+2cmの照射範囲に60Gyの術後外照射を行っている。ところで、60Gy以上の高線量を脳に照射すると放射線障害、特に晩発性壊死のリスクが上昇する。したがって、本研究ではCritical neural structure(脳幹、視神経)が照射範囲に入ってしまう場合、同部位の晩発性壊死を回避するために60Gyの照射線量を10%減じている。その結果、腫瘍+2cmの照射範囲に57〜60Gyが照射できた症例と脳幹部および視神経周囲の線量を減じたため54〜60Gyになった症例が生じた。本研究では、これらを線量分布として、正常脳組織を回避するために腫瘍部分の線量が減少してしまう現行の照射法の妥当性について以下の3点について検討することにより検証した。

1.線量分布(57〜60Gy群か、54〜60Gy群か)により無病生存期間に差があるか

2.多くの臨床試験で採用されている照射範囲(腫瘍(CT上の造影像)+2cm)は適切であるか

3.Critical neural structureへの線量を10%減じることで同部位の晩発性壊死が回避できたか

方法

 対象は1982年4月から1999年3月までに国立がんセンター中央病院に入院した悪性グリオーマ患者78症例である。我々の悪性グリオーマに対する治療のプロトコールは、可及的に腫瘍を摘出した後、脳幹部、視神経を回避して腫瘍+2cmの照射範囲に最高60Gyの術後外部照射を計画し、その際ACNUを中心とした化学療法を併用するというものである。78例には悪性グリオーマを照射に便用したシステムの違いおよび併用薬剤の違いにより2群が含まれる。すなわち、照射方法として通常の2次元治療計画と3次元治療計画を組み合わせたConventional radiotherapy(RT)を行い、ACNUの併用薬剤としてVCRを使用した群(RT+ACNU/VCR群)と、術後外照射に3次元治療計画法(3 dimensional conformal radiotherapy(3DCRT))を行い、ACNUの併用薬剤としてVP16を使用した群(3DCRT+ACNU/VP16群)の2群である。それぞれの群について57〜60Gy群と54〜60Gy群による無病生存期間への影響、晩発性壊死の発生率を比較した。

結果

 RT+ACNU/VCR群は41例で3DCRT+ACNU/VP16群は37例であった。両群の男女比、年齢、診断比、KPS、摘出度、腫瘍直径、局在に有意差はなく内部妥当性が確認された。RT+ACNU/VCR郡および3DCRT+ACNU/VP16群の無病生存期間中央値は、それぞれ5.8ヶ月、7.6ヶ月で(Logrank検定p=0.6)、生存期間申央値は、それぞれ20.2ヶ月、19.4ヶ月であり(Logrank検定p=0.6)、また有効率もそれぞれ46.3%、43.2%とほぼ一致していた。次に群別に年齢、診断、KPS、摘出度の4つの既知の予後因子に線量分布を加えた5因子について無病生存期間に影響する因子を検討したところ、線量分布が局所制御因子であることが判明した。また、ワイブルモデル(回帰モデル)を用いて群別に予後決定因子を検索した結果、ともに年齢、診断、線量分布の3つであることが判明した。

 次に、各群別に線量分布による無病生存期間を検討した。その結果、RT+ACNU/VCR群の57〜60Gy群(21例)および54〜60Gy群(20例)の無病生存期間中央値は、それぞれ14.9ヶ月、4.0ヶ月であり(Logrank検定,p<0.0001)、3DCRT+ACNU/VP16群の57〜60Gy群(20例)および54〜60Gy群(17例)の無病生存期間中央値は、それぞれ10.0ヶ月、5.0ヶ月であった(Logrank検定,p=0.0040)。以上より線量分布により無病生存期間に有意な差があることが判明した。また、3DCRT+ACNU/VP16群において線量分布別に照射範囲に対する60Gy領域の占める割合(平均±標準誤差、%)を検討したところ、57〜60Gy群が45.7±3.2%で、54〜60Gy群が32.4±2.4%であり、57〜60Gy群の方が60Gy領域の占める割合が有意に高かった(t検定、p=0.003)。つまり、本研究の線量分布は、線量と照射範囲の2つの要因からなる因子であった。

 次に、各群の再発例(計64例)を対象に再発様式と線量領域の関係を検討した。再発様式は、再発した部位に照射された線量領域を基に、60Gy領域から再発したIntra-clinical target volume regrowth(Intra-CTV regrowth)と60Gy領域からは再発せず正常脳と治療域の境界部から再発したMarginal regrowthの2つに分けた。その結果、RT+ACNU/VCR群のIntra-CTV regrowth(19例)およびMarginal regrowth(18例)の再発までの期間中央値は、それぞれ3.9ヶ月、10.0ヶ月であり(logrank検定、p<0.0001)、3DCRT+ACNU/VP16群のIntra-CTV regrowth(14例)およびMarginal regrowth(19例)も、それぞれ4.0ヶ月、10.0ヶ月(Logrank検定、p<0.0001)と再発様式によって再発までの期間に有意な差を認めた。次に、線量分布と再発様式を検討した。その結果、57〜60Gy群は54〜60Gy郡よりIntra-CTV regrowthが少なく、Marginal regrowthや再発なしが多かった(x2検定、p=0.0175)。しかし、線量分布と再発様式に見えられるこの傾向は線量分布による低線量域(54Gy領域、57Gy領域)や60Gy領域の占有率の差が影響していた可能性がある。そこで57〜60Gy群(41例)を対象に線量分布の影響を排除したうえで再発様式を規定する因子を検討した結果、術後残存腫瘍体積が無病生存期間に影響していた。

 次に術後残存腫瘍体積と無病生存期間の関係を検討した。その結果、術後残存腫瘍体積の逆数と無病生存期間に強い相関関係を認めた(決定係数(R2)0.883)。そして、残存腫瘍体積が1ml以下であれば、無病生存期間が30ヶ月以上に延長できることが判明した。しかし、54〜60Gy群では術後残存腫瘍に比例して無病生存期間が延長する傾向は見られなかった。また、両群で再発なしは8例であり、追跡期間が30ヶ月以上の7例はすべて57〜60Gy群であった。

 最後にRT+ACNU/VCR群と3DCRT+ACNU/VP16群の晩発性壊死の頻度について検討した。晩発性壊死の判定は、再手術や剖検で得られた検体をもとに病理医が行った。放射線治療後組織が確認できた33例(均一照射13例、不均一照射20例)中、晩発性壊死が認められたのは6例であり、57〜60Gy群4例、54〜60Gy群2例であり、線量分布により晩発性壊死の発生率に有意な差はなかった(Fishierの直接法、p=0.1)。晩発性壊死の生じた部位は必ずしも60Gy領域ではなく、54Gy領域や57Gy領域にも認められた。また、白質脳症を均一照射の3例に認めたが、いずれも10年以上の長期生存者であった。

考察

 RT+ACNU/VCR郡および3DCRT+ACNU/VP16群の治療効果は、無病生存期間や生存期間、予後決定因子が一致することからほぼ同一と判断された。本研究の線量分布は、無病生存期間に影響する局所制御因子であることが判明した。本研究の再発様式は線量の差により分類したものであるが、実際には線量と照射範囲の双方の影響を受ける因子となっている。すなわち、Intra-CTV regrowthは60Gyが全く無効であった例と60Gyが有効でも照射範囲が狭く周辺部から発生した再発が進展し画像上は60Gy領域から再発したかのように見える症例が含まれ、一方、Marginal regrowthは60Gy有効例に広い範囲に照射された例であるが、線量の不足した領域から再発した症例と照射範囲の設定ミスか実際の照射ミスで結果として照射範囲から外れた領域から再発した症例が含まれている。これが、線量分布により再発様式が異なる理由と思われた。57〜60Gy群のIntra-CTV regrowthは60Gyが線量不足であることを、また、Marginal regrowthは腫瘍+2cmの照射範囲が不十分であることを示している。

 57〜60Gy群のように線量と照射範囲が一定であれば、無病生存期間は術後残存腫瘍体積により規定されていた。長期間再発を防ぐためには1ml以下にすることが必要である。

 本研究の晩発性壊死率は78例中6例(7.7%)であった。晩発性壊死の発生部位は必ずしも60Gy領域ではなかった。つまり、10%線量を減じたことが特に晩発性壊死の回避に有用であったとはいえなかった。したがって、今後はCritical neural structureを含めた耐容線量を考慮しつつ最大限の照射範囲を設定し、60Gyより高い線量を均一に照射していくことが重要であると思われた。脳幹部や視神経周囲の線量を避ける場合でも、腫瘍部分の線量を均一にするために、γ-ナイフの追加やIntensity-modulated radiation therapyなどの照射方法の工夫が必要であると思われた。

緒論

 本研究において線量分布は、悪性グリオーマの局所制御因子であった。60Gyで長期再発を防ぐには術後残存腫瘍体積を1ml以下にする必要があった。また、脳幹部や視神経周囲の照射線量を10%減じても晩発性壊死の発生頻度は変わらず、特に10%減じることが有用であったという根拠はなかった。今後はCritical neural structureを含めた耐容線量を考慮しつつ、最大限の照射範囲を設定し、60Gyより高い線量を均一に照射することが重要であると思われた。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は悪性グリオーマの放射線治療において照射範囲の設定および照射線量の不足が予後に悪影響を及ぼしていることを検証することを目的としている。多くの臨床試験の照射範囲はその原発部局所再発の96%が腫瘍(CTで造影される部位)+2cmに限局していることを根拠としているが、照射範囲そのものに対する検証はこれまで行われていない。本研究のプロトコールは可及的に腫瘍を摘出した後、腫瘍+2cmの照射範囲に最高60Gyの術後外部照射を計画し、Critical neural structure(脳幹部、視神経等)を回避して、同部位の照射線量を10%減じている。そのために腫瘍+2cmの照射範寧に57〜60Gyが照射できた症例と脳幹部および視神経周囲の線量を減じたため54〜60Gyになった症例が生じた。これを線量分布というカテゴリーとして、無病生存期間への影響等を検討した。対象は1982年4月から1999年3月までに国立がんセンター中央病院に入院した悪性グリオーマ78症例であるが、悪性グリオーマを照射に使用したシステムの違いおよび併用薬剤の違いにより2群に分けられた。すなわち、照射方法として通常の2次元治療計画と3次元治療計画を組み合わせたConventional radiotherapy(RT)を行い、ACNUの併用薬剤としてVCRを使用した群(RT+ACNU/VCR群)と、術後外照射に3次元治療計画法(3 dimensional conformal radiotherapy(3DCRT))を行い、ACNUの併用薬剤としてVP16を使用した群(3DCRT+ACNU/VP16群〉の2群である。本研究において以乍の結果を得ている。

 1.RT+ACNU/VCR郡および3DCRT+ACNU/VP16群ともに線量分布が悪性グリオーマの無病生存期間に影響する局所制御因子であった。また、回帰モデル(ワイブルモデル)を用いて予後決定因子を検討した。その結果、年齢、診断および線量分布が予後決定因子であった。

 2.57〜60Gy群において無病生存期間が異なる理由を検討し、術後残存腫瘍体積が重要な因子であることが判明した。その際、近似式を導入し、どの程度術後残存腫瘍体積を減じれば無病生存期間を長期間延長できるか検討した。その結果、1ml以下にできれば60Gyでも30ケ月以上無病生存期間を延長できることがわかった。

 3.60Gyという照射線量および腫瘍+2cmという照射範囲が悪性グリオーマに対して適切であったかを検討した。その結果、60Gyで延長できる無病生存期間は、術後残存腫瘍体積が1ml以上であると10ヶ月程度に制限され、60Gyでは線量不足であることは明らかであった。今回腫瘍+2cmの照射範囲ではMarginal regrowthが回避できておらず、治療域と正常脳の境界部からの再発が多く見られることから、今後は耐容線量を考慮し、症例毎に最大限の照射範囲を設定することが重要であると思われた。

 4.本研究において晩発性壊死は6例認めた。6例全例の病理組織、手術所見の再検討から晩発性壊死は必ずしも60Gy領域とは限らず、57Gyや54Gy領域からも生じていた。これによりCritical neural structureへの10%の線量減少が晩発性壊死の回避に有用であったという証拠はなかった。

 以上、本論文は悪性グリオーマの局所制御因子として照射線量と照射範囲の2つの要因からなる線量分布が重要であることを明らかにした。またこれまで検討されてこなかった照射範囲の設定について耐容線量から症例毎に照射範囲を設定することの重要性を示唆した。本研究はこれまで局所高線量照射にのみ配慮し、照射範囲について考慮されていなかった悪性グリオーマの臨床試験に対し、新たな臨床試験の方向性を示した重要な論文と考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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