学位論文要旨



No 215386
著者(漢字) 門倉,昭
著者(英字)
著者(カナ) カドクラ,アキラ
標題(和) 地上及び「あけぼの」衛星データに基づくオーロラサブストーム発達過程の詳細解析
標題(洋) Detailed analysis of auroral substorm evolution observed at ground and by the AKEBONO satellite UV imager
報告番号 215386
報告番号 乙15386
学位授与日 2002.07.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第15386号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 向井,利典
 東京大学 教授 星野,真弘
 東京大学 教授 寺沢,敏夫
 東京大学 助教授 林,幹治
 東京工業大学 教授 長井,嗣信
 宇宙科学研究所 教授 前澤,洌
内容要旨 要旨を表示する

1.本研究の目的:

 地球磁気圏内に流入し蓄えられた太陽風のエネルギーが、突然爆発的に解放される現象は磁気圏嵐(サブストーム)と呼ばれ、磁気圏と太陽風の相互作用を理解する上で最も基本的でかつ重要な現象と考えられている。オーロラ嵐(オーロラサブストーム)とは、サブストームの際に磁気圏から電離圏に降込んだ粒子によって、活発なオーロラ活動が引き起こされる現象で、初期の地上観測に始まり最近の人工衛星観測に至る40年以上の研究の歴史を持っている。オーロラサブストームは、サブストーム関連現象のうちで唯一、面的な二次元情報を目で見える形で与え得る現象であり、その発達過程を理解することは、サブストーム全体の発達過程の理解につながるもの、と考えられる。

 サブストーム発達過程のうち、エネルギーが蓄えられる段階を成長相、爆発的に解放される段階を拡大相、元の静穏時の状態に戻る段階を回復相、と称するが、各段階で生じるオーロラ活動の詳細については、過去の研究により明らかにされてきている。一方、磁気圏内の現象についても、特に最近の人工衛星観測により様々な点が明らかにされてきている。しかし、そうした磁気圏内の現象とオーロラサブストームの発達との間の、時間的、空間的な関係については、未だに充分な理解が得られているとは言い難い。その原因の一つとして、オーロラの研究において、形態学的な理解に比べて、それらの形態の時間的な発達に関する厳密な理解が、必ずしも充分ではないことが挙げられる。

 本研究の目的は、オーロラサブストームの時間的・空間的な発達過程の詳細な解析を行うことにより、現在未解決である、オーロラサブストームと磁気圏内の諸現象との間の対応関係についてのより総合的な理解を目指すこと、にある。

2.用いたデータ:

 1989年における、「あけぼの」衛星搭載の紫外オーロラ撮像装置(ATV-UV)によるオーロラ観測データ、及び、南極の昭和基地、あすか基地におけるオーロラ観測データを用いた。地上のオーロラ観測は、子午面内掃天フォトメータ(MSP)(昭和基地、あすか基地)と全天SIT-TVカメラ(昭和基地)により行われた。1989年4月から10月の間で、ATV-UVにより、オーロラサブストームの発達が拡大相開始初期より観測された例は5例、MSPによりオーロラの極方向拡大が観測された例は88例あり、両者が同時に観測された例は唯一例(1989年6月6日-7日イベント)であった。

3.1989年6月6日-7日のオーロラサブストームの解析結果:

 (1)拡大相における段階的発達

 (1.1)グローバルな発達(ATV-UVによる観測)

 拡大相開始(オンセット)以後のグローバルなオーロラサブストームの発達は以下のように段階的に進行した。()内は継続時間。

 (a)Stage-1:オーロラバルジの極方向及び、西向きへの急速な拡大(2分)、

 (b)Transition phase:非常に遅い極方向への拡大、急速な東向きへの拡大(2分)

(c)Stage-2:非常に遅い極方向への拡大、等方的でゆっくりした経度方向への拡大(7分)

(d)Stage-3:急速な極方向、経度方向への拡大の再開(オンセット約11分後より)

(1.2)ローカルな発達(地上MSPによる観測)

オンセット領域の東側の端の観測点におけるオーロラの極方向への拡大も、以下のように段階的に進行した。()内は継続時間。

(a)ローカルfirst stage:急速な極方向拡大(3〜4分)

(b)ローカルsecond stage:非常に遅い極方向拡大(5〜6分)

(c)ローカルthird stage:急速な極方向拡大の再開(約8〜9分後より)

ローカルfirst stageは、グローバルなオーロラバルジが観測点の経度にまで拡大することによって始まり、ローカルthird stageは、グローバルなStage-3で生じた新たな極方向拡大領域が観測点の経度にまで拡がることによって始まった。こうしたローカルな段階的発達は、よりオンセット領域に近い観測点において先行して観測された。以上より、Stage-3におけるグローバルなオーロラバルジの発達は、地上観測により示されたローカルな3段階発達が経度方向に次々に伝搬してゆくという形で進行することが示された。こうした拡大相におけるオーロラサブストームの段階的な発達は、本解析によって初めて明確に示されたものである。

 (2)NPSBL(Near Plasma Sheet Boundary Layer)オーロラ

オンセット数分前より、オーロラ領域の高緯度側境界付近に現れたディスクリートなオーロラ活動で、上述したオーロラサブストームの段階的発達に関連して以下のような発達を示した。

 ・Stage-1のバルジの極方向拡大は、このオーロラ活動の緯度付近で急速に遅くなった。

 ・ローカルfirst stageの極方向拡大も、このオーロラ活動の緯度付近で急速に遅くなった。

 ・Transition phaseからStage-2にかけて、輝度が顕著に増加した。

 ・ローカルfirst stageからローカルsecond stageの間は、その緯度はほとんど変化しなかった。

・ローカルsecond stageでは、このオーロラ活動と低緯度側のオーロラバルジとの間の領域に、活発なディスクリートオーロラが現れた。

・ローカルthird stageは、このオーロラ活動の高緯度側の輝度が顕著に増加し、その緯度巾が顕著に拡がることによって始まった。

以上より、NPSBLオーロラの発達は、オーロラバルジの段階的発達と密接に関係していることが示された。この事実は本解析の結果初めて示されたものである。

(3)成長相におけるオーロラ活動と電離層対流の関係

・FEM(Fast Equatorward Moving)アークは、オンセット約20分前にオーロラ領域の高緯度側境界付近より現れ、より低緯度側へと高速に移動した。

・夜側電離層対流渦の低緯度側太陽向き対流の速度最大位置は、FEMアークの移動に伴って、低緯度側へと急速に拡大した。

 ・オーロラブレークアップは、低緯度側に拡大した電離層対流渦の夜側分流領域付近で生じた。

 こうした、成長相からオンセットに至るまでのFEMアークと電離層対流の変化の関係は、本解析の結果初めて示されたものである。

 (4)オーロラサブストームの段階的発達に伴ったオーロラ関連現象の発達

 ・初期のPi2波動のはっきりした波形はStage-1のみで観測された。

 ・サブストーム等価電流系は、オーロラサブストームの段階的発達に対応した発達を示した。特にStage-3では顕著な発達が見られた。

初期のPi2波動とオーロラバルジの発達との間の関係については本解析で初めて指摘されたものである。オーロラバルジとサブストーム等価電流系の発達の、直接的で詳細な比較も、明確に示されたのは本解析が初めてである。

4.あすか基地、昭和基地における極方向拡大の観測-統計解析結果

 1989年に、あすか基地、昭和基地においてMSPにより観測された、極方向拡大を示す全88例について、統計解析を行った。まず極方向拡大を、拡大開始時前後における電子オーロラとプロトンオーロラの相対的な位置関係、及び、それぞれの極方向拡大の特徴の違いにより、3つのタイプ(タイプ1,2,3)に分けた。それぞれ、夕方側、真夜中付近、朝方側に特徴的に見られるタイプで、6月6日-7日イベントの際に観測された極方向拡大はタイプ2に分類される。全88例の内、それぞれのタイプについて、41,32,15例あり、タイプ2の全32例の内、3段階発達を示すものが22例、その内、極方向拡大前にNPSBLオーロラが現れたものが14例あった。つまり、タイプ2について、全例のうちの44%の例が、6月6日-7日イベントの際に観測された特徴を示していることが分かった。これらの例について、極方向拡大開始位置の分布を調べたところ、いずれも、地方時21時〜3時、磁気緯度60度〜64度の範囲に分布しており、こうした特徴は、極方向拡大が、より真夜中付近のより低緯度側で開始した時に現れやすいことが分かった。このことは、極方向拡大開始時にオーロラオーバルがそうした低緯度側にまで拡大していること、つまりサブストーム成長相が充分に発達していることが、そうした特徴の現れる必要条件であることを示している。

5.まとめと考察:

 ある特定イベントの詳細な解析の結果、オーロラサブストームの拡大相における発達には、はっきりした特徴的な段階が存在すること、また、そうした段階的な発達に、オーロラ領域の高緯度側境界付近に現れるオーロラ活動(NPSBLオーロラ)の発達が密接に関係していることが分かった。また、地上観測データを用いた統計解析により、そうした特徴(段階的発達、NPSBLオーロラの出現)は、極方向拡大が真夜中付近のより低緯度側より開始した時に、高い頻度で観測されることが分かった。以上の解析結果より、そうした特徴が観測されるのは、充分発達した成長相、拡大相をもつ典型的なサブストームの場合である、と結論される。オーロラサブストームの発達に特徴的な段階が存在することは、磁気圏側の現象にも対応する特徴的な発達段階があることを意味する。また、オーロラ領域の高緯度側境界付近のオーロラ活動がその段階的発達に密接に関係していることは、磁気圏側のプラズマシート境界付近に生起する現象が、その段階的な発達に密接に関係していることを意味する。オーロラサブストーム拡大相の初期段階(Stage-1)においては、オーロラバルジは、より低緯度側からNPSBLオーロラの緯度まで急速に拡大するが、このことは、磁気圏内のオンセット領域は、プラズマシート境界付近よりもより低緯度側、赤道面においではより地球近傍に位置し、初期のオンセット擾乱は、その位置からプラズマシート境界付近まで急速に拡大すること、を意味している。本研究の結果示された、このようなオーロラサブストームの時間的・空間的な発達の詳細は、磁気圏側で観測されている、磁気リコネクションや、尾部電流崩壊、といったサブストーム現象の発達とオーロラサブストームの発達との対応を考える上での重要な手がかりを与えるものと言える。

審査要旨 要旨を表示する

 磁気圏嵐(サブストーム)は太陽風から地球 磁気圏に流入し蓄えられたエネルギーが爆発的に解放される現象で、太陽風と磁気圏の相互作用を理解する上で最も重要な現象と考えられている。また、最近では、爆発的なエネルギー解放現象は太陽や他の天体でも観測され、普遍的な高エネルギー天体現象としての認識も生まれつつある。地球磁気圏のサブストーム研究は、初期のオーロラ地上観測に始まり最近の人工衛星観測に至る40年以上の歴史があり、サブストームの発達に伴う様々な特徴的な現象が明らかにされてきた。例えば、サブストームの大局的な発達過程には、磁気圏尾部にエネルギーが蓄えられる成長相、爆発的に解放される拡大相、元の静穏時に戻る回復相の3段階があり、それぞれの段階におけるオーロラ活動の詳細や人工衛星による磁気圏内の特徴的な現象、例えば、静止軌道付近における高エネルギー粒子注入、尾部領域における電流崩壊、磁気リコネクションの発生などが明らかにされてきた。しかしながら、広大な磁気圏の多点同時観測が困難なため、それらの時間的・空間的な関係、相互の因果関係について多くの論争が繰り広げられており、サブストーム発達過程の理解は未だ不十分な状況にある。オーロラはサブストーム関連現象の中で唯一、画像として2次元情報を目に見える形で得られる現象であり、その特徴的な発達過程はオーロラサブストームと呼ばれている。サブストームにおけるオーロラ形態の時間的発展過程を理解することはサブストーム全体の発達過程の理解にとってきわめて重要であるが、多様な形態の時間的発達に関する研究は容易ではなく、最近ではおろそかにされてきた傾向すらある。本論文は、オーロラサブストームの時間的・空間的な発達過程と磁気圏内諸現象との対応関係についての総合的な理解を目指し、「あけぼの」衛星搭載の紫外オーロラ撮像装置による大局的なオーロラ画像と南極昭和基地およびあすか基地におけるオーロラ観測データの詳細な解析結果の解釈に基づいた結論を与えている。

 本論文は全5章より構成されている。第1章はサブストーム研究の現状をレビューし、本研究の動機と目的を纏めている。なお、このレビューは多岐にわたるサブストーム研究の歴史的背景から最先端の研究現状までを総括したもので、豊富な内容を含んでいる。

 第2章では本論文で使用したデータと観測装置の概要を纏めている。

 第3章では、最も典型的な例として1989年6月6-7日におけるオーロラサブストームをきわめて詳細に解析し、オーロラサブストームの発達過程に関して重要な現象を明らかにした。

 (1)「あけぼの」衛星による大局的なオーロラサブストーム発達の様相と地上観測による局所的な発達過程を対応付けすることにより、拡大相における発達過程が特徴的な3段階から構成されることを初めて明確に示した。大局的には、拡大相開始(オンセット)直後から2分程度で急速な極方向および西方向の拡大(第1ステージ)、その後、極方向への拡大の鈍化と東方向への急速な拡大、次いで数分間にわたる東西方向への対称的な拡大(第2ステージ)、最後の第3段階として急速な極方向への拡大の再開(東西方向への拡大も伴う)という段階的な発達過程を辿る、というものである。

 (2)サブストームのオンセット数分前からオーロラ領域の高緯度境界付近に出現するディスクリート・オーロラの緯度が上記の3段階発達に密接に関連していることを発見し、磁気圏尾部領域との対応関係の推定からNPSBL(Near Plasma Sheet Boundary Layer)オーロラと命名した。

 (3)成長相において最も低緯度側に出現するオーロラの運動と電離層対流の関係を明らかにし、そのオーロラが電離層対流渦の夜側分流領域付近に達したときにオンセットが起きることを指摘した。

 (4)サブストームの発達に特徴的な初期のPi-2波動の出現とオーロラバルジの関係を明らかにした。

 第4章では、地上観測によるオーロラ観測データを用いて統計的な解析を行った結果を纏めたものである。全部で88例を選択し、極方向拡大、拡大開始時前後における電子オーロラとプロトンオーロラの相対的な位置関係、および、それぞれの極方向拡大の特徴における違いから3つのタイプに分類できることを見出した。それぞれ、地方時(夕方側、真夜中付近、朝方)に特徴的なタイプで、前章のイベントは真夜中付近で現れるタイプである。全88例のうちで真夜中付近の観測は32例あり、その中で3段階発達を示したものが22例、さらにそのうち、NPSBLオーロラの出現が観測されたものは14例あった。すなわち、前章で観測されたイベントは特例ではなく、かなり頻繁に起きていることが確認された。これらの例を詳細に調べた結果により、その極方向拡大開始位置に特徴があり、より真夜中付近のより低緯度で開始したときに現れやすいこと、すなわち、成長相が充分に発達していることが必要条件であることを指摘している。

 第5章は本研究で得られた結果のまとめと考察である。本研究で最も重要な成果は、NPSBLオーロラの活動領域がサブストームの段階的発達過程に密接に関係していることである。その考察から、サブストームのオンセット領域はプラズマシート境界付近よりも低緯度側、磁気圏尾部ではより地球側に位置し、初期のオンセット擾乱はプラズマシート境界付近まで急速に拡大すると結論している。このようなオーロラサブストームの時間的・空間的発達過程は磁気圏尾部におけるサブストーム現象との対応関係に重要な示唆を与えるものである。

 以上、本論文は、地上および「あけぼの」衛星によるオーロラ観測データを詳細・緻密に解析してオーロラサブストームの発達過程について重要な知見をもたらしている。その成果はサブストーム研究の今後の発展に大きく貢献するものと期待され、博士(理学)を与えるに十分な内容であると認められる。なお、本論文の内容は、小口高氏、江尻全機氏、等との共同研究であるが、論文提出者が主体となって行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断される。

 したがって、博士(理学)を授与できると認める。

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