学位論文要旨



No 215387
著者(漢字) 吉田,圭司郎
著者(英字)
著者(カナ) ヨシダ,ケイシロウ
標題(和) Sphingomonas paucimobilis strain G5における18β-glycyrrhetinic acidの代謝
標題(洋)
報告番号 215387
報告番号 乙15387
学位授与日 2002.07.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15387号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大森,俊雄
 東京大学 教授 山口,五十麿
 東京大学 教授 山根,久和
 東京大学 教授 大久保,明
 東京大学 助教授 野尻,秀昭
内容要旨 要旨を表示する

 トリテルペノイドは炭素数30を基本とするテルペン化合物であり、遊離体あるいは配糖体等の誘導体として様々な構造の化合物が天然に広く存在し、その中には抗腫瘍作用、抗癌作用、抗炎症作用、抗ウィルス作用、抗菌作用、コレステロール生合成阻害作用、血糖降下作用等の興味深い生理活性を示すものも多い。また、これら生理活性のいくつかについては構造活性相関について報告されており、それらの報告からカルボニル基や水酸基などの親水性官能基が基本骨格のどの部分に存在しているかという点が重要であることが明らかにされている。従って、立体選択的にトリテルペノイドヘ官能基を導入する技術が確立できれば、さらに有用な物質として医薬等への応用も期待される。しかしながら、有機合成によるトリテルペノイドの立体選択的修飾には限界があり、例えば、立体選択的なメチル基の酸化反応等は通常の有機化学的手法では非常に困難である。このような反応を効率的に行う方法の一つとして、微生物等の酵素を利用する方法が考えられるが、トリテルペノイドの微生物変換については報告例が少なく、実用的価値を考えていくためには、さらに研究を進める必要がある。そこで本研究では、比較的入手が容易である18β-glycyrrhetinic acid(18β-GRA,Fig.1)をモデル化合物として、トリテルペノイドの微生物変換について検討した。

1.18β-Glycyrrhetinic acid資化菌のスクリーニング

 まず、18β-GRAを唯一炭素源として生育可能な微生物のスクリーニングを行った。50種類の土壌サンプルから7株(A3、A6、C8、G5、G12、L2、L6)の微生物を分離することに成功した。これら7株の中でG5株は18β-GRAの資化能が安定しており、生育速度も比較的速いことから、本研究の対象として適していると判断し以降の実験材料として用いた。G5株はグラム陰性の早菌であり、菌学的性質からSphingomonas paucimobilisと同定された。18β-GRAを唯一炭素源とした培地でG5株を培養し培養液を逆相HPLCで分析した結果、培養液中には主要代謝物(M-A)に由来するピークとその他のいくつかの代謝物に由来すると考えられるピークが見られた。

2.18β-Glycyrrhetinic acid代謝物の構造決定

 G5株における18β-GRA代謝経路を明らかにすることを目的として主要代謝物であるM-Aの精製及び構造決定を行った。培養液を酢酸エチルで抽出し、シリカゲルカラムクロマトグラフィーによる分画と再結晶により精製しM-Aの白色結晶を得た。NMRスペクトル及びマススペクトルの解析結果に基づいて、M-Aは3,4-seco-4,23,24-trinor-11-oxo-12-oleanene-3,28,30-trioic acid(Fig.2)であると結論付けた。M-Aの構造からG5株は18β-GRAのA環を開裂する反応と28位のメチル基をカルボキシル基に酸化する反応を触媒できると考えられた。特に、28位のメチル基の酸化反応については、トリテルペノイドの立体選択的酸化反応として微生物変換の有効性を考えていく上で興味深く、G5株における18β-GRAからM-Aへの代謝経路を明らかにすることが必要と考えられた。

3.18β-Glycyrrhetinic acid代謝能欠損変異株のスクリーニングと代謝物の構造決定

 G5株における18β-GRAの代謝経路を明らかにするためには、M-A以外の代謝中間体を構造決定する必要がある。まず、M-Aと同様に培養液からの精製を試みたが、様々な代謝中間体が混在し、それぞれの量が非常に少ないために精製することができなかった。そこで、トランスポゾン挿入変異によりG5株から18β-GRA代謝能に何らかの欠陥がある変異株の取得を試みた。即ち、一次スクリーニングとしてTn5の挿入によるkanamycin耐性変異株を選抜し、二次スクリーニングとして18β-GRAを唯一炭素源とした平板培地での生育が認められない若しくは生育が弱い株を選抜した。こうして選抜した株を候補株としてそれぞれ18β-GRAを唯一炭素源とした液体培地で培養し、HPLC分析により野生株と異なる代謝物を培養液中に蓄積する変異株を選抜した。その結果、野生株とは明らかに異なる2つの代謝中間体(M-B、M-C)を培養液中に蓄積する変異株としてTM9638株を取得した。これら2つの代謝中間体をそれぞれジアゾメタンによるメチル化誘導体として精製し、NMRスペクトル及びマススペクトルを測定した結果、M-Bは1,2,3,4,23,24-hexanor-11,5-dioxo-olean-12-en-28,30-dioic acid(Fig.2)、M-Cは1,2,3,4,23,24,28-heptanor-11,5-dioxo-olean-9,12,17-trien-30-oic acid(Fig.2)であることが明らかとなった。これら2つの代謝物の構造からG5株において18β-GRAはM-Aを経てM-BやM-Cへと代謝されていると考えられ、野生株の培養液中にはM-BやM-Cの蓄積が見られないことからM-B及びM-Cはさらに代謝されると考えられた。

4.Oxygenase阻害剤がG5株の18β-glycyrrhetinic acid代謝に及ぼす影響

 18β-GRAからM-Aに至る代謝経路に存在する反応ステップを阻害することができれば、今までに見られなかった代謝中間体が蓄積すると考えられる。既に述べたように、G5株は18β-GRAの環開裂反応やメチル基の酸化反応を触媒してM-Aに代謝すると考えられる。このような反応と類似の反応にoxygenaseが関与している例が多いことから、oxygenase阻害剤がG5株の18β-GRA代謝に何らかの影響を及ぼすと推測し、4種類のoxygenase阻害剤(1-aminobenzotriazole、metyrapone、proadifen、ketoconazole)についてG5株の18β-GRA代謝に及ぼす影響を検討した。それぞれのoxygenase阻害剤とプレインキュベートした休止菌体を用いて18β-GRAを基質として休止菌体反応を行い、HPLCで反応生成物の違いを比較した結果、ketoconazoleは、阻害剤を加えていない場合と同様のクロマトグラムであったが、阻害剤として1-aminobenzotriazoleやmetyraponeを加えた場合には、阻害剤を加えていないときには見られないいくつかのピークが検出され、proadifenを加えた場合には、18β-GRAの代謝物に由来すると考えられるピークがほとんど検出されず、基質である18β-GRAが反応溶液中に多量に残存していた。そこで、1-aminobenzotriazoleやmetyraponeを加えた場合に生成する主要代謝物(M-D)の精製・構造決定を試みた。シリカゲルカラムクロマトグララィー、逆相分取HPLCによって精製し、NMRスペクトル及びマススペクトルを測定した結果、M-Dは3β-hydroxy-11-oxo-olean-12-en-23,30-dioic acid(Fig.2)であることが明らかとなった。Oxygenase阻害剤添加によりM-Dの生成が認められたことから、M-Dはoxygenaseによって酸素添加反応を受けて代謝されることが示唆され、例えば、M-Dの5位に水酸基が導入されて4位と5位の炭素-炭素結合が開裂し、β酸化によって側鎖が切断されM-Aに至ると推測された。

5.総括と展望

 本研究では、18β-GRAを唯一炭素源として生育できる細菌S.paucimobilis G5株を分離し、トランスポゾン挿入変異株のスクリーニングやoxygenase阻害剤の影響を検討することによって本菌株による18β-GRA代謝物として4つの化合物(M-A、,M-B、M-C、M-D)を精製・構造決定した。さらに、それら化合物の構造からG5株の18β-GRA代謝経路について推測し、代謝経路の全容の解明には至らなかったものの、環開裂経路の推定や代謝経路へのoxygenaseの関与を明らかにすることができた。18β-GRAのような五環式トリテルペノイドを炭素源として生育可能な細菌はこれまで報告されておらず、今回分離したG5株は18β-GRAの28位や23位のメチル基を選択的に酸化できることから、トリテルペノイドの微生物変換に利用する菌株として興味深い能力を有すると考えられる。今後、トリテルペノイドの微生物変換という観点でG5株の有用性を見極めるためには、代謝経路の特定や反応に関与する酵素の基質特異性を詳細に検討する必要があると考えられる。

Fig.1.Structure of 18β-GRA

Fig.2.Structres of metabolites from 18β-glycyrrhetinic acid in Sphingomonas paucimobilis strain G5.

審査要旨 要旨を表示する

 天然に広く存在するトリテルペノイドの中には抗腫瘍作用、抗炎症作用、抗菌作用、コレステロール生合成阻害作用、血糖降下作用等の興味深い生理活性を示す化合物が多い。また、これら生理活性のいくつかについては構造活性相関が報告されており、それらの報告からカルボニル基や水酸基などの親水性官能基が基本骨格のどの部分に存在しているかという点が重要であることが明らかにされている。従って、立体選択的にトリテルペノイドヘ官能基を導入する技術が確立できれば、未利用資源の有効利用や医薬等への応用も期待される。しかしながら、有機合成によるトリテルペノイドの立体選択的修飾には限界があり、例えば、立体選択的なメチル基の酸化反応等は通常の有機化学的手法では非常に困難である。このような反応を効率的に行う方法の一つとして、微生物等の酵素を利用する方法が考えられるが、トリテルペノイドの微生物変換については報告例が少なく、実用的価値を考えるためには、さらに研究を進める必要がある。そのような背景に基づき本論文は、トリテルペノイドの微生物変換に関する知見を得るために、比較的入手が容易である18β-glycyrrhetinic acid(18β-GRA)をモデル化合物として微生物における18β-GRAの代謝について検討したものである。

序論では研究の背景と目的について述べている。第1章では、18β-GRAを唯一炭素源として生育可能な微生物のスクリーニングについて述べ、菌学的諸性質から分離株G5をSphingomonas paucimobilisと同定している。さらにG5株における18β-GRAや18β-GRAと構造類似の化合物に対する生育についても述べている。

第2章では、18β-GRAを唯一炭素源とする培地でG5株を培養した場合に培養液中に認められた主要代謝物M-Aの精製と構造決定について述べており、NMRスペクトルとマススペクトルの結果からM-Aが3,4-seco-4,23,24-trinor-11-oxoolean-12-en-3,28,30-trioic acidであることを明らかにしている。また、M-Aの構造からG5株が18β-GRAのA環を開裂する反応と28位メチル基をカルボキシル基に酸化する反応を触媒できることについて考察している。

第3章では、トランスポゾン挿入変異によるG5株から18β-GRA代謝能に何らかの欠陥がある変異株の取得について述べている。分離したTn5挿入変異株TM9638の培養液には、野生株に見られない2つの代謝物(M-B、M-C)の蓄積が認められ、それらをメチル化誘導体として精製している。NMRスペクトルとマススペクトルの結果からM-Bは1,2,3,4,23,24-hexanor-11,5-dioxoolean-12-en-28,30-dioic acid、M-Cは1,2,3,4,23,24,28-heptanor-11,5-dioxoolean-9,12,17-trien-30-oic acidであることを明らかにしている。

第4章では、oxygenase阻害剤がG5株の18β-GRA代謝に及ぼす影響について述べている。G5株の休止菌体を4種類のoxygenase阻害剤(1-aminobenzotriazole、metyrapone、proadifen、ketoconazole)とプレインキュベートし18β-GRAを基質とした休止菌体反応を行った。反応溶液をHPLC分析した結果、1-aminobenzotriazoleやmetyraponeを加えた場合には、阻害剤を加えていないときには見られないいくつかのピークが検出された。そこで、それらの一つ(M-D)を精製し、NMRスペクトルやマススペクトルを測定した結果、M-Dは3β-hydroxy-11-oxoolean-12-en-24,30-dioic acidであることが明らかにとなった。さらに、M-Dの構造とoxygenase阻害剤添加時にM-Dが蓄積する事実から、G5株における18β-GRAのA環の開裂においては、M-Dへと変換された後に5位に水酸基が導入され、さらに、4位と5位の炭素-炭素結合が開裂すると考察している。

総括と展望では構造決定した4つの化合物の構造からG5株の18β-GRA代謝経路について総合的に考察しており、G5株は18β-GRAの28位や24位のメチル基を選択的に酸化できることからトリテルペノイドの微生物変換に利用する菌株として興味深い菌株であると述べるとともに、今後の展望についても記述している。

以上、本論文はSphingomonas paucimobilis G5における18β-GRAの代謝経路について考察しており、トリテルペノイドの微生物変換に関して学術上、応用上貴重な知見を提供するものである。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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