学位論文要旨



No 215388
著者(漢字) 藤江,昭彦
著者(英字)
著者(カナ) フジエ,アキヒコ
標題(和) 微生物が生産する新規抗真菌抗生物質FR901469に関する研究
標題(洋)
報告番号 215388
報告番号 乙15388
学位授与日 2002.07.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15388号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 教授 太田,明徳
 東京大学 教授 北本,勝ひこ
 東京大学 教授 堀之内,末治
 東京大学 助教授 足立,博之
内容要旨 要旨を表示する

 深在性真菌症は、血液を含む体内各臓器にCandida,Aspergillus,Cryptococcusなどの真菌が感染することによって生じる疾患である。近年、臨床において、この深在性真菌症の増加と重篤化が大きな問題になってきている。この原因として、白血病、悪性リンパ腫、免疫不全、AIDS患者(HIV感染者)の増加、抗癌剤使用による免疫能低下、臓器移植における免疫抑制剤の使用などが指摘されている。

 現在、深在性真菌症の治療薬として認可されているのは、amphotericin B、5-fluorocytosine(5-FC)、アゾール系化合物のmiconazole(MCZ)、fluconazole(FCZ)、itraconazole(ITZ)の5薬剤だけである。amphotericin Bは放線菌が生産するポリエン系抗生物質で、幅広い抗真菌活性を有し殺菌的に作用するが、安全域が狭く腎毒性など重篤な副作用が頻発しやすい。5-FCは核酸アナログであり、真菌の核酸合成を阻害するが、選択性はあまり高くなく耐性菌の出現しやすい欠点をもつ。MCZ、FCZ、ITZのアゾール系化合物は、真菌のエルゴステロール合成系(チトクロームP450DM)を特異的に阻害することから、副作用は比較的少ないと言われている。これらアゾール系薬剤の登場により真菌症の治療は大きく改善されたが、反面、薬剤の大量使用による耐性菌等の増大という問題も新たに生じてきている。このように、現在認可されている抗真菌剤の数は少なく薬効面や副作用面から医療ニーズを満たせる新しい薬剤の出現が強く望まれている。

 抗真菌剤の開発が難しい点は、真菌と動物細胞が同じ真核細胞であり、その構成成分や機能面で共通部分が多く選択毒性が期待される作用部位が限られる点にある。唯一、真菌細胞と動物細胞との大きな相違点は、細胞壁の有無にある。真菌細胞壁は主として(1,3-β-結合および1,6-β-結合)からなるグルカン、キチン、マンナンの3種類の多糖から構成され、それらが3次元的に網目構造を形成して物理的強度や物質輸送に深く関与している。これらの成分組成比は菌の種類や二形成を示す菌の形態によって異なるが、特に1,3-β-グルカンは、量的にも質的にも細胞壁の骨格となる多糖成分と考えられ、1,3-β-グルカン合成酵素によって合成されることが知られている。

 著者らは、90年代初め細胞壁合成系が抗真菌剤のよいターゲットになると考え、Candidaのプロトプラストとマウス消化管感染モデルの評価系を用いて微生物代謝産物からスクリーニングを行った。その結果、Coleophoma empetriの培養液からechinocandin様リポペプチドであるWF11899A,B,C物質群を単離した。これらは動物モデルで強い感染防御活性を示し、他の類縁化合物にはない水に対する優れた溶解性(50mg/ml以上)をもっていた。そのため開発候補品として大きな期待がもたれたが、本物質群自身強い溶血活性をもつことが判明し開発が困難となった。そこで、著者らは溶血活性に関係していると推察されるアシル側鎖を変換し、原体のFR901379(WF11899A)(図1)から新たにFR131535(図1)を合成した。この側鎖変換によりin vivaの活性は変えず溶血活性のみを30倍以上改善させることに成功した。そして、この研究をさらに発展させ、薬効を強めたFK463(図1)の創出につなげることができた。FK463は、現在日米でphaseIIIの臨床試験を行っており、1,3-β-グルカン合成酵素阻害活性の作用機序をもつ薬剤として臨床面で役立つことが期待されている。

 抗真菌剤研究の歴史は長く、上記の物質より優れた酵素阻害活性をもつ抗真菌剤を見つけることは一見困難に思えた。しかし、筆者は抗真菌抗生物質の薬剤ターゲットを明確にすれば、より強い薬効が期待でき安全性の高い物質を効率的に発見できるのではないかと考え、選択毒性が期待される1,3-β-グルカン合成酵素系に着目した。しかし、当時、グルカン合成酵素はまだ単一に精製もされておらず、細胞膜結合性の膜酵素で、無細胞系の酵素活性測定に際してGTP依存性があるという実験事実が分かっている程度であった。また、1,3-β-グルカン合成酵素阻害物質として、echinocandin Bやpapulacandin Bがすでに知られていたが、報告されていた酵素阻害活性測定法の感度は非常に低く、その測定法をスクリーニングに応用するのは困難と思われた。そこで、筆者は、前臨床ステージにあったFR131535の作用機作研究を行えば、スクリーニング系の構築につながる知見が得られるのではないかと考え、FR131535の作用機序研究に着手した。そして、その過程で高感度な1,3-β-グルカン合成酵素阻害活性測定法を構築した。この測定法を用いて微生物代謝産物からより強い1,3-β-グルカン合成酵素阻害活性をもつ抗真菌抗生物質を発見するため本研究を行いFR901469を発見した。本論文では、FR901469の生産菌の性状、培養、精製、構造解析、生物活性に関する研究を行ったので、結果を以下に要約する。

第一章

 FR131535の作用機作研究の過程で、細胞に対する形態変化、高分子合成系に対する影響および細胞壁合成系酵素に及ぼす影響を調べた結果、FR131535の作用機序は1,3-β-グルカン合成酵素の阻害(非拮抗型式、Ki値4μM)であることが明らかとなった。この研究を通して開発した酵素阻害活性測定法を使って、微生物代謝産物から1,3-β-グルカン合成酵素阻害活性をもつ抗真菌抗生物質のスクリーニングを行った。カビ、放線菌、バクテリアの培養物約1万検体をスクリーニングした結果、カビNo.11243株の培養液中に新規の抗真菌抗生物質FR901469を見いだした。

第二章

 FR901469生産菌株であるNo.11243株は、京都府綾部市で採取した落葉試料から分離した。栄養菌糸は、平滑で隔壁を有し、透明で分岐していた。菌糸細胞は円形型であり、幅は1〜4μmであった。本菌株は各種培地上できわめて抑制的に広がり、淡オレンジ色の集落を形成した。No.11243株は、7〜29℃で生育可能で、最適生育温度は22〜26℃であった。真菌の分類基準である生殖器官および典型的な分生子構造は各種寒天プレート上で観察されなかったことより、この生産菌をカビNo.11243株と命名した。

第三章

 ジャーファーメンターを用いてカビNo.11243株の培養を行い、その培養液75Lから活性物質をアセトンで抽出し、HP20,逆相クロマトグラフィーにより精製し、FR901469の白色粉末72mgを単離した。本物質の生産について検討を行った結果、培養時の培養液粘度を抑制する生産用培地とUVによる菌株改良により、当初培養液あたり10μg/mlであった生産量を約850μg/mlにまで増大させることができた。 

第四章

 FR901469の構造は、12個のアミノ酸残基と1個の3-hydroxypalmitoyl基よりなる新規な40員環macrocyclic lipopeptidolactoneであった。分子量は1532、分子式はHRFAB-MSによりC71H116N14O23と決定した。水に対する溶解性は大変良好(400mg/ml以上)であった。

第五章

 FR901469の生物活性をin vitroおよびin vivoの両面で検討した。本物質の1,3-β-グルカン合成酵素阻害活性はIC50値0.05μg/mlと、echinocandin BやFR901379などのechinocandin様リポペプチド類縁体やpapulacandin Bのどの天然物化合物よりも強力であった。In vitroにおける抗真菌活性は、Candida属、Aspergillus属に対して強い抗菌力を示し、一部の菌株を除いてechinocandin様リポペプチド類縁体やamphotericin Bより強かった。Cryptococcus属に対しては抗真菌活性を示さなかった。FR901469は、Candida albicansによるマウス全身感染モデルにおいて、皮下投与で0.32〜0.63mg/kgの低投与量で延命効果を示した。加えて、従来のechinocandin様リポペプチドが原体では効果を示さなかったAspergillus fumigatusのマウス全身感染モデルにおいても0.5mg/kgで延命効果を示した。また、本物質は、カリニ肺炎の起因菌であるPneumocystis cariniiの肺炎ヌードマウス感染モデルにおいても、10mg/kgの皮下投与にて肺シスト数を99.98%減少させる著しい治療効果を示した。一方、毒性面では250mg/kgをマウスに投与しても死亡例はなく、echinocandin様リポペプチド天然物で問題になった溶血作用も弱かった。以上、著者は微生物代謝産物から抗真菌抗生物質のスクリーニングを行った結果、1,3-β-グルカン合成酵素阻害活性をもち、in vivoの動物感染モデルにおいて強い治療効果を示すFR901469を取得した。FR901469は新規な構造と強い生物活性から、FK463に続く医薬品開発候補品としてふさわしいプロファイルをもっていた。今後、さらにこの化合物の医薬品としての可能性を探っていくとともに、分子レベルでその全容が解明されつつある真菌グルカン合成系研究にFR901469の強い活性がツールとして利用されることを期待している。

図1FR901379,FR131535,FK463の構造式

図2FR901469の構造式

審査要旨 要旨を表示する

 深在性真菌症は、Candida,Aspergillus,Cryptococcusなどの真菌が体内各臓器に感染しておこす疾患で、近年、臨床における増加と重篤化が大きな問題になっている。現在認可されている治療薬は、amphotericin B、5-fluorocytosine、アゾール系化合物のmiconazole、fluconazole、itraconazoleの5薬剤のみで、それぞれ副作用、低い選択性、大量使用による耐性菌の増大が問題になり、新薬の出現が強く望まれている。真菌はヒトと同じ真核生物で、選択毒性が期待される作用部位は限られている。唯一大きな相違点である細胞壁、特に1,3-β-グルカンは有望な標的であるが、これまで実用的な薬効を持つものはほとんどなかった。申請者は、1,3-β-グルカン合成酵素阻害活性を指標とした高感度探索系で、新物質FR901469を発見した。本論文は、探索系構築から生産菌の性状、培養、精製、構造解析、生物活性に関する研究をまとめたもので5章からなっている。

 抗真菌剤研究の状況と課題を概観した序論に続く第一章では探索系について述べられている。echinocandin様抗真菌化合物FR131535の作用機作研究で、高分子合成系および細胞壁合成系酵素に及ぼす影響を調べ、これが1,3-β-グルカン合成酵素を阻害することを明らかにした。ここで開発した活性測定法を使い、微生物代謝産物から1,3-β-グルカン合成酵素阻害活性物質の探索を行った。カビ、放線菌、バクテリアの培養物約1万検体を探索し、カビNo.11243株の培養液中に新規物質FR901469を見いだした。

 第二章では生産菌の性状が述べられている。FR901469生産菌No.11243株は、京都府綾部市で採取した落葉試料から分離した。栄養菌糸は、平滑で隔壁を有し、透明で分岐していた。菌糸細胞は円形型で、幅は1〜4μmであった。本菌株は各種培地上できわめて抑制的に広がり、淡オレンジ色の集落を形成した。7-29℃で生育可能で、最適生育温度は22-26℃であった。真菌の分類基準である生殖器官および典型的な分生子構造は各種寒天培地上で観察されなかった。

 第三章では培養生産と単離精製が述べられている。ジャーファーメンターでカビNo.11243株を培養し、培養液75Lから活性物質をアセトンで抽出し、HP20,逆相クロマトグラフィーにより精製し、FR901469の白色粉末72mgを単離した。本物質の生産について検討した結果、培養時の培養液粘度を抑制する生産用培地とUVによる菌株改良により、培養液あたり10μg/mlであった生産量を約800μg/mlにまで増大できた。

 第四章では物理化学的性質と構造解析について述べられている。FR901469は、12個のアミノ酸残基と1個の3-hydroxypalmitoyl基よりなる新規な40員環macrocycliclipopeptidolactoneであった。分子量は1532、分子式はHRFAB-MSによりC71H116N14023と決定した。水に対する溶解性は400mg/ml以上と大変良好であった。

 第五章では生物活性をin vitroおよびin vivoで検討した結果が述べられている。FR901469の1,3-β-グルカン合成酵素阻害活性はIC50値0.05μg/mlと、既存の天然物化合物より強力であった。in vitroにおいては、Candida属Aspergillus属に対して強い抗菌力を示したが、Cryptococcus属には抗菌活性を示さなかった。 C.albicansおよびA.fumigatusによるマウス全身感染モデルにおいて、それぞれ皮下0.32〜0.63mg/kg、0.5mg/kgの低投与量で延命効果を示した。また、P.cariniiのヌードマウスカリニ肺炎感染モデルにおいても、10mg/kgの皮下投与で肺シスト数を99.98%減少させ著しい治療効果を示した。一方、毒性面では250mg/kgをマウスに投与しても死亡例はなく、echinocandin様リポペプチド天然物で問題になる溶血作用も弱かった。

 以上、本論文は、微生物代謝産物の探索から、1,3-β-グルカン合成酵素阻害活性をもち、in vivo動物感染モデルにおいて強い真菌治療効果を示すFR901469を取得し、その特性について詳細で新たな知見を明らかにしたものであり、学術上・応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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