学位論文要旨



No 215389
著者(漢字) 原田,博規
著者(英字)
著者(カナ) ハラダ,ヒロノリ
標題(和) 新規エンドセリン受容体拮抗薬YM598及び関連化合物の合成と構造活性相関に関する研究
標題(洋)
報告番号 215389
報告番号 乙15389
学位授与日 2002.07.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15389号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北原,武
 東京大学 教授 山口,五十麿
 東京大学 教授 長澤,寛道
 東京大学 助教授 早川,洋一
 東京大学 助教授 渡邉,秀典
内容要旨 要旨を表示する

 はじめに エンドセリン(Endothelin,ET)はアミノ酸21個からなるペプチド性の内皮細胞由来収縮因子である。エンドセリンは非常に強力な血管収縮作用と持続的な昇圧作用を有することから、様々な病態の進展への関与が指摘されてきた。著者は、ET受容体拮抗薬が循環器疾患をはじめとする種々の疾患の治療薬となると考え、経口投与可能なET受容体拮抗薬の創製を目的として、新規なアルケンスルホンアミド及びアルカンスルホンアミド誘導体の合成と構造活性相関について検討を行った。

 被検化合物の合成 被検化合物はChart1に示す様に、ジクロロピリミジン体(8)に対する求核置換反応を2度行い合成した。化合物によってはその後官能基変換を加えた。

 ETA受容体選択的拮抗薬に関する研究 エンドセリンはETA受容体及びETB受容体に結合し生理作用は発現する。研究開発当初の知見では、ETA受容体選択的拮抗薬が心不全などの病態モデルで有効であったこと、血管収縮に関してはETA受容体の寄与が大きいことが明らかになっていたことから、初期の目標をETA受容体選択的拮抗薬の発見とした。

 Ro47-0203(Bosentan)1はETB受容体にも親和性を示すETA/ETB両受容体拮抗薬であるが、経口活性を有することから有用なリード化合物となると考えられた。著者は、1のETA受容体選択性の向上を初期の目標とした。そこで著者は、初めに以下の理由から、1のtert-ブチルベンゼンスルホンアミド基を2-フェニルエテンスルホンアミド(スチレンスルホンアミド)基へと変換し、この変換がETA受容体親和性及び選択性に与える影響を検討することとした。

 (1)2-フェニルエテンはベンゼンのビニル同族体と考えられていること。

 (2)2-フェニルエテンスルホンアミド誘導体2aと1のモデル化合物の重ね合わせから、1において受容体の疎水結合部位と相互作用しているとの仮説が立てられている、tert-ブチルフェニル基と、2aにおける同様な疎水性置換基と考えられる2-フェニルエテニル基が良く重なることが推察されたこと。

 この合成戦略に基づき合成された化合物2aが高いETA受容体親和性及び230倍の高いETA選択性を示したので、続いて2aのピリミジン環6及び4位の置換基(A-D部)の変換を行い、受容体親和性及び選択性に与える影響を検討し以下の知見を得た(Figure1)。

 (1)A及びB部では、アルコキシ構造がETA受容体親和性に重要であることがわかった。A部を水素結合供与基のない2-フルオロエチル基(2p)、メチル基(2g)に変換すると、高いETA受容体親和性を保持ながら、ETB受容体親和性が低下し、ETA受容体選択性が向上した。

 (2)C部では、3-ピリジル体12eが、一連のシリーズでもっとも高いETA受容体親和性及び選択性を示すことがわかった。

 (3)D部では、エチル基への変換が(12j)、ETA受容体親和性及び選択性に関し許容されることがわかった。

 (4)C及びD部の検討での知見と、1と2gの結晶構造を基にした重ね合わせから、ETA受容体親和性発現のために、スルホンアミド基から約二炭素原子分の距離に、疎水基が必要であることを明らかにした。

 以上、1のピリミジン環6及び4位の置換基の変換により、高いETA受容体親和性及び選択性を示すいくつかの化合物を見いだした。

 ETA/ETB両受容体拮抗薬に関する研究 エンドセリン研究の進展に伴い、ETA受容体ばかりでなくETB受容体の種々の病態に対する関与が指摘されてきた。エンドセリン拮抗薬による治療可能な疾患を広げる目的で、次の目標をETA/ETB両受容体拮抗薬の発見とした。

 化合物2gの構造活性相関の探索において、2-フェニルエテンスルホンアミド部のフェニル基の変換がETB受容体親和性に影響を与えていることが示唆された。このことから、2gの変換により、高いETA受容体親和性を保ったままETB受容体親和性を高めて、ETA/ETB両受容体拮抗薬を見いだせる可能性があるのではないかと考え、2-フェニルエテンスルホンアミド部の構造活性相関を検討し、以下の知見を得た(Figure2)。

 (1)C部において、フェニル基のオルト及びパラ位へのメチル基の導入が、ETB受容体親和性を増加させた。これらの位置に複数のメチル基を導入した場合、ETB受容体親和性の増加に関し、相加的に働くことがわかった。2,4,6-トリメチル体21sは、ETB受容体親和性が無置換体2gと比べ40倍増加し、かつ2gの強力なETA受容体親和性を保持していた。

 (2)D部においてはエテニル基の1位へのメチル基の導入が(21t)、ETA及びETB両受容体に対する親和性を増加させた。

 (3)以上の知見から、2,4,6-トリメチル体21sのエテニル基の1位ヘメチル基を導入したが(21x)、ETA及びETB両受容体に対する親和性の相加的な増加は見られず、逆に低下した。このことはmolecular mechanics及びNMRを用いた検討から、2つの誘導体中の2-フェニルエテンスルホンアミド部の安定コンフォメーションの違いに起因しているのではないかと推測した。以上、2gの2-フェニルエテンスルホンアミド部のフェニル基に対する置換基の導入により、ETA/ETB両受容体拮抗薬2,4,6-トリメチル体21sを見いだした。

 in vivo活性及び2gの薬物動態プロフィール 覚醒正常血圧ラットのBigET-1昇圧抑制試験における、被検化合物の経口投与での効果を検討した。ETA受容体選択的拮抗薬2-フルオロエトキシ体2p及びメトキシ体2gは、それぞれ3mg/kg及び0.3mg/kgの低用量で70%以上の高い最大抑制率を示し、6時間以上の長い作用持続時間を示した。それに対して、ETA/ETB両受容体拮抗薬トリメチル体21sは、メトキシ体2gより30倍以上高い用量(10mg/kg)の経口投与及び静脈内投与においても弱い阻害作用しか示さなかった。

 これらの結果から、著者はETA受容体選択的拮抗薬が、循環器系疾患等エンドセリンの昇圧反応の関与する疾患の治療薬として有用ではないかと考え、ETA受容体選択的拮抗薬を選択し、脊髄破壊ラットのBigET-1昇圧抑制試験における被験化合物の効果を評価した。

 Figure3に示すように、リード化合物1のピリミジン環6位及び4位の変換によって、経口活性の指標となるID50値は1の値と比較して低下し、経口活性が向上したことがわかった。特に、2gは1と比較して約32倍強力であり、大幅に経口活性が向上していることが明らかになった。

 これらの結果から、リード化合物1のピリミジン環6位及び4位の変換によって、ETA受容体選択性のみならず、経口活性も向上したことが明らかとなった。

 薬物動態プロフィールの検討の結果、メトキシ体2gはラット及びイヌの2つの動物種において、速やかな吸収、高い血中濃度、長い血中濃度持続時間、高い吸収性を示す、良好な体内動態を有することがわかった。

 結論 ETA/ETB両受容体拮抗薬Ro47-0203(Bosentan)1をリード化合物として、2gをはじめとする高いETA受容体親和性及び選択性を示すエテンスルホンアミド及びエタンスルホンアミド誘導体を見いだした。さらに、2gの変換によりETA/ETB両受容体拮抗薬21s見いだした。これらの誘導体のin vivo試験の比較から、ETA受容体選択的拮抗薬が循環器系疾患等の治療薬として有用ではないかと考えた。2gは良好な経口活性及び薬物動態を示したことから、開発化合物として選択された。2gのカリウム塩は、YM598 monopotassiumとして現在、臨床試験中(第二相)である。

Chart1.

Figure1.binding affinity IC50

Figure2.

Figure3.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文はエンドセリン(ET)受容体拮抗薬の創製を目的として行った、新規なスルホンアミド誘導体の合成と構造活性相関に関するもので、三章よりなる。ETはアミノ酸21個からなるペプチド性の内皮細胞由来収縮因子で、非常に強力な血管収縮作用と持続的な昇圧作用を有することから、様々な病態の進展への関与が指摘されている。筆者は、この点に着目し、経口投与可能なET受容体拮抗薬の創製を目的として、新規なアルケンスルホンアミド及びアルカンスルホンアミド誘導体を合成し、それらを用いて構造活性相関について検討を行った。

 まず序論で研究の背景について概説した後、第一章ではETA受容体選択的拮抗薬を指向した合成研究について述べている。エンドセリンはETA受容体及びETB受容体に結合し生理作用が発現するが、研究開始当初の知見では、ETA受容体に選択的な拮抗薬が循環器系疾患の治療に有効と考えられた。そこで筆者はETA/ETB両受容体拮抗薬Ro47-0203(Bosentan)1をリード化合物とし、ETA受容体に選択的な拮抗薬の開発を目指した。合成方法は、Scheme1に示す様に、ジクロロピリミジン体(3)に対する二度の求核置換反応である。

 研究の初期段階で、1のtert-ブチルベンゼンスルホンアミド基が2-フェニルエテンスルホンアミド基に置換された2aが高いETA受容体親和性及び選択性を示すことがわかった。そこでビリミジン環6及び4位の置換基(A-D部)の変換を行うこととした。

 その結果、2bをはじめとするETA受容体選択的拮抗薬を見いだした。また、合成した約40種の誘導体の構造活性相関及び分子の重ね合わせの検討により、ETA受容体親和性及び選択性発現に関するいくつかの興味深い知見を得た。

 第二章ではETA/ETB両受容体に拮抗する化合物の創製研究について述べている。エンドセリン研究の進展に伴い、ETA受容体ばかりでなくETB受容体の種々の病態に対する関与も指摘されるようになってきた。そこでエンドセリン拮抗薬による治療可能な疾患を広げることを目的とし、ETA/ETB両受容体の拮抗薬の閑雅研究を行った。

 第一章で見いだした化合物2bの構造活性相関研究において、2-フェニルエテンスルホンアミド部のフェニル基がETB受容体親和性に影響を与えていることが示唆された。このことから、2bのフェニル基への置換基の導入を検討し、ETA/ETB両受容体拮抗薬2cを見いだした。(Figure2)

 第三章では合成した化合物のin vivoでの活性及び2bの薬物動態プロフィールについて述べている。覚醒正常血圧ラットのBig ET-1昇圧抑制試験において、2bは0.3mg/kgの低い用量の経口投与で70%以上の高い最大抑制率、6時間以上の長い作用持続時間を示した。それに対して、ETA/ETB両受容体拮抗薬2cは、10mg/kgの経口投与及び静脈内投与においても弱い阻害作用しか示さなかった。

 そこで筆者は、ETA受容体選択的な拮抗活性の高かった2bが候補化合物の中で最も優れていると判断し、脊髄破壊ラットのBig ET-1昇圧抑制効果を評価した。その結果、Figure1に示すように、経口活性の指標となるID50値の比較から、2bの経口活性はリード化合物である1より約32倍向上していることが明らかになった。また、2bはラット及びイヌにおいて、良好な薬物動態を有することもわかった。

 以上筆者は、様々な病態に対する治療薬として期待されているエンドセリン受容体の拮抗薬の創製を行い、既存の化合物より優れたETA受容体親和性及び選択性、良好な経口活性及び薬物動態を示す化合物を見いだした。実際に、2bは臨床試験中(第二相)であり、本論文は学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

Schemel.

Figure1.binding affinity IC50

Figure2.binding affinity IC50

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