学位論文要旨



No 215393
著者(漢字) 宮島,敦子
著者(英字)
著者(カナ) ミヤジマ,アツコ
標題(和) ブルーム症候群原因遺伝子の酵母相同遺伝子SGS1の機能解析
標題(洋)
報告番号 215393
報告番号 乙15393
学位授与日 2002.07.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第15393号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 助教授 仁科,博史
内容要旨 要旨を表示する

 出芽酵母SGS1は、大腸菌においてDNA修復および組み換えに関与しているRecQに高い相同性を有し、RecQ familyに属する遺伝子である。SGS1遺伝子は、出芽酵母においてDNA topoisomerase 3(TOP3)の遺伝子破壊株の増殖遅延を相補する変異遺伝子(slow growth suppressor)として同定された。ヒトにおいては、現在までに5種類のRecQ相同遺伝子が報告されており、それらは、ATPaseQ1、ブルーム症候群(Bloom syndrome : BLM)、ウェルナー症候群(Werner syndrome : WRN)、ロトムント・トムソン症候群遺伝子(Rothmund-Thomson syndrome : RTS)およびRECQ5である(図1)。

 これら3つの症候群はいずれも、癌多発性、DNA修復異常、染色体不安定性を示す、常染色体劣性遺伝疾患である。大腸菌のRecQ蛋白質は、DNAhelicase活性を持ち、これらの相同遺伝子もhelicasedomainを持つことから、生体内でDNA helicaseが関与する生体内機能に関わっていると考えられる。

 出芽酵母においてはゲノムプロジェクトが終了し、全ゲノム配列の情報がdata baseを用いて検索可能になった。RecQ相同遺伝子間で高く保存されているhelicase domainをプローブとして、出芽酵母のゲノムライブラリーを検索した結果、SGS1以外の遺伝子は得られず、酵母細胞において、Sgs1蛋白はヒトにおけるRecQ相同遺伝子産物の機能をオーバーラップして担っていると考えられた。そこで、分子遺伝学的な解析が容易な酵母細胞においてsgs1遺伝子破壊株を作製し、SGS1の機能について解析を進め、ヒトにおけるこれらのRecQ相同遺伝子産物の機能と、疾患発症のメカニズムとの関連について検討を進めた。

1.sgs1遺伝子破壊株の表現型

 酵母細胞株においてsgs1破壊株を作製し、DNA傷害剤に対する感受性ついて解析を進めた。DNA傷害剤として、UV、X-ray、methyl methanesulfonate(MMS)、ethyl methanesulfonate(EMS)、bleomycin、mitomycin Cおよびhydroxyurea(HU)に対する感受性を野生株と比較した結果、sgs1破壊株は、アルキル化剤であるMMS、EMSおよびDNA合成阻害剤として知られているHUに感受性を示した。体細胞分裂期においては、染色体間相同組み換えにおいて高頻度組み換えを示した。これらの傷害物質に対する高感受性および高頻度相同組み換えは、遺伝子破壊株に全長のSGS1遺伝子を挿入したvectorを導入することにより相補され、その感受性がSgs1の欠損によるものであることが確認された。次に、sgs1破壊株を用いて、胞子形成率を野生株と比較し、胞子形成率が野生株に比べて減少することを見いだした。またsgs1破壊株において、胞子形成培地に移行24時間後の、遺伝子組み換え体の出現頻度が減少していた(図2)。これらの胞子形成率および組み換え頻度の低下は、遺伝子破壊株に全長のSGS1遺伝子を挿入したvectorを導入することにより相補され、これらの表現型がSgs1の欠損によるものであることが確認された。

2.SGS1の減数分裂における機能の解析

 sgs1破壊株において、胞子形成率および組み換え頻度の低下が観察されたことから、SGS1は減数分裂の過程において何らかの役割を果たしていると考えられ、減数分裂における機能についてさらに検討を進めた。SGS1 mRNAの発現は、胞子形成培地に移行数時間後に誘導が観察された。sgs1破壊株において、減数分裂前DNA合成は野生株と同様に進行していた。組み換えの初期反応であるDNA二本鎖切断(double strand break、DSB)の形成に関しては、sgs1破壊株においてDSBの形成の抑制と進行の遅れが観察された。さらに減数分裂における組み換え体の形成について検討したところ、crossing over、non-crossing over type両組み換え産物が野生株とほぼ同程度観察された。また、spo13、mre11破壊株との二重遺伝子破壊株を作製した結果、大部分のsgs1-spo13破壊株は、spo13破壊株と異なり第一減数分裂をbypassする事ができなかった。また、sgs1-mre11破壊株では、mre11株と同様、胞子は致死であった。減数分裂におけるcheckpointについて検討したところ、sgs1-red1、sgs1-rad17破壊株において、RED1、RAD17破壊は、sgs1破壊株の胞子形成能の低下を部分的に抑制した。

3.部位特異的変異導入およびN末、C末欠失SGS1を用いた機能の解析

 酵母細胞におけるSgs1の機能および、ヒトにおける疾患との関わりについて解析を進めるため、部位特異的変異導入したSGS1 vectorを作製した。まず、酵母細胞における実験系が、ヒトにおける疾患を評価するシステムとして利用できるかどうかを検討するため、ブルーム症候群およびウェルナー症候群と同様の変異(pBLM1、2、4およびpWS1)を導入した。また、出芽酵母SGS1遺伝子は、helicase domainの両側に長いN末、C末部分を有していることから、これらの部分の機能について解析を進めるため、N末、C末欠失SGS1 vector を作製した。これらの改変SGS1 vectorを用いて、sgs1破壊株の表現型に及ぼす影響について検討した。その結果、pBLM2はMMS、HU感受性を相補したが、他の変異は相補することができなかった。胞子形成については、pWS1は相補できず、pBLM1、2、4は相補した。SGS1のhelicase domainに変異を導入したvector(K706A、helicase活性は消失したpATP1(sgs1-hd))は、MMS、HU感受性、体細胞分裂期の組み換えを相補しなかったが、胞子形成、減数分裂組み換えは相補し、両機能おけるhelicase活性の要求性が異なることが示された(図3、表1)。さらに、N末、C末欠失SGS1 vectorを用いて解析を進めたところ、体細胞分裂期および減数分裂期の機能に必要とされるSgs1の領域が異なることが示された。

 以上の結果より、出芽酵母においてSgs1は、体細胞分裂期のDNA修復、DNA組み換えにおいて機能を果たしていることが明らかとなった。体細胞分裂期におけるDNA修復については、sgs1破壊株がMMS、EMS、HUに対して感受性を示し、Sgs1は、酵母細胞においてアルキル化剤によるDNA損傷に対するDNA修復に関与してしていると考えられた。この結果は、ブルーム症候群患者の細胞がアルキル化剤に感受性を示すという報告と一致していた。体細胞分裂期における組み換えについては、interchoromosomal homologous recombination において、sgs1破壊株は高頻度組み換えの表現型を示した。組み換えにおける頻度の上昇は、ブルーム症候群患者の細胞における姉妹染色分体交換(sister chromatid exchange、 SCE)の頻度上昇、ウェルナー症候群における染色体の欠失、転座、ロトムント・トムソン症候群における染色体モザイク現象と相関していると考えられる。また、ウェルナー症候群、ロトムント・トムソン症候群において観察される早期老化の症状とも深い関連があると考えられる。

 減数分裂期においても、Sgs1は機能を果たしていることが明らかとなった。出芽酵母細胞においてsgs1破壊株は、胞子形成の低下、減数分裂組み換え頻度の低下を示し、野生株ではSGS1 mRNAの誘導が観察された。Sgs1は減数分裂において、複数の過程(DSBより前、および組み換えの後期から子嚢胞子形成の過程)に機能していることが示唆された。ヒトの臓器・組織におけるmRNAの発現は、BLMは胸腺と精巣、WRNは膵臓、精巣、卵巣、RTSは胸腺と精巣で高い。BLM、WRN、RTSのmRNAが高発現する臓器・組織は、臨床症状の現れる部位と関連していると考えられる。ブルーム症候群患者において、男性患者の不妊が報告されており、このメカニズムを解明する上で重要な知見となることが期待できる。

 部位特異的変異導入、N末、C末の欠失vectorを用いた解析の結果、Sgs1の機能の発現に重要な部位について明らかにできた。DNA修復および体細胞分裂期組み換えについては、helicase活性が必須で、N末1-45 aaおよび、helicase domain、 C-terminal RecQ conserved regionを含む698-1195 aa部分が必要であった。また、減数分裂における機能については、helicase活性は必須ではなかったが、126-400 aaおよびhelicase domain、C-terminal RecQ conserved regionを含む596-1195 aa部分が必要であることが明らかになった(図4)。

 酵母Two-hybrid systemを用いた解析の結果、Sgs1のN末1-283 aaはTop3と、446-746 aaはTop2と相互作用する事が示されており、両機能において、これらの蛋白との相互作用が大きく関与していることが示唆された。以上より、蛋白質の高次構造、他の蛋白質との相互作用を含めた解析を進めることにより、SGS1の機能および、ヒトrecQ相同遺伝子の機能、疾患発症のメカニズムについて、重要な知見が得られることが期待される。

図1 RecQ family蛋白質の比較

図2 sgs1 遺伝子破壊株の減数分裂組み換えに及ぼす影響

図3 pATP1(sgs1-hd)による、MMS、HU感受性の相補

表1 pATP1(sgs1-hd)による、組み換え、胞子形成の相補

図4 体細胞分裂期および減数分裂期に必要とされるSgs1の領域

審査要旨 要旨を表示する

 出芽酵母SGS1は、大腸菌においてDNA修復及び組み換えに関与しているrecQと相同性の高い遺伝子である。ヒトにおいては、現在までに5種類のrecQ相同遺伝子が報告されており、それらの中には、ブルーム症候群、ウェルナー症候群、ロトムント・トムソン症候群の原因遺伝子が含まれる。これら3つの症候群はいずれも、癌多発性、DNA修復異常、染色体不安定性を示す常染色体劣性遺伝疾患である。ゲノムプロジェクトが終了している出芽酵母においては、ライブラリー検索の結果、SGS1が唯一のrecQ相同遺伝子であったことから、酵母細胞のSgs1蛋白質は、ヒトにおける複数のRecQ相同産物の機能を合わせ持つものと考えられた。「ブルーム症候群原因遺伝子の酵母相同遺伝子SGS1の機能解析」と題する本論文においては、酵母細胞を用いてSGS1の機能について分子遺伝学的な解析を進め、ヒトにおけるこれらのrecQ相同遺伝子産物の機能と、疾患発症のメカニズムとの関連について検討を進めている。

1.体細胞分裂期および減数分裂期におけるSgs1の機能の解析

 本論文では、先ず酵母細胞においてsgs1遺伝子破壊株を作製し、その表現型について検討している。その結果、体細胞分裂期においてsgs1破壊株は、アルキル化剤であるmethyl methanesulfonate(MMS)、ethyl methanesulfonate(EMS)、およびhydroxyurea(HU)に感受性を示し、高頻度の染色体間相同組み換えを示した。これらの結果より、出芽酵母においてSgs1は、DNA修復、体細胞分裂期DNA組み換えにおいて重要な役割を果たしていることを明らかにした。この結果は、ブルーム症候群患者の細胞がアルキル化剤に感受性を示すという報告、及び3疾患に共通するゲノムの不安定性と深い関連があると考えられた。

 減数分裂組み換え期においてsgs1破壊株は、胞子形成の低下、減数分裂組み換え頻度の低下を示した。またSGS1 mRNAの誘導が観察された。減数分裂の過程を追いながら、Sgs1の減数分裂における機能について検討を行った結果、Sgs1は減数分裂において、複数の過程(減数分裂前DNA合成の終了からDNA2本鎖切断形成の過程、及び組み換えの後期から胞子形成の過程)に機能していることが示唆された。ブルーム症候群患者において、男性患者の不妊が報告されており、このメカニズムを解明する上で重要な知見となることが期待できる。

2.部位特異的変異導入およびN末端、C末端欠失体を用いたSGS1の機能解析

 部位特異的変異導入SGS1 vectorを用いた解析から、Sgs1の体細胞分裂期と減数分裂期の機能において、helicase活性の要求性が異なることを初めて明らかにした。さらに、N末端、C末端の欠失SGS1 vectorを用いた解析から、DNA修復および体細胞分裂期のDNA組み換えにおいては、helicase活性が必須で、N末端側アミノ酸配列1-45及び698-1195のhelicase domainとRecQ-conserved regionが必要であり、減数分裂期における機能においては、helicase活性は必須ではないが、アミノ酸配列1-400及び596-1195の部分が必要であることを示した。酵母twohybridsystemを用いた解析の結果、Sgs1のN末端側アミノ酸配列1-283はtopoisomerase 3と、446-746はtopoisomerase 2と相互作用する事が示されており、両機能においてこれらの蛋白質との相互作用が大きく関与していることが示唆された。

 以上を要するに本論文は、Sgs1が酵母細胞において、DNA修復及び減数分裂において機能していることを明らかにし、Sgs1の体細胞分裂期と減数分裂期の機能において、helicase活性の要求性が異なることを初めて見出している。さらにヒトにおける疾患と同様の変異を導入した解析から、酵母の実験系が、ヒトのrecQ相同遺伝子産物の評価系としても有用であることを示している。本論文の研究成果は、出芽酵母におけるSgs1の機能を明らかにしただけでなく、recQ相同遺伝子産物の機能及び疾患発症のメカニズムを解析する上で重要な知見を与えるものであり、博士(薬学)の学位論文として十分な価値があるものと思われる。

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