学位論文要旨



No 215396
著者(漢字) 鯉渕,智彦
著者(英字) Koibuchi,Tomohiko
著者(カナ) コイブチ,トモヒコ
標題(和) HIV-1感染者におけるウイルス性肝炎の研究
標題(洋)
報告番号 215396
報告番号 乙15396
学位授与日 2002.07.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第15396号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小俣,政男
 東京大学 教授 野本,明男
 東京大学 教授 牛島,廣治
 東京大学 教授 深山,正久
 東京大学 講師 丸山,稔之
内容要旨 要旨を表示する

1.序論

 ヒト免疫不全ウイルス1型(human immunodeficiency virus type 1:HIV-1)感染者に対する多剤併用療法(highly active antiretroviral therapy:HAART)の導入以後、HIV-1感染者の予後は劇的に改善した。日和見感染症の発症は減少し、長期にわたって良好な状態を保つことが可能となった。それに伴い、合併した肝炎ウイルスの活動性が、予後やQOLを大きく左右する一因となってきている。このような状態を鑑み、HIV-1感染者におけるウイルス性肝炎に関して研究した。

2.HIV-1感染者とA型肝炎

 A型肝炎ウイルス(HAV)は、経口感染するRNAウイルスである。急性肝炎を生じさせた後、慢性化することなく排除され、予後は比較的.よい。性交渉で感染することは稀であり、HIV-1感染者において重要視される機会は少なかった。我々は1998年夏頃から男性同性愛者(以下MSM:men who had sex with men)における急性A型肝炎の流行を経験した。ロ-肛門間性行為が集団発生した主な要因と考えられる。MSMでの急性A型肝炎の集団発生は海外での報告はあるが、我が国では過去に報告はない。この集団発生におけるHIV-1感染者を対象として急性A型肝炎について検討した。

 1998年7月から1999年11月までに、都内3病院で経験したMSMの急性A型肝炎22例を対象とした。22例中、HIV-1感染者は16例であった。HIV-1感染者の臨床症状は発熱、全身倦怠感などでHIV-1非感染者と同様であった。AST,ALT、総ビリルビンの最高値はHIV-1感染者と非感染者とで有意差を認めなかった。全員がほぼ1ヶ月以内に軽快し、予後は良好であった。しかし、抗HIV薬を内服していた9例中、4例は肝障害が高度であったためHAARTを中断せざるを得なかった。10例の血清からHAV-RNAを抽出し、VP1/2A領域:168塩基対の塩基配列を比較したところ、全例がまったく同一でgenotypeはIAであった。したがって、原因ウイルスはきわめて近縁のHAVであることが示唆された。

 近年、抗HAV抗体(Ig-G抗体)の保有率は若年者になるにつれて低下している。つまり若年層では今後もこのような集団発生が生じる可能性がある。HIV-1感染者に対してもA型肝炎ウイルスワクチンは効果的で安全であることが示されている。MSMに対しては、A型肝炎ワクチンの接種を積極的に考慮すべきである。

3.HIV-1感染者とB型肝炎

 B型肝炎ウイルス(HBV)の主な感染経路は母子感染、性交渉、血液である。HBV感染後の転帰は宿主の免疫状態に左右される。HIV-1感染者のような細胞性免疫が低下している状態では、HBV急性感染後のキャリア化率が高いと予想される。当院に通院歴のあるHIV-1感染者276名を調べたところ、HBs抗原陽性者は24名(8.7%)で、一般人口(HIV-1非感染者)よりも高率であった。

 24例中の日本人(23例)を対象としてHBV genotypeを調べた。S領域の塩基配列を比較し、系統樹を作成することによりgenotypeを決定した。23例中、genotypeを決定できたのは18例であったが、その内訳は13例がgenotypeA(1MSM12例、血友病1例)、3例がgenotypeB(異性間性行為2例、血友病1例)、2例がgenotypeC(MSMおよび異性間性行為各1例)であった。MSlM13例中、12例(92%)という高い確率でgenotypeAを示したことが大きな特徴であった。過去の報告では、日本のB型慢性肝炎患者(HIV-1非感染者)においてはgenotypeAは1.7%にすぎず、genotypeCが84.7%を占めている。世界的な分布を見ると、HBV genotypeAは欧米に多い。今回の結果からHIV-1感染者におけるHBVは欧米から由来したものであることが推測された。これを検証するためHIV-1 subtypeを調べたところ、HBV genotypeAを有していた12例中、9例がHIV-1 subtypeBであった。HIV-1 subtypeBは北米に多く分布している。したがって、日本のMSMにおけるHBVがHIV-1と同様に北米に由来することはほぼ確実と思われる。

 HBV genotypeによって肝病態の進行に相違があることが示唆されている。GenotypeAに関する解析は少ないものの、genotypeDよりも慢性化しやすいとする報告がある。したがって、genotypeAが優位であったHIV-1抗体陽性HBVキャリアにおいては、HIV-1非感染者におけるB型慢性肝炎とは異なる臨床経過を示す可能性があり、今後の経過観察が重要である。

4.HIV-1感染者とC型肝炎

 非加熱血液製剤によってHIV-1に感染した者は、ほぼ全例がHCV抗体陽性である。当院での患者を調べたところ、107人中、104人(97.2%)であった。抗HIV-1療法が進歩するにつれて、血友病のHIV-1感染者にとって、C型慢性肝炎の活動度が予後を大きく左右するようになってきている。最近、C型慢性肝炎に対してインターフェロン(IFN)とリバビリンの併用療法が認められたが、HIV-1感染者に対しての効果と安全性は十分解明されていない。少数例ではあるが、HIV-1抗体陽性C型慢性肝炎患者に対してIFNとリバビリンの併用療法を行い、安全性と効果を検討した。

 症例1:39才、男性。血友病B。1998年にIFN単独療法を6ヶ月間施行した。治療直後はHCV-RNAは陰性化したが、半年後に再増加した。1999年5月からIFNとリバビリンの併用療法を行った。HCV genotypeは2a。併用療法開始前のCD4は311/μ1,HCV-RNA量は110Kコピー/ml相当であった。リバビリンは800mg/日とし、IFNα-2b 1000万単位を2週連日、その後600万単位を週3回を継続した。重篤な副作用はなく、6ヶ月間を終了した。治療後、HCV-RNAは陰性を持続し、肝機能も正常化した。

 症例2:48才、男性。血友病A。1995年5月からIFN単独療法を6ヶ月間施行した。HCV-RNAは陰性化せず、肝機能障害が持続した。画像評価上、慢性肝炎〜肝硬変移行期と考えられたが、強い希望により、1999年2月からIFNとリバビリンの併用療法を行った。HCV genotypeは1a。併用療法開始前のCD4は205/μl,HCV-RNA量は2900Kコピー/ml相当であった。リバビリンは600mg/日とし、IFNα-2b 600万単位を2週間連日、その後600万単位を週3回投与したが、咳嗽がひどくなり、2ヶ月後にIFNを週2回へ減量した。その後は重篤な副作用はなく、リバビリンは1年間継続した。IFNは現在も継続中である。HCV-RNAは陰性化しなかったが、ALTはリバビリン併用療法時の方が、IFN単独時よりも低値であった(有意差なし)。

 これらより、HIV-1感染者に対しても、IFNとリバビリンの併用療法は安全に施行でき、効果的であることが示唆された。今後症例数を増やし、さらなる安全性と効果の評価が望まれる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究はHIV-1感染者における肝炎ウイルス感染の特徴を明らかにするため、HIV-1感染者集団でのA型肝炎ウイルス(HAV)、B型肝炎ウイルス(HBV)、C型肝炎ウイルス(HCV)の解析を試みたものであり、下記の点を明らかにしている。

 1.我が国の男性同性愛者(MSM:Men who had sex with men)での最初の集団発生例の急性A型肝炎22例を対象とし、HIV1感染者(16例)と非HIV-I感染者(6例)の比較を行った。両者間の臨床経過に明らかな相違はなく、肝機能(AST、ALT、総ビリルビン)に有意差は見られなかった。10例のHAVの遺伝子解析を行ったところ、全例がgenotype IAに属し、VP1/2A領域の塩基配列はまったく同一であった。したがって、きわめて近縁のウイルスがMSM集団に広まった可能性が示された。MSMに対しては積極的にA型肝炎ワクチンを接種することが望ましいと考えられた。

 2.当院に通院歴のあるHIV-1感染者を対象にHBs抗原陽性率を調べたところ、276例中24例(8.7%)で、一般人口(非HIV-1感染者)よりも高率であることが示された。そのうち日本人23例を対象として、HBV genotypeを解析したところ、13例のMSMのうち12例(92%)はgenotypeAであった。従来、日本の慢性B型肝炎患者ではgenotypeCが84.7%を占め、genotypeAは1.7%にすぎない。したがって、HIV-1感染者では一般人口とは異なり、HBV genotypeAが優位であることが示された。HBV genetypeによる臨床経過の相違が示唆されており、HIV-1感染者でHBs抗原陽性者に対しては今後の慎重な経過観察が必要であることを示した。

 3.HIV-1感染者の慢性C型肝炎患者でインターフェロン(IFN)単独療法では著効しなかった2例を対象として、IFNとリバビリンの併用療法の効果と安全性を解析したところ、1例は著効、もう1例はウイルス量は検出感度以下にならなかったものの、肝機能の改善を示した。前者はHCV genotypeは2a、ウイルス量は110Kコピー/ml相当であった。後者はHCV genotypeは1a、ウイルス量が2900Kコピー/ml相当で、画像評価上は肝硬変に進展していた。いずれも重篤な副作用は認めなかった。したがって、HIV-1抗体陽性の慢性C型肝炎患者に対してもIFNとリバビリンの併用療法は効果的で安全である可能性が示された。

 以上、本論文はHIV-1感染者における肝炎ウイルス感染の特徴を感染ウイルスの遺伝子解析により明らかにした。ウイルス性肝炎はHIV-1感染者において重要な予後規定因子となっており、本論文の成果がその予防・治療に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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