No | 215397 | |
著者(漢字) | 竹内,眞樹 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | タケウチ,マサキ | |
標題(和) | In vitroシステムによる胎仔肝造血の研究 | |
標題(洋) | Studies on Fetal Liver Hematopoiesis in vitro | |
報告番号 | 215397 | |
報告番号 | 乙15397 | |
学位授与日 | 2002.07.17 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 第15397号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1:序 造血系は幹細胞から多種多様な機能細胞が分化する系であり、その中心である造血幹細胞の性状・発生に関して数多くの研究がなされてきた。成体では造血幹細胞は骨髄に存在し、骨髄の造血環境の中で個体の生涯にわたって膨大な数の血液細胞を産生し続けている(成体型造血:definitive hematopoiesis)が、胎生則にはいくつかの組織を経過しながら造血幹細胞が発生し、成熟していく(図1)。成体型造血幹細胞はマウスでは胎生10.5日のAGM領域(Aorta-Gonacl-Mesonephros:大動脈-生殖隆起-中腎領域)から発生し、既にこの1時点で存在している肝臓へ移行する(図2)。AGM領域での造血は、胎生12.5日には終了し、この時期以降出生直後まで、肝臓は主たる造血臓器として機能する。胎生期の肝臓では、造血幹細胞が著しく増殖するとともに、成熟した血球の産生が盛んに行われる。成体では造血幹細胞は骨髄に少数が存在し、非常に緩やかに増殖しているが、胎仔肝では造血幹細胞は極めて活発に増殖している。造血系の発達と並行して、肝細胞も増殖・分化し、次第に代謝に必要な酵素群の発現や特徴的な肝小葉構造を形成し代謝臓器として成熟していく。このように胎仔肝では、造血系と肝細胞系の二つの幹細胞システムが一つの臓器の中で増殖・分化していく非常に興味深い過程が観察される。 2:本研究の目的と方法 これまでの多くの研究から造血には造血幹細胞と造血支持環境との相互作用が重要であることが知られている。本研究では、成体型造血幹細胞のAGM傾城における発生と、その直後の胎仔肝における造血幹細胞の増殖・分化・成熟機構を解明することを目的として、二つの初代分散培養系を確立し(図3)、そこで産生される血液細胞の解析を行った。 まず成体型造血幹細胞の発生部位であるAGM領域での造血を解析する目的で、胎生11.5日のAGM領域を分離し、分散培養するAGM培養系を作製した(図3A)。 さらに、胎冊子での造」血エを再現する目的で、胎生14.5日1冶仔用干由来細胞を造血支持細胞として胎生11,5日AGMlll]来造血絆細胞との共培養系(AGM/胎仔用干共培養系)を確立した(図3B)。これらの分散培養系の利点は、FACS等で分離精製した細胞集団を用いることで対象となる細胞を限定でき、添加するサイトカインなどの条件を明確にすることが可能であり、継時的な変化を容易に観察できる事が挙げられる。こうした解析は、従来の器官培養では不可能であった。 これらの培養系において産生された血液細胞の性状を、フローサイトメトリー及びin vitroコロニー形成法によって解析した。さらに培養で産生された血液細胞を放射線照射したマウスに移植して造血幹細胞活性を検討した。 3:結果 a)造血支持環境の比較 成体型造血幹細胞はAGM領域において最初に検出され、速やかに肝臓へ移行する。これら2つの組織の造血支持能力を、産生された血液細胞の総数を測定して比較した(図4)。その結果、AGM領域の造血幹細胞からの血液細胞の産生を比較すると、胎生14.5日の胎仔肝を支持細胞としたほうがAGM領域の細胞を支持細胞とする場合より多くの血液細胞を産生できた。 さらにサイトカイン要求性を検討したところ、これら二つの培養系で幹細胞因子(Stem cell factor:SCF)は造血に必須であった。またインターロイキン6ファミリーに属するサイトカインであるオンコスタチンM(OSM)は、AGM分散培養系では造血に必須であったが、AGM/胎仔肝共培養系では造血促進効果があるものの必須ではなかった。 b)造血幹細胞の比較 AGM領域で発生した成体型造血幹細胞が胎仔肝に移行し、最終的に骨髄に移行して行くが、造血幹細胞の性質の変化については不明な点が多い。 そこで、胎生14.5日の胎仔肝を支持細胞として、胎生11.5日AGM,胎生14.5日及び五8,5日の胎仔肝由来の造血幹細胞を共培養し、産生される血液細胞の総数を比較した(図4e〜m)。共培養系において、胎生14.5日及び胎生18.5日胎仔肝由来の造血幹細胞からも血液細胞を産生したが、胎生11.5日AGM由来造血幹細胞より産生量ははるかに低く、胎生18.5日胎仔肝由来造血幹細胞は胎生14.5日より低率だった。また、AGM由来造血幹細胞からの造血には強い促進効果のあったOSMは、胎仔肝由来の造血幹細胞からの造血には抑制的に働いた。このことから、AGM由来造血幹細胞と胎仔肝由来造血幹細胞では明らかに質的な相違があると考えられ、発生過程が進むに連れて、血液細胞の産生能は低下していくことが明らかとなった。 C)培養系における造血幹細胞の増幅 胎仔肝での造血は、成熟した血液細胞の産生ともに造血幹細胞自体が著しく増幅するという際立った特徴を持つ。 そこで、これらの培養系で産生される血液細胞を放射線照射マウスに移植して骨髄再構築能を検討した(図5)。移植後2ヶ月で末梢血への寄与を検討したところ、OSMは移植可能な造血前駆細胞の支持・移植に必須であった(図5A)。 さらに長期間の観察を行った結果、AGM分散培養系由来の細胞を移植したマウスでは次第に末梢血におけるドナー細胞率が低下したのに対して、OSMを添加したAGM/胎仔肝共培養系由来の細胞を移植したマウスでは5ヶ月間に渡って高いドナー細胞率を維持した(図5B)。AGM細胞では6胎児相等を移植して、未梢血ドナー細胞率が約50%であったが、胎児2/3相等のAGM細胞をOSMを添加したAGM/胎仔肝共培養系で培養して移植するとドナー寄与率が約80%になったことから、この培養系はAGM由来の造血幹細胞を著しく増幅していることが示唆された。 4:考察 AGM領域に続いて造血の場となる胎仔肝での、著しい造血幹細胞の増殖を伴った特徴的な造血を解析する目的で、胎生肝臓細胞培養系に造血幹細胞を加えて共培養することで、大量の血球が産生されるシステムを確立した。 このAGM/胎仔肝共培養系では、AGM由来の造血幹細胞を添加して培養することで、成体マウスに移植可能な造血幹細胞を数十倍に増幅できた。これらの結果から、AGM/胎仔肝共培養系は胎仔肝で見られる特徴的な造血をin vitroで再現するものと考えられる。また、AGM由来の造血幹細胞と比較して、胎生肝臓の造血幹細胞は次第に血液細胞の産生能を低下させていたことから、造血幹細胞白体の性質が発生過程で変化してくることを示した。 このAGM造血幹細胞の増幅を支持するにはOSMの添加が必須である。一方、in vitroで胎仔肝細胞の成熟を観察できる胎仔肝初代培養系において、CD45+細胞が産生するOSMは肝細胞の成熟に必須である。したがって、造血細胞と肝細胞とはOSMを介した相互作用によって互いに成熟していくことが考えられる(図6)。 成体型造血幹細胞はAGM領域においてヘマンジオブラストから分化する。その後、胎生肝臓をへて最終的に骨髄へと造血幹細胞は移行していくが、その間の変化は明らかでない。本研究では、共培養系においてAGM由来及び胎生肝臓由来の造血幹細胞の血球生産能の変化を確認しているが、ここで用いているAGM由来造血幹細胞にはヘマンジオブラストも含まれており、この共培養系ではヘマンジオブラストから造血幹細胞への分化も行われている可能性が強い。 以上のように、本研究で確立したAGM/胎仔肝共培養系は、成体型造血幹細胞と造血系の発生初期段階及び造血環境から代謝臓器へ移行する肝細胞の変化をin vitroで観察するユニークなシステムであり、これらの過程を分子レベルで解析するための有効なツールと考えられる。 図1:マウス胎仔における造血部位の移行 実線は造血前駆細胞の移行を示し、破線は血球の産生を示す。 図2:胎生10日マウス胎仔の造血部位 この時期では、成体型造血幹細胞はAGM領域にのみ認められる。 図3:培養系 図4:AGM分散培養系及び胎仔肝共培養系における血液細胞の産生 図5:AGM由来造血幹細胞による骨髄造血再建活性の検討 A:各培養条件における移植後2ヶ月での末梢血への寄与,B:移植後6ケ月間の末梢血への寄与 図6:胎仔肝における造血幹細胞と肝細胞の相互作用モデル | |
審査要旨 | 本研究では、成体型造血幹細胞のAGM領域における発生と、その直後の胎仔肝における造血幹細胞の増殖・分化・成熟機構を解明する目的として、以下の二つの初代分散培養系を確立している。 1:AGM分散培養系 成体型造血幹細胞の発生部位であるAGM領域での造血を解析する目的で、胎生11.5日のAGM領域を分離し、分散培養するAGM分散培養系を作製した。 2:AGM/胎仔肝共培養系 胎仔肝での造血を再現する目的で、胎生14.5日胎仔肝由来細胞を造血支持細胞として、胎生11.5日AGM由来造血幹細胞との共培養系(AGM/胎仔肝共培養系)を確立した。 これらの培養系において産生された血液細胞の性状を、フローサイトメトリー、in vitroコロニー形成法によって解析した。さらに培養で産生された血液細胞を放射線照射したマウスに移植して造血幹細胞活性を検討し、以下の結果を得ている。 1:造血支持環境の比較 AGM領域の造血幹細胞からの血液細胞の産生を比較すると、胎生14.5日の胎仔肝を支持細胞としたAGM/胎仔肝共培養系がAGM領域の細胞を支持細胞とするAGM培養系より多くの血液細胞を産生できた。 さらにサイトカイン要求性を検討したところ、これら二つの培養系でStem cell factor(SCF)は造血に必須であった。またインターロイキン6ファミリーに属するサイトカインであるオンコスタチンM(○SM)は、AGM分散培養系では造血に必須であったが、AGM/胎仔肝共培養系では造血促進効果があるものの必須ではなかった。 2:造血幹細胞の比較 胎生14.5日の胎仔肝を造血支持細胞として、胎生11.5日AGM,胎生14.5日及び18.5日の胎仔肝由来の造血幹細胞を共培養し、産生される血液細胞の総数を比較した。共培養系において、胎生14.5日及び胎生18.5日胎仔肝由来の造血幹細胞からも血液細胞を産生したが、胎生11.5日AGM由来造血幹細胞より産生量ははるかに低く、胎生18.5日胎仔肝由来造血幹細胞は胎生14.5日よりさらに低かった。また、AGM由来造血幹細胞からの造血には強い促進効果のあったOSMは、胎仔肝由来の造血幹細胞からの造血には抑制的に働いた。このことから、AGM由来造血幹細胞と胎仔肝由来造血幹細胞では明らかに質的な相違があると考えられた。また、発生過程が進むにしたがって、血液細胞の産生能は低下していくことが明らかとなった。 3:培養系における造血幹細胞の増幅 これらの培養系で産生される血液細胞を放射線照射マウスに移植して骨髄再構築能を検討した。OSMは移植可能な造血前駆細胞の支持・増殖に必須であった。AGM培養系由来の細胞を移植したマウスでは次第に末梢血におけるドナー細胞率が低下したのに対して、OSMを添加したAGM/胎仔肝共培養系由来の細胞を移植したマウスでは5ヶ月間に渡って高いドナー細胞率を維持した。AGM細胞では6胎児相当を移植して、末梢血ドナー細胞率が約50%であったが、胎児2/3相当のAGM細胞をOSMを添加したAGM/胎仔肝共培養系で培養して移植するとドナー寄与率が約80%になったことから、この培養系はAGM由来の造血幹細胞を著しく増幅していることが示唆された。 以上、本論文は、これまで未知に等しかった胎生期における造血幹細胞及び造血環境の変化をin vitro培養系を用いて解析し、造血細胞と肝造血環境との相互作用によって互いに成熟していくモデルを提示している。さらに本研究のAGM/胎仔肝共培養系は、これまで極めて困難だった造血幹細胞のin vitroでの増幅を可能にしており、造血幹細胞の基礎・応用に重要な貢献をなすと考えられ、学位に授与に値するものと考えられる。 | |
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