学位論文要旨



No 215398
著者(漢字) 小林,茂俊
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,シゲトシ
標題(和) β2-マイクログロブリンおよびtransforming growth factor-β1ダブルノックアウトマウスの表現型解析
標題(洋)
報告番号 215398
報告番号 乙15398
学位授与日 2002.07.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第15398号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 助教授 岩田,力
 東京大学 助教授 北村,聖
 東京大学 講師 金森,豊
 東京大学 講師 長瀬,隆英
内容要旨 要旨を表示する

 transforming growth factor-β1(TGF-β1)は免疫系のみならず、細胞の分化増殖、細胞外基質など多方面に作用する多機能なサイトカインである。免疫系においては、主に免疫反応を抑制する方向に作用する。炎症細胞の動員、リンパ球の活性化、マクロファージの機能の調節、内皮細胞、単球、リンパ球による接着分子の発現などに関与し、自己免疫や炎症の進行、終結に際し重要な役割をになっていると考えられている。

 TGF-β1の機能を解明するため、1992-3年に相次いでジーンターゲティング法によってTGF-β1のノックアウトマウス(TGF-β1-/-マウス)が作製された。このマウスはきわめて複雑な病像を示し、最終的には死に至る。TGF-β1-/-マウスの50%以上は子宮内死亡するが、死亡せずに出生した場合は、生後7日ごろより、MHCクラスIおよびクラスII分子の発現の増大、白血球の血管内皮への接着能の亢進とともに全身の炎症が出現し、特に心、肺、唾液腺、脳への炎症細胞の浸潤をみる。また、血清中の抗核抗体などの自己抗体の増加、腎臓への免疫複合体の沈着などの自己免疫が出現する。さらに、末梢血中の顆粒球や単球が増加し、髄外造血を認めるなど、骨髄球系の造血が亢進する。このマウスにみられる症状が自己免疫疾患にみられる症状と類似していることから、自己免疫疾患の動物モデルとしても有用であると考えられている。

 このマウスが呈する複雑な病態にアプローチするために、私はTGF-β-/-マウスの表現型に関与す.る因子の中でも、特にMHCクラスI分子に注目した。前述のようにTGF-β1-/-マウスではMHCクラスIおよびクラスII分子の発現が増大している。この発現量の増加は炎症が始まる前より観察され、TGF-β1-/-マウスにおける自己免疫と炎症の進展において何らかの役割を果たしていると思われていた。TGF-β1とMHCクラスII分子の関係については、TGF-β1とMHCクラスII分子のダブルノックアウトマウスにおいて検討され、炎症細胞の浸潤、自己抗体、腎糸球体への免疫複合体の沈着が認められないこと、一方で、進行性の髄外造血、骨髄系細胞の過形成が炎症の欠如にも関わらず認められることが報告されている。今回、私はMHCクラスI分子のTGF-β1-/-マウスの病態に対する関与を検討するため、MHCクラスI抗原の発現を欠くβ2-マイクログロブリン(β2M)のノックアウトマウスとTGF-β1+/-マウス(ヘテロマウス)を交配し、MHCクラスI分子の発現を欠いたTGF-β1-/-マウス(TGF-β1-/-;β2M-/-マウス)を作製した。

 本研究では、このダブルノックアウトマウスの生存期間や体重変化の検討、病理学的検討、MHCクラスIImRNA発現のノーザンブロット法による解析、フローサイトメトリーによるポピュレーションの解析、ELISA法による血清中の自己抗体の測定、免疫組織染色による腎臓の免疫複合体沈着の検討などを行った。さらに、MHCクラスI抗原はCD8+T細胞の正常発生に必要であるためこのマウスではCD8+T細胞が欠如しているが、CD8+T細胞のTGF-β1-/-マウスの表現型に対する影響を検討するため、抗CD8抗体を用いてTGF-β1-/-マウスからCD8+T細胞を除去し、予後におよぼす影響について検討した。

 TGF-β1-/-;β2M-/-マウスでは、TGF-β1-/-マウスに比し症状が軽減し、生存期間が延長した。TGF-β1-/-マウスは4週までに全例が死亡するが、TGF-β1-/-;β2M-/-マウスは4週目も多くが生存し、最高18週まで生存した。TGF-β1-/-;β2M-/-マウスの各組織での炎症の程度はTGF-β1-/-マウスに比し著明に減弱していたが、この傾向は特に心で強く、Mac-2抗原陽性のマクロファージの浸潤が著明に減少していた。TGF-β1-/-;β2M-/-マウスではMHCクラスII分子の発現も低下しており、全身の炎症反応の低下をさらに裏付ける結果となった。血清中の自己抗体の検出頻度はTGF-β1-/-マウスに比し低く腎糸球糸への免疫複合体沈着の頻度は低下しており、自己免疫反応の減弱もダブルノックアウトマウスの予後が改善される一因であることが示唆された。炎症の軽減にもかかわらず、骨髄系細胞の造血亢進、胸腺でのCD8+T細胞の減少が認められたが、これらはTGF-β1-/-マウスにも認められる現象であることから、TGF-β1の欠如によるプライマリーな表現型であると思われた。さらに、CD8+T細胞を選択的に除去したTGF-β1マウスでは臨床症状が軽減し、平均生存期間の延長が認められた。

 以上の結果と文献的考察から、MHCクラスI分子、CD8+T細胞、そしてMHCクラスI分子-CD8+T細胞相互作用が、TGF-β1-/-マウスにおける主病態である炎症、自己免疫の進展に深く関与していることが示唆された。今後、TGF-β1というサイトカインが、特にMHC分子と関連して自己免疫疾患にいかに関与するかを解析する上で、TGF-β1-/-;β2M-/-マウスは貴重なモデルになりえると思われた。

審査要旨 要旨を表示する

 transfoming growth factor-β1(TGF-β1)は、多機能なサイトカインで、自己免疫疾患をはじめさまざまな疾患に関与するため、その機能の解明は病態の理解や疾病の治療に役立つと考えられる。TGF-β1の発現を欠くTGF-β1ノックアウトマウス(TGF-β1-/-マウス)の表現型を解析することはTGF一β1の機能を知る上で有力なアプローチの一つであると思われる。本研究は、TGF-β1-/-マウスの病態を解析するにあたり、特にMHCクラスI分子の役割に注目し、TGF-β1と同時にMHCクラスI分子の発現を欠くダブルノックアウトマウス(TGF-β1-/-;β2M-/-マウス)を作製、その表現型を検討し、以下の結果を得ている。

 1.TGF-β1-/-;β2M-/-マウスは、TGF-β1-/-マウスに比し症状が軽減し、生存期間が延長することが示された。TGF-β1-/-マウスは4週までに全例が死亡するが、TGF-β1-/-;β2M-/-マウスは4週目も多くが生存し、最高18週まで生存した。

 2.病理学的検討により、TGF-β1-/-;β2M-/-マウスの各組織での炎症の程度がTGF-β1-/-マウスに比し著明に減弱していること、そのために予後が改善された可能性があることが示された。

 3.全身の炎症反応の減弱については、MHCクラスIIのmRNAの発現が各臓器で低下していることを示すことによって、さらに裏付けられた。

 4.血清中の自己抗体の検出頻度がTGF-β1-/-マウスに比し低いこと、腎糸球体への免疫複合体沈着の頻度が低下していることから、自己免疫反応の減弱がダブルノックアウトマウスの予後が改善される一因である可能佳が示された。

 5.ダブルノックアウトマウスではCD8+T細胞が欠如している。そこで、TGF-β1-/-マウスの病態に対するCD8+T細胞の関与について検討するため、抗CD8モノクローナル抗体を用いTGF-β1-/-マウスからCD8+T細胞を選択的に除去し、ダブルノックアウトマウスと同様の状態をつくりだした。その結果、臨床症状の軽減、平均生存期間の延長が認められることが示され、CD8+T細胞がTGF-β1-/-マウスの病態に深く関与していることが示された。

 6.炎症の軽減にもかかわらず、顆粒球系細胞の造血亢進が認められたが、これらはTGF-β1-/-マウスにも認められる現象であることから、TGF-β1の欠如によるプライマリーな表現型である可能性が示された。

 以上、本論文は、MHCクラスI分子、CD8+T細胞、そしてMHCクラスI分子-CD8+T細胞相互作用が、TGF-β1-/-マウスにおける主病態である炎症、自己免疫の進展に深く関与していることを示した。本研究は、TGF-β1の機能解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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