学位論文要旨



No 215401
著者(漢字) 牧,剛史
著者(英字)
著者(カナ) マキ,タケシ
標題(和) 地盤中における鉄筋コンクリート杭の復元力特性と性能評価手法に関する研究
標題(洋)
報告番号 215401
報告番号 乙15401
学位授与日 2002.07.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15401号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 教授 龍岡,文夫
 東京大学 教授 小長井,一男
 東京大学 助教授 阿部,雅人
 東京大学 助教授 安,雪暉
内容要旨 要旨を表示する

 あらゆる地上構造物は何らかの形で基礎によって支持されている。従来,基礎構造物は過度の非線形を生じさせないような設計体系が採用されてきた。しかしながら,1995年の兵庫県南部地震において,基礎杭が損傷を受けたものも少なからず見受けられた。性能照査型耐震設計への移行も相まって,地震動の入口ともなる基礎構造物の挙動を正確に評価しうる手法の必要性が高まっており,杭基礎の大変形領域における挙動や,高変動軸力下における挙動を正確に把握しようとする動向が近年急速に進みつつある。本研究は,地盤中における杭の大変形領域における復元力特性と変形性状を明らかにし,これを精度良く追跡しうる解析手法の確立を念頭に置いて,従来手法(骨組みモデル)および詳細解析手法(3D-FEM)の評価を行うことを第1の目的とし,後者の詳細解析手法を杭の耐震設計に運用する際の適用性について,その精度と安全余裕度の点から定量的評価を行うことを第2の目的とする。すなわち,当該構造解析手法を耐震性能照査に適用する道筋をつけることを最終目標とするものである。

 まず,地盤中における杭体の変形やそれに伴う杭頭復元力が,地盤条件や杭体諸元などの条件に応じて,どのような変動特性を示すのかといった観点から,特に高非線形領域における性状を把握するために,従来行われてきた杭頭載荷レベル(杭径の数10%程度)を大きく上回る変位レベル(杭径の90〜100%程度)までを包含した静的正負交番載荷実験および動的正弦波載荷実験を行った。その結果,杭体に作用する地盤反力特性について,本実験で設定した緩詰め地盤では紡錘型,密詰め地盤ではスリップ型に近い履歴特性が観察された。この現象は,杭体-地盤界面における土圧がゼロ付近まで急激に低下することに起因する。また,Fig.1に示すように,杭体の損傷が最も大きくなる位置(最大損傷深さ)は系の相対剛性に依存し,杭体の剛性が地盤に対して相対的に大きくなると,最大損傷位置は地表面から深い方向ヘシフトすることが明らかとなった。さらに,Fig.2に示すような力の伝達メカニズムに最大損傷深さを考慮することにより,杭頭復元力を精度良く推定出来ることを示した。以上より,杭体に生じる最大損傷深さが,杭体と地盤との相互作用を顕著に表す指標であることが明らかになると共に,これを精度良く推定することの重要性を示した。

 次に,杭基礎の設計および性能照査に従来用いられてきた骨組み解析手法を用いて,上記の実験に対する再現性について検討した。地盤反力特性に完全弾塑性型の骨格曲線を規定した解析が,杭頭復元力を過小評価することから,杭体の繰り返し変形履歴に伴う付加的な地盤反力を考慮することが必要であると言える。また,2種類の拘束圧算定法による解析結果から,地盤の3次元初期応力状態を忠実にパラメータへ反映させることの重要性を示した。さらに,地盤反力モデルの履歴特性を変化させ,系の減衰特性に着目した検討の結果,減衰特性の推定精度が杭体の変形レベルに応じて変化することが示された。以上の結果から当該手法を適用するに際しては,各種の局所的な現象を巨視的に考慮した地盤反力特性の設定が必要であることが示された。

 上述したように,従来の骨組み解析手法(マクロモデル)によって,系の挙動を「精度良く」把握するためには,その力学モデルやパラメータの設定に何らかの巨視的な判断を必要とする。そこで,鉄筋コンクリートの構成材料であるコンクリートと鉄筋の厳密な材料モデルに立脚したファイバーモデルと,地盤材料の非線形性を考慮した立体要素に基づいた3次元有限要素解析コードCOM3(ミクロモデル)による解析的検討を行った。このような詳細解析手法は,局所的な応力状態を力学的に明確なモデルによって再現可能であるという利点を有している。本研究においては,前述した実験結果の再現性について検討すると共に,特に杭体背面の主働土圧がほぼゼロとなる現象(以下,この現象を「界面剥離」と称する)や初期受働土圧,杭体近傍地盤の締め固めといった局所的な現象を界面モデルに取り込むことによって,これらが杭体の挙動に及ぼす影響について考察を行った。Fig.3に示すように,杭体降伏以前の比較的低い変位レベルにおいては,当該解析手法の適用性が確認された。しかしながら,降伏以後の大変形領域については,地盤ひずみレベルの増大と共に推定精度が低下することが明らかとなった。また,杭体-地盤間の界面剥離現象が及ぼす影響に特化して,地盤条件と杭体諸元を種々に変化させたパラメトリック解析を行った結果,地盤中におけるRC単杭の杭頭復元力特性はFig.4のように杭体断面特性と最大損傷深さによって一意的に決定されるという,Fig.2の仮説を裏付ける結果を得た。界面剥離などの局所的な挙動は最大損傷深さのみに反映され,その結果として杭頭復元力特性が変化するというメカニズムが解析的に明らかとなった。

 以上の解析結果をふまえ,当該手法を杭基礎の耐震性能照査手法として運用する際に,構造モデル化上の誤差に対する安全係数として見込むべき数値,すなわち構造解析係数を具体的に提示することを試みた。耐震性能Iにおける応答変位に対する構造解析係数は,界面剥離や締め固め等の局所的な挙動を考慮することによって1.0へ近づくことが明らかとなった。また,耐震性能IIにおいて,杭体に発生する応答せん断力に対する構造解析係数は,設計上の許容塑性率に応じて変動するが,界面の局所挙動を考慮することによって総じて危険側へ遷移し,最大1.5程度まで増大する。しかしながら,応答変位については局所挙動を考慮することで逆に安全側へ遷移し,ほぼ1.0程度と出来ることが示された。以上,杭基礎に要求される各耐震性能に対して,本解析手法を性能照査に適用する際の安全係数を,照査項目毎に提案した。

Fig.1:最大損傷深さの変化

Fig.2:杭-地盤間の力の伝達メカニズム

Fig.3:杭頭復元力-変位骨格曲線の例

Fig.4:最大損傷深さと杭頭降伏変位および降伏荷重の関係

審査要旨 要旨を表示する

 社会基盤施設や建築物を支える基礎構造の設計においては従来,大地震時においても過度の非線形性を生じさせないような耐震設計体系が採用されてきた。しかし,性能照査型設計への移行も相まって,杭基礎の大変形領域における挙動を正確に予測することで,より合理的な耐震設計の開発に関心が高まりつつある。本研究は,鉄筋コンクリート構造物全体系の性能照査型耐震設計法の確立を見据え,RC杭-地盤系の復元力特性と変形性状を明らかにすると共に,応答特性を合理的に予測する照査技術の開発を目指すものである。

 第1章は序論であり,性能照査型設計への移行を念頭に置き,杭基礎の地震時応答特性のモデル化に関する現状と課題について記述し,構造全体系の耐震設計と基礎の性能評価との関連について整理すると共に,本研究の目的とその意義および方法について論じるものである。

 第2章では,杭基礎およびそれによって支持される構造物全体系の応答評価に関する既往の解析的・実験的研究を,構造力学的見地および地盤力学的見地から概観している。さらに,国内の現行耐震設計基準3例について,これを杭基礎の耐震設計法として適用する際のポイントと差異について纏めたものである。

 第3章は,地盤中における単杭の静的・動的復元力特性と変形性状に関する載荷実験についてとり纏めたものである。地盤条件や杭体諸元などのマクロな条件が杭の復元力特性に及ぼす影響の観点から,高非線形領域における応答特性を把握することを目的としており,併せて構造応答を正確に予測する構造解析システムの構築・検証のための実測データを得ることを目的とした。杭頭水平荷重を受ける杭体に生じる最大損傷深さが,杭体と地盤との相対剛性に応じて移行する傾向を実験的に明らかにし,最大損傷深さが杭-地盤間の相互作用を顕著に代表する指標であることを明確に示している。従来行われてきた杭の載荷実験とは異なり,実杭の条件を再現することを前提としながらも,後の解析的検討において不明瞭な条件設定とならないように配慮している点が,本実験的検討の特徴である。

 第4章では,従来杭基礎の設計および性能照査に用いられてきた骨組み解析手法(マクロモデル)を用いて,第3章で行った実験に対する再現性について検討を行うものである。実設計では,マクロモデルが適用されるケースが多いと予想される点に配慮し,現状の技術レベルと本研究の主題であるミクロモデルに基づく手法との橋渡しをするものである。本章で従来型の照査技術の守備範囲が明示されることによって,材料非線形性に立脚したミクロモデルによる照査技術との差異を明らかにした。

 第5章は,3次元有限要素解析(ミクロモデル)を用いて,第3章で行った実験結果の再現性について検討を行っている。鉄筋コンクリートの構成材料であるコンクリートと鉄筋の履歴依存型材料構成則に立脚した線材要素(ファイバーモデル)と,地盤材料の非線形性を考慮した立体要素によって解析対象をモデル化し,特に杭-地盤間の界面剥離や初期受働土圧,杭体近傍の締め固めといった局所的な非線形現象を,杭体要素と地盤要素間に設置した界面要素に取り込むことによって,これらの現象が杭体の挙動に及ぼす影響について考察するものである。当該解析手法の適用性は低変位レベルにおいてはある程度確認されたものの,大変形領域については地盤ひずみレベルの増大と共に推定精度が低下する。また,杭頭降伏変位および降伏荷重は杭体の軸方向鉄筋比と最大損傷深さによって一意的に決定されることが解析的に明らかとなった。さらに,同等の履歴依存型構成則を導入した鉄筋コンクリートの3次元立体要素に基づく解析を併せて実施し,杭体周辺における地盤応力分布を比較検討することによって,抗体を線材要素でモデル化することによる問題点を明らかにし,解析自由度を縮退した解析モデルによる照査システムについて提案を行っている。

 第6章では,第5章の解析結果をふまえ,当該3次元解析を用い,杭体を線材でモデル化することによって耐震性能照査を行う際に構造モデル化上の誤差に対する安全係数として見込むべき構造解析係数を,耐震性能毎に具体的に提示している。併せて,杭体近傍の非線形局所挙動が及ぼす影響を定量的に評価した。耐震性能1,2共に,応答変位はおおよそ安全側に評価され,その際に適用する構造解析係数は1.1〜1.0となる一方,耐震性能2において,杭体に生じる応答せん断力は総じて危険側評価となり,構造解析係数を1.5〜1.3程度に設定するのが適切であることを示した。

 鉄筋コンクリート構造物の耐震性能照査技術レベルの向上および照査技術の評価という点で,既設構造物の耐震性能診断のみならず,新設構造物の耐震設計に対しても貢献するところが大きい。よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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