学位論文要旨



No 215402
著者(漢字) 増山,篤
著者(英字)
著者(カナ) マスヤマ,アツシ
標題(和) 空間的事象の構造的類似性を捉える位相的方法に関する研究
標題(洋)
報告番号 215402
報告番号 乙15402
学位授与日 2002.07.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15402号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡部,篤行
 東京大学 教授 小出,治
 東京大学 教授 柴崎,亮介
 東京大学 教授 浅見,泰司
 東京大学 助教授 貞広,幸雄
内容要旨 要旨を表示する

 この論文は,空間的事象の位相的特徴を抽出し,それを比較することで,その構造的類似性を客観的に判断する方法を提案するものである.また,その計算機上への実装法を開発し,さらに,実際のデータヘの適用を通じて,その有効性を検証するものである.

 空間的事象を理解するプロセスは,そこで深めていく理解の程度と理解における客観性の高さに応じて,視覚化,特徴や構造の記述,数理的手段による客観的判断という三つの段階を行き来することだと考えることができる。

 この三段階のうち,第二段階における代表的な方法としては,空間的要約,空間的ズーミング,位相幾何学を援用した方法がある.これらのうち,位相幾何学を援用した方法に関して詳しくみると,そこで抽出される特徴や構造には,主立ったものとして,二次元平面オブジェクト間に接続関係を与えたグラフ,二つの空間オブジェクトの共通部分集合に着目した位相的空間関係,連続的関数の位相的特徴の三種類がある.

 この三種類の中でも,グラフとして記述された空間的事象の構造に関しては,数値的指標等を用いて判断する方法が数多く提案され,利用されている.しかしながら,連続的関数の位相的特徴については,それを利用し,客観的判断段階へと進んでいくための方法に関する既存研究は極めて少ない.

 この論文では,連続量の空間的・時間的変化を記録したデータを通じて空間的事象に関する客観的判断段階において,連続的変換に対する不変な特徴-すなわち,位相的特徴-を有効に利用しうる三つの具体的場面を見出し,それぞれの場面に対する位相的方法の提案,計算アルゴリズムの開発,実証的適用を通じた有効性の検証を行う.

 本論文は,全部で五つの章からなる.

 第一章「序」では,既存研究のレビューを行い,この研究の位置づけを与え,本論文が取り組む研究テーマの概略について述べる.

 第二章「時系列曲線のロバストな分析方法」では,一変数関数的変化を表す曲線の位相的特徴を用いた探索的な時系列分析方法を提案および適用を行う.

 近年,リモートセンシングを始めとする観測技術の発達により,膨大な時系列データが取得されるようになった.しかし,そこでの観測値は必ずしも信頼できない.真の値が何らかの連続的変換によって歪められ,それが観測値となっている場合が多々ある.このとき,取得された連続量の時系列変化がなす-変数関数(以下,時系列曲線)に対し,従来の分析方法を適用することは必ずしも適切ではない.分析結果が観測値に生じた歪みに引きずられ,分析者を誤った結論に導きかねないためである.

 あくまで従来の方法を用いるためには,データの補正を行う必要がある.しかし,データの補正はコストのかかる作業であり,今日の時系列データの膨大さには対応し得ない.そこで,時系列曲線の位相的特徴を用い,データの歪みに影響されることなく,特徴的パターンを抽出する探索的方法を提案する.

 まず,連続かつ二階微分可能な時系列曲線上の各点の微分に基づく局所的性質を定義する.そして,これが,時間軸(定義域)や観測値軸(値域)の連続的変換に対して不変であることを示す.この局所的性質を用いて,これら連続的変換に対して不変な時系列曲線の大局的な位相的特徴を導く.さらに,時系列曲線に対し,微少な変動や攪乱の影響を取り除くスムージング手続きを導入する.

 次に,有限個の観測値列からなる時系列データについても,同様の局所的性質が定義でき,適切なアルゴリズムによって,その大局的特徴の抽出,スムージングが実行可能であることを示す.その後,計算機実験から,このアルゴリズムの平均計算時間を導く.以上のようにして求められる時系列曲線の大局的特徴に基づき,二つの時系列曲線の位相的類似度指標を提案し,また,大局的特徴に基づく位相的分類方法を提案する.

 最後に,これらの方法を,ペルシア湾岸地域における植生活動の変化をとらえたリモートセンシングデータヘ適用し,その結果から,実証的有効性を示す.

 第三章「二つの連続面の関係を分析する探索的方法」では,二つの連続面の量的関係の存在の可否を判別するための方法の提案および適用を行う.

 地形など二変数関数的な連続面として捉えられる空間的事象は数多い.これら連続面同士の関係を分析する方法としては,専ら,何らかの量的関係を事前に想定する分析方法が用いられてきた.典型的な方法は,回帰分析であり,連続量同士の線形関係が仮定されている.しかし,こうした分析方法は,そこで想定された量的関係からの逸脱に対応し得ない.例えば,回帰分析は,非線形な関係に対応し得ない.

 そこで,二つの連続面の位相的特徴を比較することによって,これらの間に量的関係が成り立ちうるかを調べ,その次に,量的に精緻な確証的分析に進むという手順が考えられる.この章では,まさにその前段階にあたる探索的分析方法の提案する.

 まず,連続面の質的関係を定義域の連続的変換によって二つの連続面が互いに移し替えうる関係(「空間的関係」)と値域の連続的変換によって互いに移し替えうる関係(「値の関係」)の二種類に整理する.

 次に,二つの連続面の関係が「値の関係」のみで説明されるかどうかを調べるための簡便な指標を提案する.また,「空間的関係」も考慮し,二連続面間の関係が「値の関係」と「空間的関係」で説明されることを保証するためには,領域木と呼ばれる連続面の位相的特徴を用いることができることを示す.

 領域木に関しては,メッシュデータやポイントサンプリングデータから求める方法を開発する.特に,メッシュデータに関しては,そのデータ配列の規則性を利用した簡便な計算法について述べ,その方法がメッシュ数に線型に比例する計算時間で構築できることを計算機実験結果から示す.

 さらに,分析結果の不安定さを回避するために,前章と同様に,微少なリンクを除外するスムージング手続きを導入する.

 最後に,この章で提案した分析方法を,仮想的数値例,および,東京都23区内の二酸化窒素分布の時系列変化分析に対して適用した結果を示す.

 第四章「二つの領域分割図の適合度評価と統合化の手続き」では,境界線の形状を一変数関数として記述し,第二章における位相的分析方法を拡張することで,二つの境界線形状の質的同一性を評価する方法の提案および適用を行う.

 近年,多数のデータ作成主体によって,一つの領域をいくつもの小領域に分割した状態を記録したベクトルデータ(領域分割図)が作成されている.そのため,本来同一であるべき領域分割図が複数存在するという状況が発生する.ところが,往々にして,これらを構成する境界線の間には相違が生じている.この相違が甚だしい場合には,いずれのデータの信頼性も疑わしい,それゆえ,その相違を評価する必要が生じる.

 従来,一致すべき境界線のずれを評価する方法としては,片方の境界線から発生させたバッファーを用い,その中に含まれる他方の長さを求めるという方法が主として用いられてきた.しかし,この方法では,境界線形状の大局的構造における左右への折れ曲がり方が異なるという質的相違を検出できない.境界線上の点から端点までの道のりの距離を変数,その点での曲率を関数値として得られる一変数関数を通じて境界線形状を見れば,この関数において位相的特徴が異なっている.この相違はデータ作成時における致命的エラー等を意味していると考えられ,見逃すべきではない.

 この章では,まず,ファイル形式の統一,図郭線の除去,名称リストのチェックおよび修正,といった前処理手続きを行う.また,これらの前処理手続きにおいて生じうるエラーのタイプを整理し,それぞれに対する対処法を示す.

 この後,領域分割図における境界線の作るネットワークにおいて,リンクの対応付けを行い,評価の対象となる境界線のペアを見出す.

 対応付けられた境界線に対し,以下の手順に従って,質的同一性評価を行う.まず,境界線を等間隔に並んだ点列で近似する.次に,この点列に対して複素数列の離散フーリエ変換を適用することによって,デジタイジング精度の違いなどに起因する粗さの違いを操作し,境界線の骨格を抽出する方法について述べる.最後に,二つの骨格が質的に同一であることを,その上の特徴的な点(以下,特質点)の数が同じであり,また,左右への折れ曲がり方も一致することと定義する.このように定義を行うと,骨格の質的同一性を判定するためには,骨格における各バーテックスの折れ曲がり角度の列がなす折れ線の大局的特徴を比べればよく,また,その比較は,第二章における位相的分析方法の拡張によって可能であることを示す.

 質的に同一な境界線については,その特質点の組を用いて,回転,拡大・縮小,平行移動とった量的空間関係を調べる方法について考える.

 これら一連の手続きは,世田谷区および新宿区の町丁目界を記録した領域分割図データに適用し,その結果から,この手続きの妥当性を示す.

 一方,特質点抽出に関しては,必ずしも曲率関数の位相的特徴によらない方法も試み,それと先の位相的方法との比較を行った.具体的には,境界線の直線的部分毎に主成分直線をあてはめ,その継ぎ目から特質点を抽出するという方法を用い,世田谷区および新宿区に対して適用を行った.その結果,やはり曲率関数の位相的特徴を用いた方法に利点が多いことが明らかになった.

 第五章「結語」では,第二章から第四章における本論文の成果のまとめ,また,今後の課題について述べた.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,空間的事象の位相的特徴を抽出し,それを空間的事象間で比較することによって,それらの構造的類似性を判断する方法の提案および適用を行ったものである.

 近年,電子化された空間的データが豊富に作成され,また,それを計算機上で取り扱う地理情報システムが発達し,空間的データに対する様々な操作が容易になっている.そこで,空間的事象の理解において,単に人間の目で読み取るだけではなく,その特徴を記述し,それに基づいて客観的判断を下すという方法も実行可能となってきている.本論文で提案した方法は,空間的事象の特徴の記述において位相幾何学を援用することによって,データの歪みの影響をあまり受けることなく客観的判断を行うことを可能にした.

 本論文は五つの章からなっている.第一章では,空間的事象の特徴を記述する方法とその特徴を用いた客観的判断方法に関する既存研究のレビューが行われている.その結果,連続量の時間的・空間的変動を記録したデータの位相的特徴を用いた客観的判断方法に関する研究が不十分であるにも関わらず,そのような方法が求められる実用上の要請があることが示され,本論文はまさにその空白を埋めるものである.

 第二章では,連続量の時系列変化(「時系列曲線」)から,データ品質の低下に影響されることなく,特徴的パターンを探り出す分析方法が提案されている.

 まず,時系列曲線上のピーク,ボトムのシークエンスという位相的特徴が,観測機器の劣化等に起因するデータ品質の低下に対して頑健であることが示されている.また,その他の原因による微少誤差が分析結果に及ぼす影響を取り除くスムージング手続きが提案されている.そして,離散的な観測値の列から,位相的特徴の抽出およびスムージングを行う計算法を開発し,実用的な計算時間で実行可能であることが示されている.

 以上の準備の後,二つの分析方法が提案されている.まず,固定されたスムージングパラメータを用い,スムージング後の大局的特徴が一致する時系列曲線同士を同一カテゴリーにまとめる位相的分類方法が提案されている.次に,スムージングパラメータを可変とした時系列曲線間の位相的類似度の提案が行われている.

 この後,リモートセンシング衛星によって取得された正規化植生指標の季節変動への適用が行われている.その結果通常のクラスター分析法においては検出されない二峰性の季節変動パターンが検出され,また,実際の土地被覆変化によく符合する特徴的パターンを抽出されるなどの実証的有効性が示されている.

 第三章では,連続面同士の量的関係に関するモデルの構築に先立つ探索的分析方法の提案が行われている.

 これまでも連続面間の関係を分析する方法はいくつも提案されてきた.しかし,そのいずれもが,どのような関係を分析するのか曖昧であるか,あるいは,そこで想定されている量的関係が極端に限定的なものであるといった欠点を有していた.この欠点を取り除くべく,当章では,値域あるいは定義域の連続的変換によって互いに移し替えうる連続面をすべて同一視することによって,量的関係が成立しうる連続面のみを篩い分ける方法が提案されている.

 まず,この目的のために,等高線の入れ子関係によって決まる領域木という連続面の位相的特徴が利用できることが示されている.次に,領域木の位相構造と特異点(ピーク,ボトム,コル)が取る値を調べることで,連続面間に量的関係が成立するかどうかを判定する方法が述べられている.そして,実際の連続面データから領域木を構築するための計算アルゴリズムも開発されている.

 提案された分析方法は,東京二十三区における窒素酸化物分布の時系列変化に対する適用され,エネルギー消費密度の代理指標としての人口密度の時間的・空間的変動と一致するという結果が得られている.

 第四章では,複数のデータ作成主体によって作成された領域分割図データに生じた相違を検出し,そこで検出された相違を解消するための一連のプロセスが提案されている.

 まず,ファイル形式,図郭線,ポリゴン名称リスト,境界線のなすネットワーク,ポリゴン間隣接関係の順に,相違の検出と解消を行う方法が述べられる.これらの段階の後,二つの領域分割図間において対応関係にある境界線のペアが得られる.

 一般に,これらのペアに関しては,データ作成者やスケールの違いに起因し,それぞれの境界線の粗さが異なる.そこで,この粗さの相違が不明な場合であっても,同一レベルで比較を行えるように,複素数列のフーリエ変換を用い,それぞれの境界線の骨格を抽出する方法が提案されている.このように抽出された骨格に関し,ペアとなった境界線間でそれらの大局的構造が質的に同一となるかどうかの判定を,骨格を構成する頂点における折れ曲がり角度の列に対して第二章の位相的分析方法を拡張した方法を用いることによって可能としている.

 質的に同一と判定された境界線については,複素数回帰分析と呼ばれる方法によってそれらの位置的相違を調べる方法が提案され,また,この方法の長短についても論じられている.

 ここで提案された一連の手続きは,国土地理院と総務庁統計局によって作成された行政界データに適用され,その結果,人間の眼では捉えにくい相違が検出されるという結果が得られている.

 第五章では,本論文の成果がまとめられ,今後の研究の方向性が示されている.

 以上のように,本論文は斬新かつ実用的な方法を開発し学術的に大きく貢献しており,よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク