学位論文要旨



No 215403
著者(漢字) 服部,渉
著者(英字)
著者(カナ) ハットリ,ワタル
標題(和) 高温超伝導コプレーナ伝送線路とその応用
標題(洋)
報告番号 215403
報告番号 乙15403
学位授与日 2002.07.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15403号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡部,洋一
 東京大学 教授 ��野,忠
 東京大学 教授 柴田,直
 東京大学 助教授 田中,雅明
 東京大学 助教授 廣瀬,明
内容要旨 要旨を表示する

 銅酸化物高温超伝導体YBa2Cu3O7-δ(YBCO)は容易に冷却の可能な90K級の超伝導臨界温度を示し、エピタキシャル成長薄膜が容易に得られることから、薄膜デバイスヘの応用を目指した研究開発が活発に行われている。YBCO薄膜は、10GHz程度の高周波においても77Kで常伝導金属の銅と比較して二桁程度低い導体損失を示す。このYBCO薄膜のマイクロ波帯における低い表面抵抗を利用した高周波・高速デバイスは、今後の高度情報通信社会において不可欠のキーデバイスとなる可能性を秘めている。特にYBCO薄膜応用としては、この特徴を生かしたマイクロ波受動素子、特に移動体通信基地局向け受信用マイクロストリップフィルタヘの応用が盛んに研究されており、実用化に最も近いと考えられている。このような背景の下、本研究ではさらに新たなデバイスを追求すると共に応用上重要となるYBCO薄膜の超伝導特性の改善を目指した。

 YBCO薄膜の高周波特性評価においては、これまでにコプレーナ伝送線路共振器を用いた特性評価の報告が多くなされている。しかしながら、表面抵抗の劣化の要因としてはHylton等のグループの提唱した結晶粒界に超伝導の弱結合が出来ているというモデルによってのみ説明されてきた。しかしながら、特にCu組成の変化によりTcの変化が生じるようにCu組成の若干多い薄膜の高周波特性が良いことが経験的に知られていた。本研究はそのような経験則であった高周波特性のCu組成依存性を調べると共に、結晶構造変化やDC特性の変化、及び析出物との因果関係等を系統的に調べた。その結果、Cuの不足したYBCO薄膜において生じる高周波特性の劣化を含む全ての実験事実を統一的に説明できる不均一な超伝導体のモデルを提案するに至った。そして高周波表面抵抗の低いYBCO薄膜を作製するにはCu組成が不足しないようにすることが重要であることを見出した。

 さらに高品質なYBCO薄膜を使用して、現在銅配線の使用により性能の限界を迎えている高周波・高速デジタル信号を扱うMCM技術への適用を目指して、5μmまで中心導体幅を細線化したYBCOコプレーナ遅延線を開発した。本研究では析出物を含んだ高周波特性の良いYBCO薄膜を用いて、低損失で細線化されたYBCOコプレーナ遅延線を作製するプロセス技術を確立した。このプロセスはエッチバック平坦化と、細イオンミリングとウエットエッチングを組み合わせたレジストステンシルを用いたエッチングプロセスから構成される。このプロセスを用いて作製した線幅5μm、線路長18.2cmのYBCOコプレーナ遅延線は、より太い線幅の遅延線と比較しても表面抵抗の劣化は観察されなかった。またこの線路の減衰定数は10μm幅の銅のマイクロストリップラインと比較して2桁小さく、さらに石英平面光導波路と比較しても1桁小さい値を示した。さらに、耐電力特性も高速デジタル回路で必要となる5〜20mWの値とほぼ遜色ない値を示した。これらの結果は5μmまで細線化したYBCOコプレーナ遅延線や伝送線路が高密度・高速デジタル回路用のMCM配線として有用であり、現在限界を迎えている銅配線を置き換えることが可能であることを示している。

 さらに、このような高品質のYBCOコプレーナ遅延線と半導体デバイスを組み合わせることにより、高温超伝導遅延線メモリを作製した。本研究では、高温超伝導デバイスと半導体デバイスを組み合わせたハイブリッドデバイスとして、半導体デバイスの性能を凌駕することを念頭において研究を行った。その結果、今後の高度情報通信社会において不可欠のキーデバイスを開発することを目指し、ATMスイッチの高速セルバッファヘの応用を目指した高温超伝導遅延線メモリを提案し、実現した。このメモリはディレイフリップフロップゲートの信号伝搬時間より短いサイクルタイムで動作可能となる。したがって、同じ半導体デバイス技術を用いるならば、半導体メモリとして最も高速なシフトレジスタより高速に動作するという特徴を有する。この高温超伝導遅延線メモリをセルバッファとして用いることにより、シフトレジスタでバッファを構成した場合のクロック周波数の限界を超えて、10GHz以上で動作する大容量ATMスイッチを実現できる。

 第3章で開発したプロセスに従い作製した低損失で線幅10μm、線路長37cmのYBa2Cu3O7・δコプレーナ遅延線と市販のGaAs MESFET ICから構成した2×2クロスバースイッチを組み合わせて実装し、高温超伝導遅延線メモリを作製した。このメモリは温度64K、クロック10GHzで32bitのパケットを収納できるメモリとして動作した。このクロック周波数は従来報告されているいかなる半導体デバイス製のバッファメモリの動作クロック周波数よりも高い値である。このメモリ特有の動作クロック周波数マージンはメモリ容量32bit、動作温度64Kの条件下で9.78GHzを中心として±0.22GHzであった。この動作クロック周波数マージンは10-6以下の精度で厳密に周波数の管理される通信システム中で用いるには十分広い値である。また、10GHz、33bitの条件で動作する温度マージンは71.5Kを中心として±4.3Kであった。このうち、ビットエラーレートが10-13未満であるエラーフリー動作を71.5±3.5Kの温度範囲で確認した。この温度範囲は十分冷凍機で制御可能な温度範囲内にある。これらの結果は、高温超伝導遅延線メモリの実用性を示している。最後に高温超伝導遅延線メモリを用いたATMスイッチを冷却して使用した場合、消費電力の観点からも十分なメリットがあることを示した。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「高温超伝導コプレーナ伝送線路とその応用」と題し、銅酸化物高温超伝導体YBaCuOエピタキシャル成長薄膜のマイクロ波帯における低い表面抵抗を利用した高周波・高速デバイス、主にコプレーナ伝送線路を用いたデバイスの提案、作製、評価を通して高温超伝導デバイスの応用範囲を拡大することを目指して行った研究をまとめたものであり、5章により構成されている。

 第1章は「序論」であり、本研究の背景と目的、および本論文の概要と構成について述べている。

 第2章は「コプレーナ伝送線路共振器を用いたYBaCuO薄膜の高周波特性評価とそのCu組成依存性」と題し、YBaCuOエピタキシャル薄膜のレーザーアブレーション法による作製技術についてまとめている。まず、薄膜のパターニングの際問題になるBaCuO析出物の生成条件を、格子不整合の少ないSrTiO(100)基板上に作製したYBaCuO薄膜を用いてCu組成依存性の観点から評価している。また、高周波・高速デバイス応用を考慮して誘電正接の小さいMgO(100)基板上のYBaCuO薄膜において、マイクロ波帯表面抵抗のCu組成依存性をコプレーナ伝送線路共振器を用いて評価している。さらに直流電気特性と結晶構造評価を行うことにより、YBaCuO薄膜におけるCu組成依存性を説明する不均一な超伝導体モデルを提唱している。

 第3章は「高温超伝導コプレーナ遅延線」と題し、析出物を含有し、表面抵抗の低いYBaCuO薄膜を用い、主にMCM用途を目的として、低損失で細線化されたコプレーナ遅延線を作製するプロセス技術を追求している。まず、薄膜表面に突出するBaCuO析出物のエッチバックによる平坦化を考案している。さらにArイオンミリングと塩酸水溶液を用いたウエットエッチングから構成される加工プロセスを開発し、コプレーナ伝送線路側壁に生じる結晶性のダメージを防止することにより表面抵抗の劣化の観測されない、かつパターン精度、及びパターンにより決定される特性インピーダンスの精度の良い加工プロセスを実現している。その結果、5um幅まで細線化した低損失コプレーナ遅延線の作製に成功している。

 第4章は「高温超伝導遅延線メモリ」と題し、高温超伝導遅延線メモリを提案すると共に試作評価し、その高い性能と実用性を実証している。まず、ATMスイッチと高速セルバッファメモリを前提として、低減衰特性を有するYBaCuOコプレーナ伝送線路に着目し、伝送線路中を一定遅延でATMセルを周回させることによりATMスイッチ内のセルバッファメモリを実現する高温超伝導遅延線メモリを提案している。次に1Tbpsの交換容量を有するATMスイッチを想定し、必要とされるセルバッファの性能を考慮し、高温超伝導遅延線メモリを試作している。試作した高温超伝導遅延線メモリは温度64K、クロック10GHzで32bitのパケットを収納できるメモリとして動作することを確認し、半導体メモリに対する優位性を実証している。また、このメモリ特有の動作クロック周波数マージンを評価し、厳密に周波数の管理される通信システムにおいて適用可能であると結論している。

 第5章は「結論」であり、本研究の成果を要約して述べている。

 以上を要するに、本論文は銅酸化物高温超伝導体YBaCuOエピタキシャル成長薄膜のマイクロ波帯における低い表面抵抗を利用し、細線化したコプレーナ伝送線路構造を実現することにより、高度情報通信社会を担う大容量ATMスイッチを構成する上でキーデバイスとなりうる高温超伝導遅延線メモリを提案し、試作評価したものであり、高温超伝導体のデバイス応用の分野へ貢献するところ少なくない。

 よって著者は東京大学大学院工学系研究科における博士(工学)の学位論文審査に合格したものと認める。

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