学位論文要旨



No 215404
著者(漢字) 黒澤,仁
著者(英字)
著者(カナ) クロサワ,ヒトシ
標題(和) 電場内における光電離プラズマ挙動の解析
標題(洋)
報告番号 215404
報告番号 乙15404
学位授与日 2002.07.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15404号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,篤之
 東京大学 教授 田中,知
 東京大学 教授 上坂,充
 東京大学 教授 小川,雄一
 東京大学 助教授 長谷川,秀一
内容要旨 要旨を表示する

 原子法レーザーウラン濃縮においては、レーザー光の照射により励起・イオン化された235-U原子を電場により回収する。そのため拡散やドリフトによるイオンの損失を減らし効率的なイオン回収を行うためには、電場中でのイオンの挙動を把握する必要がある。

 またイオンを回収する電極の構造については、これまでは光電離プラズマの両側に陽極と陰極を平行に並べ、陰極からイオンを回収する型のものが一般的であった。これに対しイオンの回収効率を高めるため、近年陰極をプラズマの両側に2枚平行に並べ、中央上方に陽極を配置しこれによりプラズマに電位を与えて両側の陰極から回収する構造(M型電極)が提唱されている。

 そこでまず、二次元一流体モデルを用いて、電場中におけるイオンの回収挙動についての数値解析を行い、電極構造、印加電圧のイオンの回収挙動に対する影響を調べた。

 また、天然ウラン中に含まれる235-U同位体は極わずかであり、大部分は238-Uが占めている。そのため、レーザー光電離により生じたプラズマ中には235-Uイオンよりも遙かに多くの238-Uの中性原子が含まれている。このため、238-Uの中性原子と235-Uイオンとの衝突が、プラズマからのイオン回収挙動を考える上で、無視できないと考えられる。

 そこで次に、二次元一流体モデルを用いた数値解析により、238-Uの中性原子と235-Uイオンとの衝突による荷電交換がどの程度生じるかを、電極構造、プラズマ密度等のパラメーターを変えて、比較を行った。

 また、この目的のために従来行われてきた理論的・数値解析的研究においては、レーザー電離プラズマ中の電子が熱平衡状態にあるという仮定の下に、イオンの運動のみを考慮した計算が行われてきた。この場合、イオンの運動の開始時点において、すでに電子が熱平衡状態にあると考えるのである。しかしながら、電子が熱平衡状態に達する時間は、イオンの運動に要する時間に比して十分に短いとはいえず、またこのようなモデルにおいてはプラズマ空間電位を何らかの方法で別に与えなくてはならない。そしてこのプラズマ空間電位を正しく求めるためには電子の運動、特に初期における電子の運動を把握しなくてはならない。以上の点から電子の運動を考慮する必要がある。また電子の電子及びイオンとの衝突は0.1μs程度の時間で生じるため、電子の運動に対して無視し得ない影響を与えると考えられる。

 このプラズマ電位の数値自体は、従来の平衡電極構造を使用する限りにおいては、極端に大きな影響をプラズマ回収に与えるものでは無い。しかしながら、M型電極構造を採用した場合、上方へのドリフト速度の存在から、陽極とプラズマとの距離を小さく出来ず、プラズマ電位が極端に低下し、回収挙動に大きな影響を与えることが予測されるなど、プラズマ電位の形成過程を調べることは重要であると考えられる。

 そこで次に、電子とイオンの両方の運動と衝突を考慮した一次元及び二次元2流体モデルを用いて、イオン回収の初期における、定常電場中のプラズマ粒子の挙動についての数値解析を行い、プラズマ電位の形成に関する基礎的な知見を得た。

 プラズマ電位の形成はプラズマ発生直後の極短い時間に行われる。このため、初期に於ける極短時間の現象がプラズマ電位の形成に大きな影響を与えることが考えられる。プラズマを回収するための電圧の印加は、定常電場ではなく、パルス電源を用いて、プラズマの発生直後に行われるのが一般である。定常的に電圧を印加した場合、直流Stark効果により、共鳴準位の分裂、シフトが生じ、同位体の選択励起・電離の効率を低下させるためである。パルス電場を印加した場合、電圧が規定の電圧に達するまでに一定の時間がかかり、その間は概ね三角関数状に電位が上昇するが、この間にプラズマ電子の運動が生じるため、この時間の遅れがプラズマ電位の形成過程に影響を与えると考えられる。定常電場とパルス電場とを用いた場合のプラズマ電位形成挙動に関する比較を行った。

 また、イオン回収の際にプラズマ電位が高い方が効率的に回収されるが、プラズマ電位を向上させる手段として、プラズマと電極との間隔を小さくする手法を考案し、その効果を示した。

 このような数値解析を用いたプラズマ電位の計算手法には、計算に非常に時間がかかるという欠点がある。

 そこで、プラズマ電子のプラズマ振動に関してモデル化を行い、この単純化したモデルを用いてプラズマ電位を、理論的に求めた。これは、陰極からプラズマ電子が反発されることにより生じる過渡イオン鞘の厚さと、これによって電場が遮蔽されるまでに、陽極に回収されるプラズマ電子の量からプラズマ電位を計算するものである。

 以上の目的に関して数値解析を行い、得られた結果は以下の通りである。

 M型電極を用いた場合のイオン回収挙動を、数値解析によって明らかにした。平行電極構造に比べて2倍の速度でイオンを回収できることが分かった。

 235-Uプラズマ中に大量に存在する238-Uの中性原子と235-Uイオンとの衝突による荷電交換のイオン回収挙動に与える影響を、数値計算により明らかにした。密度が小さい場合には、荷電交換はほとんど生じないが、密度が大きくなると荷電交換により、無視し得ない量の238-Uイオンが生じ、このため目的とする235-Uの分離効率が低下することが示された。

 定常電場を印加した場合の、プラズマ電位の形成過程を数値解析によって明らかにした。いったん、プラズマの陽極側の電位が低く、陰極側の電位が高い反転的な分布を示し、その後プラズマ全体の電位が陽極電位に近づき、電位が上昇した後も、電子プラズマ周波数ωpeでの振動を続ける。また、印加電圧、プラズマ電子温度、プラズマ密度のプラズマ電位形成に与える影響を明らかにした。

 パルス電場を用いた場合に、電圧印加の遅れがプラズマ電位の形成に与える影響が大きい事を示した。パルス電場を用いた場合、プラズマの電位は大きな振動を伴うことなく、ゆっくりと上昇し、定常に達した後の電位は定常電場を用いた場合と比べて低下する。印加電圧やプラズマ密度といったパラメーターの効果にも大きな変化をもたらす。

 レーザー光照射領域の拡大は、パルス電場を印加した場合には、プラズマ電位を向上させないが、定常電場を用いた場合には、プラズマ電位の向上に有効であることが分かった。

 単純化したモデルを用いて、プラズマ電位を理論的に求めた。このモデルを用いた場合、定常電場中のプラズマ電位の印加電圧及びプラズマ密度への依存性が、流体モデルを用いた数値解析の結果と一致し、モデルの有効性が示された。

審査要旨 要旨を表示する

 原子法レーザー同位体分離は、有望なウラン濃縮法の一つである。この濃縮法においては、レーザー光の照射により235U原子を励起・イオン化し、生じたプラズマからイオンを電場により回収する。そのため拡散やドリフトによるイオンの損失を減らし効率的なイオン回収を行うためには、電場中でのプラズマの挙動を把握する必要がある。

 第1章は序論である。同位体分離の様々な分野に於ける応用例を列挙し、また各種の同位体分離法についての説明が述べられている。レーザー法同位体分離において、陰極をプラズマの両側に2枚平行に並べ、中央上方に陽極を配置し両側の陰極から回収する構造(M型電極)を紹介している。更に数値解析を行う場合、プラズマ電子が熱平衡状態にあるという仮定の下に、イオンの運動のみを考慮したモデルが用いられてきたことを述べている。このモデルでは、プラズマ空間電位を求めることができず、正確なプラズマ挙動の解析を行うためには、電子の運動も考慮したモデルを用いた数値解析が必要であると提案している。

 第2章では、電場中のプラズマの概要を説明し、プラズマの挙動を記述するための理論について述べている。プラズマの挙動は輸送理論により記述でき、流体近似を用いた支配方程式により数値解析が行えることを示している。プラズマ中のイオンの挙動を計算するためには、電子が熱平衡分布にあるという仮定を用いて、1流体モデルを用い、プラズマ電位を求めるためには、電子の運動をも考慮した2流体モデルを用いることを説明している。

 第3章では、2次元1流体モデルを用いた数値解析を行い、M型電極を用いた際のイオン回収挙動を従来の平行電極構造を用いた場合と回収イオン電流、イオンの空間分布について比較している。これにより平行電極構造では、プラズマの片側に置かれた陰極からのみイオンが回収されるのに対して、M型電極構造では、平行電極構造の2倍の速度でイオンが回収され、要する時間が半分になることが示されている。

 第4章では、2次元1流体モデルを用いた数値解析により、プラズマ中のイオン及び中性原子の衝突の影響を調べている。235Uプラズマ中に大量に存在する238Uの中性原子と235Uイオンとの衝突による荷電交換を、電極構造、プラズマ密度等のパラメーターをかえて比較している。これにより、密度が大きくなると荷電交換により、無視できない量の238Uイオンが生じ、このため目的とする235Uの分離効率が低下することが示されている。

 第5章では、電子の運動をも考慮した1次元2流体モデルを用いて数値解析を行い、定常電場を印加した平行電極構造中のプラズマの初期挙動とプラズマ電位の形成過程を調べている。プラズマ電子が初期において陽極側へ大きく移動する結果、プラズマの陽極側の電位が低く、陰極側の電位が高い反転的な分布を示している。また印加電圧が高く、プラズマ電子温度が高く、プラズマ密度が小さいほど、プラズマ電位が高くなることが示されている。

 第6章では、平行電極構造において1次元2流体モデルを用いて数値解析を行い、光電離プラズマの初期挙動と電位の形成に関して、定常電場を印加した場合と、パルス電場を印加した場合との比較を行っている。パルス電場と定常電場を用いた場合と比較して、プラズマ電位の振動が小さく、電位の値も低くなることを示している。また、パルス電場の場合には定常電場よりも、電子温度の電位に与える影響が大きくなるのに対して、印加電圧の影響が小さくなり、更にプラズマ密度が小さいほど電位が低くなり、二種の電場によりプラズマの初期挙動及びプラズマ電位が大きく異なることが示されている。

 第7章では、レーザー光照射領域を拡大してプラズマと電極との間の間隔を狭めるとで、プラズマ電位を向上させる手法を提案している。数値解析を行った結果、定常電場を印加した場合には、照射領域の拡大により、プラズマ電位が向上することが示されている。これに対して、パルス電場を用いた場合には、プラズマ電位は向上せず、むしろ低下することが示されている。

 第8章では、単純化したモデルを用いてプラズマ電位を、理論的に求める手法を提唱している。このモデルにおいては、陰極からプラズマ電子が反発されることにより生じる過渡イオン鞘の厚さと、これによって電場が遮蔽されるまでに、陽極に回収されるプラズマ電子の量からプラズマ電位を計算するものである。このモデルを用いた場合、定常電場中のプラズマ電位の印加電圧及びプラズマ密度外の依存性が、流体モデルを用いた数値解析の結果と一致し、モデルの有効性が示されている。

 最終章は結論であり、本論文で行われた数値解析によって示された、M型電極構造の有効性、イオンと中性原子間の荷電交換の影響、プラズマ電位の形成過程に関する成果がまとめられている。

 以上のように、本論文は流体モデルを用いた数値解析を行うことにより、原子法レーザー同位体分離において効率的なイオン回収をための分析を行い、またプラズマ電位の形成過程を明らかにしたもので、同位体分離及びプラズマ応用の進展に寄与するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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