学位論文要旨



No 215405
著者(漢字) 李,大寅
著者(英字) Li,Dayin
著者(カナ) リー,ダイン
標題(和) 砂漠緑化に伴う降雨変化のメカニズムに関する研究
標題(洋) Study on the Mechanism of the Precipitation Changes by Desert Afforestation
報告番号 215405
報告番号 乙15405
学位授与日 2002.07.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15405号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小宮山,宏
 東京大学 教授 定方,正毅
 東京大学 教授 柳澤,幸雄
 東京大学 教授 高橋,宏
 東京大学 教授 小池,俊雄
内容要旨 要旨を表示する

 地球温暖化問題の対策の一つとして、大気中のCO2を陸上に固定する方法が挙げられる。砂漠は全陸地の30%を占めるため、炭素の少ない砂漠を緑化すると大規模なCO2固定が実現できる。大規模緑化に伴う局地の気象変化を予測することは、その地域の水資源や生態系の影響を把握するためには重要な課題である。

 砂漢緑化に伴う変化は、基本的に地表面の湿度や荒さや太陽光の反射などの変化である。

 その変化によって地面のエネルギー収支が変わる。既往の研究によると、我々人間の活動による砂漢化や熱帯雨林の減少の結果、その地域の降水量は植生量の減少に伴い減少した。逆に植生量が増加すれば降水量が増加など予測されるが、そのメカニズムを究明しなければならない。本論文は、温暖化対策としての乾燥地緑化に伴う気象変動、特に降水量変化の可能性に着目し、オーストラリア南西部を例と研究を行った。緑化を表現する地表特性としての表面湿度、粗度、アルベド(albedo)および植林面積、植林・非植林地の形態などを変化させ、気象、特に降雨変化のメカニズムの検討を行なった。季節、気象条件の異なる数値実験とそれらの解析を行うことによって、緑化と気象の関係に関する情報を得ること、その結果から大規模緑化の設計に役立つ知見を抽出することを目的としている。

 第1章では、地球環境問題解決における砂漠緑化の意義について述べ、地表面の改質による気象変化の既往の研究をまとめ、本論文で採用するシステム的研究方針と目的を述べている。さらに、グローバルな大気循環と海洋の存在とから生じるオーストラリア西部の気象の特徴に基づく具体的な研究方法を説明している。

 第2章では、数値実験で用いるスペクトル・メンスケール・モデルとその特徴及び本研究で用いることの妥当性について述べている。初期条件と境界条件のデータを実際の条件に近づけるため、二段階で行なうシミュレーションの方法を提案している。

 第3章では、第一段階で簡易な初期条件と境界条件を用いて、様々な地面条件を想定し、シミュレーションを行って、改質前後の地表面の変化と、改質地域の規模の気象、特に降雨への影響を検討した。200km四方以上の植林規模であれば、気象への効果が期待できることを明らかにしている。

 第4章では、全球解析データを第一段階の初期条件と境界条件として用い、夏の降水日の典型的なケースを選択し、シミュレーションを行っている。500km四方の緑化を行った場合、降水量は蒸発水分の増大を越え、ほぼ2倍に増大するという興味深い例があることとを明らかにしている。この降水増大の機構は、植林地帯からの蒸散で生じた雲と上昇気流が、海洋からの低気圧を活性化させることで生じる。時間的には、降水以前に十分な日射が得られることによって植林地域から十分なエネルギーと水蒸気が大気に供給され、降水が午後に集中し、海洋から供給される雲を活性化する場合に、大量の降水量増大が得られるというものである。さらに地面の連続性の影響について、均一に植林するケースと植林と裸地の不連続ケースを分けて検討した。上記のような対流降雨の場合は、植林を不連続に行なうことによって、上昇気流がより強く生じているにも関わらず、降雨量は不連続ケースが連続ケースを下回る。

 第5章では、地表面の蒸発散係数βとアルベドと粗度の感度解析を行なっている。蒸発散係数βは降雨に最も大きな影響を与える。βが0.1から0.8に変化すると、降雨量が50%から100%の範囲で増加し、0.4以上になると、降雨量の増加は蒸発量の増加より多くなる;アルベドが0.25から0.05に変化すると降雨量が約20%増加する;粗度は、0.01〜0.5mの範囲で降雨量に若干影響を与えるが、0.5m以上では影響がほとんどなくなる。

 第6章では、季節による変化について検討した。雨、曇り、晴れの日をそれぞれの季節によって分類し、代表的なケースを選んでシミュレーションを行った。降雨の増大効果の原因としては、蒸発および地面付近の上昇気流をもたらす日射強度が重要であるため、夏、秋、冬の順に効果が減少した。同じ季節の場合は、雨、曇り、晴れの順である。

 第7章では研究成果をまとめた。上記の結果から、実際に砂漢緑化を実施する際に、低気圧の到来を予測し、適切な時間前に灌水する方法を提案し、その際のコストについても検討している。

 本論文は砂漠緑化に伴う降雨変化のメカニズムを解明するとともに、大規模緑化の設計に新しいシステム的方法を提案し、コスト計算まで行なうことによって、十分現実性のある方法であることを明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

 大規模緑化はCO2による地球温暖化に対する有力な対策のひとつである。しかしながら、緑化が容易な地域の多くは農耕地等として利用され、あるいは、既に森林が生育している。緑化に利用可能であり、人類が発生する年間60億トン(炭素換算)のCO2にとって意味ある量を固定することが可能な候補地のひとつは乾燥地である。本論文は、「Study on the Mechanism of the Precipitation Changes by Desert Afforestation砂漠緑化に伴う降雨変化のメカニズムに関する研究」と題し、温暖化対策としての乾燥地緑化に伴う気象変動、特に降水量変化の可能性に着目し、オーストラリア南西部を例として研究を行った。具体的には、緑化を表現する地表特性としての表面湿度、粗度、アルベド(albedo)および植林面積、植林・非植林地の形態などを変化させ、気象、特に降雨変化のメカニズムの検討を行なった。季節、気象条件の異なる数値実験とそれらの解析を行うことによって、緑化と気象の関係に関する情報を得ること、その結果から大規模緑化の設計に役立つ知見を抽出することを目的としている。

 第1章では、地球環境問題解決における砂漠緑化の意義について述べ、地表面の改質による気象変化の既往の研究をまとめ、本論文で採用するシステム的研究方針と目的を述べている。さらに、グローバルな大気循環と海洋の存在とから生じるオーストラリア西部の気象の特徴に基づく具体的な研究方法を説明している。

 第2章では、数値実験で用いるスペクトル・メンスケール・モデルとその特徴及び本研究で用いることの妥当性について述べている。初期条件と境界条件のデータを実際の条件に近づけるため、二段階で行なうシミュレーションの方法を提案している。

 第3章では、第一段階で簡易な初期条件と境界条件を用いて、様々な地面条件を想定し、シミュレーションを行って、改質前後の地表面の変化と、改質地域の規模の気象、特に降雨への影響を検討した。200km四方以上の植林規模であれば、気象への効果が期待できることを明らかにしている。

 第4章では、全球解析データを第一段階の初期条件と境界条件として用い、夏の降水日の典型的なケースを選択し、シミュレーションを行っている。500km四方の緑化を行った場合、降水量は蒸発水分の増大を越え、ほぼ2倍に増大するという興味深い例があることとを明らかにしている。この降水増大の機構は、植林地帯からの蒸散で生じた雲と上昇気流が、海洋からの低気圧を活性化させることで生じる。時間的には、降水以前に十分な日射が得られることによって植林地域から十分なエネルギーと水蒸気が大気に供給され、降水が午後に集中し、海洋から供給される雲を活性化する場合に、大量の降水量増大が得られるというものである。さらに地面の連続性の影響について、均一に植林するケースと植林と裸地の不連続ケースを分けて検討した。上記のような対流降雨の場合は、植林を不連続に行なうことによって、上昇気流がより強く生じているにも関わらず、降雨量は不連続ケースが連続ケースを下回る。その原因は、降雨の増大が地面改質による大気に供給される水蒸気の量に、より強く依存することによる。

 第5章では、地表面の蒸発散係数βとアルベドと粗度の感度解析を行なっている。蒸発散係数βは降雨に最も大きな影響を与える。βが0.1から0.8に変化すると、降雨量が50%から100%の範囲で増加し、0.4以上になると、降雨量の増加は蒸発量の増加より多くなる;アルベドが0.25から0.05に変化すると降雨量が約20%増加する;粗度は、0.01〜0.5mの範囲で降雨量に若干影響を与えるが、0.5m以上では影響がほとんどなくなる。

 第6章では、季節による変化について検討した。雨、曇り、晴れの日をそれぞれの季節によって分類し、代表的なケースを選んでシミュレーションを行った。降雨の増大効果の原因としては、蒸発および地面付近の上昇気流をもたらす日射強度が重要であるため、夏、秋、冬の順に効果が減少した。同じ季節の場合は、雨、曇り、晴れの順である。

 第7章では研究成果をまとめた。上記の結果から、実際に砂漠緑化を実施する際に、低気圧の到来を予測し、適切な時間前に灌水する方法を提案し、その際のコストについても検討している。

 以上、本論文は砂漢緑化に伴う降雨変化のメカニズムを解明するとともに、大規模緑化の設計に新しいシステム的方法を提案し、コスト計算まで行なうことによって、十分現実性のある方法であることを明らかにしたものであり、化学システム工学の発展に大いに寄与するものである。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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