学位論文要旨



No 215411
著者(漢字) 田中,治
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,オサム
標題(和) 新規発酵モデル実験系を用いたサイレージ添加用乳酸菌実用株の選抜ならびにそれら菌株のプロトプラストの再生と融合に関する研究
標題(洋)
報告番号 215411
報告番号 乙15411
学位授与日 2002.09.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15411号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 日比,忠明
 東京大学 教授 北本,勝ひこ
 東京大学 教授 難波,成任
 東京大学 助教授 山下,修一
 静岡大学 助教授 瀧川,雄一
内容要旨 要旨を表示する

 飼料作物や牧草を乳酸発酵によって保存性を付与した家畜飼料をサイレージと呼び、pHが低く乳酸含量が高いほど良質とされている。しかし、その発酵の過程で十分にpHが低下しない場合には、しばしば酪酸菌が増殖してサイレージの品質低下を招く。それを防ぐためには、サイレージ調製時に乳酸生成能の高い乳酸菌を材料に接種する必要がある。

 本研究では、サイレージ中において高い乳酸生成能を持ちうる菌株の選抜を目的として、まず、乳酸菌の選抜に適したサイレージ発酵モデル実験系とサイレージ発酵試験方法を新たに開発し、次にそれらを用いて、サイレージ添加用の乳酸菌菌株の選抜を行った。さらに、それら選抜株の遺伝的改良を目的として、それらのプロトプラスト再生方法とプロトプラスト融合株の作出を検討した。

1.新規サイレージ発酵モデル実験系及びサイレージ調製法(パウチ法)の開発

 簡便でかつ追試可能なサイレージ発酵モデルとして以下の実験系を開発した。培地として、生の牧草のかわりに、同一ロットのアルファルファ乾草粉末に水とグルコースを所定量加えてそれらの含有率を調節したものを滅菌して用いた(AHC培地)。これにサイレージ発酵を代表する3種の微生物として、乳酸菌(Lactobacillus plantarum)と、サイレージの不良発酵原因菌である酪酸菌(Clostridium butyricum)及びColi型細菌(Klebsiella pneumoniae)を接種して嫌気条件下で培養する方法を開発した。サイロに代わる、簡便に使用できる培養用容器としては、食品包装用フィルムを材質とした袋(パウチ)を密封して用いる方法(パウチ法)を採用した。本方法によって、従来不明であった、サイレージ中のColi型細菌が酪酸発酵の誘導に密接に関与していることを立証した。

 次に、パウチ法を生の牧草を材料としたサイレージ調製へ応用したところ、サイレージの発酵品質は、従来から使用されてきたガラスビンサイロを容器として用いる方法に比べて大差はなく、パウチ法は小規模(実験室規模)のサイレージ調製に非常に便利に使用できることを見出した。

 以上の結果から、パウチ法はサイレージ添加用優良乳酸菌の選抜・評価に有効であると判断した。

2.パウチ法を用いたLactobacillus属及びPediococcus属乳酸菌株の選抜

 パウチ法を用いて乳酸菌株を検索し、高増殖能力によって高い酪酸発酵抑制能を有するL.plantarum2株とLactobaci11us pentosus1株を選抜した。また、それらの株に比べて増殖性は低いものの、高い乳酸生成量を示すLactobacillus rhamnosus1株を選抜した。

 次に、上記の乳酸菌選抜株のサイレージ発酵における動態及びサイレージの発酵品質に及ぼす添加効果をパウチ法で調べた。サイレージ発酵モデル実験系において、L.plantarum及びL.pentosusの3菌株のいずれかをL.rhamnosusと共に接種した場合、各菌株を単独で接種した場合と比較して、より多くの乳酸が生成し、対糖乳酸収率も向上した。これは、L.rhamnosusの高い耐酸性とL.plantarum及びL.pentosusの高い増殖性の相乗効果によるものと推察された。これらの供試乳酸菌株を牧草に接種してサイレージを調製した場合にも同様な結果が得られた。以上の結果から、L.plantarumまたはL.pentosus選抜株のいずれかとL.rhamnosus選抜株を混合接種することがサイレージ調製に有用と考えられた。

 一方、サイレージからLactobacillus curvatus3株及びPediococcus属菌1株を分離・選抜した。このうち、L.curvatusは低温条件下で良好な生育を示し、4℃下のサイレージ調製において、上記のL.plantarum選抜株よりも高い乳酸生成能が認められた。また、Pediococcus sp.は低水分活性条件下で他の乳酸菌選抜株よりも良好な生育を示し、低水分の材料(乾物率65.0%)を用いたサイレージ調製において、上記のL.plantarum選抜株よりも高い乳酸生成能を示した。以上の結果から、L.curvatusは低温条件下でのサイレージ調製に、Pediococcus sp.は低水分のサイレージ調製に有用と考えられた。

3.Lactobacillus属及びPediococcus属乳酸菌選抜株のプロトプラスト再生方法の確立ならびにプロトプラスト融合の試み

 プロトプラスト融合法によって上述の乳酸菌選抜株を遺伝的に改良することを目的として、プロトプラスト再生法を検討した。

 従来、乳酸菌のプロトプラスト融合においては、その再生が非常に困難であり、再生可能な菌株が限られていた。本研究で選抜した菌株を、従来のプロトプラスト再生法によって再生を試みたが、L.casei株以外の再生は認めらなかった。そこで、それらの再生条件に検討を加えた結果、浸透圧調節剤(0.3〜0.5Mラフィノース及び0.1M MgCl2)の他に、ゼラチン、ポリビニルピロリドン(PVP)、アルギン酸カルシウム等のコロイド物質を高濃度で培地に添加する必要性を明らかにした。同時に、プロトプラストの再生に適したコロイド物質は菌種によって異なることも示唆された。300g/Lゼラチン、100g/L PVP及び浸透圧調節剤を含有した培地(以下GEL培地)を用いて嫌気条件下で培養することにより、L.plantarum及びL.pentosusの場合で88〜99%、L.rhamnosusの場合で30〜41%のプロトプラスト再生率が得られた。Pediococcus sp.に関しては、浸透圧調節剤の他、50g/Lゼラチン及び350g/L PVPを含有する寒天培地(以下PVP培地)を用いることにより、16〜36%の再生率が得られた。PVP培地中の寒天を一部アガロース(TypeII)に置き換えることにより、L.caseiのプロトプラストも10〜43%の再生率で再生可能となった。L.curvatusに関しては、浸透圧調節剤の他、10g/Lアルギン酸カルシウムゲルを含有した培地(以下ALG培地)によって19〜33%のプロトプラスト再生率が得られた。

 次いで、L.rhamnosus選抜株の増殖性改良を目的として、高増殖性が認められたL.plantarum選抜株とのプロトプラスト融合株の作出を検討した。供試親株の示した、ラフィノース及びラムノースの利用能、乳酸耐性、及びトリプトファン非要求性などの形質は選抜マーカーとなりうると考えられた。そこで、ラフィノース利用能と乳酸耐性あるいはラムノース利用能とトリプトファン非要求性などを選抜マーカーとする融合株の作出に努めたが、目的とする融合株を選抜するには至らなかった。しかし、供試プロトプラストを融合処理した場合でも、上記GEL培地において10%程度の再生率が認められ、本再生用培地の有用性は示唆された。

 以上を要するに、サイレージ添加用乳酸菌の選抜に適した発酵モデル実験系とサイレージ発酵試験方法を新たに開発し、それらを用いて、有用な形質を持つ菌株としてLactobacillus属及びPediococcus属乳酸菌計8株を選抜した。そして、選抜株の遺伝的改良を目的として、それらのプロトプラスト再生方法を新たに確立した。さらに選抜株同士のプロトプラスト融合株の作出を試みた。

審査要旨 要旨を表示する

 飼料作物や牧草を乳酸発酵によって保存性を付与した家畜飼料をサイレージと呼び、pHが低く乳酸含量が高いほど良質とされている。しかし、その発酵の過程で十分にpHが低下しない場合には、しばしば酪酸菌が増殖してサイレージの品質低下を招く。それを防ぐためには、サイレージ調製時に乳酸生成能の高い乳酸菌を材料に接種する必要がある。

 本研究では、サイレージ中において高い乳酸生成能を持ちうる菌株の選抜を目的として、まず、乳酸菌の選抜に適したサイレージ発酵モデル実験系とサイレージ発酵試験方法を新たに開発し、次にそれらを用いて、サイレージ添加用の乳酸菌菌株の選抜を行った。さらに、それら選抜株の遺伝的改良を目的として、それらのプロトプラスト再生方法とプロトプラスト融合株の作出を検討した。

 1.新規サイレージ発酵モデル実験系及びサイレージ調製法(パウチ法)の開発

 簡便でかつ追試可能なサイレージ発酵モデルとして以下の実験系を開発した。すなわち、同一ロットのアルファルファ乾草粉末に水とグルコースを所定量加えてそれらの含有率を調節した培地(AHC培地)を滅菌し、これに、乳酸菌(Lactobacillus plantarum)、サイレージの不良発酵原因菌である酪酸菌(Clostridium butyricum)及びColi型細菌(Klebsiella pneumoniae)を接種した後、食品包装用フィルムを材質とした袋(パウチ)中に密封し嫌気条件下で培養する方法(パウチ法)である。本法によって、サイレージ中のColi型細菌が酪酸発酵の誘導に密接に関与していることを立証した。また、生の牧草を材料としたパウチ法でも、その発酵品質は従来のガラスビンサイロによる方法に比べて大差はなく、本法が実験室規模のサイレージ調製にきわめて有効に利用できることが示された。

 2.パウチ法を用いたLactobacillus属及びPediococcus属乳酸菌株の選抜

 パウチ法を用いて乳酸菌株を検索し、高増殖能力によって高い酪酸発酵抑制能を有するL.plantarum2株とL.pentosus1株、高い乳酸生成量を示すL.rhamnosus1株を選抜した。次に、これらの選抜株の動態及び発酵品質に及ぼす添加効果をパウチ法で調べたところ、L.plantarum及びL.pentosusの3菌株のいずれかをL.rhamnosusと共に接種した場合に、各菌株を単独で接種した場合より多くの乳酸が生成し、対糖乳酸収率も向上した。従って、L.plantarumまたはL.pentosus選抜株のいずれかとL.rhamnosus選抜株を混合接種することがサイレージ調製に有用と考えられた。一方、サイレージからL.curvatus3株及びPedicoccus属菌1株を新たに分離・選抜したが、L.curvatusは低温条件下で良好な生育を示し、Pediococcus sp.は低水分の材料(乾物率65.0%)を用いたサイレージ調製において、いずれも高い乳酸生成能が認められた。従って、L.curvatusは低温条件下でのサイレージ調製に、Pediococcus sp.は低水分のサイレージ調製に有用と考えられた。

 3.Lactobacillus属及びPedioccus属乳酸菌選抜株のプロトプラスト再生方法の確立ならびにプロトプラスト融合の試み

 プロトプラスト融合法によって上述の乳酸菌選抜株を遺伝的に改良することを目的として、上記の選抜菌株についてプロトプラスト再生法を検討した結果、浸透圧調節剤(0.3〜0.5Mラフィノース及び0.1M MgCl2)の他に、ゼラチン、ポリビニルピロリドン(PVP)、アルギン酸カルシウム等のコロイド物質を高濃度で培地に添加することが有効であり、再生に適したコロイド物質は菌種によって異なることが示された。各菌株についてそれぞれに最適の培地組成を工夫し、嫌気条件下で培養することによって、L.plantarumおよびL.pentosusで88〜99%、L.rhamosusで30〜41%、L.caseiで10〜43%、L.curvatusで19〜33%、Pediococcus sp.で16〜36%、の各プロトプラスト再生率が得られた。従来の報告に比べていずれもきわめて高い再生率である。次いで、L.rhamnosus選抜株とL.plantarum選抜株とのプロトプラスト融合株の作出を検討したが、目的とする融合株を選抜するには至らなかった。

 以上を要するに、サイレージ添加用乳酸菌の選抜に適した発酵モデル実験系とサイレージ発酵試験方法を新たに開発し、それらを用いて、有用な形質を持つ菌株としてLactobacillus属及びPediococcus属乳酸菌計8株を選抜した。また、選抜株の遺伝的改良を目的として、それらのプロトプラスト再生方法を新たに確立した。本研究で得られた成果は学術上、応用上寄与するところが大きい。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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