学位論文要旨



No 215412
著者(漢字) 志田,寛
著者(英字)
著者(カナ) シダ,カン
標題(和) 食品抗原に対して誘導されるIgE応答とその制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 215412
報告番号 乙15412
学位授与日 2002.09.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15412号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上野川,修一
 東京大学 教授 清水,誠
 東京大学 教授 田之倉,優
 東京大学 教授 堀之内,末治
 東京大学 助教授 八村,敏志
内容要旨 要旨を表示する

 免疫系は非自己を認識してそれを排除する機構であり、この意味で、食品として摂取されるタンパク質もまた非自己であり、当然免疫系の攻撃対象となり得る。しかしながら、様々な食品抗原が毎日多量に摂取される状況下において、これらの抗原に対して免疫系が常に活性化された状態にあることは生体にとって都合の良い状態とはいえず、むしろ食品アレルギーの危険因子ともなり得る。このために、生体は食品として摂取される抗原に対しては過剰な、あるいは不都合な免疫応答を起さないための仕組みを備えている。しかしながら、こうした防御機構にもかかわらず、我々の血清中には食品抗原に対する抗体がしばしば検出される。食品抗原に対する抗体は主にIgGクラスのものであるが、食品抗原に対するIgEが産生される場合もある。食品抗原特異的IgEは食品アレルギーの発症と深く関わっていることから、食品抗原に対するIgE応答誘導機構を解明し、その制御法を開発することは非常に重要な研究課題と位置付けられている。

 一般に、IgE応答の誘導には、Th2細胞およびその産生するIL-4などのサイトカインが重要であることはよく知られているが、経口的に摂取された食品抗原に対するIgE応答誘導機構の詳細については不明な点が多い。この理由の一つに、抗原の経口摂取でIgE応答を誘導できる適当な動物モデル系がないことが挙げられる。これは、前述した防御機構などによって、食品抗原の経口投与によっては通常の実験動物においては抗体応答、特にIgE応答を誘導することが難しいことによる。そこで本研究においては、まず第一章において、代表的な食品アレルゲンである卵白アルブミン(OVA)の主要T細胞抗原決定基を認識するT細胞レセプター(TCR)遺伝子を導入したトランスジェニックマウス(OVA-TCR-Tgマウス)を用いることで、食品抗原に対するIgE応答を解析できる新しいモデル系の作出を目指した。このマウスを用いることで、OVA含有飼料を摂取させるだけで血中にIgE応答を誘導することに成功し、このモデル系を用いて、IgE応答誘導への関与が推察される脾臓T細胞の応答について詳しく検討した。続いて第二章においては、OVAによるin vitroの刺激に対してIgEが産生される脾臓細胞培養系を確立し、IgE産生応答の誘導に関与するサイトカイン産生応答との関係について検討した。このin vivoおよびin vitroの両モデル系における検討の結果、Th2型サイトカインの供給が食品抗原に対するIgE産生応答の誘導に重要であることを見い出した。そこで、第三章および第四章においては、Th1細胞応答を活性化することで、Th2側に偏ったTh1/Th2バランスを改善して、IgE産生を抑制的に制御することを試みた。Th1細胞応答の活性化にはある種の乳酸桿菌を利用することにし、第一章および第二章で確立したin vivoおよびin vitroのIgE産生応答モデル系を用いてその作用を検討した。

 OVAの経口投与でOVA-TCR-Tgマウスに誘導されるIgE応答

 OVA-TCR-TgマウスにOVA含有飼料を自由摂取させたところ、通常マウスとは異なり、飼料摂取2週目より血清中にOVA特異的IgEが検出され始め、飼料摂取期間に応じてその抗体価は上昇した。さらに、OVA特異的IgEが誘導されたマウスにOVAを静脈内投与することで、強い全身性アナフィラキシー反応が誘導された。

 次に、IgE応答誘導へのT細胞の関与について検討する目的で、OVA含有飼料摂取後の脾臓細胞のサイトカイン産生能について検討した。その結果、飼料摂取1週目にIL-4を高産生し、IL-5を中程度に産生するT細胞が脾臓中に出現することを見い出した。さらに、このT細胞をB細胞と共にOVA存在下で培養したところ効果的にIgE産生が誘導され、このT細胞がIgE産生ヘルパー活性を持つことを示した。これらの結果より、OVA含有飼料摂取1週目に脾臓中に出現するTh2様細胞が、その後の血中IgE応答の誘導に深く関与していることが示唆された。しかしながら、興味深いことに、このTh2様細胞のサイトカイン産生能およびIgE産生ヘルパー活性は2週間以上のOVA含有飼料の摂取によっては強く抑制されたことから、結局はT細胞レベルでの経口免疫寛容が誘導されることがわかった。すなわち、OVA-TCR-Tgマウスにおいては、OVAの経口摂取によって、まずIL-4高産生性のTh2様細胞が脾臓中に出現し、血中にOVA特異的IgE応答を誘導した後、そのT細胞は寛容状態へと移行することが示唆された。これは、経口免疫寛容誘導過程において一時的に誘起された過剰なTh2細胞応答がその後のIgE応答の誘導や食品アレルギーの発症に関与する可能性を示しているとも解釈できる。

 このモデル系は、食品抗原に対するIgE応答誘導機構を細胞レベル、分子レベルで解明していくための有効な手段となるばかりでなく、食品アレルギーに関する基礎的な研究への利用や、食品アレルギー克服のための新しい治療法の開発を目指した応用研究にも利用できるものと期待している。

 OVA刺激により脾臓細胞培養系に誘導されるIgE産生応答

 抗原感作または未感作のマウスよりそれぞれ調製した脾臓細胞を用いて、食品抗原によるin vitro刺激によって誘導されるIgE産生応答について解析した。OVA未感作OVA-TCR-Tgマウス脾臓細胞を各濃度(0-100μg/ml)のOVA存在下で培養したところ、OVA10μg/ml添加までは濃度依存的にIgE産生量は増加したが、それ以上の濃度のOVA添加では減少した。また、Th2型サイトカインであるIL-4およびTh1型サイトカインであるIFN-γはいずれもOVA100μg/mlまで濃度依存的にその産生が増加したものの、IFN-γの産生に関してはOVA30μg/ml以上の添加で急激に増加し、相対的なIFN-γ産生量が増加した。このため、30μg/ml以上のOVA添加ではIgE産生応答が低下したものと考えられる。

 OVA感作BALB/cマウス脾臓細胞を各濃度のOVA存在下で同様に培養したところ、未感作OVA-TCR-Tgマウス脾臓細胞の場合とは異なり、OVA100μg/mlまで濃度依存的にIgE産生量は増加した。これは、両細胞培養系におけるサイトカイン産生応答の違いによると考えられる。OVA感作BALB/cマウス脾臓細胞培養系においては、IL-4やIL-5などのTh2型サイトカインの産生はOVA100μg/ml添加まで濃度依存的に増加したのに対して、IFN-γの産生は極めて僅かに抑えられていた。このため、高濃度OVA添加によってもIgE産生は低下しなかったものと思われる。おそらく、あらかじめIgE産生誘導アジュバントであるアラムを用いてOVA感作を行ったBALB/cマウスより調製したT細胞は、OVAによるin vitro刺激に対してTh2型サイトカインを産生しやすい方向付けが既に行われていたものと考えられる。

 このように、抗原感作または未感作の脾臓細胞をin vitroで食品抗原で刺激した場合、IgE産生応答はTh1型およびTh2型サイトカイン産生のバランスに強く依存することが明らかとなった。

 乳酸桿菌によるIgE産生応答の抑制的制御

 食品抗原に対して誘導されたIgEは食品アレルギーの発症に深く関わっていることから、食品抗原特異的IgEの産生を抑制することは食品アレルギーの予防や治療につながるものと期待されている。さきにin vivoおよびin vitroのモデル系において、Th2細胞応答が食品抗原に対するIgE産生応答の誘導に重要であることを示した。そこで、細胞性免疫活性化能を有する、ある種の乳酸桿菌(Lactobacillus casei strain Shirota,LcS)を利用することで、Th1細胞応答を活性化してTh1/Th2バランスを改善し、IgE産生やアレルギー反応を抑制できるのではないかと考え、検討を行った。

 まず最初に、OVA感作BALB/cマウス脾臓細胞培養系を用いて、LcS加熱死菌体のサイトカイン産生調節作用およびIgE産生抑制作用を検討した。その結果、LcSはマクロファージからのIL-12産生誘導を介して、Th2側に偏ったサイトカイン産生バランスをTh1型へとシフトさせることで、IgE産生を抑制できることを明らかにした。また、OVA-TCR-Tgマウス未感作T細胞を用いることで、LcSがIL-12産生誘導を介してTh1細胞への分化を誘導できることも示した。続いて、LcSによるIgE産生抑制効果がin vivoの条件下においても発現されるかどうかを、OVA-TCR-TgマウスIgE応答モデル系を用いて検討した。その結果、in vivoの条件下においても、LcSの腹腔内投与によって、血清IL-12レベルが上昇し、IgE応答誘導に重要と考えられるOVA摂取1週目の脾臓におけるTh2様細胞の出現が抑制され、それに続く血中IgE応答が抑制されることが確認された。さらにこの時、OVAの静脈内投与で誘導される全身性アナフィラキシー反応もLcSの投与によって抑制されたことから、LcSによる抗体応答の抑制はアレルギー症状の軽減にもつながり得ることが示された。

 この知見は、有用微生物として食品産業をはじめとして広く利用されているある種の乳酸桿菌が、食品アレルギーを含む多くのアレルギー性疾患の抑制に利用できる可能性を示した初めての画期的な成果である。

 以上、本研究においては、食品抗原に対する全身性IgE応答に着目し、その応答を解析できる新しい動物モデル系および細胞培養系を確立し、その解析を通じて食品抗原に対するIgE産生応答の誘導にTh2細胞応答の亢進が重要であることを明確に示した。さらに、ある種の乳酸桿菌を用いることで、Th2側に偏ったTh1/Th2バランスを改善して、IgE産生応答を抑制的に制御できることを示した。この一連の研究成果は、食品アレルギー発症機構の解明や食品アレルギーの抑制的な制御に利用できるものと期待している。

審査要旨 要旨を表示する

 食品抗原に対して誘導されるIgEは食品アレルギーの発症と深く関わっていることから,食品抗原に対するIgE応答誘導の機序を解明し,その制御法を開発することは非常に重要な研究課題である.一般に、IgE応答の誘導には、Th2細胞およびその産生するIL-4などのサイトカインが重要であることが明らかにされているが、経口的に摂取された食品抗原に対するIgE応答誘導機構の詳細については不明な点が多い。この理由の一つに、抗原の経口摂取でIgE応答を誘導できる適当な動物モデル系がないことが挙げられる。申請者は,食品アレルゲン特異的T細胞レセプター遺伝子を導入したトランスジェニックマウスを用いることで,食品抗原に対するIgE応答を解析できる新しい動物モデル系を確立し,食品抗原に対するIgE応答誘導へのTh2細胞の関与について明らかにした.続いて,乳酸菌を用いることでTh1/Th2バランスを制御して,IgE応答を抑制的に制御できることを見い出した.本論文は,食品抗原に対するIgE応答に関わる動物モデル系の確立,IgE応答誘導機構の解明,さらには乳酸菌によるIgE応答の抑制的制御法の確立に関する研究をまとめたもので4章からなっている.

 食品抗原に対する免疫応答とIgE産生に関する研究の状況と課題を概観した序論に続く第一章では,食品抗原の経口摂取でIgE応答を誘導可能な新規マウスモデル系について述べられている.ここでは,代表的な食品アレルゲンである卵白アルブミンに特異的なT細胞レセプター遺伝子を導入したトランスジェニックマウスが用いられている.このマウスにおいては,卵白アルブミン含有飼料を自由摂取させるだけで,血清中にIgE応答が誘導された.そして,卵白アルブミン含有飼料の摂取によって,脾臓中にIL-4を高産生し,IgE産生ヘルパー活性を持つTh2様細胞が誘導され,この細胞がIgE応答誘導に関与することが示された.

 第二章では,マウス脾臓細胞を用いたIgE産生培養系について述べられている.2種類のIgE産生培養系が構築され,IgE産生応答とサイトカイン産生応答との関連が検討された.IgE産生系の一つは食品抗原未感作脾臓細胞を用いるもので,もう一方は食品抗原感作脾臓細胞を用いるものである,これら二種類の培養系においては,それぞれある条件の刺激によって効果的にIgEが産生されるが,この時,両培養系に共通してIL-4などのTh2型サイトカインの産生が亢進していることが明らかにされた.

 第一章および第二章において,食品抗原に対するin vivoおよびin vitroのIgE産生応答はともにTh2細胞応答の亢進を特徴とすることが明かとなったことから,第三章および第四章においては,Th1細胞応答を活性化することでTh2側に偏ったTh1/Th2バランスを改善して,IgE産生を抑制する方法について検討されている.第三章では,in vitroのIgE産生培養系における乳酸桿菌のIgE産生抑制効果について述べられている.食品抗原感作IgE産生培養系を用いて,ある種の乳酸桿菌(L.caseiシロタ株)が,マクロファージからのIL-12産生誘導を介してTh1/Th2サイトカイン産生バランスを制御して,IgE産生を抑制することが見い出された.

 第四章では, in vivoのIgE応答モデル系における乳酸桿菌のIgE産生抑制効果について述べられている.卵白アルブミン特異的T細胞レセプタートランスジェニックマウスIgE応答モデル系において,乳酸桿菌の腹腔内投与は,血清IL-12レベルを上昇させ,脾臓細胞のサイトカイン産生バランスを制御して,血中IgE応答や全身性アレルギー症状を抑制できることが示された.

 以上,本論文は,食品抗原に対するIgE産生応答の誘導に関して,新規動物モデル系を確立し,Th2細胞応答の重要性を明らかにし,さらに,乳酸菌を用いることでIgE応答を抑制的に制御する方法を確立したものであり,学術上,応用上貢献するところが少なくない.よって審査員一同は,本論文が博士(農学)の学位論文として価値があるものと認めた.

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