学位論文要旨



No 215413
著者(漢字) 椿,洋一郎
著者(英字)
著者(カナ) ツバキ,ヨウイチロウ
標題(和) 家畜害虫防除製剤の実用化に関する研究
標題(洋)
報告番号 215413
報告番号 乙15413
学位授与日 2002.09.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15413号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北原,武
 東京大学 教授 田付,貞洋
 東京大学 教授 小野,憲一郎
 東京大学 教授 小野寺,節
 東京大学 助教授 渡邉,秀典
内容要旨 要旨を表示する

 わが国の畜産を阻害する要因の一つに家畜ならびに畜産に関係する害虫,すなわちダニや昆虫などの節足動物が存在する。それら家畜害虫を駆除し生産性を高めることは,需給の確保とともに家畜生産者にとって収益上重要なことである。特にわが国は家畜害虫の種類も豊富であり,また家畜の飼養形態も様々である。本論においては,フタトゲチマダニ,ノサシバエ,ヌカカ類およびイエバエが引き起こす広範囲の問題を解決するため,家畜害虫防除製剤の基礎から実用化研究を実施し,以下の成績を得た。

 製剤を開発する上で,野外での効果判定すなわち実地試験は実用化において極めて重要である。そこで誘引源を牛,鶏および人としたトラップ(アニマルトラップ)を開発し,ハエ類,アブ類,ブユ類,カ類,ヌカカ類などの飛翔性昆虫を効率的に採集できることを確認した。牛利用型アニマルトラップを用いてアブ類13種138匹,サシバエ類2種84匹,カ類5種1,170匹,ブユ類10種2,108匹,ヌカカ類12種3,757匹を採集できた。特にハエ類のサシバエStomoxys calcitrance,ノイエバエMusca hervei,カ類のシナハマダラカAnopheles sinensis,,コガタアカイエカCulex tritaeniorhynchus,ブユ類のツメトゲブユSimulium iwatense,ダイセンヤマブユS.daisense,オオアシマダラブユS.nikkoense,ヌカカ類のミヤマヌカカCulicoides maculatus,ナミヌカカC.sanguisuga,ホシヌカカC.punctatus,エゾヌカカC.erairaが既存のCO2利用型蚊帳トラップに比較して圧倒的に種類,個体数とも多く採集できた。また人利用型ではブユ類のウチダツノマユブユS.uchidaiが多く,鶏利用型トラップと人利用型トラップではヌカカ類のニワトリヌカカC.arakawaeが多いなど,吸血昆虫の宿主嗜好性を明らかにすることができた。これらのことから,本アニマルトラップ法は寄生動物に対する吸血嗜好性など吸血昆虫類の生態調査に利用可能であり,特に畜体に飛来する昆虫類の殺虫効果や忌避効果など製剤施用の実用効果判定の手法として有効な方法と考えられた。

 家畜害虫に対する実用化剤として,多くの方法に使用可能なピレスロイド系薬剤を中心に薬剤感受性比較試験を室内で行った。フタトゲチマダニHaemaphysalis longicornisに対する薬剤感受性はフェンプロパスリン(fenpropathrin,Danitol〓住友化学),パーメスリン(permethrin,Eksmin〓住友化学),フタルスリン(phthalthrin,Neo-Pynamin〓住友化学)の順に即効性の殺ダニ活性を示した。特にフェンプロパスリンは1μg/dishでKT50値10分以下を示しフルメスリン(flumethrin,Bayticol〓バイエル)と同等以上の即効性を示した。ノサシバエHaematobia irritansに対する仰転効果の大きさはBPMC(fenobucarb,Bassa〓住友化学),パーメスリン,フェニトロチオン(fenitrothion,Sumithion〓住友化学),フタルスリンの順であり,経過時間における仰転個体率曲線の傾きはフタルスリンを除いて同様の傾向を示し,パーメスリンは30分後LC50値84.75nl/cm2であり処理6時間後の比較から約4.91nl/cm2以上の微量でノサシバエに仰転および致死効果を示すことが確認された。ヌカカ類に対する仰転致死効果の大きさは,パーメスリン,BPMC,フェニトロチオンの順となり,パーメスリンは牛体寄生ヌカカに対し30分後LC50値O.09n1/cm2であり,ヌカカ類に対する顕著な効力を示すことが確認された。17ヶ所の野外から採取したイエバエMusca domesticaではフェニトロチオン抵抗性が明らかとなり,さらにパーメスリンおよびd-レスメスリン(d-resmethrin,Chrysron〓Forte:住友化学)に対しても約4割が中程度以上の抵抗性値10〜40倍を示すことが確認された。以上の室内試験結果より,フタトゲチマダニに対してはフェンプロパスリンを牛体の背中線上に沿って薬剤を注ぐ簡便なポアオン法で施用すること,またノサシバエ,フタトゲチマダニおよびヌカカ類に対してはパーメスリンを耳標に含有させるイヤータッグ法で施用すること,さらにイエバエに対しては薬剤噴霧法で施用し,ピレスロイド系薬剤に他系統の薬剤を配合した製剤を検討する必要があることを実証し,剤型と施用法の関連付けを明かにした。

 実用化製剤として,パーメスリンを15.0w/w%含有させたポリ塩化ビニール製イヤータッグを開発した。実地試験においてノサシバエは,本剤装着1日後から全く寄生が認められなくなった。ノイエバエのような非吸血性ハエ類にも平均66.5%の減少率を示した。また牛体に寄生したフタトゲチマダニに対する駆除効果は,最高で防除率92%を示した。またミヤマヌカカ,シナノヌカカC.cinanoensisを主とした牛体寄生性のヌカカ類は,本剤により吸血個体率に有意な低下が認められた。以上よりパーメスリンを15.0w/w%含有するイヤータッグ製剤のノサシバエ,フタトゲチマダニ,ヌカカ類に対する防除効果の実用性が明らかとなった。

 放牧牛に寄生して小型ピロプラズマ病の媒介者となるフタトゲチマダニの専用防除製剤として,流動パラフィンにフェンプロパスリンを1w/w%含有するポアオン製剤を開発した。実地試験において本剤処理1週間後で約85%の牛体寄生ダニを駆除することが可能で,処理後の薬剤効果は約4週間持続することが判明した。以上よりフェンプロパスリン1w/w%含有ポアオン製剤のフタトゲチマダニに対する防除の実用性が明らかとなった。

 畜産農家からのイエバエ大量発生は畜産公害の一つといわれ,大きな社会問題となっている。畜舎に生息している多くのイエバエは有機リン系薬剤,ピレスロイド系薬剤に対して抵抗性を示すようになっており防除が極めて困難である。そこで,既存殺虫剤の利用方法を工夫してこれら抵抗性系統イエバエに対する効果的な実用化製剤開発を試みた。d-レスメスリンと共力剤ピペロニルブトキサイド(piperonyl-butoxide,高砂香料)の添加効果,d-レスメスリンとフェニトロチオンの混合効果を明らかにし,抵抗性系イエバエを供試した室内試験においてd-レスメスリンとピペロニルブトキサイドの配合比1:3が有効であること,および各薬剤の相乗効果と致死活性から,フェニトロチオンとd-レスメスリンの配合比50:50が有効と確認した。以上より,d-レスメスリン,フェニトロチオン,ピペロニルブトキサイドの3剤を配合することが野外の殺虫剤抵抗性イエバエに有効と認められ,配合比は1:1:3が適していることが判明した。そこでフェニトロチオン,d-レスメスリン,ピペロニルブトキサイドを各々5,5,15w/w%で含有させた乳剤を処方し,野外の豚舎で本乳剤の200倍希釈液を散布処理する実地試験を行った。散布3時間後には防除率99.7%に達し,1日後,2日後,3日後および6日後ではそれぞれ防除率は91.2,92.4,98.9および95.5%と優れた効果を示した。以上のことよりd-レスメスリン/フェニトロチオン/ピペロニルブトキサイド(5/5/15w/w%)乳剤は,抵抗性イエバエに有効であることが判明し,本剤の実用性が明らかとなった。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は家畜害虫防除製剤の実用化に関する研究で、五章よりなる。わが国の畜産量を低下させる要因の一つに,家畜や畜産に関係する害虫,すなわちダニや昆虫などの節足動物が存在する。これら家畜害虫を駆除して生産性を高めることは,需給の確保とともに家畜生産者にとって収益上重要なことである。筆者はこの点に着目し,家畜害虫防除製剤の基礎および実用化研究を実施した。

 まず、序論で研究の背景と意義を述べた後、第1章ではトラップを用いた吸血昆虫類の調査方法の確立について述べている。筆者は、製剤を開発する上で,野外での効果判定が極めて重要と考え,誘引源を牛,鶏および人としたトラップ(アニマルトラップ)を考案した。これによりハエ類,アブ類,ブユ類,カ類,ヌカカ類などの飛翔性昆虫の効率的な採集が可能となり,吸血昆虫の宿主嗜好性を明らかにすることが出来た。本アニマルトラップ法は寄生動物に対する吸血嗜好性など吸血昆虫類の生態調査にも利用可能であり,特に畜体に飛来する昆虫類に対する殺虫効果や忌避効果など,製剤施用の実用効果判定の手法として有効な方法であることを示した。

 第2章ではピレスロイド系薬剤の家畜害虫に対する感受性について述べている。筆者は,家畜害虫に対する実用化剤として,多くの施用法が可能と考えられるピレスロイド系薬剤を中心に,室内での薬剤感受性比較試験を行っている。フタトゲチマダニHaemaphysalis longicornisに対する薬剤感受性はフェンプロパスリン(fenpropathrin,Danitol〓住友化学)が即効性の殺ダニ活性を示すこと,ノサシバエHaematobia irritans,ヌカカ類に対してはパーメスリン(permethrin,Eksmin〓住友化学)が微量で仰転および致死効果を示すこと,また17ヶ所の野外から採取したイエバエMusca domesticaではフェニトロチオン(fenitrothion,Sumithion〓住友化学)抵抗性を明らかにし,さらにパーメスリンおよびd-レスメスリン(d-resmethrin,Chrysron〓Forte:住友化学)に対しても約4割が中程度以上の抵抗性値10〜40倍を示すことを確認し,イエバエに対してはピレスロイド系薬剤に他系統の薬剤を配合した製剤を検討する必要があることを実証した。

 第3章ではパーメスリン含有イヤータッグによる家畜害虫防除効果について述べている。筆者は実用化製剤として,パーメスリンを15.0%(w/w)含有させたポリ塩化ビニール製イヤータックを考案し,実地試験においてノサシバエ,ノイエバエMusca hervei等の非吸血性ハエ類,牛体に寄生したフタトゲチマダニ,またヌカカ類に対する防除効果の実用性を明らかにした。

 第4章ではフェンプロパスリン含有ポアオン製剤によるフタトゲチマダニ防除効果について述べている。筆者は放牧牛に寄生するフタトゲチマダニの実用化製剤として,流動パラフィンにフェンプロパスリンを1%(w/w)含有するポアオン製剤を考案し,実地試験において防除効果の実用性を明らかにした。

 第5章ではピレスロイド系薬剤,有機燐系薬剤,共力剤含有製剤によるイエバエ防除効果について述べている。筆者は既存殺虫剤の利用方法を工夫し,室内試験にてd-レスメスリン,フェニトロチオン,ピペロニルブトキサイド(piperonyl-butoxide,高砂香料)の3剤を配合することが野外の殺虫剤抵抗性イエバエに有効と確認し,各々5,5,15%(w/w)で含有させた乳剤を処方した。更に本乳剤の200倍希釈液を散布処理する実地試験を行ない,本剤が野外の殺虫剤抵抗性イエバエに有効であることを証明し,本剤の防除効果の実用性を明らかにした。

 以上本論文は、防除製剤の開発上必要な基礎研究のためのアニマルトラップを開発し、薬剤感受性比較試験によってそれぞれの家畜害虫に有効な薬剤を見出し、さらに実用的な製剤法,施用法を開発したもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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