学位論文要旨



No 215414
著者(漢字) 千保,聡
著者(英字)
著者(カナ) センボ,サトシ
標題(和) 家庭用および動物用殺虫剤の効力評価方法に関する研究
標題(洋)
報告番号 215414
報告番号 乙15414
学位授与日 2002.09.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15414号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北原,武
 東京大学 教授 田付,貞洋
 東京大学 教授 小野,憲一郎
 東京大学 教授 小野寺,節
 東京大学 助教授 渡邉,秀典
内容要旨 要旨を表示する

 殺虫剤を開発する上で、効力検定は非常に重要である。効力検定は、室内試験と実地試験に大別される。殺虫剤を開発する上で室内試験に求められる最も重要な目的は、新しい化合物の実用検定である。家庭用殺虫剤は農薬と違い、最終施用場面が屋内であることより、天候や時期等による効果への影響はほとんど無い。よって、精度を高めた室内試験で得られた結果により、実用性の判断が相当程度可能と考えられる。しかし、これまで新規の家庭用殺虫剤の室内効力試験は、主に単なる基礎活性評価、あるいは他の市販されている殺虫剤との相対効力を求める手段に限定される傾向があった。家庭用殺虫剤を実際に使用する者は、我々を含む一般消費者であることより、一般消費者の求める性能を評価可能とする室内試験法の確立は重要であると考えた。著者は、室内試験法において(1)消費者の求める性能を評価し得る方法の確立、(2)実用効果を判定可能とする評価方法の確立は、家庭用殺虫剤の開発に大きく寄与するものと考え、ゴキブリ用エアゾール剤の室内評価方法、および蚊取り線香剤の室内評価方法について検討を行った結果、以下に示す知見を得た。さらに、農業用殺虫剤と家庭用殺虫剤の境界領域に位置するペット(コンパニオンアニマル)用殺虫剤の評価方法については、検討が十分になされていなかった。イヌ、ネコ等を用いず、より簡易に実用効果を判定し得る方法について検討を行った結果、以下に示す知見を得た。1.ゴキブリ防除製剤の速効性評価方法の確立

 日本の主婦に対してゴキブリ防除方法についてアンケートを実施した結果より、多くの主婦は殺虫剤をゴキブリに処理した後に、ゴキブリが隙間などに逃げ隠れる前にノックダウンするような速効的な効果を有する商品を求めていると考えた。新規ピレスロイド系化合物のイミプロトリンは、特にゴキブリ類に対して速効的な効果を有する化合物であることが、各種の基礎効力試験結果より判明した。一方、従来は速効性の指標としてはKT50値などの、昆虫が殺虫剤に被曝してからノックダウンする迄の時間により判断されていた。しかし、より速効性の強い化合物については、ノックダウンする迄の時間で測定すると観察者の誤差が生じやすいこと、消費者が求めているのはノックダウンするまでの時間ではなく、距離であることより、ゴキブリがノックダウンするまでに移動する距離を、速効性の判定基準とする評価方法の検討を行った。その結果、殺虫剤噴霧地点からゴキブリがノックダウンするまでに移動した距離の対数値と、各距離における累積ノックダウン率との間には直線的な相関が得られることを確認し、速効性を示す指標としてMD50値(moving distance of 50% insectsの略)を用いることとした。このMD50値を用いる評価方法の確立により、イミプロトリンのような超速効性を有する化合物の性能を正しく判定が可能となり、また、この指標は消費者の求める性能を正しく示していると考えられた。2.蚊取り線香剤の効力評価方法の確立

 蚊取り線香剤は日本などのアジア地域では古くより用いられている蚊の防除製剤である。著者らは、蚊を放った小さなガラス箱内で蚊取りマット製剤を加熱する際に、同時に殺虫成分を含まない蚊取り線香剤を燃焼させると、蚊取りマット製剤だけを加熱する場合と比較し、顕著に蚊に対するノックダウン効果が低下することを確認した。この結果より、蚊取り線香燃焼時に発生する煙が、蚊に対する効力に何らかの影響を与えているものと推測し、その解明が評価方法確立の鍵となると考えた。線香の煙を電子顕微鏡により観察した結果、燃焼直後に発生した煙の粒子径は0.2μm以下であるが、小空間内にて十分に燃焼させた後の煙粒子径は0.4〜1.0μmであった。小空間内で蚊取り線香を燃焼させた場合、空間内の煙密度の増加に伴い、巨大な煙粒子の存在比率が高くなることが確認された。また、小空間内で蚊取り線香を燃焼させる際、殺虫成分の揮散量を一定とし、煙密度だけを変化させる条件とした場合、煙密度の増加に伴い、蚊に対するノックダウン効果が低下することが確認された。これらの結果より、小空間では線香の煙は蚊に対するノックダウン低下の要因となっていること、さらに煙密度の増加に伴い、煙粒子同志が凝集し、巨大化することにより、蚊に対する効果が低下する可能性が示唆された。また、異なる殺虫成分を含有する線香剤の効力比較を行う場合、空間内の煙密度によって、相対効力比が顕著に異なることが示され、線香剤の効力試験法では、空間内の煙密度の設定が重要であることが判明した。これらの知見に基づき、大空間における線香剤燃焼時に想定される煙密度を、小空間に反映させた。すなわち、30秒間の定時間、小空間内で線香剤を燃焼させる方法により、大空間で得られる複数の殺虫成分の相対効力比と同等の結果が得られることを確認した。

 これらの結果より、線香剤特有の煙の効カへの影響が明らかとなり、さらに簡便な小空間を用いた評価方法でも実用効果が推測可能となった。3.動物用外部寄生虫防除剤の効力評価方法の確立

 近年のペット(コンパニオンアニマル)ブームに伴い、ネコやイヌに外部寄生するネコノミが増加し、イヌ、ネコに対する皮膚炎の被害、ヒトヘの刺症例も増加している。このような状況より、ノミ防除剤の必要性は高まっている。ノミ防除剤を開発する上では、(1)効力試験に供試するためのノミの安定的な大量飼育法の確立、(2)実用効果を反映する簡易的な評価方法の確立が重要である。

 まず、ネコノミが宿主特異性が低いことに着目し、ネズミ類のマウスを宿主としてネコノミを飼育する方法を検討した。マウスを宿主として飼育したネコノミの各ステージの生育期間、営繭率、羽化率は、ネコを宿主として飼育した場合とほぼ同等かやや優れたが、繁殖力はやや劣った。マウスを宿主とした飼育法は非常に簡便であり、一度に大量のネコノミの飼育が可能であること、殺虫剤に対する感受性もネコ飼育の場合と差違がないことより、効力試験などに供試する上では非常に有用な飼育方法と考えられた。

 ノミ防除剤は施用方法より、動物体以外に施用する方法と動物体に施用する方法に大別される。さらに動物体に施用する方法は、動物の血液を介さずに吸血するノミを防除する方法(non-systemic Control)と血液を介して防除する方法(systemiC Control)に分けられる。ある殺虫剤が、こられの施用法のいずれに適したものであるかを簡易的に判定する方法を確立するため、動物体以外に施用する方法は濾紙強制接触法、動物の血液を介さない方法はマウス経皮投与法、血液を介する方法はマウス経口投与法を判定基準として用いることとした。昆虫成長制御剤のピリプロキシフェンを例として、これらの評価試験を実施した結果、ピリプロキシフェンは、濾紙強制接触法およびマウス経皮投与法にてノミに対して高活性を示し、実用効果と同様の結果を示した。

 ネコノミの大量簡易飼育法の確立、および実用性判定のための簡易的な評価系の確立により、ノミ防除剤の効率的な開発を可能とした。

 家庭防疫用殺虫剤の室内試験の目的は第一に実用効果の検定である。この観点より、実用効果を反映させた室内試験方法を検討し、ゴキブリ用防除製剤の即効性評価系、蚊取り線香剤の評価系、動物用外部寄生虫防除剤の評価系をそれぞれ確立した。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は家庭用および動物用殺虫剤の効力評価方法に関する研究で、5章よりなる。家庭用殺虫剤等は一般消費者が使用者であるため、商品開発の上で、一般消費者が求める性能が評価できなければならない。また、近年のペットブームに伴い増加しているネコノミに対する有効な殺虫剤の開発のためには、ネコノミの大量飼育法や防除剤の有効性の評価法の確立が望まれている。筆者は、この点に着目し、室内試験法において(1)消費者の求める性能を評価し得る方法、および(2)実用効果を判定可能とする評価方法を確立することは、家庭用および動物用殺虫剤の開発に大きく寄与するものと考え、以下の研究を行った。

 まず、1章(序論)で研究の背景と意義を述べた後、第2章ではゴキブリ防除製剤の速効性評価方法の確立について述べている。筆者は、多くの消費者がゴキブリ防除製剤に求めている速効性とは、ゴキブリがノックダウンするまでの時間ではなく距離であると考えた。そこで、ゴキブリがノックダウンするまでに移動する距離を速効性の判定基準とする評価方法の確立を検討した。その結果、殺虫剤噴霧地点からゴキブリがノックダウンするまでに移動した距離の対数値と、各距離における累積ノックダウン率との間には直線的な相関が得られることを見出し、速効性を示す指標としてMD50値(moving distance of 50% insectsの略)を用いることとした。このMD50値を用いる評価方法の確立により、イミプロトリンのような超速効性を有する化合物の性能を正しく判定することが可能となり、また、この指標は消費者の求める性能を正しく示していると考えられた。

 第3章では蚊取り線香剤の効力評価方法の確立について述べている。筆者は、小空間では線香の煙が蚊に対するノックダウン低下の要因となっていること、および煙密度の増加に伴い、煙粒子同志が凝集し巨大化することを見出した。更に線香に含有させた殺虫成分の種類によって、線香の煙によるノックダウン効果への影響が顕著に異なることも明らかにした。そこで筆者は、異なる殺虫成分を含有する線香剤の相対効力を、小空間の実験でも正しく評価出来るように煙密度を設定することが重要であると考えた。大空間における線香剤燃焼時に想定される煙密度を小空間に反映させる方法を検討した結果、線香剤の燃焼時間を一定時間(30秒)とすることで、大空間で得られる複数の殺虫成分の相対効力比と同等の結果が得られることを見出し、簡便な小空間を用いた評価方法を確立した。

 4章では、動物外部寄生虫であるノミの防除剤を開発する上で必要な、(1)効力試験に供試するためのノミの安定的な大量飼育法の確立、(2)実用効果を反映する簡易的な評価方法の確立について述べている。まず、ネコノミの宿主特異性が低いことに着目し、マウスを宿主としてネコノミを飼育する方法を検討し、飼育法を確立した。ノミ防除剤の施用方法は、動物体以外に施用する方法と動物体に施用する方法に大別される。さらに動物体に施用する方法は、動物の血液を介さずに吸血するノミを防除する方法と血液を介して防除する方法とに分けられる。ある殺虫剤が、いずれの施用法に適したものであるかを簡便に判定する方法を確立するため、動物体以外の施用効果の評価法として濾紙強制接触法を開発した。さらに、血液を介さない動物体施用法はマウス経皮投与法によって、また血液を介する動物体施用法はマウス経口投与法によって実用効果を反映した結果が得られることを見出した。

 5章は総括である。

 以上本論文は、家庭用および動物用殺虫剤の開発する上で必要な、実用上の効力を実験室レベルで正しく評価出来る簡便な方法を開発したものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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