学位論文要旨



No 215422
著者(漢字) 佐藤,孝吉
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,タカヨシ
標題(和) 東南アジアの社会林業における日本からの民間援助 : (財)オイスカの植林活動を事例として
標題(洋)
報告番号 215422
報告番号 乙15422
学位授与日 2002.09.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15422号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 永田,信
 東京大学 教授 箕輪,光博
 東京大学 助教授 白石,則彦
 東京大学 助教授 井上,真
 東京農工大学 助教授 土屋,俊幸
内容要旨 要旨を表示する

 熱帯林の減少は年々地域的にも拡大し,深刻さを増しており,熱帯林保全問題は地球的規模の環境問題へと国際的な課題として位置づけられるようになった。熱帯林面積減少の原因を探ってみると,木材の採取,農地への転換などの直接的な原因と,人口増加,生活水準の向上,経済活動の活発化など祉会的な原因が間接的に含まれている。しかしながら,それに対する対応は,伐採禁止や輸出規制など森林利用に関する規制,森林保全や林業に関する技術開発が主流であり,熱帯林面積減少の根幹をなす社会問題への対応は後発であり傍流でしかなかった。熱帯林問題の解決のためには地域の自然的,社会的実状をふまえ,地域住民による森林資源に立脚し,自立した社会の形成と,生活安定のための森林保全という基本理念の形成を目指すことが必要であり,そのための広い意味での教育を通して,経済,文化など根本的な生活の変化に結びつけて行かなければならない。

 社会林業は,「地域住民によって林業活働を行うこと」あるいは「林業活動と地域住民の生活を密着させること」で,地域住民の自立と森林資源への平等なアクセスが実現させられるという考え方であり,特に森林保全と人口増加との両問題を同時に抱えている地域には適合するものである。

 こうして実施されたほとんどの社会林業プロジェクトは,土地所有の規制や森林利用の規制を目的とする行政的プロジェクトとして展開したため,「組織づくり」や「森林づくり」の段階で終了し,森林造成後の具体的な森林管理や利用について検討されていない。社会林業においては森林造成が最終目標ではなく,地域住民の生活と林業活動を結びつけることが必要条件であり,将来において森林地をどのように利用していくのか,管理するのかといった問題まで入り込んで検討する必要がある。

 一方,途上国における森林政策の基本的転換に対し,社会林業プロジェクトの実行部隊として,NGOやNPOの森林保全活動が注目を浴びるようになった。その活動は地域密着型であることから,地域の問題への対応が柔軟で,特に森林造成後をも考慮に入れた社会林業プロジェクトには適していると仮説を立てることができるだろう。

 そこで本論文では,(財)オイスカの植林活動を,社会林業プロジェクトという視点から次の目的で検討した。第1には,民間援助による社会林業プロジェクトの実態について明らかにすること。第2には,社会林業プロジェクトによる地域住民の生活向上と生活安定の方向性について示唆すること。第3には,社会林業実施のためのオイスカの役割を明らかにすること。第4には,熱帯林問題における社会林業の位置づけを明らかにすることである。以上の4点を検討することにより,社会林業プロジェクトにおける民間援助の在り方を明らかにしようと試みたのである。

(調査および分析の方法)

 これらの目的を達成するために植林活動を次の3つの手法により分析した。第1には対象となる社会を地域範囲で区分した。ここでの最小社会は家族を中心とした「農家レベル」におき,中間社会を森林地内居住者で形成される「村落レベル」とし,そして最大社会を森林地外の居住者も含んだ「広域レベル」とした。第2には社会林業プロジェクト事業の展開を,人的資源をどのように構成するかという「組織づくり」,どのようにして森林を造成するかという「森林づくり」,さらに造成した森林をどのように活用し生活向上や安定へと結びつけるかという「生活づくり」の三段階に区分して現状を確認した。第3には植林活動の事業内容を法制度的な側面,技術的な側面,教育的な側面から注目して,社会林業プロジェクトにおける制約条件を抽出した。

 オイスカの植林活動は,植林フォーラム,「子供の森」計画,植林プロジェクトが3本柱である。植林フォーラムは「苗木一木の国際協力」をスローガンとし,アジア太平洋諸国を中心として実施されている。森林地内外の居住者を巻き込んだ植林活動で県や市,流域のレベルで実施されていることから広域レベルの森林づくりプロジェクトの事例と考えられる。「子供の森」計画は,学校を単位とした地域住民の主体的な植林活動の計画・実践であり,オイスカは資金,技術の両面から植林活動を援助する事業をしている。村落に密着している学校を単位とした植林活動であることから村落レベルの森林づくりプロジェクトの事例と考えられる。植林プロジェクトでは森林保全や林業活動に関する研修,デモンストレーション,苗木の配布などを行う事業を取り上げた。特に,個々の農家を対象とした活動を農家レベルの森林づくりプロジェクトの事例として分析した。

 調査地は,林業の特性と民間援助という視点から比較的長期にわたって実施され,日本人技術者との関係が強い場所を選び,(1)フィリピン国・北ザンボアンガ州,(2)フィリピン国・イロイロ州,(3)タイ国・スリン県,(4)タイ国・ランプーン県を事例とした。

(結果および考察)

 (1)社会林業プロジェクトの現状把握:植林活動の組織は,オイスカ,地域住民,政府機関などによって構成されていた。基本的な役割は,オイスカはプロジェクト運営のための資金的支援や植林技術に関する指導,地元住民や学校の児童生徒は植林や育林活動の実施,政府機関などは植林地の設定やカウンターパートの選任など植林活動の受け入れであった。植林活動の目的は,直接的に経済的な向上を目指したというよりも生活環境を安定させたり,森林造成により環境保全に関する意識高揚のために実施されていたと言える。森林づくりでは,対象の社会範囲が広くなるにしたがい,参加人数も多くなり同時に大面積の植林活動が実施されていた。育林についてはそれぞれの地域において事情が異なっていたため,灌水方法やそのための施設,放牧動物からの防護柵の設定等で各プロジェクトごとに工夫され多様性が見られた。生活づくりでは,明確な効果がほとんど見られなかった。社会林業プロジェクトにおいて社会の対象範囲が広くなるにしたがい,組織づくりなどプロジェクトの導入や地域住民へのアプローチの部分に重点がおかれたものとなっていた。反対に,農家レベルなど社会の対象範囲が狭くなるにしたがい,植林活動の導入部分よりも森林づくりの内容や造成された森林の利用,それらによる生活づくりを主体とした植林活動が進行していたことがわかった。

 (2)社会林業プロジェクトの方向性:地域住民は,組織を形成し,森林造成を実施して社会林業プロジェクトを実行していたが,生活向上へはほとんど影響していなかったことがわかった。今後の方向性としては,事例として取り上げた植林活動の段階からさらに発展した生活づくりを支援すること,つまり地域住民がNGOや地元の政府による支援を受けなくても,地域住民が自立してその地域に定着した「社会林業=地域住民による林業活動」を展開する必要があると結論づけた。地域住民が非永続的な森林資源の利用を転換し,森林資源の持続可能な利用を実現した社会林業を実現するための中間的な存在として社会林業プロジェクトは位置づけられた。つまり,社会林業プロジェクトとして実行された植林地の確保,植林活動の実施,植林計画の作成は社会林業プロジェクトに参加する段階であり,参加の段階から発展した自立した段階,すなわち,地域に適合した植林地の利用,植栽木の利用,経営計画の作成へと結実することが重要と示唆した。

 (3)民間援助の社会林業実施のための役割:オイスカのアプローチは,植林活動による環境保全事業に対する地域住民の意識高揚や生活向上意欲を高めることを目的として,人と人との交流を基本とした教育的な側面を特徴としてきた。この場合,単に植林活動にのみ焦点をあてるのではなく,地域住民の農耕や食糧事情,生活環境の改善といった総合的なアプローチを行っていた。植林活動の以前に森林に対する意識改革が必要である場合や,地域住民との対話が必要であるような状況の場合にはこのようなアプローチが有効であると判断した。

 (4)熱帯林問題における社会林業の位置づけ:地球環境の保全において熱帯林は重大な要因であり,熱帯地域の森林の造成や保全は急務である。しかしながら,熱帯林を取り巻く状況は多様であり,また常に変化しており,長期的な展望に基づきつつ地域に最適な森林を造成することを考えて行かなければならない。森林が減少した社会的な原因や地域住民の生活の現状から判断すると,山地住民の人口増加や食糧問題などを無視して熱帯林問題を論じることはできない。社会林業は森林の保全や回復を目的とした植林活動だけでなく,森林地に居住している人々や森林資源に関連している人々へ配慮している点で,今後その重要性が更に高まると結論づけられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、国産NGOとしては最大級の(財)オイスカによる植林活動を事例に、社会林業プロジェクトにおける民間援助の在り方を考察したものである。

 第1章では従来の祉会林業に関する議論を整理し、本論文の分析視点を明らかにした。第1に対象となる社会を地域範囲で区分し、最小社会として家族を中心とした「農家レベル」、中間社会として森林地内居住者で形成される「村落レベル」、そして最大社会として森林地外の居住者も含んだ「広域レベル」を考えた。第2に社会林業プロジェクト事業の展開を、人的資源をどのように構成するかという「組織づくり」、どのようにして森林を造成するかという「森林づくり」、さらに造成した森林をどのように活用し生活向上や安定へと結びつけるかという「生活づくり」の三段階に区分して現状を確認した。第3に植林活動の事業内容を法制度的な側面、技術灼な側面、教育的な側面から注目して、社会林業プロジェクトにおける制約条件を抽出した。

 第2章ではオイスカの植林活動を上記視点から整理し、調査地を設定した。

 第3章から第5章までは、オイスカの植林活動の3本柱とも言うべき植林フォーラム、「子供の森」計画、植林プロジェクトについて、現地調査をもとに、上述の分析視点に従っての現状把握に努めたものである。「子供の森」計画は、学校を単位とした地域住民の主体的な植林活動の計画・実践であり、村落レベルの森林づくりプロジェクトである。植林フォーラムは、県や市、流域のレベルで実施され、森林地内外の居住者を巻き込んで行われる広域レベルの森林づくりプロジェクトである。植林プロジェクトは森林保全や林業活動に関する研修、デモンストレーション、苗木の配布などを個々の農家を対象として行う農家レベルの森林づくりプロジェクトである。

 植林活動の組織は、プロジェクト運営のための資金的支援や植林技術に関する指導を行うオイスカ、植林や育林活動の実施を担う地元住民や学校の児童生徒、植林地の設定やカウンターパートの設置など植林活動の受け入れを行う政府機関などにより構成されていた。社会林業プロジェクトにおいて社会の対象範囲が広くなるにしたがい、組織づくりなどプロジェクトの導入や地域住民へのアプローチに重点がおかれたものとなっていた。反対に、農家レベルなど社会の対象範囲が狭くなるにしたがい、規模は小さくなるものの森林の利用とそれらによる生活づくりを主眼に置く植林活動へと進行しつつあることがわかった。

 第6章では前3章の現地分析をもとに民間援助の方向性が考察され、第7章で総括がなされている。組織は作られ、森林づくりはされていたが、自律的な社会林業となるために必要な生活づくりは不充分であり、今後はこの面の充実が求められていることが明らかとなった。社会林業プロジェクトとして植林地の確保、植林活動の実施、植林計画の作成はなされたが、地域に適合した植林地・植栽木の利川、経営計画の作成へと結実することが重要である。さもなければ、地域住民に対して外部から絶えざる支援を与えること無しに、林業活動は続けられないからである。NGOや地元政府による支援から脱却するためには、その地域に定着した「社会林業=地域住民による林業活動」へと展開する必要があるのである。社会林業プロジェクトはこの社会林業を実施するための前段階として位置づけられる。

 「子供の森」計画は学校を対象としており、教育的側面が強く、植林プロジェクトは農家を対象とする技術援助でき側面が強い。植林フォーラムは大規模な植林を行うために植林地の確保という法的制約が大きい。こうした違いがあるものの、概してオイスカによる植林活動は、経済的な向上よりも生活環境を安定させたり、森林造成による環境保全に関する意識高揚のために実施されており、教育的側面の強い事業となっていた。育林方法についてはそれぞれの地域において事情が異なるため、灌水やそのための施設、放牧動物からの防護柵の設定等で各プロジェクトごとに工夫され多様性が見られ、技術的側面からも、NGOらしい肌理の細かさが発揮されていた。また、今後、生活づくりに進んでいくにつれ、法制度的側面における整備が求められていることが明らかとなった。

 以上、本論文は、(財)オイスカによる植林活動を事例に、丹念な現地調査に基づき、社会林業プロジェクトにおける民間援助の現状を明らかにすると共に、その在り方に関して貴重な知見を提示したもので、学術上応用上、貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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