学位論文要旨



No 215427
著者(漢字) 飯塚,聡
著者(英字)
著者(カナ) イイズカ,サトシ
標題(和) インド洋における大気海洋相互作用の数値研究
標題(洋) A numerical study of air-sea interaction in the Indian Ocean
報告番号 215427
報告番号 乙15427
学位授与日 2002.09.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第15427号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 中村,尚
 東京大学 教授 木本,昌秀
 東京大学 教授 日比谷,紀之
 東京大学 教授 山形,俊男
 東京大学 助教授 安田,一郎
内容要旨 要旨を表示する

 最近,インド洋熱帯域においてIndian Ocean Dipole(IOD)mode eventと呼ばれる特徴的な大気海洋相互作用現象の存在がSaji et al.(1999)により発見された.IODは,東部(西部)熱帯インド洋の水温低下(上昇)と赤道上の東風偏差で特徴付けられる現象であり,東アフリカやインドネシア付近の降水量に影響を与える現象である.しかしながら,インド洋における海洋の観測データの不足等により,この現象発生時における水温偏差の形成機構に対する海洋の役割については,十分には理解されていないのが現状である.さらに,Saji et al.(1999)が指摘したように,IODが実際に大気と海洋の相互作用の結果として生じる現象なのかどうかについても,十分には説明されていない,そこで,本研究では,海洋大循環モデルで実際にIODが起きた1994年と1997年におけるインド洋での水温偏差の形成機構を明らかにし,さらに,大気海洋結合モデルを用いてIOD現象を再現することにより,この現象は海洋の力学過程が重要な大気と海洋の相互作用の結果として発生していることを示すのを目的としている.

第1章の序論の後,第2章において,1975年から1997年までの大気場の再解析データで海洋大循環モデルを駆動し,その期間に発生したIODの時間発展の様子について観測データと比較しながら調べている.モデルは,1994年と1997年に発生したIODに伴う表層や亜表層の特徴を良く再現している.この結果を利用し,熱収支の解析を行った結果,両IOD発生時における水温偏差の形成に対して,海洋の赤道ケルヴィン波とロスビー波が重要な役割を果たしていることが明らかになった.

 第3章では,IOD現象における大気海洋相互作用の重要性を明らかにするために,大気海洋結合モデルでIODの再現することを行った.モデルを高解像度にすることにより,IOD現象発生において重要なインドネシア付近の沿岸湧昇現象の再現性を改善した結果,観測と同様に,東部(西部)熱帯インド洋の水温低下(上昇)と赤道上の東風偏差で特徴付けられるIOD現象を大気海洋結合モデルで自発的に発生させることに成功した.モデルで再現されたIOD現象を調べると,水温偏差に伴い,対流活動が東部(西部)熱帯インド洋で不活発(活発)になり,降水量も減少(増加)する様子や,赤道上の東風偏差により,東部(西部)熱帯インド洋での温度躍層が浅く(深く)なる特徴が見られた.結合モデルに見られるこれらの大気場と海洋場における整合的な偏差構造は,IOD現象が大気と海洋の相互作用の結果として生じていることを示している.

 次に,結合モデルで再現されたIOD発生時の水温偏差の形成過程を明らかにするために,熱収支の解析を行った.まず6月にジャワ島沿岸に現れる負の水温偏差は,そこでの風の偏差に伴う沿岸湧昇の強化によって引き起こされる.この水温偏差は強まりながら,翌7月には赤道へと移動する.これと同時に,赤道上には東風偏差が現れ,その応答として東部熱帯インド洋の温度躍層は通常よりも浅くなる.これに伴い,冷たい水が通常よりも表層に取り込まれることとなり,東部熱帯インド洋赤道付近の水温がより低下する.この水温低下には,東風偏差により生じた西向きの流速偏差に伴って,通常よりも西へと運ばれる表層の暖かい水の量が増加する効果も同時に寄与している.海面水温がピークを迎える9月以降になると,水温の低下に伴う潜熱の減少と雲量の減少を通した日射の増加により,しだいに水温偏差が消失していく.

 一方,西部熱帯インド洋での水温上昇は9月から12月にかけて生じる.この上昇は,東風偏差により生じた西向きの流速偏差に伴って,通常よりも西へと運ばれる表層の暖かい水の量が増加する効果によるが,11月から12月にかけての水温上昇に対しては,東風偏差に伴い通常よりも湧昇が弱まる影響や温度躍層が深くなる影響も寄与している.これらの効果により,西部熱帯インド洋での水温偏差は翌年の1月頃に最大となる.西部熱帯インド洋におけるモデルの水温偏差上昇時期が観測よりも遅れる点は,モデルの温度躍層が季節的に浅くなる時期が観測に比べて遅いことと一致している.このことは,温度躍層の季節的な変化がIOD現象の季節依存性に対して重要な役割を果たしていることを示唆している.

 本研究では,世界で初めて大気海洋結合モデルにおいてIOD現象を再現することに成功した.さらに,本研究の結果から,IOD現象は海洋の力学過程が重要な大気と海洋の相互作用の結果として生じていることが明らかになった.さらに,この結合モデルで再現されたIOD現象とエル・ニーニョ的な現象との間には関係は見られない.このことから,IOD現象はインド洋に固有の大気海洋結合モードであることが示唆される.また,本研究の成果は,今後,データ同化などを行うことにより,将来IOD現象の予測が可能になることを示したと言える.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は4章からなり、第1章は導入部で、3年前に発見されて以来、世界の気候・力学者・大気海洋力学者の注目を集め、そのメカニズムに関して大きな議論を巻き起こしている「インド洋のダイポール(IOD)現象」についての概観、気候学的な重要性、及びその研究の発展についてレビューがなされている。第2章おいては,観測された海上風速や気温・湿度の時系列を境界条件として与えて海洋大循環モデルを強制した。そこで再現されたIODイベントの海洋上層におけるライフサイクルを詳細に分析し、IODに伴う海面水温偏差の形成には、海洋の力学過程、特にジャワ島付近の沿岸湧昇の強弱や海上風偏差により駆動された海流偏差に伴う熱の水平輸送の効果が、最も重要な寄与をすることが明示された。続いて第3章では、IODシグナルを含んだ大気の観測データにて海洋大循環モデルを駆動する代わりに、その海洋モデルを大気大循環モデルと力学的・熱力学的に結合させ、そうした結合系において熱帯インド洋の大気海洋相互作用に伴って,IODが自励的に発達することを世界で初めて示した。しかも、その結合モデルで再現されたIODは、その構造や時間発展、季節性においてかなり現実的なものである。モデルの長期積分に現れたIODのイベントに共通するシグナルを解析することにより、初夏に何らかのきっかけでジャワ島沖で起こった沿岸湧昇の異常強化によってIODイベントがトリガーされ、それに伴い始まった海面水温低下が、インド洋東部で大気中の積雲対流活動を抑制。その結果として赤道海上に生じた東風偏差によって浅くなった水温躍層と西向き流速偏差の2つの働きによって水温低下がさらに加速されるという、大気海洋間の正のフィードバックによりIODが発達することを明示した。また、熱帯インド洋西部においても同種の正のフィードバックによって水温の上昇が起こり、観測されるような海面水温の東西双極子構造が形成されることが明らかとなった。一方、こうした水温変化に伴う海面からの蒸発量の変化や、積雲雲量偏差に伴う海面での日射吸収量の変化が、今度は負のフィードバックとして働いて、IODイベントを終焉に導くことも示された。更には、上記の正のフィードバックをもたらす海洋の熱力学過程が、モデルの水温躍層の構造に見られる季節変化に強く左右されることも示され、これが観測されるIODの顕著な季節性に反映される可能性が示唆された。これら幾つかの重要な成果の意義は第4章にまとめられている。

 以上のように、本論文においては、数年に一度夏から秋に掛けてインド洋に発現し、アジア・アフリカ・オセアニアの広い地域の天候状態に大きな影響を及ぼすことがつい最近明らかにされたIOD現象を、大気海洋結合大循環モデルにおいて現実的に再現することに世界に先駆けて成功し、IODが熱帯インド洋における大気海洋相互作用に因り自励的に生ずる経年変動であることを明確にした業績は高く評価されるべきである。殊に、モデルにおいては、IODが太平洋のエルニーニョ・南方振動とは同時に発現することが稀であることから、IODがインド洋固有の大気海洋結合変動モードとして存在できる可能性が強く示唆されたことは重要である。また、IODの発達をもたらす大気海洋間の正のフィードバック過程における海洋上層の力学・熱力学過程の重要性が、海洋大循環モデル実験及び結合モデル実験の解析、双方から整合的に示されたことも需要な成果である。本論文に示された成果は、熱帯地域の重要な経年変動モードの1つであるIOD現象の発現やその時間発展が、観測データを大気海洋結合モデルに同化させることを通じて予測できる可能性を示唆するものとしても画期的なものである。

 なお、本論文の第2章から3章にかけては、山形俊男・松浦知徳・川村隆一・湯本道明・P.N.Vinayachandranの各氏との共同研究に基づくが、いずれも論文提出者が主体となって実験・解析および検証を行なったもので、論文提出者の寄与は十分であると判断される。

 従って、博士(理学)を授与できると認める。

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