学位論文要旨



No 215431
著者(漢字) 菊池,喜昭
著者(英字)
著者(カナ) キクチ,ヨシアキ
標題(和) 軟弱粘性土地盤着底式くし形構造物の横抵抗特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 215431
報告番号 乙15431
学位授与日 2002.09.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15431号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 龍岡,文夫
 東京大学 教授 小長井,一男
 東京大学 教授 東畑,郁生
 東京大学 教授 佐藤,慎司
 東京大学 助教授 古関,潤一
内容要旨 要旨を表示する

 わが国の港湾は、東京湾、大阪湾、伊勢湾などに代表される三大湾に多く立地している。特に港湾が立地している湾奥部には厚い軟弱粘性土が堆積していることが多い。軟弱層の層厚が厚い地盤上に重力式防波堤や岸壁を建設する場合、地盤改良によって基礎の安定を図るために多大な費用を要することになる。一般的に、港湾施設の建設費用の中で地盤改良にかけている費用は全工費の30%〜60%に及ぶ。特に、湾奥部の比較的波浪が小さくしかも軟弱な地盤上に防波堤を建設する際には、地盤改良に費やす費用の比率が極めて高くなる。そこで、地盤改良を必要としない、経済的な新しいタイプの防波堤構造が望まれており、図-1に示すような軟弱地盤着底式防波堤が考案された。

 この構造物は、重量の軽い堤体を軟弱地盤上に着底させ、底面と地盤(特に粘土地盤)の間の付着力や杭の横抵抗力によって水平力に抵抗しようとするものである。構造上、水平力に抵抗する能力は比較的小さいが、軟弱層厚が厚い場合でも地盤改良の必要がないため、波浪が比較的小さい海域で有利となるような構造である。 軟弱地盤着底式構造物は、底面と粘土の付着力のみによって水平力に抵抗する「ひら形」とよばれるタイプと、「ひら形」に杭を取り付けた「くし形」と呼ばれるタイプの2種類が考案されている。「ひら形」の場合の破壊機構は、水平力が卓越した偏心傾斜荷重に対する地盤の支持力問題として検討できると考えられる。一方、「くし形」は水平力に対して底版と地盤の間の付着力による抵抗と、杭の軸直角方向の抵抗との複合的な抵抗メカニズムであり、その破壊機構は複雑である。また、杭が軸直角方向の抵抗を発揮するためには、ある程度の地盤の変形が必要である。すなわち、「くし形」構造物は、構造物が変位することを積極的に許容しようとする構造物である。これまでの構造物では、変位を積極的に受け入れるという設計をしたものはほとんど無かった。防波堤の場合にはその機能は壁で波のエネルギーを押さえることにあるため構造物の許容変位量は比較的大きなものである。このように、「くし形」構造物が成立する背景としては許容変位量が大きなことが重要なポイントである。また、主たる外力は波力となるが、このような繰返し作用する外力に対しての挙動の把握が重要である。

 本論文では、まず、軸直角方向荷重を受ける杭の挙動を詳細に把握するために、測定された曲げひずみ分布から梁の理論を用いて地盤反力分布、たわみ分布を求める方法の改良について検討し、ついで繰返し軸直角方向力を受ける杭の挙動について砂地盤及び粘性土地盤中の杭模型で実験をし、繰返し荷重を受ける場合の杭の挙動を把握した。さらに、本研究の主題である、底版に剛結された2列の杭を持つ構造形式の水平荷重に対する挙動を検討した。さらに、室内において実物の1/24の大きさの軟弱地盤着底式くし形構造物を用いた粘性土地盤での水平力に対する抵抗性を検討した。最後に、原位置において、実物大の模型の水平載荷試験を実施した。

 原位置における載荷試験では軟弱地盤着底式くし形構造物の挙動特性に及ぼす杭の根入れ長さの影響に関する実験と繰返し水平力載荷による軟弱地盤着底式くし形構造物の抵抗特性の変化に関する実験を実施した。

 以上の検討の結果得られた結論は以下のとおりである。

 まず、軸直角方向載荷試験時に杭に生じる曲げモーメント分布から地盤反力を求めるにあたり、スプライン関数を用いることを検討した。その結果、比較的精度良く曲げモーメント分布などを近似できるようになり、あわせて精度良く地盤反力を求めることができるようになった。この検討の結果以下のことが明らかとなった。

(1)曲げモーメント分布から地盤反力を求める場合のように、関数を二階微分する場合には、関数形の近似手法を注意して決定する必要がある。このとき、スプライン関数は高次数の多項式近似に比べて微分結果がより安定的であるため、多項式近似を用いるよりも優れている。ただし、二階以上微分する必要がある場合には、近似関数の次数が下がらないようにする工夫が必要である。

(2)スプライン関数を用いて曲げモーメント分布から地盤反力分布を求めるような場合であっても、データの計測位置、密度、精度の選定は極めて重要である。これらの計画、計測がうまくいかなければ、良い結果を得ることは困難である。

 杭の軸直角方向抵抗特性のうち、繰返し荷重が作用する場合の特性を実験的に検討し、以下のことを明らかにした。

(3)砂質土地盤でも粘性土地盤でも、繰返し載荷によって杭のたわみは増加する。繰返し回数に対する変位の伸びは粘性土地盤の方が砂地盤より大きくなる傾向にある。また、粘性土地盤での繰返し載荷では、曲げモーメントの最大値が増加することが特徴である。

(4)砂質土地盤の場合の繰返し載荷による杭のたわみの増加は杭背面側からの砂の供給が主たるものであると考えられる。粘性土地盤では、繰返し載荷による浅い部分の地盤反力係数が低下がたわみの増加の主たる要因であると考えられる。

(5)繰返し載荷の荷重レベルを徐々にあげた実験結果からすると、低い荷重レベルでの繰返し載荷は高い荷重レベルでの繰返し載荷時の挙動にほとんど影響を及ぼさない。

 室内で作成した粘性土地盤において行われたくし形構造物の水平荷重に対する抵抗性に関する実験からは以下のことが明らかにされた。

(6)杭頭を版により剛結された杭構造物の水平抵抗力は杭の間隔によって異なり、杭間隔が広いほど水平抵抗力が大きくなる。版で固定された杭構造物の杭間隔が狭い場合には、杭頭が回転しやすくなることと杭間の地盤の横抵抗性能が低下することが、水平抵抗性能を低下させる理由である。また、杭頭部が完全に剛結されている場合の杭頭固定度RFは、杭の引抜き押込み抵抗と杭間隔の影響によって決定される。

(7)構造物の荷重強度が地盤の鉛直支持力強度の1/2よりも小さな場合には・構造物の重量が重いほど底版による水平抵抗が大きくなる傾向にある。

(8)杭頭の固定度の違いによる杭頭曲げモーメントと杭頭せん断力、杭頭曲げモーメントと曲げモーメント分布の関係について明らかにした。杭頭の初期の固定度の違いは杭と底版の間の荷重分担率の関係に大きな影響がある。また、堤体が水平方向に変位するほど杭の荷重分担率が大きくなる。

 さらに、着底式くし形構造物の水平力に対する抵抗メカニズムについて現地実証実験の結果を基に検討した。本検討により得られた結論は以下のとおりである。段階載荷の結果からは以下の結論を得る。

(9)杭の根入れ長さが短くなると構造物の水平抵抗特性が低下する。この主たる要因は、杭の根入れ長が短くなることによる引抜き抵抗の低下と底版に対する地盤の支持力の不足である。杭の必要根入れ長は、引抜き抵抗と杭の横抵抗の両面から決定すべきである。長すぎる杭を用いても深い部分の杭は有効に機能しないので不経済となる。

(10)正規圧密粘性土地盤での杭の軸直角方向の抵抗特性を考えるための地盤のばねモデルとして港研方式のS型モデル(地盤反力p=ksxy0.5と表せられるとするモデル;ただし、ks:地盤反力係数、x:深度、y:たわみである。)を採用することで現象をうまく表せる。この際、地盤反力係数の低下は考える必要はない。

 また、この実験の範囲では、前杭と後杭の相互干渉はないと判断できた。繰返し載荷の結果からは以下の結論を得る。

(11)繰返し載荷によって堤体の水平変位は増加する。この原因は、底面の摩擦の減少と比較的浅い部分の地盤の水平抵抗の減少によるものである。また、底版の水平抵抗は、繰返し回数の増加に伴い減少する。

(12)繰返し載荷による地盤反力係数の低下は、荷重レベル、繰返し回数、深度によって異なる。繰返し載荷による地盤反力係数の低下をあらわす地盤反力係数比Rk(=ks/kso;ただし、kso:初期地盤反力係数)は次式のように示すことができる。Rk=1-αβγただし、αは繰返し荷重に対する補正項、βは繰返し回数に対する補正項、γは深度に対する補正項である。α、γは荷重レベルが高くなるにつれて大きくなる。βは荷重レベルの影響を受けない。

 なお、水平荷重の載荷試験後の地盤のせん断強度特性については以下のことが観察された。

(13)段階載荷を実施した範囲では、地盤のせん断強さの低下は見られなかった。しかし、繰返し載荷後には比較的浅い部分で地盤のせん断強さがかなり低下した。しかし、ほぼ2ヵ月後にはもとの強さに回復していた。これらのことから、繰返し載荷を考慮する場合には、地盤のせん断強さの低下を考慮する必要がある。ただし、この強さの低下は一定の時間がたてば解消されるため、年に1回程度以下の頻度の波浪に対しては、せん断強さの低下の蓄積を考慮する必要はない。

 最後に、これまでの実験結果をもとに軟弱地盤着底式くし形構造物の設計手法についての提案をまとめた。この構造物の設計では、1回限りの大荷重に対する検討と繰返し作用する小さい荷重に対する検討が必要である。

図-1軟弱地盤着底式くし形防波堤

審査要旨 要旨を表示する

 わが国の港湾施設は,軟弱粘性土が厚く堆積している東京湾,大阪湾,伊勢湾などに多い。その場合、非常に長い先端支持の杭基礎を建設したり軟弱地盤を改良した後に重力式防波堤や岸壁を建設すると、その建設費は膨大なものになる。本論文は、全く異なる発想の下に提案された経済的で合理的な新しい構造形式を持つ防波堤構造である「軟弱地盤着底式防波堤」の基本メカニズムと設計法に関して行った研究をとりまとめたものである。堤体部底面と粘土の付着力だけによって水平荷重に抵抗する「ひら形タイプ」と,ひら形に杭を取り付けた「くし形タイプ」が考案されているが、本研究は、くし形タイプの横抵抗に関するものである。

 第一章は序論であり、研究の背景を説明している。この形式の構造物は,重量の軽い堤体を軟弱地盤上に着底させて,底面と地盤の間の付着力や杭の横抵抗力によって水平力に抵抗すること、水平抵抗力は比較的小さいが軟弱層厚が厚い場合でも地盤改良の必要がないため,波浪が比較的小さい海域に対して合理的になることを述べている。

 第二章では、くし形タイプの横抵抗の基本メカニズムを考察している。水平力に対して堤体部底面と地盤の間の付着力による抵抗と,杭の軸直角方向の水平抵抗との複合的な抵抗メカニズムであり,その破壊機構は複雑であることを述べている.また,杭が軸直角方向の抵抗を有効に発揮するためには,ある程度の地盤の変形が必要であることから、従来とは異なり、一定の程度の変位を積極的に許容する構造物として設計する必要があることを説明している。また,主たる外力は波力による繰返し荷重であり、これに対する挙動の研究が最も必要であることを述べている。

 第三章では、室内小型模型実験の結果を基にして、杭に作用する曲げモーメントの測定値の分布から杭に抵抗する水平地盤反力の分布を正確に推定する方法を検討し、スプライン関数を用いる方法を提案している。また、スプライン関数を用いる場合でも,データの計測位置,密度,精度の選定は極めて重要であることを、実証的に示している。

 第四章と五章では、軸直角方向力を受ける杭が繰り返し水平荷重を受ける時の挙動を、室内小型模型実験によって詳細に検討している。砂地盤及び飽和粘性土の模型地盤を用意している。その結果、杭に作用する地盤の横抵抗は、飽和粘土地盤の場合は砂地盤の場合と比較すると繰返し載荷とともに減少して行く傾向が顕著になることを明らかにしている。また、繰返し載荷の荷重レベルを徐々に上昇させた場合,低い荷重レベルでの繰返し載荷は高い荷重レベルでの繰返し載荷時の挙動にほとんど影響を及ぼさないことを示している。

 第六章と七章では、より実際の構造形式に近い模型を作製して、室内実験によって検討している.まず、底版に剛結された2列の杭を持つ構造形式の水平荷重に対する挙動を検討している。さらに,実物の1/24の大きさの軟弱地盤着底式くし形構造物の模型を作製し、室内で粘性土地盤に設置された杭の水平力に対する抵抗性を検討している。杭と底版の間の荷重分担率は、杭頭の初期の固定度に大きく影響されること、堤体が水平方向に変位するほど杭の荷重分担率が大きくなること、杭頭と底版が剛結された場合、杭間隔が広いほど水平抵抗力が大きくなることを示している。

 第八章では、原位置において実物大の模型の水平載荷試験を実施した結果をまとめている。原位置載荷試験では、軟弱地盤着底式くし形構造物の挙動特性に及ぼす杭の根入れ長さの影響と繰返し水平力載荷に対する抵抗特性の変化を検討している。杭の根入れ長さが短くなると構造物の水平抵抗特性が低下するが、杭の必要根入れ長は引抜き抵抗と杭の横抵抗の両面から決定すべきであり、長すぎる杭を用いても深い部分の杭は有効に機能しないので不経済となることを示している。また、繰返し載荷によって堤体の水平変位は増加するが、その原因は底面の摩擦の減少と比較的浅い地盤で水平抵抗が減少するためのものであり、底版の水平抵抗は繰返し回数の増加に伴い減少することを示している。

 第九章は、本研究の成果に基づいて軟弱粘性土地盤着底式くし形構造物の杭の設計方法をとりまとめたものであり、一回だけ加わる非常に大きな荷重に対する設計法と多数回繰返し加わる比較的低い荷重に対する設計法を別途提案している。また、既に存在している設計法と新しく提案した設計法を比較することにより、新しく提案した設計法が合理的であることを示している。

 第十章は、結論である。

 以上要するに、系統的な室内模型実験と原位置での実物大載荷試験を行い、実験結果を詳細に解析することにより、軟弱粘性土地盤着底式くし形構造物の横抵抗特性のメカニズムを明らかにした上で、その設計法を具体的に提示して、本構造物が永久重要構造物として使用できることを示し、今後の本研究分野の発展及び実務設計の改善に寄与する新しい知見を与えている。これらは、土質工学の分野において貢献することが大である。よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51155