学位論文要旨



No 215433
著者(漢字) 西山,誠治
著者(英字)
著者(カナ) ニシヤマ,セイジ
標題(和) 強地震動に対する地下構造物横断方向の耐震設計に関する研究
標題(洋)
報告番号 215433
報告番号 乙15433
学位授与日 2002.09.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15433号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小長井,一男
 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 助教授 古関,潤一
 東京大学 助教授 目黒,公郎
 日本大学 助教授 中村,晋
内容要旨 要旨を表示する

 1995年の兵庫県南部地震において、橋梁等の地上構造物のみならず、大型の地下構造物もはじめて大きな被害を受けた。これまで地下構造物は地震に対して安全と考えられ、耐震設計が行われることは少なく、また対象とする地震力も小さなものであった。そこで、兵庫県南部地震規模の強震動に対する耐震設計法が要望された。

 1000年に1回程度の発生確率の低い強震動に対して、従来のように構造物の損傷を許容しない設計法は合理的ではなく、損傷を許容した設計が合理的である。しかし、強震動に対する地下構造物の地震時挙動は十分に解明されておらず、構造物が破壊するような損傷を考慮した耐震設計法は存在しなかった。そこで、本論文は、強震時における地下構造物の挙動の把握と、それに対応した耐震設計法を確立することを目的としたものである。研究の成果を総じてまとめると以下のとおりである。

 本研究では、強震動に対する地下構造物の耐震設計法をとりまとめた。

 そこで用いる解析法として、構造物のみかけのせん断剛性(Gs)と地盤のせん断剛性(Gg)の比(以下、剛性比(Gs/Gg)と呼ぶ)に着目した新たな「簡易応答変位法」を開発し、耐震設計法の中に位置づけた。従来の応答変位法については、サブストラクチャー法の概念より算出される精度のよい地盤ばね算定式を提案した。これらの解析法の非線形領域での妥当性は、種々の地震被害説明により確認された。構造物・地盤境界面の剥離や滑り等の影響に関しては、剥離や滑りが生じると構造物に作用する相互作用力の分布は変化するが、水平力の合計値(以下、層せん断力)の変化は少ないため、これらを考慮しない解析が可能であった。

 構造物に設定する耐震性能に関しては、地震被害の整理より部材を曲げ破壊型とし過大な変形は許容しないことが重要であることを確認した。また、地震被害の解析的検討により、構造物の耐震性能は地震後の復旧性で定義し、これを部材の損傷程度で表現することが妥当であることを確認した。

 以下、検討内容と得られた成果の概要を各章毎に述べる。

 第1章では、研究の背景と目的についてまとめた。

 第2章では、1995年兵庫県南部地震における開削トンネルの地震被害の特徴を明らかにし、耐震設計法で留意すべき知見を得た。

 主な被害はRC中柱に多く、これには被害が大きく復旧に時間を要するせん断破壊型と比較的被害の軽微な曲げ破壊型の2種類があった。これより、部材をせん断破壊させないことが重要と考えられた。ただし、側壁の大きな曲げクラックが生じた事例では多大な復旧時間を要しており、曲げ破壊においても過大な変形は許容できないと考えられた。また、地表面残留変位と開削トンネルの被害との関係を調査した結果、神戸のトンネルと地表面の残留変位の方向は直交する位置関係にあったこと、地震動の卓越方向と残留変位の方向は概ね一致することが分かり、地震動の卓越方向が重要であることが確認できた。

 第3章では、地下構造物の地震時挙動について、地盤と構造物の境界面で剥離や滑りの影響を解析的および実験的に調査した。さらに、構造物近傍の地盤が自然地盤と非線形状態が異なることの影響を検討した。

 その結果、これらの非線形性の影響は、構造物と地盤の剛性比により変化することを明らかにし、Gs/Ggが1.0以上の範囲ではこれらを無視することは安全側の結果を示すこと、そのメカニズムは構造物の負担する層せん断力の変化で説明できることが分かった。この結果は、シリコーン地盤とトンネル模型の間にテフロンシートを挿入して剥離や滑りを模擬した模型振動実験によっても確認された。これらの非線形挙動の影響程度をもとに、各種の解析方法の非線形挙動への適用性を検討した。

 第4章では、応答変位法の解析精度向上のため、サブストラクチャー法に基づく相互作用ばねについて検討した。

 その結果、相互作用ばねは、構造物・地盤の剛性比、構造物の幅や高さ、土被り、基盤までの深さなどのパラメータの影響を受けることが分かった。これは、従来の設計基準の簡便式には考慮されていない特性である。さらに、床版のばねには側壁が影響するなど、対象とする面と直行する面のばねは相互に影響を受けることが明らかになった。この相互作用ばねによる応答変位法では、構造物の層間変位については精度のよい結果が得られ、ばね値を適切に設定すれば応答変位法が構造全体系の応答値算定には適用できることが確認できた。さらに、相互作用ばねと同等の精度を有する地盤ばねの算定式を提案した。

 一方、地盤ばねの分布形状の影響を調査した結果、曲げモーメントヘの影響は少ないが、せん断力、軸力については、この分布形状の影響があることが分かった。さらに、剛性比Gs/Ggが0.1では、地盤ばねの分布を考慮しても断面力の算定の精度が悪いことが分かった。これは、Gs/Ggが小さい領域では、隅角部では周辺要素からの影響が大きく、地盤ばねをWinker型に置換する場合には負の値になる場合もあるためと考えられた。したがってGs/Gg=0.1などの剛性比の小さい場合は、応答変位法の適用範囲外と考えられた。

 第3章の模型振動試験結果を用いて、FEM動的解析および応答変位法によりシミュレーションを実施した結果においても、同様の結論が得られ、本章の検討の妥当性を確認した。

 第5章では、簡易応答変位法について検討した。地下構造物と地盤との相互作用を表現するパラメータである構造物と地盤の剛性比に着目した新たな簡便な設計法を提案した。

 2次元動的FEM解析により、地盤と構造物の剛性比や構造物の幅や高さ、さらに表層地盤中での位置などを変化させた時の、周辺地盤の変形と構造物の変形の関係を調査し、上下床版間の層間変形量(δs)を同位置の周辺地盤の相対変形量(δg)の関係を、δs=αδgとした場合のαを応答係数と定義し、この応答係数を統計解析により定式化し、その妥当性を2次元有限要素解析により検証した。つぎに、構造物の等価剛性の設定方法について検討した。また、応答係数により得られた構造物の変位量から部材の安全性を確認する方法ついて検討し、静的非線形解析方法による強制変形法によって部材の安全性を確認できることが分かった。しかし、せん断力については過小評価する場合のあることから、部材を曲げ破壊先行型とできるように常時の設計の情報を用いた簡易な最大せん断力の推定法を提案した。さらに、耐震設計を簡略化する観点から数種類の構造物について静的非線形解析を実施し、曲げ破壊部材で構成される一般的な構造物では構造物全体の変形角にして1/100程度までは耐震性能を満足すると考えられ、簡易応答変位法において変形角がこの範囲であれば耐震設計を省略できる手順を示した。

 これらをとりまとめ、簡易応答変位法による設計手法を提案した。

 最後に、簡易応答変位法の妥当性検証のため、簡易応答変位法のほかに応答変位法や動的解析等を用いて、地盤と構造物を線形から非線形に変化させた比較解析および大開駅の被害解析を実施した。その結果、簡易応答変位法は曲げモーメントや曲げ損傷に対する適用性のあることや、いずれの手法も層間変形量など構造物の全体的な挙動は再現可能であること、応答変位法や簡易応答変位法ではせん断力を過小評価する場合があることなどが分かった。大開駅の被害の説明は、いずれの手法も可能であった。これより、提案手法の妥当性が確認されたが、せん断力については別途安全性を担保する必要があることが分かった。

 第6章では、1995年兵庫県南部地震の開削トンネルの地震被害に関して、中柱や側壁などの被害部位や被害程度などが異なる多様な被害構造物を対象に、応答変位法による解析を実施して被害原因の調査を行った。その結果、大開駅と一般軌道部のRC中柱の被害の差は、RC中柱の破壊形態の違いであることが分かった。大開駅の柱はせん断破壊先行型であったが、一般軌道部の柱は曲げ破壊型であり変形性能が優れていた。また、側壁に大きな曲げクラックを有する構造物では、側壁の損傷は曲げ変形によるものであったが変形が過大になり大きな損傷につながったと考えられた。この他、神戸市営地下鉄の解析では鋼管柱のモデル化の重要性を指摘した。これらの解析で得られた損傷の状態と、実際の被害での状況は、概ね整合しており、解析結果は妥当と考えられ、応答変位法の非線形領域への適用性が地震被害の説明という観点から確認された。

 さらに、これらの検討結果を踏まえて、L2地震動に対応した耐震設計法が地震後の復旧性とした場合に、RC部材の実験から提案されている損傷レベルと変形(曲率)や復旧の考え方が、妥当であることを確認した。

 第7章では、本研究で検討した成果をもとに開削トンネルに対する耐震設計法をとりまとめた。地下構造物についても、上部構造物と同様に、プッシュオーバーアナリシスが重要であることを指摘し、構造物の損傷程度や破壊過程を表現するために必要な荷重変位曲線の作成方法について検討した。さらに、地震前の荷車である静止土圧が耐震性能に及ぼす影響を調査した結果、曲げ損傷については、部材が終局状態となる曲率に比較して静止土圧による発生曲率の小さいことから、大きな影響はみられなかった。以上の成果をもとに開削トンネルに対する耐震設計法をまとめた。さらに、本研究の成果は耐震診断にも応用可能であることの例を示した。

 第8章では、検討した結果をとりまとめるとともに、今後の課題について述べた。

審査要旨 要旨を表示する

 一般に地下構造物は地上構造物に比べ耐震性が高いとされている.これは地下構造物が周辺地盤に拘束され、その動きに追随して変形するためであり、事実、地盤が断層や斜面崩壊などで、地下構造物を巻き込んで大きく破壊した事例を除いては大きな被害の報告はなかった.しかし1995年の兵庫県南部地震は、直下地震の強い揺れによっては、これまで安全と考えられていた地下構造物にもその内空を維持できないほどの被害が生じることを示す結果となり、これまでの安全神話に大きな警鐘を鳴らすことになったのである.一方で数百年から千年に1回程度の発生確率の低い強震動に対して、従来のように構造物の損傷を許容しない設計法もまた合理的ではない.損傷を許容しつつ、地下構造物の内空が維持され、その重要な機能を損なわないことを目指した耐震設計法の確立が強く求められるようになったのがこの論文の背景である.

 本論文は、強震時における地下構造物の挙動の実際を把握し、それに対応した耐震設計法を確立することを目的としている.まず第1章では、上記のような研究の背景と目的についてまとめている.

 第2章では、1995年兵庫県南部地震における開削トンネルの地震被害の実態とその特徴を明らかにし、耐震設計法で留意すべき以下の事項をまとめている.すなわち、構造物としての機能を損なうに至った原因はRC中柱の損壊であり、この損壊した中柱が、トンネル上床版上部の土荷重を支えきれなかったことがトンネル内空を潰すことにつながったとしている。またかろうじて内空が維持できた個所でも、中柱がせん断破壊を受けた区間はその補修に多大な経費と手間がかかっていること、一方、中柱が曲げで破壊した区間では、柱が破壊後も上部の土の荷重を支え続けられたため、補修の作業も比較的容易に済んでいることを示している。ただし、側壁に大きな曲げクラックが生じた区間では多大な復旧時間を要しており、曲げ破壊であっても部材の機能によっては過大な変形は許容できないことがあることにも触れている。さらにこのような被害の発生パターンは周辺地盤が地震時にどのように変形したかに密接に関連していることを、地表面に残留した地盤変位を調査することで示している。そして、神戸のトンネルの軸方向と地表面の残留変位の方向は直交する位置関係にあったこと、地震動の卓越方向が残留変位の方向と概ね一致することなどを確認している。

 このような知見は地震時の地盤の変形に追随して地下構造物が大きく変形する可能性があることを示しており、設計の基本概念を決定付ける重要な意味を持つ。そしてそれは、地盤と地下構造物の非線形の相互作用をいかに合理的に設計に取り込むかという困難な課題を課している。そこで第3章では、特に著しい非線形化の進行するであろう地盤と構造物の境界面で、剥離や滑りのなど影響をどのように評価すべきかについて解析的および実験的な検討を実施している。

 その結果、これらの非線形性の進行は、構造物と地盤の剛性比に強く支配されることが明らかになった。ここでいう構造物の剛性は、周辺地盤の存在を考慮しない状態で箱型トンネルの上床版に水平方向に載荷したときの、下床版に対する変位から求められる等価なせん断剛性Gsであり、このトンネル断面部分を土に置き換えた時の十の剛性Ggに対する比をとれば、Gs/Ggはトンネルそのものが土に対して相対的にどの程度固いのかを示す重要な指標になる。Gs/Ggが1.0以上の範囲では、トンネル・地盤の協会部分での非線形性を無視することが安全側の結果を示すこと、そのメカニズムは構造物の負担する層せん断力の変化で説明できることが示された。この結果は、シリコーン地盤とトンネル模型の間にテフロンシートを挿入して剥離や滑りを模擬した模型振動実験によっても確認された。これらの非線形挙動の影響程度をもとに、各種の解析方法の非線形挙動への適用方法が検討された。

 第4章では、"トンネル・地盤間に生ずる相対変位"によって生じる反力を表現するための相互作用ばねの実用的な表現方法を、サブストラクチャー法に基づく精度の高い解析解をもとに検討している。

 その結果、相互作用ばねは、やはり構造物・地盤の剛性比Gs/Ggに大きく支配され、これに構造物の幅や高さ、土被り、基盤までの深さなど長さの次元を持つ諸量から得られる、形状に関わる無次元化パラメータを加えることで、精度の高い予測値を簡易に算定することが可能になった。さらに、床版と側壁など、対象とする面と直行する面の影響についても明らかにしている。これらは、従来の設計基準の簡便式には積極的に評価されることのなかった重要なパラメータであり、したがってこれらの相互作用ばねを介して、トンネルに周辺地盤の変位を加えることで、地震時のトンネルの応答を合理的に評価すること(応答変位法)を可能にしている。

 第5章では、簡易でかつ合理的な応答変位法についての提案を行っている。この中でも地下構造物と地盤の剛性比Gs/Ggが重要なパラメータとして位置付けられている。

 まず様々な箱型地下構造物断面を類型化し、それぞれについて2次元動的FEM解析を行い、構造物がない場合の構造断面該当部分の水平変形量(δg)を、構造物が存在する場合の層間変形量(δs)と比較し、δs=αδ9と表現した場合のαを応答係数と定義した。この応答係数は地下構造物と地盤の剛性比Gs/Ggに強く支配されることは容易に推測できるが、Gs、Ggのそれぞれが変形の進行とともに変化していくことを念頭におかなければならない。したがって地盤のみならず構造物の等価剛性Gsの変化ついて検討し、静的非線形解析方法による強制変形法によって部材の安全性を確認する手法の提案を行っている。この手法ではおおむね合理的な評価値を得ることができるが、せん断力については過小評価する場合があることから、部材を曲げ破壊先行型とできるように常時の設計の情報を用いた簡易な最大せん断力の推定法をも併せて提案している。さらに、耐震設計を簡略化するために数種類の構造物について静的非線形解析を実施し、曲げ破壊部材で構成される一般的な構造物では構造物全体の変形角にして1/100程度までは耐震性能を満足すると考えられ、簡易応答変位法において変形角がこの範囲であれば耐震設計を省略できることを示した。

 第6章では、第5章で提案された簡易応答変位法、および従来手法などによって、第2章で検討した実際の被害事例の再解析を行っている。その結果は、いずれの手法でも、RC中柱を有する大開駅と一般軌道部のRC中柱の破壊形態の差、側壁の曲げクラックの形態が矛盾なく説明できるものの、特に提案手法の持つ、簡便さ、合理性、L2地震動という強烈な地震動への適用性を示している。加えて、神戸市営地下鉄の被害解析では鋼管柱のモデル化の重要性を指摘している。

 第7章では、開削トンネルに対する耐震設計法をとりまとめている。この中で地下構造物についても、上部構造物と同様に、プッシュオーバーアナリシスが重要であることを指摘し、構造物の損傷程度や破壊過程を表現するために必要な荷重変位曲線の作成方法についての検討を行っている。さらに、地震前の荷重である静止土圧が耐震性能に及ぼす影響についても調査し、曲げ損傷については、部材が終局状態となる曲率に比較して静止土圧による発生曲率の小さいことから、その影響の小さいことを指摘している。

 第8章では。以上の成果を要約するとともに、今後の課題について述べている。

 以上、要するに、本研究は実際の地下構造物の地震被害の実態とその破壊プロセスを綿密に検討し、それをもとに変形過程を記述する重要なパラメータを絞込み、地下構造物、特に箱型の断面を有するトンネルの耐震設計を合理的に再編成することに多大な貢献をなしたものである。事実、この提案手法は改訂された鉄道設計標準に取り入れられ、実務の面からも高い評価を得ているものである。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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