No | 215440 | |
著者(漢字) | 岡野,英幸 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | オカノ,ヒデユキ | |
標題(和) | 哺乳動物の微小循環系血行動態および血圧に及ぼす静磁場の影響 | |
標題(洋) | Effects of Static Magnetic Fields on Microcirculatory Hemodynamics and Blood Pressure in Mammals | |
報告番号 | 215440 | |
報告番号 | 乙15440 | |
学位授与日 | 2002.09.19 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 第15440号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 電子工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 生体に対する静磁場についての研究を行う場合、その生体に及ぼす影響を見出すことは、最も重要な研究課題のひとつである。これまで、テスラ(T)レベルの静磁場に関しては、主としてMRI(磁気共鳴イメージング:magnetic resonance imaging)の安全性を調べるために、血行動態、血圧など循環系に及ぼす影響についての検討が行われてきたが、その影響はほとんど認められていない。 一方、ミリテスラ(mT)レベルの静磁場による影響および作用メカニズムが少しずつ明らかにされつつある。影響に関しては、疼痛、骨折、炎症、高血圧など、いくつかの疾患に対する治療効果が、ヒトと動物において報告され、その症状緩和作用が特に微小循環系の血行動態改善によるものではないかと推察されている。一方、作用メカニズムに関しては、主として生体外に取り出した細胞を用いて生化学的なアプローチが行われており、血行動態を支配する神経細胞、あるいは血管運動に関わる酵素タンパク(ミオシン軽鎖キナーゼ)に対する作用が報告されている。このような血行動態に及ぼす影響について検討するためには、まず生きた動物を用いてmTオーダーの静磁場が微小循環系に及ぼす影響を直接観測する研究を行うことが必要であるが、こうした研究は、これまでほとんど行われていない。 本論文は、このような観点から、静磁場曝露下の微小循環系血行動態および血圧に及ぼす影響を観測することを目的として、哺乳動物に対して磁束密度0.3〜25mTの静磁場曝露を行い、その影響を観測する新たな手法として、静磁場曝露下の生体顕微鏡観測方法と薬理学的実験方法を導入し、薬剤投与の生体反応に対する静磁場の抑制作用が、数mTオーダーで引き起こされることを明らかにしたものであり、8章から成り立つ。 第1章では、これまでの静磁場による影響および作用メカニズムに関する研究について概説し、本研究の目的について述べた。すなわち、これまで静磁場(0.3〜380mT、10分〜3ヶ月)による各種疾患に対する治療効果が報告され、その作用メカニズムを解明するために、さまざまな生化学的なアプローチが行われているものの、微小循環系に及ぼす影響を直接観測する研究は、これまでほとんど行われていなかったことを指摘し、本研究を行うことの重要性について述べた。 第2章では、無処置の動物に静磁場曝露を行い、その皮下組織における微小循環系血行動態および血圧に及ぼす影響を観測する手法について概説した。まず、電磁石から構成された磁場曝露装置、実験対象となるウサギヘの局所および全身に対する磁場曝露方法、並びに皮下組織(耳介中心動脈)の微小循環系血行動態に関する生体顕微鏡的な観測方法である微細光電プレジスモグラフィー(microphotoelectric plethysmography;MPPG)法について説明した。次に、安静無処置(無麻酔)時に、微小循環系血行動態および血圧を観測し、その測定結果に磁場影響が認められない場合について示した。ここでは、何も薬剤を投与しない生理的な状態で、耳介局所曝露1.0mT(以下、磁束密度はBmaxとして示す)、あるいは全身曝露5.5mTを30分間実施した。いずれの結果も、微小循環系血行動態および血圧は、生理的な正常範囲にあり、磁場曝露による影響がないことを指摘した。 第3章では、微小循環系に対する薬剤投与を行ったウサギの耳介に静磁場曝露を行い、その皮下組織における微小循環系血行動態に及ぼす影響について検討した。無麻酔の状態であらかじめ血管拡張作用、あるいは収縮作用のある薬剤を静脈内注射(静注)をしながら、1.0mTの磁場曝露を10分間実施した。皮下組織の微小循環系血行動態の観測方法として、ウサギ耳介透明窓(rabbit ear chamber;REC)を作製し、このREC内の細動脈における磁場影響を、上記MPPG法を用いて非観血的に観測した。薬剤には、交感神経を介して血管平滑筋のレセプターに結合し、血管を収縮させる作用をもつノルアドレナリン、あるいは副交感神経を介して血管内皮細胞のレセプターに結合し、血管を拡張させる作用をもつアセチルコリンを使用した。この結果から、磁場曝露が両薬剤の作用に対して拮抗的に作用し、皮下組織の微小循環系血行動態が薬剤投与前の正常な状態に近づいていることを示した。 第4章では、麻酔を行ったマウスの全身に静磁場曝露を行い、筋組織における微小循環系血行動態に及ぼす影響について検討した。麻酔薬には、中枢神経を抑制し、血流速度を減少させる作用をもつペントバルビタールを用いた。磁場曝露には0.3、1.0、10.0mTのいずれかを10分間実施し、観察部位である前脛骨筋組織における毛細血管の血流速度を測定した。血流速度は、尾静脈より蛍光色素であるfluorescein isothiocyanate(FITC)標識デキストランを投与して観察部位の毛細血管内の血漿を可視化し、血漿(染色部位)中に存在する血球(染色されていない部位)が毛細血管を通過した時の蛍光顕微鏡像をVTRに記録し、画像解析することにより求めた。この結果から、1.0、10.0mTの磁場曝露により、虚血状態の筋血流速度が増加することを指摘した。 第5章では、微小循環系に対する薬剤投与を行ったウサギの耳介に静磁場曝露を行い、その血圧に及ぼす影響について検討した。無麻酔の状態であらかじめ磁場曝露を実施しながら、血圧を降下あるいは上昇させる作用のある薬剤を静注した。薬剤には、血管平滑筋のカルシウム・チャンネルを遮断し、血圧を降下させる作用をもつニカルジピン、および血管内皮細胞に存在する血管弛緩因子である一酸化窒素を合成する酵素の活性を阻害することにより、血圧を上昇させる作用をもつNw-nitro-L-arginine methy1 ester(L-NAME)を用いた。磁場曝露として1.0mTを各薬剤投与前10分間、投与開始後20分間の計30分間局所的に実施した。皮下組織の血行動態の測定は、MPPG法を用い、磁場曝露部位である耳介中心動脈において非観血的に行った。一方、血圧の測定は、その反対側の耳介中心動脈において観血的に行った。ここでは、磁場曝露は、両薬剤の作用に対して拮抗的に作用し、血行動態および血圧を正常な状態に近づけることを示した。 第6章では、薬理学的高血圧ウサギに及ぼす静磁場の影響について検討した。無麻酔のウサギに対し、あらかじめ全身に磁場曝露を実施しながら、血圧を上昇させる作用のあるノルアドレナリン、あるいはL-NAMEを静注した。すなわち、磁場曝露として5.5mTを各薬剤投与前10分間、投与開始後20分間の計30分間実施した。皮下血行動態の測定は、MPPG法を用い、磁場曝露部位である耳介中心動脈において非観血的に行った。一方、血圧の測定は、その反対側の耳介中心動脈において観血的に行った。その結果、磁場曝露は、両薬剤の作用に対して拮抗的に作用し、昇圧を有意に抑制したことを指摘した。 第7章では、遺伝的高血圧ラットに及ぼす静磁場の影響について検討した。磁場曝露による高血圧抑制効果を検証するために、本態性高血圧の遺伝的な動物モデルである自然発症高血圧ラット(spontaneous hypertensive rat;SHR)を用い、飼育下で継続的に全身に磁場曝露を行った。すなわち、昇圧中の若齢雄性ラット(磁場曝露開始時7週齢)に対して、10.0mT、あるいは25.0mTの磁場曝露を3ヶ月間実施した。磁場曝露は飼育ケージにストロンチウム・フェライト(SrFe12O19)の永久磁石プレートを装着することによって行った。生理学的指標として、各個体の血圧、心拍数の測定を毎週1回、血中の高血圧関連ホルモンおよび酵素の測定を磁場曝露5週目に行った。各個体の血圧、心拍数は、テールカフ法を用いて非観血的に測定した。血中の高血圧関連物質の測定は、radio immunoassay(RIA)あるいは比色法によって行った。この結果からは、磁束密度10.0、25.0mTの磁場曝露を、数週間にわたって行うことにより、昇圧が抑制できること、また、測定した高血圧関連物質のうち、アンジオテンシンIIおよびアルドステロンといった昇圧ホルモンの上昇が抑制できることを見出した。 第8章では、本研究の結論について述べた。 | |
審査要旨 | 本論文は「Effects of Static Magnetic Fields on Microcirculatory Hemodynamics and Blood Pressure in Mammals(哺乳動物の微小循環系血行動態および血圧に及ぼす静磁場の影響)」と題し、ミリテスラ(mT)レベルの静磁場の微小循環系血行動態および血圧に及ぼす影響を観測することを目的として、その影響を観測する新たな手法として、静磁場曝露下の生体顕微鏡観測方法と薬理学的実験方法を導入し、その結果について論じたものであり、8章より構成されている。 Preface(まえがき)は、本研究の背景と目的、並びに本論文の構成をまとめたものである。 第1章の「Introduction(序論)」では、本研究の背景を明らかにした上で、研究の動機と目的について言及し、研究の位置付けについて述べている。 第2章は「Methodological approacher of measurement of microcirculatore hemodynamics and blood pressure under the influence of SMFs(静磁場影響下における微小循環系血行動態および血圧観測手法)」と題し、無処置の動物に磁場曝露を行い、その皮下組織における微小循環系血行動態および血圧に及ぼす影響を観測する手法について概説している。本研究では、磁場曝露装置、実験対象となるウサギヘの局所および全身に対する磁場曝露方法、並びに皮下組織(耳介中心動脈)の微小循環系血行動態に関する生体顕微鏡的な観測方法である微細光電プレジスモグラフィー(microphotoelectric plethysmography;MPPG)法について述べている。ここでは、安静無処置(無麻酔)時に、ウサギの耳介に磁束密度1.0mT、あるいは全身に5.5mTを30分間曝露した場合の微小循環系血行動態および血圧を観測している。この結果から、微小循環系血行動態および血圧は、生理的な正常域にあり、磁場曝露による影響は認められないことを指摘している。 第3章は「Cutaneous microcirculatory hemodynamics of rabbits exposed to SMF(静磁場曝露によるウサギの皮下組織における微小循環系血行動態)」と題し、微小循環系に対する薬剤投与を行ったウサギに磁場曝露を行い、その皮下組織における微小循環系血行動態に及ぼす影響について検討している。ここでは、皮下組織の微小循環系血行動態の観測方法として、ウサギ耳介透明窓(Rabbit Ear Chamber;REC)を作製し、上記MPPG法を用いて、このREC内の細動脈における磁場影響の観測を行っている。本研究においては、交感神経を介して血管平滑筋のレセプターに結合し、血管を収縮させる作用をもつノルアドレナリン、あるいは副交感神経を介して血管内皮細胞のレセプターに結合し、血管を拡張させる作用をもつアセチルコリンといった薬剤を用いている。ここでの観測結果にもとづいて、1.0mTの耳介への10分間の磁場曝露が両薬剤の作用に対して拮抗的に作用し、皮下組織の微小循環系血行動態が薬剤投与前の正常な状態に近づいていることを示している。 第4章は「Muscle microcirculatory hemodynamics of mice exposed to SMFs(静磁場曝露によるマウスの筋肉組織における微小循環系血行動態)」と題し、麻酔を行ったマウスの全身に0.3、1.0、10.0mTの磁場曝露を10分間行い、その筋組織における微小循環系血行動態に及ぼす影響について検討している。ここでは、中枢神経を抑制し、血流速度を減少させる作用をもつ麻酔薬、ぺントバルビタールを用いている。また血流速度の測定方法として、蛍光色素であるfluorescein isothiocyanate(FITC)標識デキストランを投与することによる画像解析方法を提案している。この結果からは、1.0、10.0mTの磁場曝露により、虚血状態の筋血流速度が増加したことを示している。 第5章は、「Blood pressure of rabbits exposed to SMF(静磁場曝露によるウサギの血圧)」と題し、微小循環系に対する薬剤投与を行った動物に静磁場曝露を行い、その血圧に及ぼす影響について検討している。本研究では、血管平滑筋のカルシウム・チャンネルを遮断し、血圧を降下させる作用をもつニカルジピン、および血管内皮細胞に存在する血管弛緩因子である一酸化窒素を合成する酵素の活性を阻害することにより、血圧を上昇させる作用をもつNw-nitro-L-arginin methy1 ester(L-NAME)といった薬剤を用いている。この結果からは、1.0mTの耳介への30分間の磁場曝露が両薬剤の作用に対して拮抗的に作用し、血行動態および血圧を正常な状態に近づけることを指摘している。 第6章は、「Anti-pressor effects of a SMFs on pharmacologically induced hypertensive rabbits(薬理学的高血圧ウサギに対する静磁場曝露による高血圧抑制効果)」と題し、静磁場の薬理学的高血圧動物に及ぼす影響について検討している。本研究では、血圧を上昇させる作用のあるノルアドレナリン、あるいはL-NAMEをといった薬剤を用いている。ここでは、5.5mTの全身磁場曝露を30分間行うことによって、両薬剤の作用が抑制され、昇圧が抑制されることを示している。 第7章は、「Anti-pressor effects of a SMFs on genetically hypertensive rats(遺伝的高血圧ラットに対する静磁場曝露による高血圧抑制効果)」と題し、静磁場の遺伝的高血圧動物に及ぼす影響について検討している。本研究では、本態性高血圧の遺伝的な動物モデルである自然発症高血圧ラット(spontaneous hypertensive rat;SHR)を磁場中で3ヶ月間飼育し、各個体の血圧、心拍数、血中の高血圧関連ホルモンおよび酵素の測定を行っている。この結果からは、全身に10.0、25.0mTの磁場曝露を、数週間にわたって行うことにより、昇圧が抑制できること、また、測定した高血圧関連物質のうち、アンジオテンシンHおよびアルドステロンといった昇圧ホルモンの上昇が抑制できることを見出している。 第8章はconclusion(結論)であって、本研究で得られた成果を総括している。 以上、本論文は、静磁場曝露下の微小循環系血行動態および血圧に及ぼす影響を観測する新たな手法を導入し、薬剤投与の生体反応に対する静磁場の抑制作用が、数mTオーダーで引き起こされることを明らかにしたものであり、電子工学および生体工学に貢献するところが少なくない。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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