学位論文要旨



No 215443
著者(漢字) 渡部,貴宏
著者(英字)
著者(カナ) ワタナベ,タカヒロ
標題(和) フェムト秒電子パルス計測・制御
標題(洋) Measurement and Control of Femtosecond Electron Pulse
報告番号 215443
報告番号 乙15443
学位授与日 2002.09.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15443号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上坂,充
 東京大学 教授 班目,春樹
 東京大学 教授 吉田,善章
 東京大学 助教授 高橋,浩之
 東京大学 助教授 出町,和之
 高エネルギー加速器研究機構 教授 鎌田,進
内容要旨 要旨を表示する

 加速器の分野では従来から極短電子パルス生成・計測実験が行われてきた。これは、電子パルスを利用して高速な過渡現象を解析する際に、電子パルスの時間幅が過渡現象解析の時間分解能を決める大きな要因の1つであるためである。当施設(東京大学大学院工学系研究科附属原子力工学研究施設・電子ライナック)でも20年前より極短電子パルスの発生に従事し、現在パルス幅は200フェムト秒領域にまで達した。更にプラズマカソードと呼ばれる新たな生成手法による10フェムト秒オーダーのパルス発生実験も進行している。これらの極短電子パルスは通常はストリークカメラにより計測がなされてきたが、現在発生できる最短パルス幅(240フェムト秒)はその時間分解能(200フェムト秒)に近づき、プラズマカソードによって発生された10フェムト秒パルスはストリークカメラの時間分解能を大きく越えることになる。以上のような背景から、ストリークカメラに替わる高時間分解能な計測法の確立は必須である。よって、本研究ではフェムト秒電子パルスの計測法の構築および信頼性評価を行った。まずはフェムト秒ストリークカメラに用いられる結像系の改善を通して当カメラによるフェムト秒パルスの正確な計測について考察した。次に、遠赤外マイケルソン干渉計およびポリクロメータを用い、コヒーレント放射の解析によるパルス波形の導出を行い、ストリークカメラとの比較を行った。更に、インコヒーレント放射の統計的な処理を通してパルス幅の解析手法について考察した。また、高速な過渡現象解析の時間分解能を決定するもう一つの大きな要因、つまり同期制御システムの構築も行った。極短電子パルスをフェムト秒レーザーと高精度に同期させ、その精度を評価した。以下に本論文で得られた研究成果を示す・

(1)フェムト秒ストリークカメラの改善および特性評価

 ストリークカメラの計測において、色収差および光量が計測の時間分解能に与える影響について詳細に検討した。ストリークカメラを用いて電子パルス幅を計測する場合、電子が発する放射の可視光成分(インコヒーレント成分)を計測することになる。当研究施設では以前より空気中およびXeガス中で発せられるチェレンコフ光を用いてきたが、チェレンコフ光は可視光成分全てを含む広いスペクトルを持つ。従って、チェレンコフ光をレンズ光学系で転送・集光すると色収差が生じ、パルス幅の伸長に繋がる。今までは、パルス伸長の抑制はバンドパスフィルタにより行われてきた。本研究ではストリークカメラ内のレンズ結像系を反射結像系に置換し、更に発光点からストリークカメラまでの像転送もレンズ光学系から反射光学系に変更することで色収差の影響を消去した。その結果、バンドパスフィルタによる光量の極端な減少という問題は回避され、計測が容易になった。また、光量の影響についてはパルス幅が既知で安定しているレーザーを用いた。その結果、ストリークカメラにとって計測範囲内の(飽和していない)光量であっても、空間電荷効果の影響は存在することを確認した。

 以上のような結果から、ストリークカメラの性能(時間分解能の公称値200fs)を精度良く達成するための知見が得られた。

(2)遠赤外マイケルソン干渉計による計測システムの構築および精度評価

 ピコ秒以下の電子パルスを計測するために最適化されたマイケルソン干渉計を設計・製作し、これを用いてサブピコ秒およびピコ秒の電子パルスを計測した。本手法では、電子パルスがアルミ箔などの誘電体中を通過する際に発せられる遷移放射の遠赤外成分(コヒーレント成分)の自己相関からパルス幅を導出する。自己相関からスペクトルを解析し、これと1電子の放射するスペクトルとを比較することで、パルス幅が導出できる。

 実験においては、650fsおよび1.8psの2種類のパルスを用い、ストリークカメラでも計測して両者の結果を比較した。その結果、20%以内の誤差で両者が一致する結果を得た。また、これらの一致が得られるためには電荷量計測、横方向パルス分布測定および光学アライメントが精度良く行われることが必須条件であることを指摘した。半値幅650fsの電子パルスを用いて実験的にこれらの影響を調べた結果、電荷量が5%の誤差で計測されるとパルス幅の誤差100fsを生み、電子パルスの横方向分布を考慮しない時も100fs長く計測されてしまうことを示した。光学アライメントの影響に関しては、放射体(アルミ箔)の角度を1度ずらしただけで解析不能になる可能性も示唆した。

 また、誘電休の近傍を通過する際に発せられる回折放射も計測に用いられ、遷移放射と同様、計測に利用可能であることを確認し、非破壊計測が可能であることを示した。

(3)10チャンネルポリクロメ一夕による計測および精度評価

 lOチャンネルポリクロメータ(東北大学・近藤泰洋氏製作)を用いてパルス幅の計測を行った。当装置ではコヒーレント放射のスペクトルを直接計測するため、パルス幅の導出がショット毎にできるという長所を持つ。一方、10チャンネルという情報量の少なさ、および遠赤外光を扱う困難さから、パルス幅の導出・性能評価は過去にほとんど例がなかった。

 実験では、ストリークカメラおよびマイケルソン干渉計でも同時に計測を行った。その結果、3者が20%の誤差で一致する結果を取得し、シングルショット計測が可能であることを示した。ただし、上記(2)で指摘されたような誤差要因は依然注意が必要であり、やはり10チャンネルという情報量の少なさが検討課題であることも判明した。

(4)フラクチュエーション法による計測

 フラクチュエーション法を用いた計測について実験および数値解析を行い、その特徴について議論した。本手法は上記2手法と異なり、インコヒーレント放射に理論上含まれる統計的揺らぎ(ノイズ)を用いて計測を行う。揺らぎには時間領域の揺らぎ(パルス全体の光量の揺らぎ)と周波数領域の揺らぎ(スペクトルの揺らぎ)があり、それぞれからパルス幅を導出することができる。

 35MeVライナックおよび18MeVライナックで発生されるパルスを用いて揺らぎの測定を行った。その結果、ストリークカメラでは1.5ps、1.0psと計測されたパルスは、フラクチュエーション法ではそれぞれ30ps、4.5psと解析された。この不一致は電子パルスの横方向分布の影響であると考えられる。つまり、横方向分布が有意に大きい場合、空間コヒーレンスの影響が無視できなくなり、揺らぎが抑制されてしまうことが予想され、この効果を2次元・3次元コードで確認した。計算では電子に横方向分布および角度分布を持たせ、これにより揺らぎの変化を観測した。その結果、予想通りに横方向分布・角度分布の増大に従って揺らぎが抑制された。したがって、本手法はエミッタンスの小さな加速器にとって有効であることが判明した。

(5)放射を用いた計測法に関する理論的考察

 上記(1)〜(4)で示された4手法について理論的にまとめた。4手法は、それぞれ使用する放射も異なり、計測原理も独立に発展してきた。しかし、放射を用いているという点で共通性がある。そこで、コヒーレント/インコヒーレントの両放射を含む理論を展開し、4手法を総括的に理解するための知見を与えた。具体的には、放射電場の1次相関に着目し、コヒーレント放射を用いた計測手法は自己1次相関関数、インコヒーレント放射を用いた手法は2次相関関数であると解釈することで、理論体系が構築できることを示した。これにより、コヒーレント放射ではパルス幅と周波数の相対関係の1次相関、インコヒーレント放射ではパルス幅と周波数幅の相対関係の2次相関が重要であることが明確になった。

(6)フェムト秒電子・レーザー高精度同期システムの構築

 フェムト秒電子・レーザーパルス高精度同期システムを構築し、その性能評価を通してシステム向上を図った。まず、初期同期システムを構築した。この時の時間ジッターは3.7ps(rms)であり、研究の結果、電子ライナックにおいてはクライストロン、レーザーにおいてはオシレータが支配的なジッター源であることが判明した。そこで、新たなクライストロンおよび受動モード同期オシレータを導入した。最終的には、330fs(rms、ただし長時間ドリフトを除く)という良好な結果を得ることができ、同時に同期制御における重要な知見を得ることができた。

 以上の研究成果に示す通り、4手法の総合的な評価を通してフェムト秒電子パルス計測手法に関する重要な知見を得た。その結果、フェムト秒ストリークカメラの計測範囲内ではやはりストリークカメラが最も有用な装置であると結論づけた。しかしながら、ストリークカメラには明確な計測限界(200fs)があり、これを越えるような範囲では干渉計やポリクロメ一夕が有望である。フラクチュエーション法もエミッタンスの小さい加速器においては有望であると考えられる。また、本論の冒頭で述べた通り、ストリークカメラの計測範囲内であっても代替的な計測手法の開発の要求は強く、その意味でも重要な知見を得ることができた。これらの手法を理論的に総括したことも得られた知見の一つである。

 更に、極短パルスを同期制御するシステムの構築も行われ、現在このシステムは実際の応用実験に用いられている。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は2本の柱から構成されている。1つはフェムト秒に至る極短電子パルスの計測手法の確立・評価に関わる研究(以下、計測研究)であり、もう1つは同極短電子パルスの制御(特にタイミング制御)技術の改善に関わる研究(以下、制御研究)である。両研究は、本研究科附属の原子力工学研究施設ライナックにおいて行われている様々な応用研究のための基礎技術の開発研究とみなすことができる。

 計測研究では、フェムト秒ストリークカメラ、遠赤外マイケルソン干渉計、遠赤外ポリクロメータ、フラクチュエーション法の4手法を導入し、それらの性能等について詳細かつ網羅的な検討を行っていた。フェムト秒ストリークカメラに関する研究では、ストリークカメラの内部およびストリークカメラまでの結像に反射光学系を導入することで色収差を除去し、その効果について定量的に検討している点が評価できた。遠赤外マイケルソン干渉計および遠赤外ポリクロメータに関する研究では、サブピコ秒〜ピコ秒のパルスに対して計測を行い、更にストリークカメラとの比較計測によって、信頼性・性能等を詳細に検討している点に新規性が見られた。またこの際に、詳細な誤差抑制によって20%以内の誤差でストリークカメラによる計測結果と良好な一致を示したこと自体も研究成果として挙げられる。フラクチュエーション法の研究においては、3次元数値計算によって、電子パルスの横方向エミッタンスが本計測手法に与える影響について定量的に評価していた点に独自性が見られた。また、この定量的評価を通して当手法の適用範囲を示していた点も成果であった。以上に示すように各手法について詳細な検討を行い、最終的にはこれらを踏まえて4計測手法の性能について総括的な評価を与えていた。通常、電子パルス計測の分野では、各研究グループが多くとも2つの手法を導入して単独に性能を評価しており、4計測手法を総括的に評価した例は希有である。更に、評価に用いられたパルス幅はフェムト秒から数ピコ秒の範囲内であり、これは現在の極短電子パルス計測研究の中では十分に短い。また、各自独立に発展してきた計測理論を理論的に統合した点も特筆すべき本論文の成果である。以上を踏まえ、計測研究に関する結論として、フェムト秒に至る極短電子パルスを対象に4手法を総括的に評価し、このような極限測定には異なる物理に基づいた手法での相互比較検討の重要性を強調した点が本論文の特徴であり、当研究分野に重要な知見を与えられたと評価できる。また近い将来の10fsレベルの極短パルス源であるレーザープラズマカソードの計測については、遷移放射を使ってまずはストリークカメラで概略を把握し、ポリクロメータ、干渉法、フラクチュエーション法を順次トライし、比較検討する戦略も示した。またフラクチュエーション法については、18MeV程度のライナックでの実測の可能性の数値解析が示されたが、実証はまだであった。これは将来の計測科学への提言と捉えられる。

 制御研究では、上記電子パルスとフェムト秒レーザーパルスを同期制御するシステムを構築し、その性能を評価していた。システム全体の同期精度を評価し、更に全体の同期精度に支配的に寄与する要因を抽出・改良することで、逐次的にシステムの改善も行っていた。本制御研究の開始時の同期精度が3.7ps(rms)であったのに対し、最終的には330fs(rms、ただしドリフトを含まず)あるいは1.9ps(rms、ドリフト含)に改善されている。通常、同期制御研究の達成目標は使用されるパルス幅程度であることを考慮すると、330fsという値がその目標に達していることがわかる。現在、この制御システムが実際の応用研究に供されていることからも、その成果が見て取れる。

 本論文に示されている表現を引用すると、当加速器施設における3つの基礎研究「極短電子パルス発生」「同計測」「同制御」のうちの2テーマ「計測」および「制御」について、上記にまとめられるような理論体系を構築し、システマティックに4計測手法を定量的に性能評価を実施した意義は大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク