学位論文要旨



No 215445
著者(漢字) 大西,武士
著者(英字)
著者(カナ) オオニシ,タケシ
標題(和) メタノールを原料とする触媒反応の開発 : C1源としてのメタノールの利用
標題(洋)
報告番号 215445
報告番号 乙15445
学位授与日 2002.09.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15445号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 溝部,裕司
 東京大学 教授 荒木,孝二
 東京大学 教授 水野,哲孝
 東京大学 助教授 工藤,一秋
 東京大学 助教授 橋本,幸彦
内容要旨 要旨を表示する

 メタン,一酸化炭素,メタノールは主要なC1原料であり,天然ガス,石炭,重質油など種々の有機資源から誘導される。脱石油をめざす化学工業プロセスの原料転換への大きな流れとして,今後これらの利用技術が大きな役割を果たすと考えられる。そこでこれらを原料とし,目的とする化合物を合成するためには触媒技術の開発が必要である。特にメタノールは常温・常圧で液体のため取り扱いが容易であり,また合成ガスから比較的安価に供給されることから,メタノールをC1源として利用する新たな触媒技術の開発は重要であると考えられる。

 メタノールは汎用化学製品の一つであり,その反応性から以下のような化学製品の合成原料として利用されている。OH基交換をもとに炭素結合をつくりCn化合物を合成する反応,あるいはハロゲン化メチルやメチルアミンの合成,O-H結合切断を含むエーテル,エステル生成反応がある。

 本論文ではメタノールを利用した触媒反応に関して,3つのテーマで研究を行った。

(1)Ru(II)-Sn(II)クラスター触媒によるメタノールのみを原料とする酢酸合成

 メタノールのみを原料とし炭素一炭素結合をつくる新しい酢酸合成プロセスについて,反応機構を解明し,それをもとに高活性で選択性の高い触媒を調製する方法についての研究。

(2)Ru/モルデナイト触媒によるメタノールを使ったメラミンの選択的N-メチル化反応

 ゼオライト細孔を利用して生成物の制御を行い,部分的にN-メチル化したメラミンを選択的に合成。

(3)金属酸化物を触媒とするメタノールとアリルアルコールからの選択的3-メトキシ-1-プロパノール合成

 メタノールをプロトンとメトキシ基に活性化し,二重結合ヘアンチマルコフニコフ的に付加することにより3-メトキシ-1-プロパノールを選択的に合成。

 以上の転化反応について,メタノールの活性化とその利用について述べる。

(1)Ru(II)-Sn(II)クラスター触媒によるメタノールのみを原料とする酢酸合成

 酢酸は重要な汎用化学製品であり,主としてメタノールのカルボニル化(モンサント法)により合成されている。しかしこの方法には次のような問題点が指摘されている。(i)副原料であるCOを製造するために,付加的な設備・費用を必要とする。(ii)触媒として高価なRhを用いていること。(iii)助触媒として装置腐食性の高いヨウ化物を必要とし,プラントの設計・維持にコストがかかる。

 篠田らは新しいプロセスとして,Ru(II)-Sn(II)の直接結合をもつ異核クラスター錯体([Ru(SnCl3)5(PPh3)]3-)が液相均一系でメタノールのみを基質とし,酢酸(酢酸メチル)を一段で生成する触媒となることを見出した(Chem.Commun.,(1990)1511)。この反応はCOもヨウ化物も必要としない点で注目される。そこでこの新規な触媒反応の機構について詳細に検討するため,速度論的な解析を行った。

 Cl-イオンあるいはPPh3を添加すると,酢酸メチルの生成が抑制されギ酸メチルの生成が顕著になるが,メタノールの転化速度については前者では変わらないが後者では減少することがわかった。また両生成物の活性化エネルギーにはほとんど差がないことがわかった(約76kJ/mol)。13CO雰囲気で反応を行ったところ生成した酢酸メチルに13Cが取り込まれていないことから,この反応にはカルボニル化は含まれていないことがわかった。ホルムアルデヒドを基質とし反応を行い,Cl-イオン添加効果を調べたところ同様の傾向が見られた。しかし活性化エネルギーは酢酸メチル(27.9kJ/mol)とギ酸メチル(40.6kJ/mol)で差が見られた。この結果より,メタノールの脱水素によるホルムアルデヒド生成が律速段階で,その後共通の中間体からギ酸メチルと酢酸を生成するものと考えられる。Cl-イオン添加効果より,SnCl3-配位子からのCl-イオンの解離平衡が考えられる。それにより生じるSn上の空配位座が酢酸生成には必要であり,それが阻害されるとギ酸メチルが生成するものと思われる。またギ酸メチルを基質として与えると,酢酸メチルが生成することも確認された。この場合も同様にCl-イオン・PPh3添加により酢酸生成が阻害される。以上より想定される反応機構をスキーム1に示す。ギ酸メチルの異性化を考慮すると酢酸を生成するステップでは,RuとSn上に活性点ができ,多中心的な相互作用により,μ-カルボキシラート型の架橋構造を経て酢酸が生成すると考えられる(スキーム2)。

均一系での結果をもとに,活性を向上させるため担体上にRu-Sn種を担持して固気相系での反応を行った。Y型ゼオライトに[Ru(NH3)6]3+をイオン交換後SnCl2のメタノール溶液で処理した触媒によりメタノール転化反応を行ったところ,約50時間の誘導期を伴い,9.0%の定常活性を得た(200℃,触媒3.0g,W/F=1300g-cat h-1mol)。誘導期中の挙動を調べたところ,アンミン配位子の脱離とともに,SnCl2の拡散が起こり細孔内でRu-Sn結合が生成することがわかった。つまり調製段階では活性種が生成していないためSn/Ru比が0.2と小さくRu種が十分に利用されていないことがわかった。

 そこで本論文では,スーパーケージ内に効率良くRu-Sn種を形成することを目的とし,新たな調製法について検討した。前駆体のRU錯体を真空排気下で250℃まで0.4℃/minで昇温することでアンミン配位子を脱離しRu(O)/Yを調製した。その後塩素ガスで処理しRu-Cl種をつくり,さらにSnCl2処理を気相で行った。このように調製した触媒でメタノール転化反応をおこなったところ約40時間の誘導期を伴い,酢酸メチルが生成した(200℃,触媒1.0g,WF=1520g-cat h-1 mol)。酢酸メチル生成活性は塩素処理,SnCl2処理条件に依存し,最適条件では10.9%の活性を示し,200時間以上10%の活性を持続した。調製の各段階で触媒のキャラクタリゼーションを行ったところ,有効なRuの酸化数は2から3の間で,誘導期中にRum-Snn種が生成していることがわかった。この調製法によりスーパーケージ内にRu-Sn活性種を形成することで,比較的高活性で寿命も長い触媒を調製できることがわかった。

(2)Ru/モルデナイト触媒によるメタノールを使ったメラミンの選択的N-メチル化反応

 メラミン樹脂は硬度が高く,耐薬品製,耐水性に優れているものの,加工面での問題がある。しかしアミノ基を部分的にアルキル化することで,柔軟性が増すといわれていることから,効率的なメラミンのN-アルキル化反応の開発が望まれている。アルコールによるアルキル化反応を行う場合,メラミンと部分的にアルキル化したメラミンのアミノ基の反応性にほとんど差がないため,連続してアルキル化が進行し,モノ・ジ・トリアルキル体の混合物を与え選択性が低下する。そこでメラミンに近いサイズの細孔径をもつモルデナイト(0.65x0.70nm)を担体とし,[Ru(NH3)6]3+をイオン交換で導入後,真空排気下で250℃まで0.4℃/minで昇温し触媒を調製した(Ru/M)。反応はオートクレーブ中,懸濁系で行った。

 Ru/MおよびPd/Cによるメラミンのメチル化反応の結果を表1に示す。またメラミンとN-アルキル化メラミンのアミノ基の反応性が等しいと仮定した場合,転化率から計算される値をかっこ内に示した。Pd/C(細孔径1.75nm)では,Entry6に示すように生成物1,2,3の選択性は式(1)一(4)から予想される値とほとんど一致した。これは細孔径が大きいため,選択性があらわれなかったためと思われる。Entry1-3では,転化率が低いため3の生成はほとんど無視でき,1が少なく,2が統計分布からの計算値より大きいことがわかった。これは2→3の反応速度が1→2の反応速度よりおそいことを示している。またEntry4,5でメラミン転化率は100%であるが,2の生成がかなり見られ,3の生成がほとんどみられないことが特徴的である。

 Ru/モルデナイト触媒を用い細孔径を利用することで,メタノールを利用したメラミンのN-メチル化反応に選択性がみられ,トリメチル体の生成を抑制できることがわかった。

(3)金属酸化物を触媒とするメタノールとアリルアルコールからの選択的3-メトキシ-1-プロパノール合成

 3-メトキシ-1-プロパノールはリソグラフィー用洗浄剤,各種溶剤,また医農薬原料・可塑剤の製造中間体として重要な化合物であり,安価な合成法が求められている。そこで,比較的毒性の少ないメタノールとアリルアルコールを原料に,炭素二重結合への付加反応による合成法は有望なものと考えられる。しかしこの反応では,マルコフニコフ的に付加し2-メトキシ-1-プロパノールが生成することも考えられるが,この物質は毒性(催奇形性)があるため,選択的な反応条件が必要とされる。金属酸化物は酸点と塩基点をもち,アルコールをプロトンとアルコキシドに活性化し,二重結合への付加反応の触媒となることが知られている。ここでは金属酸化物とゼオライトを触媒とし液相懸濁系で反応を行った。

 アルゴンおよび水素雰囲気下で反応を行った結果を表2に示す。MgO,ZrO2,Al2O2については,3-メトキシ-1-プロパノールが主生成物として得られた(Entry1-3)。また2-メトキシ-1-プロパノールの生成はほとんどみられなかった。MgOが転化率,3-メトキシ-1-プロパノールヘの選択性ともに最も高く、SiO2はまったく活性を示さず(Entry4),ZrO2とAl2O2は中間的な性質を示した。

 次にMgOおよびゼオライトを用いて,水素下で反応を行った。MgOについては,選択性はアルゴン下より低下したものの,アリルアルコールの転化率は2倍以上になり3-メトキシ-1-プロパノールの生成量が増加した。またMgOを230℃に加熱し,水素気流下(120ml/min)で2時間処理したところ(Entry6),アリルアルコールの転化率はさらに増加し,3-メトキシ-1-プロパノールの生成は23.6%となった。しかし350℃で水素処理を行うと(Entry7),転化率・選択率ともに低下した。

 ゼオライトを用いると,同定できない副生成物が多数あるだけでなく,2-メトキシ-1-プロパノールが主生成物となった。ゼオライトなどの酸触媒では,2-メトキシ-1-プロパノールはCH3-CH+-CH2OHを経由し生成するものと考えられる。金属酸化物触媒で3-メトキシ-1-プロパノールが高選択的に生成するには,塩基点上でメトキシドイオンが生成することが重要なステップと考えられる。この反応ではメタノールがアンチマルコフニコフ的に付加していることを示すもので,興味深いと考えられる。

 MgO表面は主としてOH基で,これらが活性点であると思われるが,前処理温度600K以上では強い塩基点が部分的に生成する可能性がある。Entry7での350℃処理では部分的に脱水がおこり,強塩基点が生成している可能性がある。そのため基質や生成物の吸着が強すぎ,活性が低下したものと思われる。つまりこの反応では適度な塩基性が活性発現には重要であると考えられる。

 金属酸化物を触媒とし,アリルアルコールとメタノールから,3-メトキシ-1-プロパノールを選択的に合成することができた。活性の発現には適度な塩基性が必要であることがわかった。

スキーム1:メタノールからのギ酸メチルおよび酢酸生成の機構

スキーム2:ギ酸メチルの異性化の想定反応スキーム

表1:Ru/MおよびPd/C触媒を用いたメタノールによるメラミンのN-メチル化反応

表2:金属酸化物触媒によるアリルアルコールとメタノールの反応

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「メタノールを原料とする触媒反応の開発C1源としてのメタノールの利用」という題目で、メタン,一酸化炭素とともに主要なC1原料であるメタノールを利用する新たな触媒技術の開発に関する研究成果を全5章まとめたものである。脱石油をめざす化学工業プロセスの原料転換への大きな流れとして、今後これらの利用技術が大きな役割を果たすと考えられ,メタノールを原料として,目的とする化合物を合成するためには新たな触媒技術の開発が必要である。

 第一章(序章)では、COを利用したC1化学についてこれまでの研究例を示した後、COから容易に誘導されるメタノールの反応性に着目した触媒反応の開発の現状について述べている。メタノールの利用としては脱水素反応および炭素-炭素結合形成,そして-Me,-OMe基導入を基本とする反応設計が重要であると考えられるため、本論文ではこれらを基に均一系、および不均一系における触媒反応について説明している。

 第二章では酢酸合成の主流であるメタノールのカルボニル化法(モンサント法)に対し,その問題点を克服するプロセスの一つとして,Ru(II)-Sn(II)の直接結合をもつ異核クラスター触媒によるメタノールのみからの酢酸合成について述べている。本反応はCOおよびヨウ化物助触媒は不要であり,またRhより安価なRu,Snを触媒金属として用い,そして,非石油系資源(天然ガス)から容易に誘導されるメタノールのみを原料とするため,石油代替資源の利用という観点からも意義深いと考えられる。ここでは反応機構,および活性種に関する考察のため、速度論的な解析を行っている。この反応ではRu(II)だけでなくSn(II)上にも空配位座ができる必要があり,基質(中間体)と多中心的な相互作用をし,異性化が起こり酢酸が生成することを明らかにした。

 第三章では前章のRu(II)一Sn(II)クラスターを担体上に担持した固気相均一系での反応について述べている。Y型ゼオライトにイオン交換で担持したRu-Sn/Y触媒でもメタノールから酢酸への一段合成が可能であるため,均一系で選られた知見をもとに,ゼオライト細孔内にRu-Sn活性種を効率よく担持する方法について説明している。Ru-Clx種を細孔内に形成し,さらにSnC12を真空下で昇華させ,気相で処理する新しいRu-Sn種調製法を試み、その触媒の活性を評価した結果、比較的高活性で,高選択的に酢酸メチルを生成することを明らかにしている。また調製の各段階で触媒のキャラクタリゼーションを行い,有効なRuの酸化数は2から3の間で,誘導期中にRum-Sun種が生成していること、調製法によりスーパーケージ内にRu-Sn活性種を形成することで,比較的高活性で寿命も長い触媒を調製できることを明らかにしている。

 第四章ではRu/モルデナイト触媒によるメタノールを使ったメラミンの選択的N-メチル化反応について述べている。メラミン樹脂の加工面での問題改善のため、アミノ基を部分的なN-アルキル化反応の開発が望まれている。アルコールによるアルキル化反応を行う場合,メラミンと部分的にアルキル化したメラミンのアミノ基の反応性にほとんど差がないため,連続してアルキル化が進行し,モノ,ジ,トリアルキル体の混合物を与え選択性が低下する。ここではRuの脱水素(および水素化)とゼオライトの形状選択性を組み合わせた効果について説明している。モルデナイトにイオン交換でRuを担持した触媒を調製しメラミンのメチル化反応を行った結果、メラミンのN-メチル化反応に選択性がみられ,トリメチル体の生成を抑制できることを示している。ここでは遷移金属を細孔内に担持することで細孔構造による生成物の制御および活性サイトでの反応性を示し,選択的な反応が可能であることを明らかにしている。

 第五章では金属酸化物を触媒とするメタノールとアリルアルコールからの選択的3-メトキシ-1-プロパノール合成について述べている。3-メトキシ-1-プロパノールはリソグラフィー用洗浄剤,各種溶剤,また医農薬製造の中間体として重要な化合物であり,安価な合成法が求められている。そこで,比較的毒性の少ないメタノールとアリルアルコールを原料に,炭素二重結合への付加反応による合成法は有望なものと考えられる。金属酸化物は酸点と塩基点をもち,アルコールをプロトンとアルコキシドに活性化し,二重結合への付加反応の触媒となることが知られている。ここでは金属酸化物とゼオライトを触媒とし液相懸濁系で反応について述べている。

 MgO,ZrO2,Al2O2については,3-メトキシ-1-プロパノールが主生成物として得られ、なかでもMgOが転化率,3-メトキシ-1-プロパノールヘの選択性ともに最も高く、SiO2はまったく活性を示さず,ZrO2とAl2O3は中間的な性質を示すことを明らかにしている。この反応で金属酸化物触媒で3-メトキシ-1-プロパノールが高選択的に生成するには,塩基点上でメトキシドイオンが生成することが重要なステップと考えられ,アリルアルコールとメタノールから,3-メトキシ-1-プロパノールを選択的に合成することができ、活性の発現には適度な塩基性が必要であることを明らかにしている。

 以上のように、メタノールを利用した炭素一炭素結合生成、脱水素、メチル化、メトキシ化反応について、その機構、選択性に関して新たな知見を報告している。これらはメタノールを利用した合成反応の基本であり、その分野についての進展に寄与するものと考えられる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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