学位論文要旨



No 215456
著者(漢字) 名倉,泰三
著者(英字)
著者(カナ) ナグラ,タイゾウ
標題(和) ラフィノースの生理作用に関する研究
標題(洋)
報告番号 215456
報告番号 乙15456
学位授与日 2002.10.07
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15456号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上野川,修一
 東京大学 教授 清水,誠
 東京大学 教授 田之倉,優
 東京大学 助教授 伊藤,喜久治
 東京大学 助教授 八村,敏志
内容要旨 要旨を表示する

 ヒトを始め高等動物の腸内には、膨大な数と種類と細菌が生息している。これらの細菌群は腸内フローラと呼ばれ、宿主の健康に大きな影響を与えている。腸内フローラは摂取する食品成分の影響を受け変動する。Bifidobacteriumなどの腸内の有用細菌を選択的に増殖させ、宿主に有用な生理作用与える食品成分のことをプレバイオティクスと呼んでいる。代表的な例として難消化性オリゴ糖が挙げられる。本研究は、甜菜に含まれ製糖副産物として工業的生産が可能な難消化性3糖類ラフィノースに関して、腸内フローラに及ぼす影響を検討し、宿主に発現する生理作用を明らかにすることを目的とした。特に腸内フローラは宿主の腸管および全身免疫系を発達させるといわれており、ラフィノースのようなプレバイオティクスの摂取によって、宿主の免疫応答が変化するか研究を行った。

1.ラフィノースが腸内フローラに及ぼす作用

 成人に1日15gのラフィノースを投与した研究報告では、糞中Bifidobacteriumが増加するが、難消化性オリゴ糖の副作用として知られる浸透圧性の下痢を伴うことが明らかになっている。そこで下痢をおこさない少量の摂取によって腸内フローラがどのように変化するか検討した。健康成人10名が参加した投与試験では、1日3g以上のラフィノース摂取によって糞中Bifidobacteriumの菌数と占有率が有意に増加した。また投与量に依存してBifidobacteriumが増加した。一方それ以外の細菌の菌数変化は5g投与では認められなかった。

 ヒト腸内に生息するBifidobacterium属には数種類の菌種が存在するが、難消化性オリゴ糖のBifidobacterium増殖作用はこれまで属レベルの分類によって評価されていた。そこで生化学的菌種同定法により菌種レベルの変動についても解析した。6名の健康成人に対して、ラフィノース(Gal-Glu-Fru)を構成する2糖類メリビオース(Gal-Glu)を1日2〜8g投与した。成人の優勢菌種とされるB.adolescentis groupとB.longumは、被験者の糞便からも優勢菌種として検出され、メリビオースの投与によって両菌種は増加した。また成人では劣性菌種とされるB.bifidumやB.breveが検出された例では、それら菌種も増加した。以上のことからメリビオースは成人腸内Bifidobacteriumのいずれの菌種も増殖誘導することが明らかとなった。

 一方、実験動物(ラット)に5%ラフィノース添加飼料を与えた場合、ヒトと同様にBifidobacteriumの顕著な増加が観察されたが、ヒトと異なりPeptococaceaeやClostridiumの増加も認められた。これはラットではBifidobacteriumが優勢菌でないために、ラフィノースが他の腸内細菌の増殖に利用されやすいためと考えられる。

 腸内フローラの有害な一面として、有害物質の代謝があり、大腸癌などの疾患との関係が指摘されている。健康成人7名に1日5gのラフィノースを投与した試験では、糞中のBifidobacteriumが増加するとともに、アンモニアやインドールなどの有害物質濃度が有意に低下した。ラフィノース投与により有害物質を代謝する活性が腸内フローラ全体において変化する可能性が考えられた。

 腸内細菌は糖質からエネルギーを獲得する際に様々な有機酸を生成するが、その中には宿主に有用な作用を示すものがある。例えば、抗菌性や水吸収の促進(抗下痢作用)、結腸運動の亢進(便通促進)、結腸上皮細胞の酸化的エネルギー源、がん細胞の増殖阻害、脂質代謝の改善などの作用が示唆されている。しかしながら、ヒト腸内でラフィノースから生成する有機酸の多くは腸管で吸収されてしまうため、糞便成分からその特徴を知ることができなかった。そこで嫌気性ヒト糞便培養にラフィノースを接種し、培養液の有機酸を分析した結果、Bifidobacteriumが生成する酢酸や乳酸以外にも、酪酸やプロピオン酸などが増加した。

2.ラフィノースの保健効果

 ラフィノースから生成される有機酸の中で、酪酸とプロピオン酸には結腸の蠕動運動を亢進する作用が報告されている。そこで、ラフィノースを摂取した場合の生理効果として、便通に対する作用を検討した。1重盲検交差デザインにより32名の被験者に対して1日5gのラフィノースの投与試験を行った。その結果、排便頻度の少ない便秘傾向者の排便日数および回数が有意に増加したことから、ラフィノースは便通促進作用があることが明らかとなった。

3.ラフィノースの免疫応答に対する作用

 近年先進国ではアレルギー疾患が増加している。腸内フローラは免疫系の正常な発達に必要であり、アレルギーとの関わりについても関心が高まっている。我々はラフィノースの投与がアトピー性皮膚炎の改善に有効な例を認めた。アトピー性皮膚炎発症にはI型アレルギーが深く関わるとされている。そこで、ラフィノースがI型アレルギー発症に関連するTh1/Th2免疫応答さらにはIgE産生に対して、どのような作用を示すか検討した。実験には食品抗原の1つである卵白アルブミン(OVA)に対する特異的な不細胞抗原受容体を発現するトランスジェニックマウス(Tg)マウスを用いた。このマウスはOVAを経口投与することにより、抗原特異的なCD4+T細胞のTh1/Th2分化が誘導され、さらに長期投与ではIgEなどの抗体産生が誘導される特徴がある。

 OVA飼料を1週間給餌したTgマウスの脾臓、腸管膜リンパ節、パイエル板からそれぞれCD4+T細胞を調製し、これをin vitroで抗原再刺激した時に分泌されるサイトカインパターンによりTh1/Th2分化を評価した。その結果、あらかじめ5%ラフィノース添加飼料を与えた群では、腸管膜リンパ節由来のCD4+T細胞からのサイトカインパターンに有意な変化が認められた。すなわちTh2サイトカインであるIL-4産生が低下し、未感作T細胞、Th1細胞が産生するIL-2産生が増加した。一方Th1サイトカインであるIFN-γは変化しなかった。この結果から、ラフィノースの経口投与は未感作T細胞からTh2細胞への分化を抑制することが示唆された。

 Th2サイトカインはB細胞の抗体産生を誘導するが、特にIL-4はIgEクラスの産生を誘導する。Tgマウスに2%OVA添加水を長期間経口投与することで血中IgE上昇を誘導する試験系において、あらかじめラフィノース添加飼料与えた群では、コントロール群と比較するとOVA経口投与8週目の血中総IgE濃度が有意に低い値であった。

 また、抗原提示細胞が産生しTh1を誘導するIL-12にも注目した。5%ラフィノース飼料を与えたBALB/cマウスでは、コントロール食を与えた群と比較すると、腸管内の食品抗原や細菌を取り込み最初の免疫応答を誘導する場であるパイエル板の免疫細胞からのIL-12産生が有意に増加した。

 以上の結果からラフィノースは腸管あるいはその近傍の免疫系のTh1/Th2分化に影響を与え、それによってI型アレルギーに深く関与するIgE産生を抑制することが示唆された。また前述のパイエル板細胞の培養系にラフィノースを直接添加してもIL-12濃度に変化がなかったことから、本作用は腸内フローラなどを介した間接的な作用ではないかと考えられた。そこで、ラフィノース食によってTgマウスやBALB/cマウスの腸内フローラがどのように変化するか検討した結果、前述のヒトやラットと異なり、盲腸内容物からは、ラフィノースの投与の有無に関わらずBifidobacteriumは検出されなかった。またTgマウスでは有意な腸内細菌の変化は認められなかった。マウス腸内には培養困難な細菌種が多いことを考慮する必要があるが、ラフィノースを経口投与したマウスで観察した免疫応答の変化には、少なくともBifidobacteriumが関与しないことが明らかとなった。

 以上の研究により、ラフィノースを摂取した時のヒトや実験動物の腸内フローラや腸内代謝産物の変化が明らかとなった。また宿主に対する生理作用として排便習慣の改善に有効であった。さらには宿主の免疫応答にも影響し、食品抗原に対するTh2応答が抑制された。これに関与する腸内細菌種は不明であり、今後の課題となった。ラフィノースは、腸の健康のみならず、将来的にアレルギー疾患の予防などに利用できる可能性がある。

審査要旨 要旨を表示する

 ヒトを始めとする高等動物の腸内に生息する膨大な数と種類の細菌からなる腸内フローラは、宿主の健康状態に大きな影響を与えると考えられるが、その生態は複雑で、十分に解明されていない。一方、摂取する食べ物により、腸内フローラが変化することが知られているが、それによって細菌代謝がどのように変化し、宿主にどのような生理作用を与えるか明らかにすることは、食品による腸内フローラの制御と関連する疾患の予防など応用面において重要な研究課題として挙げられる。申請者は難消化性オリゴ糖の一つであるラフィノースを摂取した場合の、ヒトや実験動物の腸内フローラや細菌代謝の変化を解析し、これに関するヒトヘの保健効果として便通促進作用を明らかにした。また腸内細菌と密接な関係がある腸管と全身の免疫系の応答が、ラフィノースの摂取によって変化し、アレルギーに関する免疫応答が抑制されることを見いだした。本論文は、ラフィノースの腸内フローラと細菌代謝への影響、ラフィノースの保健効果、そしてラフィノースの免疫応答への影響に関する研究をまとめたもので4章からなっている。

 序論では、ラフィノースが甜菜からの製糖副産物として開発されるに至る産業上の背景について光を当て、ラフィノースの生理作用を考える上で重要な腸内フローラと免疫系の研究の状況を概観している。続く第一章では、ヒトおよび実験動物の腸内フローラとその代謝産物に与えるラフィノースの影響について述べられている。ここでは、ラフィノースをヒトに経口投与することで、腸内有用細菌のBifidobacteriumが増加し、ラットに投与した場合では本菌以外にもPeptococaceaeやClostridiumが増加することが示された。またヒトでは、腸内細菌が作るアンモニアやインドールなどの腸内の腐敗性物質が減少することが示された。またラフィノースはヒト糞便培養によって酢酸、プロピオン酸、酪酸、乳酸、コハク酸などの有機酸に代謝されたことから、ヒト腸内でBifidobacterium以外の腸内細菌によっても利用されていることが示された。

 第二章では、ラフィノースの保健効果について述べられている。一つ目には、プロピオン酸や酪酸の生成から期待される保健効果として、ラフィノースの便通促進効果がヒト臨床比較試験により明らかにされた。また二つ目には、アトピー性皮膚炎に対する効果であり、介入試験による限定的な結果であるが、症状を軽減する作用について示された。

 第一章および第二章では、いわゆるプレバイオティクスとしてのラフィノースの諸性質を示したものであるが、アトピー性皮膚炎症状に対する作用は、難消化性オリゴ糖としては新規なものであり、この作用機序を明らかにすべく第三章では、ラフィノースの免疫調節作用について検討されている。食品アレルギーモデル動物として報告されている卵白アルブミン特異的T細胞抗原レセプタートランスジェニックマウスに卵白飼料を投与する実験では、I型アレルギー発症に重要なIgEの血申上昇がラフィノースの経口投与により抑制されることが示された。またIgE産生を支持するTh2細胞由来のIL-4産生が腸管膜リンパ節で低下したことから、ラフィノースはTh2免疫応答を抑制することでIgE産生に影響することが示された。またBALB/cマウスでの実験で、Th2応答を抑制するTh1細胞を分化誘導するサイトカインであるIL-12が、ラフィノースを与えたマウスの小腸パイエル板で増加することが示された。これらの結果を基に、ラフィノースは腸管あるいはその近傍の免疫系のTh1/Th2分化に影響を与え、それによってI型アレルギーに深く関与するIgE産生が抑制されると考察されている。一方、どのような細菌種がラフィノースの免疫応答調節作用の発現を伸介しているのか明らかにするために、T細胞抗原レセプタートランスジェニックマウスにラフィノースを与えた場合の腸内フローラを解析したが、その変化は認められず、同定には至らなかったことが述べられている。

 第四章は総合的考察として、ラフィノースが誘導する腸内フローラと免疫応答の関係について、将来的な検討課題として培養困難な細菌種の解析の必要性について述べられている。

 以上、本論文は、ラフィノースの腸内フローラと細菌代謝への影響、ラフィノースの保健効果、そしてラフィノースの免疫応答への効果について明らかにしたもので、学術上,応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は,本論文が博士(農学)の学位論文として価値があるものと認めた。

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