学位論文要旨



No 215458
著者(漢字) 赤間,亮夫
著者(英字)
著者(カナ) アカマ,アキオ
標題(和) アカマツ苗における窒素の吸収、移動、貯蔵に関する研究
標題(洋)
報告番号 215458
報告番号 乙15458
学位授与日 2002.10.07
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15458号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 八木,久義
 東京大学 教授 井出,雄二
 東京大学 教授 丹下,健
 東京大学 助教授 小島,克己
 森林総合研究所 研究管理官 桜井,尚武
内容要旨 要旨を表示する

 植物の利用する窒素源は、主としてアンモニア態と硝酸態である。このうちいずれの形態をよく利用するかは、種によって異なっており、好アンモニア性植物や好硝酸性殖物といわれるものがあるが、多くの植物は好硝酸性と見られている。これは、一般に農耕地土壌ではpHの矯正が行われることが普通であり、土壌中でアンモニア態窒素が硝酸態に変化する硝酸化成作用が活発であることとも関連していると考えられる。しかし、森林土壌はpH矯正処理を受けない自然土壌であり、我が国のような湿潤な気候条件では、酸性化する傾向があるため、カルシウム、マグネシウム、カリウムなどの塩基類の不足をもたらすとともに、硝酸化成作用の低下をもたらす。すなわち、森林においてはアンモニア態窒素が重要な位置を占めていると考えられる。一方、我が国の主な造林樹種の中でも、アカマツはその適性pHの範囲が特に酸性側にある。このことは、アカマツの栄養特性が酸性条件に適応したものであり特にその窒素利用過程が特殊なものである可能性を持っている。

 本研究では、アカマツ苗において、窒素の同化過程を調べると同時に、窒素施用にともなって発生する栄養生理的反応を調べることにより、アカマツがアンモニア態窒素に対して、また、酸性条件に対して、どのように対応しているのか、ということを明らかにすることを目的とする。

 普通、野外に生育している場合、アカマツの根には外生の、また、スギの根には内生の菌根ができるが、水耕栽培苗には菌根ができないので、このことを利用して、硝酸還元酵素活性に菌根が関与しているかどうかを調べてみたところ、アカマツ、スギいずれにおいても、菌根の無い水耕栽培苗の根に硝酸還元酵素活性が見られた。また、アカマツの根について、窒素同化の入り口にあたるグルタミン合成酵素の活性が存在することを確認した。したがって、アカマツの根において、窒素同化の初期段階で硝酸還元酵素及びグルタミン合成酵素が関与していることが推定された。

 次に水耕栽培試験において、窒素源がアンモニア態と硝酸態の場合でアカマツの成長や栄養生理的反応がどのように異なるかを比較すると、成長量はアンモニア区の方が大きく、特に地上部の成長量が大きかった。窒素含有率はアンモニア区の方が高かったが、カルシウムとマグネシウムの含有率は硝酸区の方が高かった。

 窒素同化過程ではアミノ酸の動態が重要な位置を占めている。そこでアカマツの含有する遊離アミノ酸がどのような特色を持っているかを調べた結果、アカマツの当年葉の遊離アミノ酸は、グルタミン酸の仲間のものが多く、特にアンモニア態窒素を与えたものでは、グルタミンとアルギニンが多かった。

 土壌水分状態と窒素源を組み合わせて、窒素の同化過程を調べると、スギは、アンモニア態窒素も硝酸態窒素もよく吸収するようだが、いずれの窒素源でも、地上部の全窒素含有率は弱乾燥区よりも適潤区の方が高かった。これに対し、アカマツに対する土壌水分の違いは全窒素含有率には反映されていなかったが、窒素源としてはアンモニア態窒素を与えた方が高い含有率を示した。また、アカマツではカルシウム、マグネシウムなど金属元素の含有率は、スギよりも低かった。また、スギでは根のみならず地上部でも硝酸態窒素が検出された。これに対し、アカマツには、硝酸態窒素が与えられた場合でも、樹体内には硝酸態窒素は検出されなかった。

 硝酸還元のための還元剤は葉における光合成活動から供給される場合もあり、その場合は根から地上部に硝酸態窒素が転流しているので、窒素の転流形態を知ることは、硝酸還元の行われる部位を知る上でも重要である。樹液を分析することにより窒素の転流形態を調べたところ、スギでは硝酸態窒素が検出されたが、アカマツでは検出されなかった。したがって、アカマツではほとんど根で硝酸還元を行ってしまうと考えられた。また、多くの窒素はアミノ酸態として転流していたが、アカマツでは、グルタミンが転流形態の主体であると考えられた。

 窒素の同化過程の特徴を見るために窒素源をアンモニア態と硝酸態の2種類とし、それに通気と無通気を組み合わせて水耕栽培すると、アカマツは通気区が、スギは無通気区がよい成長を示した。また窒素源に関しては、アカマツはアンモニア区が、スギは硝酸区がややよい成長を示した。この苗の根に含まれる無機態窒素を調べると、アンモニア態窒素はいずれの処理区にも検出されるが、特にアカマツのアンモニアー通気区に多かった。硝酸態窒素はスギの硝酸区にのみ検出された。このようなことから、アカマツでは通気によってアンモニア態窒素の吸収が促進され、また、硝酸態窒素は吸収とほぼ同時に還元されることがわかった。さらに、この苗の根に含まれる遊離アミノ酸を調べたところ、無通気区でアラニンの含有率が高かった。アカマツの根では、TCA回路に依存するアミノ酸が主体のようであるが、アラニンの炭素骨格はピルビン酸であり、これは酸素を利用しない呼吸過程である解糖系から供給されると考えられる。アカマツでは根において呼吸によるエネルギーを用い、アンモニア態窒素の吸収や硝酸還元ばかりでなく、アミノ酸合成等を推進していると考えられた。

 15Nをトレーサーとして用いる土耕試験を行い、土壌中にアンモニア態と硝酸態の窒素が共存する場合にアンモニア態窒素の吸収の方が多くなることを認めた。

 苗畑における苗木に対する施肥試験では、樹体の窒素含有率には施肥の影響がみられたが、成長量への影響はあまり大きくはなかった。施肥効果が成長に現れにくかったのは、使用した苗畑の土壌pHが比較的高かったために、硝酸化成作用が強く働き、供給された窒素形態が硝酸態を主たるものとする状態になってしまって、利用されにくかったという可能性も考えられた。

 様々な樹種の葉に含まれる無機成分含有率を検討してみたところ、カルシウムとマグネシウムは樹種による差が大きかったが、その中でもアカマツはこの2元素に関しては、最も含有率が低い部類に属するようであった。

 以上のように、いろいろな条件においてアカマツは、硝酸態窒素よりもアンモニア態窒素をよく利用するようであるが、アンモニア態窒素の同化過程には呼吸系から供給される有機酸が深く関わって、すみやかに同化反応を進めているようであった。このような、呼吸に依存した窒素同化過程が、根で機能するということは、硝酸態窒素を地上部に運び、光エネルギーを利用して還元、同化する方法に比べると、効率の悪い経路であり、硝酸を主たる窒素源とすることができる状況にある植物にとっては必要性の低いものと考えられる。したがって逆に、このことはアカマツがアンモニア態窒素に適応しているということを間接的に指示していると考えられる。

 様々な条件で栽培されたアカマツ苗の樹体内で、ほとんど硝酸態窒素を見いだすことができなかった。硝酸態窒素は、アンモニア態とちがって、毒性も少なく、植物体内で比較的安定して存在することができるといわれており、植物体内を機動的に転流させて利用することができるが、アカマツはそのような硝酸態窒素を樹体内に保持しないため、その代償として、針葉や根などの部位に有機態の窒素を貯蔵し、必要に応じて分解、再合成を行っているようである。アカマツは塩基の乏しい環境で生育するため、塩基の随伴を必要とすると見られる硝酸態窒素を体内に保持しないことで対応していることが考えられる。

 アカマツでは自然状態でも針葉における塩基含有率が低いが、これはアカマツの窒素同化過程の特徴であるアンモニア態窒素をよく利用するということや、硝酸態窒素は吸収後速やかに還元してしまうということから導かれる結果ともみられ、このことに対応しているアカマツの地上部における塩基の要求量はきわめて低いものであると考えられる。むしろ塩基の乏しい森林土壌に生育する場合には、根に必要な塩基を確保することの方が重要である可能性がある。

 本研究により得られた知見は、土壌の酸性化が森林植物に及ぼす影響を考える際の基礎となる。

審査要旨 要旨を表示する

 化石燃料の大量消費にともない大気中に放出される窒素酸化物に起因する、窒素の過剰供給による森林生態系の養分バランスの崩れが森林衰退の原因の一つと指摘されるなど、近年、樹木の栄養生理学的特性に関する知見がより広い学問分野で求められている。日本の主要な造林樹種のひとつであるアカマツについてはこ硝酸態窒素に比較してアンモニア態窒素を施肥した場合に成長が良好であることが栽培実験によって明らかになっている。一方で、アカマツは、乾燥しがちで好気的であり、硝化活性が抑制され、アンモニア態窒素が優占した無機態窒素組成となる傾向が強い尾根〜斜面上部の造林樹種として知られており、無機態窒素の嗜好性との相関が認められているが、無機態窒素の形態によって樹体内における窒素代謝がどのように異なるのかなど、アカマツがなぜ乾性立地で良好な成長を示すのかについての栄養生理学的特性は全く明らかになっていない。

 本研究は、アカマツのアンモニア態窒素と硝酸態窒素を窒素源とした場合の無機態窒素の吸収・代謝や、窒素の貯蔵・再転流等の樹体内での窒素の動態を詳細に調べることによって、アカマツの自然環境下での生育を規定する栄養生理学的な特性を明らかにすることを目的としている。本論文の内容の概略は次のとおりである。 まず、施用する無機態窒素の形態を変えた栽培実験によって、アカマツはアンモニアを窒素源として施用した場合に成長が大きいなど好アンモニア性植物的な栄養生理特性を有するが、硝酸態窒素のみであっても生育可能であることを確認した。アンモニア態窒素を施用した場合でも、根に含まれるアンモニアは微少であり、吸収後すみやかにアミノ酸に同化されることが示唆された。

 硝酸態窒素を施用した場合、硝酸態窒素を吸収するものの、根や葉、また幹内の樹液流にも硝酸態窒素が検出されないことから、アカマツでは根で吸収した硝酸態窒素がすみやかにアミノ酸に還元されていることを明らかにした。また硝酸態窒素を施用すると、根において硝酸還元酵素活性が高まることを認め、樹体内での窒素の形態と符合することを示した。硝酸態窒素は毒性が低いために、好硝酸性植物では、吸収した硝酸態窒素を樹液流によって葉まで運んでからアミノ酸等に還元することが知られているが、アカマツはそれらと異なる窒素代謝特性を持っていることを明らかにした。

 次いで、根や葉、樹液に含まれる遊離アミノ酸の組成を、無機態窒素の施用条件や根系への酸素の供給条件によって比較し、施用する無機態窒素の形態にかかわらず、根と葉ではグルタミンとアルギニンが、樹液ではグルタミンがそれぞれ主要な遊離アミノ酸であるが、いずれもアンモニア態窒素施用区でより高濃度に含まれることを明らかにした。また根系への酸素供給を制限した条件下では、アンモニア態窒素を施用した場合には根のグルタミン濃度が低下しアラニン濃度が高まるが、遊離アミノ酸総量は減少すること、硝酸態窒素を施用した場合には根系への酸素供給状況によって遊離アミノ酸の組成や濃度に変化がみられないことを明らかにした。また、各処理区の苗の塩基性金属含量を定量し、アンモニア態窒素施用区でカルシウムの吸収が抑えられることを示唆する結果を得た。一方で、自然状態の樹木30種余を分析して、アカマツはカルシウム要求性が低い樹種であることを示し、好アンモニア性植物的な栄養生理特性とカルシウム要求性との関連について考察している。

 季節的な成長パターンが明瞭なアカマツの樹体内での窒素の動態を明らかにするために、安定同位体窒素を施用した栽培実験などを行い、前年までに展開していた針葉中の窒素が春先の成長期に減少し新たな器官形成に使われていることを明らかにし、葉の窒素貯蔵器官としての機能を示唆した。

 以上のように本論文は、好気的でアンモニア態窒素の優占する土壌条件において窒素を効率よく吸収するというアカマツの窒素利用特性や樹体内での窒素代謝の詳細を明らかにしたもので、植物栄養生理学的な面での高い学術的価値を有するだけではなく、種の生態的地位や分布特性等の森林生態系の種多様性維持に対する理解や、環境負荷の森林生態系への影響予測や森林生態系の健全性維持のための対策等の応用面でも非常に有益な知見を与えるものである。

 よって、審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文としてふさわしいものであると判断した。

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