学位論文要旨



No 215460
著者(漢字) 飯村,豊
著者(英字)
著者(カナ) イイムラ,ユタカ
標題(和) 集成材構造の技術的展開に関する研究
標題(洋)
報告番号 215460
報告番号 乙15460
学位授与日 2002.10.07
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15460号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 有馬,孝禮
 東京大学 教授 太田,正光
 東京大学 教授 小野,拡邦
 東京大学 助教授 佐藤,雅俊
 東京大学 助教授 安藤,直人
内容要旨 要旨を表示する

 わが国の構造用集成材を用いた建設は1960年代初めに最盛期を迎えた後、1970年代を通じて衰退が続く。しかし、1980年代になると復権の兆しが現われ始め、その後次第に普及が進んだ。今や構造用集成材は、鋼材や鉄筋コンクリートと肩を並べる建設資材として利用されている。構造用集成材を用いた建設が復権した背景には、集成材に使用する接着剤の品質改良を中心とする製造技術の進歩に加えて、本論文で述べる構造用集成材の利用技術の開発が大きな役害日を果たした。

 製造技術の進歩は、量産を目的とした工業化を促し、構造用集成材の品質向上とコストダウンにつながるとともに、製造に関する基準の標準化、および関連する諸法規の改正をもたらした。

 構造用集成材の利用技術については、従来より材料メーカが用意したモデル設計に基づいた利用技術に留まっていたものを、メーカが顧客である発注者に直接情報を提供し、また設計事務所にも設計協力、そして建設現場での施工にも関わるなど各工程からなる集成材構造全体のシステム化を推進し、集成材構造の利用技術を短期間のうちに日本市場に認知、浸透させ、構造用集成材の利用技術の発展を導いた。

 本研究開発の成果は、材料供給側が研究開発した生物資源から生産される材料の特性を生かす利用技術として建設業界の信頼を勝ち取り、集成材ドームをはじめ大規模の集成材構造や木橋などに展開していった。実際の建設プロジェクトを通じて蓄積された経験も加わって、現在の建設ニーズに適合する部材設計から現場施工に至る新しい集成材構造の建築技術体系の構築に大きく寄与した。

 本論文は、木質構造の一つとして在来軸組構法、枠組壁工法、木質パネル工法、丸太組工法などと同様に、集成材構造を体系立てて研究した初めての論文となった。

 本論文の構成は、構造用集成材と建築物を結ぶ利用技術の向上に1980年から取り組み、現在までに積み上げてきた成果を、「集成材構造の技術的展開に関する研究」としてまとめている。以下は論文を、既往の研究として、(1)集成材の歴史、および(2)集成材ドーム構造を取り上げ、そして本研究の成果である、(3)大規模集成材構造の部材設計と施工技術、(4)標準施工法と積算歩掛、および(5)木橋の六項目について要約したものである。

(1)集成材の歴史

 1893年に世界で初めての集成材建築物が、スイス国バーゼル歌曲大会用のオーデトリアムとして建設されるが、その背景には14世紀末から欧州にはハンマービームと呼ばれる積層材を使用した小屋組の建設例や18世紀には円弧アーチ積層材を使用した橋梁、19世紀には積層材を用いた鉄道施設や鉄道橋などの長年の建設実績があった。

 そして、米国に集成材技術が渡ったのは1900年頃である。1942年にはフェノール・レゾルシノール系樹脂接着剤が開発され、第二次大戦で活躍することになる海軍用掃海艇の部材に集成材が用いられる。フェノール・レゾルシノール系樹脂接着剤の研究の成功は、米国の木造全般、特に集成材構造の飛躍的な進歩ももたらした。その背景には接着剤の開発に加えてヘビィーティンバーの設計施工技術と豊な森林資源の存在がある。

 わが国で構造用集成材が構造材料として建築用途に用いられたのは、1951年東京都内に三ヒンジアーチを主に利用して建設された森林記念会館が最初である。その後構造用集成材を使用した建設は三ヒンジアーチ構造を主に発展する。しかし、その隆盛期は短く、建設市場でシェアを拡大しつつあった鉄骨造に押されて急減速し、70年代を通じて停滞が続く。

 米国でも集成材を用いた建設は景気後退から一時期衰退を経験している。米国および日本の衰退経験から、メーカにとって建設業界のニーズに対応していくことの重要さを学んだ筆者は、市場ニーズを的確に把握した上で、強度の高いベイマツ集成材の導入や通直材による新しい工法など、集成材構造の研究開発を進めていった。その結果、研究開発の成果は建設市場にそのまま適応され、短期間のうちに市場展開することができた。

(2)大規模集成材構造の部材設計と施工技術

 1980年代の大規模集成材構造は、鉄骨造や鉄筋コンクリート造と比べて実績がほとんどなく、設計法や施工法が確立されていなかった。海外と比較すると耐火性の評価が大幅に遅れるなど集成材構造は手付かず状態であった。筆者は、海外と比べわが国の遅れている現状を技術面から研究し、集成材構造に対する市場ニーズを調べた上で、集成材構造を取り巻くわが国の法規制等に適合させながら、欧米並のその地位を目指して利用技術の開発を進めた。

 先ず、筆者はコンピュータによる構造解析計算が可能になってきたことを活用して、集成材構造の構造解析を進めた。構造物の断面と曲げ弾性係数など必要な数字を入力すれば、応力と変形量が容易に計算でき、振動に対する動的解析などあらゆる外的荷重条件に対する計算を、鉄骨造と同じように可能にした。

 特に力を入れたのが、構造体の変形制御であった。アーチフレームなどの変形量をコンピュータ上でシミュレーションしながら断面設計と接合方法を研究し、2ヒンジアーチの開発など鉄骨造と同様に構造体の合理性を追求できるようにした。

 また、施工面でも経験と勘に頼った伝統木造技術とは別の部材の加工精度や建て方精度から得られたデータに基づき、大型建設機器を駆使する現代の鉄骨建築システムの施工技術も取り入れた集成材構造の施工技術を確立した。

(3)集成材ドーム

 わが国では飯塚五郎蔵設計の集成材建築物、「新潟県新発田厚生年金体育館(スパン35mの3ヒンジアーチ架構)」が1962年に建設されたのを最後に、20年以上にわたってそれを超える規模の集成材建築物は建設されなかった。

 筆者は、この間の技術的な空白を埋めるため海外の大規模集成材ドーム技術を導入し、大規模集成材ドームの設計法、集成材接合部の設計法、剛接合の実験法と評価法、曲率の大きな湾曲集成材の使い方、集成材接合部のプレファブ化、集成材構造の特徴を生かした無足場工法およびその施工精度、そしてコスト試算や集成材ドーム施設の利用法などについて、日本の建設環境に適合するように研究開発を進めた。構造用集成材がドームの構造材として適していることを立証するなど、わが国の集成材構造の可能性を広げることができた。同時に独自の大規模ドーム構造の設計・施工技術として技術的な展開もはかり香川県坂出市に建設された直径49mの「空海ドーム」など多くのドームの建設実績によって、日本市場における集成材建築物の多様性を示すことができた。木質構造の世界のみならず広く建築の設計者に刺激を与え、現在の集成材ドームの端緒を開いた。

 さらにはこうした施工法に基き集成材構造の特徴を生かした集成材構造の大規模化に取り組んだ。例えば、1988年に施工した名古屋市の「世界デザイン博覧会・外国館」では、延べ床面積11,016m2の大規模構造を、地上で組み立てた大型集成材パネルをクレーンで吊り起こす無足場工法を開発し、大規模集成材構造が工期やコスト面で鉄骨造と比較し有利となる可能性を明らかにした。

(4)標準施工法と積算歩掛

 コスト面で鉄骨造と競うには、施工コストの削減が必要であったが、現場熟練労働者の減少に伴う労務費の上昇で大型建設機械の導入が必須となった。また安全管理の徹底など、鉄骨造を取り巻く近代化の波に対応することも急務であったため、筆者はそれまでに経験・蓄積してきた施工技術を、鉄骨関係者および新たに集成材構造に取り組もうとする施工関係者の参考になるように標準的な工法としてまとめ、その工法に基づいた場合のコスト算出用に集成材構造の標準歩掛、設計条件によって変わる歩掛補正係数などを独自に研究し、積算根拠の基礎となる標準歩掛表として新たに提案した。

 それらは、1988年財団法人日本建築センターから出版された「大断面木造建築物設計施工マニュアル」の原案となった。さらに、10年後の1998年には、一部改訂した工法に関する部分が、財団法人公共建築協会から出版された「木造建築工事共通仕様書」に第6章の大断面木造工法工事として加えられた。

 本工法工事は鉄骨造や鉄筋コンクリート造と同等に公共建築物にも適用されるようになり、本研究が市場に受け入れられたことの証となった。

(5)木橋

 木材では品質確保が難しいとされる橋梁に挑んだ裏には、それまで木橋が建築の延長上で開発されていた国内状況にあって構造用集成材を土木構造物として木橋に応用できることを実証すれば、構造用集成材の利用拡大に結び付くとの目算があったからだ。土木の分野では性能設計の考え方をいち早く採用しており、比強度の面で鉄や鉄筋コンクリートより優れる材料であるベイマツ集成材やスギ集成材を用いた橋は、性能を担保すれば市場に受け入れられると予想された。建築の分野では材料を指定する仕様規定の基準を採用していたのに対して、土木では構造物の性能を本位にし、材料に拘らない別の基準が通用していたからだ。

 筆者の手掛けた初めての千葉県船橋市「鷹匠橋」は長期にわたって性能を担保するために、揺れ防止のためのターンバックル付きの鉄筋ブレス及び鋼製のダイアフラムを採用し、点検およびメンテナンス・チェックリストの導入をはかっている。

 また、建築では許可され難い、例えば、神奈川県大和市「緑のかけ橋」や広島県の「用倉大橋」での102mmシェアプレート金具、愛知県の「木精橋」でのドイツ製BVD接合具の採用、北海道岩見沢市の「千樹橋」での複合集成材のアラミド繊維補強集成材なども利用が可能となり、点検や維持管理方法も含めた新しい集成材橋という分野を切り開いた。

審査要旨 要旨を表示する

 わが国の構造用集成材を用いた建築物は1960年代初めに最盛期、1970年代の衰退を経て、1980年代になって復権の兆しが現われ、現在、多彩な用途に利用されるようになってきた。構造用集成材を用いた建築物の拡大を支えたものは集成材に使用する接着剤の品質改良を中心とする製造技術の進歩に加えて、構造用集成材を利用するための設計と施工技術の開発が大きな役割を果たした。本論文は、このようなわが国の集成材構造の技術的展開を体系立てて論述したもので、その構成は(1)集成材の歴史(2)集成材ドーム(3)大規模集成材構造の部材設計と施工技術(4)標準施工法と積算歩掛(5)木橋からなっている。

 世界初の集成材建築物は1893年にスイスで建設され、欧州から米国に集成材技術が渡ったのは1900年頃である。集成材構造の飛躍的な進歩はフェノール・レゾルシノール系樹脂接着剤の出現によるところが大きいが、ヘビィーティンバーの設計施工技術と豊富な森林資源の存在も一役買っている。わが国で構造用集成材が構造材料として建築用途に用いられたのは、主に3ヒンジアーチを利用して1951年東京都内に建設された森林記念会館が最初である。その後構造用集成材を使用した建設は3ヒンジアーチ構造を中心に発展する。ただ、隆盛期は短く、建設市場でシェアを拡大しつつあった鉄骨造に押されて急減速し、70年代を通じて停滞が続いた。構造用集成材の利用技術は従来、材料メーカが用意したモデル設計に基づいた利用技術に留まっていた。このようにわが国の集成材構造の衰退の一因が建設業界のニーズにメーカの対応が不十分であったことを明らかにした集成材の歴史に関係する分析結果が本論文の主題である技術開発の展開の起点になっている。

 1980年代の大規模集成材構造は、鉄骨造や鉄筋コンクリート造と比べて実績がほとんどなく、設計法や施工法が確立されていなかった。海外と比較すると耐火性の評価が大幅に遅れるなど集成材構造は手付かず状態であった。海外と比べわが国の遅れている現状を技術面、集成材構造に対する市場ニーズを調べた上で、集成材構造を取り巻くわが国の法規制等に適合させながら、集成材構造の構造解析を進めた。大規模集成材構造の部材設計として主要構成材料である集成材の断面と曲げ弾性係数など必要な数字を入力することで応力と変形量の計算を容易にし、振動に対する動的解析などあらゆる外的荷重条件に対する計算を、鉄骨造と同じように可能にした。特に構造体の変形制御についてアーチフレームなどの変形量をコンピュータ上でシミュレーションしながら断面設計と接合方法を明らかにし、2ヒンジアーチの開発など鉄骨造と同様に構造体の合理性を追求できるようにした。また、施工面では部材の加工精度や建て方精度から得られたデータに基づき、建設機器を駆使する現代の鉄骨建築システムの施工技術も取り入れた集成材構造の施工技術を確立した。

 わが国ではスパン35mの3ヒンジアーチ架構が1962年に建設されたのを最後に、20年以上にわたってそれを超える規模の集成材建築物は建設されなかった。この間の技術的な空白を埋めるため海外の大規模集成材ドーム技術を導入し、大規模集成材ドームの設計法、集成材接合部の謀計法、剛接合の実験法と評価法をわが国の法規、建築技術体系に適用できるような展開を試みた。また、曲率の大きな湾曲集成材の使い方、集成材接合部のプレファブ化、集成材構造の特徴を生かした工法およびその施工精度、コスト試算や集成材ドーム施設の利用法などについて、日本の建設環境に適合させ、わが国の集成材構造の可能性を広げるための整備を行った。同時に独自の大規模構造の設計・施工技術として技術的な展開もはかり、多くのドームの建設実績によって、日本市場における集成材建築物の多様性を示した。例えば、1988年に施工した名古屋市の「世界デザイン博覧会・外国館」では、延べ床面積11,016m2の大規模構造を、地上で組み立てた大型集成材パネルをクレーンで吊り起こす無足場工法を開発し、大規模集成材構造が工期やコスト面で鉄骨造と比較して有利となる可能性も明らかにした。

 コスト面で鉄骨造と競うには、施工コストの削減が必要であり、現場熟練労働者の減少に伴う労務費の上昇で建設機械の導入が必須となった。また安全管理の徹底など、鉄骨造を取り巻く近代化の波に対応することも急務であったため、施工技術を、鉄骨関係者および新たに集成材構造に取り組もうとする施工関係者の参考になるように標準的な工法としてまとめ、その工法に基づいた場合のコスト算出用に集成材構造の標準歩掛、設計条件によって変わる歩掛補正係数などを独自に整備し、積算根拠の基礎となる標準歩掛表として新たに提案した。

 上記した集成材建築物の技術展開を基礎として木材では品質確保が難しいとされる土木構造物へ利用として構造用集成材を木橋に応用することに注目した。その背景には性能設計の考え方をいち早く採用している土木の分野では比強度の面で鉄や鉄筋コンクリートより優れる材料であるベイマツ集成材やスギ集成材を用いた橋は、性能を担保すれば市場に受け入れられる可能性があった。長期にわたって性能を担保するために、揺れ防止のためのターンバックル付き鉄筋ブレス及び鋼製ダイアフラムを採用し、点検およびメンテナンス・チェックリストの導入をはかった。また、102mmシェアプレート金具やドイツ製BVD接合具、複合集成材のアラミド繊維補強集成材なども採用が可能となり、点検や維持管理方法も含めた新しい集成材橋という分野を切り開いた。

 このように一連の技術展開は集成材構造の工業化を促し、構造用集成材の品質向上とコストダウンにつながるとともに、製造に関する基準の標準化、および関連する諸法規の改正に少なからぬ影響をもたらした。現在の建設ニーズに適合する部材設計から現場施工に至る新しい集成材構造の建築技術体系の構築に大きく寄与した。

 以上本論文は集成材構造の技術的な展開を体系的に取りまとめたもので学術上、応用上貢献するところが大である。よって審査員一同は博士(農学)の学位を授与する価値があると認めた。

UTokyo Repositoryリンク