学位論文要旨



No 215462
著者(漢字) 永井,博文
著者(英字)
著者(カナ) ナガイ,ヒロフミ
標題(和) FGF-2の骨形成に及ぼす影響に関する実験病理学的研究
標題(洋)
報告番号 215462
報告番号 乙15462
学位授与日 2002.10.07
学位種別 論文博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 第15462号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 土井,邦雄
 東京大学 教授 林,良博
 東京大学 教授 吉川,泰弘
 東京大学 教授 佐々木,伸雄
 東京大学 助教授 中山,裕之
内容要旨 要旨を表示する

 塩基性線維芽細胞増殖因子(FGF-2)は強力な線維芽細胞増殖活性を示す生体内因子として発見されたFGFファミリーのプロトタイプの一つであり、主として中胚葉および神経外胚葉系細胞の増殖を強力に促進する。骨軟骨形成に関しては、in vitroの実験で、FGF-2は骨および軟骨系細胞の増殖を促進する一方、その分化に対しては主として抑制的に作用する事が知られている。また、軟骨無形成症患者の遺伝子解析および遺伝子変異マウスでの知見から、内因性FGF-2シグナルの骨格形成における重要性が指摘されている。しかし、外因性のFGF-2を全身投与した場合の骨形成に及ぼす影響およびその有用性については詳細な報告に乏しく、また、その形態変化の発現機序についても推測の域を出ていない。

 申請者はこれらの点を明らかにする目的で本研究を実施した。本論文は4章からなるが、以下に各章の要旨を記載する。

 第1章:FGF-2静脈内投与ラット骨組織の経時的形態学的検討

 FGF-2の0.3mg/kgを7日間静脈内投与した8週齢の雌性Jcl:Wistarラットについて、1、3、5および7回投与後ならびに投与終了7および14日後に、脛骨、大腿骨、腰椎、胸骨、肋骨および頭頂骨を採取し、組織学的に検査した。

 検査したいずれの骨組織においても同様の変化が観察された。1回投与後には、骨内膜面の骨芽細胞の骨髄側に未分化間葉系細胞の数層に及ぶ増殖がみられた。3回投与後には増殖した未分化間葉系細胞の骨芽細胞への分化および細胞増殖巣内の帯状の線維性骨形成が認められ、本細胞の骨形成能が示唆された。5から7回投与後には皮質骨骨内膜面に海面骨状の厚い線維性骨が形成され、その表面は肥大した骨芽細胞で覆われていた。投与終了7日後には新生骨表面には破骨細胞による骨吸収像が認められ、14日後には不規則な海綿骨は皮質骨に置換され、皮質骨幅の顕著な肥厚がみられた。観察期間を通じて、骨膜には明瞭な形態学的変化は認められなかった。

 以上の結果から、FGF-2のラットヘの静脈内投与は、骨髄内における未分化間葉系細胞の増殖とその骨芽細胞への分化を促進する事により、骨髄内に限局した骨形成を誘導する事が明らかとなった。投与により骨髄内に形成された海綿骨は、休薬後にはリモデリングにより皮質骨に置換され、投与終了14日後においても新生骨は残存することが示された。

 第2章:FGF-2静脈内投与ラットにおける骨形成の骨形態計測学的検討

 8週齢の雌性Jcl:Wistarラットを用い、FGF-2の0.1および0.3mg/kgを7日間静脈内投与した場合の骨形成に及ぼす影響について骨形態計測学的に検討した。

 0.1mg/kg投与ラットの脛骨近位成長板では、最終投与翌日において、その厚みに変化はなく、長軸方向の成長速度および軟骨細胞産生速度の増加が認められた。骨幹端二次海綿骨量は有意に増加した。骨幹中央部では骨内膜骨石灰化速度(MAR)および骨形成速度(BFR)、全骨量、全類骨量ならびに骨髄腔内骨量の増加が認められた。一方、骨膜においてはMARおよびBFRの低下が認められた。投与終了2週間後では、骨内膜および骨髄内に形成された類骨は完全に石灰化し、骨幹中央部での全骨石灰化骨量は有意な高値を示した。

 0.3mg/kg投与ラットでは、最終投与翌日において、有意な体重増加抑制、成長板軟骨・骨接合部および骨幹中央部骨内膜における石灰化障害がみられた。成長板幅には顕著な肥厚がみられ、長軸方向の成長速度、軟骨細胞産生速度、骨幹中央部骨内膜における標識面およびBFRが低下していた。しかしながら、投与終了2週間後にはこれらの変化はほぼ回復し、成長板における長軸方向の成長速度および軟骨細胞形成速度には反動現象と考えられる増加が認められた。

 以上の結果から、低用量(0.1mg/kg)のFGF-2投与は、骨形態計測学的には、海綿骨および皮質骨骨内膜における膜内骨形成ならびに成長板の内軟骨骨化を促進し、骨量増加作用を示す一方、軽度ながら骨膜骨形成を抑制することが明らかとなった。また、高用量(0.3mg/kg)投与では、膜内骨形成および内軟骨骨化ともに障害されるが、投与終了後に障害は回復し、結果として骨量の増加を来す事が示された。

 第3章:老齢ラットおよび低回転型骨減少症モデルマウスSAMP6におけるFGF-2の骨形成促進作用

 骨成長の低下した老齢ラットおよび骨内膜骨形成不全による低回転型骨粗鬆症モデルマウスであるSAMP6におけるFGF-2の骨形成促進作用について検討した。

 老齢ラットを用いた検討では、FGF-2の0.3mg/kgを2週間静脈内投与した71週齢の雌性Jcl:Wistarラットの脛骨、大腿骨、腰椎、胸骨および肋骨について組織学的に検査した。

 その結果、いずれの骨組織においても、骨髄内の骨内膜面に限局して顕著な海綿骨の形成が認められ、骨形成の低下した老齢ラットにおいても、若齢ラットと同様、骨内膜に限局した骨形成を誘導する事が明らかとなった。

 SAMP6を用いた検討では、5週齢時よりFGF-2の0.1および0.3mg/kgを7日間連続静脈内投与した場合の骨形成に及ぼす影響について骨形態計測学的に検討した。

 0.1mg/kg投与では、大腿骨遠位骨端成長板の各種形態計測値において有意な変化はなかった。骨形成の盛んな大腿骨遠位3分の1の骨幹部骨内膜ではMARおよびBFRの増加がみられた。一方、骨幹中央部では明らかな変化はなく、いずれの計測部位においても骨量の有意な増加は認められなかった。

 また、0.3mg/kg投与では、成長板幅の増大ならびに長軸方向の成長速度および軟骨細胞産生速度の減少が認められた。大腿骨遠位3分の1の骨幹部骨内膜ではBFRおよび骨髄骨量の有意な高値がみられたが、大腿骨骨幹中央部骨膜ではBFRの有意な低下が認められた。

 以上の成績から、FGF-2の低用量(0.1mg/kg)投与は、骨粗鬆モデルマウスであるSAMP6においても、骨内膜骨形成を亢進させることにより最大骨量を増加させ得る可能性が示された。しかしながら、その作用はラットに比較して弱く、本実験条件下では骨量増加作用を確認できなかった。また、高用量(0.3mg/kg)のFGF-2投与は内軟骨骨化および骨膜骨形成に対して阻害作用を示すことが明らかとなった。

 第4章:FGF-2静脈内投与ラットにおける内軟骨骨化障害の発現機序に関する免疫組織化学的検討

 FGF-2の内軟骨骨化障害機序を明らかにする目的で、8週齢の雌性Jcl:WistarラットにFGF-2の高用量(0.3mg/kg)を7日間静脈内投与した場合に観察される脛骨近位骨端成長板の変化について形態学的および免疫組織化学的に検討した。

 FGF-2投与ラット成長板は顕著に肥厚し、肥厚した成長板の大半は肥大軟骨細胞で占められていた。肥大軟骨最下層に位置する軟骨細胞は扁平化し、配列の乱れを示す部位が観察された。軟骨・骨接合部における破骨細胞数に著変は無かったが、肥大軟骨層への血管進入および破骨細胞による軟骨基質吸収は阻害され、成長板軟骨小柱と骨幹端一次海綿骨との連続性が失われていた。

 免疫組織化学的には、増殖細胞核抗原(PCNA)陽性増殖軟骨細胞数は明らかに増加し、X型コラーゲンの発現は維持されていたことから、軟骨細胞の増殖は促進され、その肥大軟骨細胞への分化も障害されていないことが明らかとなった。成長板軟骨細胞の最終分化マーカーであり強力な軟骨基質コラーゲン分解活性を有する3型コラゲナーゼ(MMP-13)は、対照動物では肥大軟骨層最下列の軟骨細胞で特異的に発現していたが、FGF-2投与ラットの内軟骨骨化障害を示す部位ではその発現がほぼ消失していた。

 以上の結果から、FGF-2は肥大軟骨細胞におけるMMP-13の発現低下を介して肥大軟骨層への血管侵入および軟骨基質吸収を阻害しているものと推察された。

 以上の本研究の成績から、FGF-2は骨芽細胞前駆細胞の増殖とその骨芽細胞への分化を促進することにより、骨内膜面に限局して骨形成を誘導するものと考えられた。同様の骨内膜骨形成促進作用は、骨成長の低下した老齢ラットでも認められた他、低回転型骨減少症モデルマウスであるSAMP6においても認められた事から、FGF-2投与が低回転型骨粗鬆症における骨量増加に寄与し得る可能性が示された。また、若齢ラットヘのFGF-2の低用量(0.1mg/kg)の静脈内投与は、骨内膜に限局して膜内骨形成を促進するとともに、内軟骨骨化を促進し、骨成長促進を示す可能性も示唆された。一方、休薬による回復性が期待できるものの、高用量投与(0.3mg/kg)では体重増加抑制に加えて内軟骨骨化および膜内骨形成を共に抑制する事から、全身投与による骨粗鬆症の予防あるいは治療薬としての応用には限界があると思われる。従って、FGF-2の骨軟骨形成促進作用を有効活用するためには、骨軟骨欠損治療のための局所投与など、その適用至適条件の検討が必要と考えられる。

 また、FGF-2投与によって生じる成長板の肥厚および内軟骨骨化障害は、FGF-2の軟骨細胞増殖促進作用に加えて、肥大軟骨層最下列の軟骨細胞におけるMMP-13の発現の抑制による軟骨層への血管侵入および破骨細胞による軟骨基質吸収阻害に起因した変化である可能性が示唆された。

 このように、本研究の成果は、外因性のFGF-2を全身投与した場合の骨形成に及ぼす影響の詳細を明らかにし、FGF-2の骨軟骨形成促進薬としての可能性を示したのみならず、FGF-2の過剰による内軟骨骨化障害の病理発生を考える上での基礎知見としても重要であると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 塩基性線維芽細胞増殖因子(FGF-2)は、骨および軟骨系培養細胞の増殖を促進する一方、その分化に対しては抑制的に作用する事が知られている。また、軟骨無形成症患者および遺伝子改変マウスでの知見から、FGF-2シグナルの骨格形成における重要性が指摘されている。本研究は、FGF-2を静脈内投与した場合の骨形成に及ぼす影響について、形態学的および形態計測学的検討を行ったものである。

 まず、FGF-2(0.3mg/kg)を7日間投与した若齢ラットの骨組織の経時的変化について形態学的に検討した。1回投与後には骨内膜面に未分化間葉系細胞の増殖が、3回投与後には細胞増殖巣内に帯状の線維性骨形成が認められた。5および7回投与後には骨内膜面に厚い海綿骨が形成され、投与終了7および14日後には海綿骨の緻密骨への置換による皮質骨幅の顕著な肥厚がみられた。

 次に、FGF-2(0.1または0.3mg/kg)を7日間投与した若齢ラットの骨組織について形態計測学的に検討した。0.1mg/kg投与ラットでは、成長板の内軟骨骨化促進、骨幹端海綿骨量の増加、骨幹部における骨内膜骨形成の促進および骨量の増加、骨膜の骨形成低下が認められた。一方、0.3mg/kg投与ラットでは、骨膜骨形成の低下に加えて、骨内膜における石灰化障害ならびに成長板の肥厚、長軸方向の成長速度の低下、軟骨細胞産生速度の低下が認められた。

 さらに、老齢ラットおよび低回転型骨粗鬆症モデルマウスであるSAMP6におけるFGF-2の骨形成促進作用について検討した。FGF-2(0.3mg/kg)を2週間投与した71週齢のラットの骨組織について組織学的に検査した結果、若齢ラットと同様に、骨内膜面に限局して顕著な海綿骨の形成が認められた。SAMP6を用いた検討では、5週齢時にFGF-2(0.1およまたは0.3mg/kg)を7日間投与し、骨形態計測学的に検査した。0.1mg/kg投与では、成長板に変化はなく、骨幹部骨内膜では骨形成の促進がみられたが、骨量の有意な増加はなかった。0.3mg/kg投与では、若齢ラットと同様の内軟骨骨化障害が認められた。骨幹部骨内膜では骨形成の促進および骨髄骨量の増加が認められたが、骨膜では骨形成の低下がみられた。

 最後に、若齢ラットおよびSAMP6でみられたFGF-2の高用量投与による内軟骨骨化障害機序を明らかにする目的で、若齢ラットにFGF-2(0.3mg/kg)を7日間投与し、成長板の変化について形態学的および免疫組織化学的に検討した。FGF-2投与ラットの肥厚した成長板の大半は肥大軟骨細胞で占められていた。成長板最下層の軟骨細胞は扁平化し、配列の乱れを示す部位が観察された。軟骨・骨接合部における破骨細胞数に変化はなかったが、肥大軟骨層への血管進入および破骨細胞による軟骨基質吸収は阻害され、成長板軟骨小柱と骨幹端一次海綿骨との連続性が失われていた。免疫組織化学的には、増殖細胞核抗原(PCNA)陽性細胞数は明らかに増加し、X型コラーゲンの発現は維持されていたことから、軟骨細胞の増殖は促進され、その肥大軟骨細胞への分化も障害されていないことが明らかとなった。成長板軟骨細胞の最終分化マーカーであり強力な軟骨基質コラーゲン分解活性を有する3型コラゲナーゼ(MMP-13)は、対照動物では肥大軟骨層最下列の軟骨細胞で特異的に発現していた。FGF-2投与ラットの内軟骨骨化障害を示す部位ではMMP-13の発現が消失していた。したがって、FGF-2は肥大軟骨細胞におけるMMP-13の発現低下を介して肥大軟骨層への血管侵入および軟骨基質吸収を阻害しているものと推察された。

 以上の成績から、FGF-2は骨髄間葉系細胞の増殖とその骨芽細胞への分化を促進することにより、骨内膜面に限局して骨形成を誘導するものと考えられた。同様の骨形成促進作用は、老齢ラットおよびSAMP6においても認められた事から、FGF-2投与が低回転型骨粗鬆症における骨量増加に寄与し得る可能性が示された。一方、FGF-2の高用量投与によって生じる内軟骨骨化障害は、FGF-2の軟骨細胞増殖促進作用に加えて、肥大軟骨層最下列の軟骨細胞におけるMMP-13の発現の抑制に起因した変化である可能性が示唆された。

 本研究の成果は、FGF-2を静脈内投与した場合の骨形成に及ぼす影響の詳細を明らかにし、FGF-2の骨軟骨形成促進薬としての可能性を示したのみならず、FGF-2シグナルの過剰による内軟骨骨化障害の病理発生を考える上での基礎知見としても重要であると考えられた。よって審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の学位論文に値するものと判定した。

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