学位論文要旨



No 215465
著者(漢字) 田村,伸夫
著者(英字)
著者(カナ) タムラ,ノブオ
標題(和) ファシリティマネジメントに立脚した建物性能の総合的評価手法の研究
標題(洋)
報告番号 215465
報告番号 乙15465
学位授与日 2002.10.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15465号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 松村,秀一
 東京大学 教授 坂本,功
 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 助教授 西出,和彦
 東京大学 助教授 野口,貴文
内容要旨 要旨を表示する

 この論文は、電気通信事業用・事務所用建物を対象としたファシリティマネジメント(FM)に使用する建物性能の総合的評価手法(以下「本評価手法」という。)の開発研究を内容とする。FMでは建物を経営資源の一つとみなし、その費用対効用が最大の状態を最適状態と考え、最適化(最適状態にすること)による経営改善への貢献を使命とする。最適化の形態は建替えや改修から用途変更や売却まで様々であり、性能評価結果に基づき建物毎に決定、される。またFMにおいては、建物の戦略・計画、取得、運営維持及び評価の各段階が一つのサイクルを構成すると考え、このサイクルをFMサイクルと呼ぶ。図1に、JFMA((杜)日本ファシリティマネジメント推進協議会)の提唱するFMサイクルを示す。本評価手法は、この図の評価段階において適用される。

 この論文は本編(序章、第1〜6章及び終章)及び資料編(資料-1〜3)により構成されている。

 以下、各章の順を追って、この論文の目的・方法・成果等を述べる。

I.本編

序章

 建物性能評価の社会的背景、国内の法制化の現状及び定着の阻害要因を検討し、続けて建物性能評価に関する国内外の既往の研究を調査した。最後に、本研究が評価の概念・項目・基準・視点・技法の新規性及び実証性・汎用性において独自性を有することを述べた。

第1章

 本研究に関わる建物性能評価の基本概念を検討した。特に、本評価手法の対象とする現用状態における性能評価の意味について考察し、他の性能評価の概念との関係や相違点を明らかにした。

第2章

 本評価手法を開発し、運用方針を策定した。開発に際しては、機能項目構成、性能評価基準及び総合性能の判定の3点を検討した。

(1)機能項目構成については、A(安全・信頼性)・B(快適・効率・利便性)・C(社会性)・D(資産性)の4階層を設定し、各階層毎に大(16項目)・中(41項目)・小(96項目)の3段階の機能項目を、ツリー構造状に相互独立的且つ網羅的に設定した。

(2)性能評価基準は、小項目単位に要求性能、みなし仕様及び性能判定方法の順に記述した。そして、現地調査等により小項目単位に付与する1〜3点の性能判定値を評価の起点とした。

(3)総合性能判定値は、AHP法により求めた寄与率を使用して前項の起点から順次上位の値を算定した結果としての階層毎の性能判定値と定義した。その場合、寄与率による加重平均法と、機能項目間の相乗・減殺効果を反映させるλ-ファジィ積分法とを検討し、後者を標準とした。総合性能判定値の運用に関しては、最適化施策の分類の考え方を図2の通り明らかにした。

第3章

 114棟の既存建物を対象として本評価手法を試行し、試行結果の考察による本評価手法の有効性評価及び問題点の確認を行なった。その結果、実用性、作業精度及び算定方法の有効性が確認されたが、機能項目の修正及び変数の決定プロセスの検証・明記の必要性が明らかになった。また、性能評価基準の検討不足により階層Dを試行対象外としたため、最適化分類が未達成となった。

第4章

 第3章で確認された問題点及び未達成の課題のすべてについて解決方法を検討し、本評価手法の改良を実施した。改良は、機能項目の移動・修正・削除、性能評価基準の修正及び基礎数値の確認・修正・決定過程明確化の3点について実施し、併せて改良の根拠や方針を明らかにした。

第5章

 第4章で改良した本評価手法を第3章の建物に適用して再試行し、改良効果の評価及び有効性の確認を行なった。その結果、改良内容の再試行結果への反映及び実用性の向上が確認された他、総項目数減少により現地調査稼働量が低減された。さらに階層Dの試行が実現し、最適化分類が図3の通り達成された。以上により、本評価手法の改良の有効性が確認された。

第6章

 本評価手法の適用条件及び適用領域の拡大を目的として、次の2つの手法を開発・提示した。

(1)構造を比較的忠実に保持しつつ本評価手法を簡素化するための原則及び調整手法を考案・適用して、機能項目数を圧縮した簡易項目表を開発し、併せて運用上の留意点を明らかにした。

(2)性能評価プロセスの定式化及び評価対象機能の記述方法の一般化を行ない、汎用的な建物機能一覧表を開発した。更にこれを9種類の代表的用途の建物に個別展開し、用途毎の機能項目表の原型となる一覧表を開発した。

終章

 この論文の目的に対する成果を次の通り確認した他、今後の課題及び将来展望を述べた。

(1)本評価手法の検証の結果、最大の目的である最適化分類が可能なことが確認され、有効性が立証された。

(2)本評価手法の有効性の立証により、電気通信事業用・事務所用建物を対象とするこの論文の主要目的が達成された。

(3)簡易項目表の開発により、時間的・経済的な制約が大きい場合においても本評価手法を準用できる見通しが得られ、本評価手法の活用機会が増大した。

(4)汎用的な建物機能一覧表の開発及び個別展開により、建物用途を問わず本評価手法を拡大・発展させ、社会的ストックとしての建物の利活用推進に貢献する途が拓かれた。

II.資料編

 資料-1・2に本評価手法(改良版)及び再試行結果を各々掲載した。また資料-3には、序章で調査した既往の研究以外の文献を、法令・基準と技術資料とに大別して掲載した。

図1:FMサイクル

図2:総合性能判定値に対応した最適化施策の分類

(注)横軸は狭義の性能を、縦軸は主として収益性を表わす。また、性能レベルは総合性能判定値の数字が小さくなるほど高くなる。

図3:再試行による最適化分類データの集計結果

審査要旨 要旨を表示する

 提出された学位請求論文「ファシリティマネジメントに立脚した建物性能の総合的評価手法の研究」は、電気通信事業用・事務用建物を対象とするファシリティマネジメントの重要な段階である評価段階において、有効に用いることのできる建物性能の総合的な評価の考え方とその具体的な方法を提案し、その実効性を検証した論文であり、全8章からなっている。

 序章では、先ず研究の主題である建物性能評価の社会的な背景、国内の法制化の現状及び定着の阻害要因等に触れた後、関連する国内外の既往研究のレヴューを行っている。そして、本研究における建物性能評価の概念、項目、基準、視点、技法を説明し、その新規性、独自性を明らかにしている。

 第1章「建物性能評価の基本概念」では、本研究に関わる建物性能評価の基本概念についての検討を行い、本研究の性能評価が建物を用いている段階の評価であるという特徴に注目しながら、開発する性能評価手法の枠組みと用語の定義を明らかにしている。

 第2章「性能評価手法の開発」では、前章の基本概念に基づき建物性能の総合的評価手法をその運用方針とともに具体的に開発、提案している。性能評価手法にとって重要な点が、機能項目構成、性能評価基準、総合性能の判定の3点であることを論じた後、先ず機能項目構成については、項目毎の相互独立性と項目抽出の網羅性を満たす方法として、安全・信頼性、快適・効率・利便性、社会性、資産性の4階層毎に3段階の機能項目を設定する方法を提案している。性能評価基準については、既往の建築学諸分野の知見に基づき小項目毎に要求性能、みなし仕様、性能判定法を提案している。更に、総合性能の判定に関しては、AHP法とλ-ファジー積分法を用いた階層毎の性能判定値の求め方を提案している。そして、最後に総合性能判定値の値に応じたファシリティマネジメントの最適化施策立案の考え方を明らかにしている。

 第3章「試行による性能評価手法の有効性評価」では、前章で提案した評価手法を114棟の既存建物に適用し、その有効性を検証している。具体的には、作業精度及び算定方法の有効性を明らかする一方で、機能項目の修正、変数の決定過程の吟味の必要性を明らかにしている。

 第4章「試行結果に基づく性能評価手法の改良」では、前章で明らかになった問題点について、改良の根拠を明示しつつ、機能項目の移動・修正・削除、性能評価基準の修正等の具体的な解決方法を示している。

 第5章「再試行による改良効果の評価」では、前章で改良された評価手法を再び第3章と同じ114棟の既存建物に適用し、改良内容の有効性を検証している。具体的には、実用性の向上と第2章で提案されたファシリティマネジメントの最適化施策立案過程の有効性を明らかにしている。

 第6章「性能評価手法の簡略化と一般化」では、第4章で完成した評価手法の適用範囲を拡大するための2つの手法を開発、提案している。一つは、評価手法の基本的な構造を保持しながら評価作業自体を簡便化するための原則と、その原則に従った機能項目数の削減であり、いま一つは、定式化した性能評価過程と一般的な建物における評価対象機能の記述方法である。

 終章では、前7章で開発、提案した性能評価手法とその有効性の検証の成果を確認、整理し、本論文の結論としている。

 以上、本論文は、これまでになかった既存建物性能の総合的評価手法を理論的に構築し、具体的に提案した上で、それがファシリティマネジメントにとって有効な形で適用できることを実証的に明らかにした論文であり、建築学の発展に寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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