学位論文要旨



No 215466
著者(漢字) 吽野,靖行
著者(英字)
著者(カナ) ウンノ,ヤスユキ
標題(和) 半導体露光装置光学系の偏光を考慮した結像解析
標題(洋)
報告番号 215466
報告番号 乙15466
学位授与日 2002.10.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15466号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 黒田,和男
 東京大学 教授 三尾,典克
 東京大学 助教授 志村,努
 東京大学 助教授 酒井,啓司
 東京大学 教授 渋谷,眞人
内容要旨 要旨を表示する

 半導体露光装置は,CPU,メモリ等の半導体素子を製造する際に,レチクルと呼ばれる原板上の回路パターンを半導体ウェハ上に転写する役割を有する.素子の高集積化に対応して回路パターンも年々微細化しており,最近では最小パターンサイズは100nm程度にまで至っている.光学系の解像度は,λを露光波長,NAを投影レンズの開口数としてλ/NAに比例するため,半導体業界ではこれまで,λを小さく,そしてNAを大きくする取り組みが行われてきた.そして現在では,λ=248nm(KrFエキシマレーザ),193nm(ArFエキシマレーザ)の光源とともにNA0.75〜0.8の光学系が用いられている.高NAで,しかも数十mm角の素子領域をほぼ無収差で結像する必要から,光学系は図1に示すように多数のエレメントから構成される.

 図1のような複雑な光学系で所望の解像度を実現するには,設計時の残存収差,製造誤差等の.影響を評価するために,シミュレーションによる結像特性解析が必須となる.そして従来は,電磁波である光を単一の振幅成分で近似したスカラー回折理論に基づいた計算が行われてきた.しかしながら近年,上に述べたような装置の高NA化,対象とする回路パターンの微細化によって,スカラー回折理論では対応できない偏光の影響が表面化しつつある.特に,高NA光学系において光束が大きな相対角度を有して干渉する際の偏光による干渉性の低下,光学系のレンズ材料に内在する微少な複屈折による偏光状態変化の影響が無視し得ない状況となっている.そこで本論文では,偏光を考慮して半導体露光装置光学系の結像特性を評価することが可能な式を導き,高NA及び複屈折が結像に及ぼす影響を系統的に解析することを目的とする.

結像式の導出

 まず,高NAと光学系内部の偏光状態変化の影響を同時に考慮することが可能な部分的コヒーレント結像式を導いた.複屈折による偏光状態変化をJones行列で表し,像空間における偏光状態の分布をJonesベクトルとして求めた.そして偏光状態分布をx,y,zの直交3成分に分解して各成分で独立に干渉を考えることにより,合計6個の像成分Iαβ(x,y)の和として全体の像強度分布を表した.成分Iαβ(x,y)は,β方向(β=x,y)の直線偏光照明に対して像空間ではα方向(α=x,y,z)の偏光成分として形成される像強度分布に対応する.つまり,x方向の直線偏光照明によってx,y,zの3成分からなる像強度分布が形成され,それとはインコヒーレントに,y方向の直線偏光照明によってx,y,zの3成分からなる像強度分布が形成される.

高NAの影響

 上で導出した結像式をもとに,一次元L/Sパターンに対する高NA光学系の結像特性を調べた.光学系内の偏光状態変化をゼロとして像形成時の干渉角度の影響のみを考慮するとともに,パターンからの回折光のうち0次,±1次光のみが結像に寄与する場合を考えて,像の強度分布を計12個の係数によって表す式を導いた.そして各係数をNAeff(レジスト内での干渉角度を表す実効NA),σ(照明光コヒーレンス),f(パターン空間周波数)の関数として計算することにより,像コントラストについて系統的な評価を行った.図2は,NAeff=0の像コントラストに対する相対値として規格化コントラスト年計算した結果を表す.スカラー近似からはNAeffによる像特性の差は現れず,解像度がλ/NAに比例するという従来の結論に至る.一方偏光を考慮すると,その影響はσには依存せずに,規格化コントラストの低下はNaeffの自乗,及びfの自乗に比例するという関係式が得られる.即ち,スカラー回折理論から求まる規格化コントラストをC(f,σ,λ/NA)とすれば,偏光を考慮した規格化コントラストはC(f,σ,λ/NA)(1-0.25f2NA2eff)によって表されることが分かった.

複屈折の影響

 λ=248,193nm領域のレンズ材料としては,ほぼ例外なくCaF2結晶と合成石英が用いられる.図3左はCaF2で観測されるランダム性の大きな複屈折分布をモデル化したものであり,図3右は石英で観測される光軸対称な複屈折分布をモデルレ化したものである.

 まずランダムモデルにおいて,乱数により各エレメント内の進相軸分布を決定し,多数のレンズデータに関する評価結果から得られる統計的な量として光学性能の変化を調べた.複屈折量はエレメント内で一定,そして光学系は統計的に独立な複屈折分布を有するK枚のエレメントから構成されるとして,5本バーL/Sパターンに対して複屈折ゼロの状態からの相対的な性能低下を像の規格化コントラストで表し数値計算を行った.その結果,規格化コントラストの平均に関する低下量は,図4に示すように各エレメント内で与えた複屈折量Bの自乗に比例し,光学系を構成するエレメント数Kに比例することが分かった.

 次に,光軸対祷モデルで半径の自乗に比例して複屈折量が増加すると仮定して,瞳関数から波面の特徴を解析するとともに,点像強度分布関数から複屈折の影響を受けた像の特性を解析した.直線偏光照明による波面は,Seide1収差領域で複屈折の大きさに比例する非点収差を有し,周辺部には位相の特異点が発生することが分かった.点像強度分布関数は,Lomme1関数及び0次のBesse1関数を用いて,複屈折量,デフォーカス量を変数として解析的に表せることが分かった.そして光軸対称複屈折モデルの一般的な特性として,Streh1強度の低下は各エレメント内の複屈折量Bの自乗に比例し,光学系を構成するエレメント数Kの自乗にも比例することが分かった.

 最後に2つのモデルから得られる複屈折量の許容値を示す.光学系が4cm厚のエレメントK枚から構成されるとして,規格化コントラスト,あるいはStreh1強度の低下をn%まで許すとすれば,エレメント数Kに対して許容される複屈折量Bの最大値は図5に示す関係として与えられる.典型的な例としてK=10,n=2%の場合,ランダムモデルに対する複屈折量許容値は1.3nm/cm,そして光軸対称モデルに対する許容値は0.38nm/cmとなり,光軸対称モデルで複屈折の影響がより顕著に現れることが分かった.

まとめ

 偏光を考慮して評価した結像性能は,従来のスカラー回折理論で得られる評価結果よりも常に低くなる.スカラー回折理論から予想される性能を1として,そこからの低劣化の度合いを表す式をまとめると,高NA干渉による像の劣化:1-O.25f2NA2eff ランダム複屈折による像の劣化:1-c1B2K 光軸対称複屈折による像の劣化:1-c2B2K2となる.C1,C2は光学系の構成に依存する定数である.

図1:投影光学系の構成例(Principles of lithography,SPIE press)

図2:規格化コントラストのNAeff依存性

図3:計算に用いた複屈折分布モデル

図4:ランダム複屈折分布が結像特性に及ぼす影響

図5:エレメント数と複屈折量許容値の関係

審査要旨 要旨を表示する

 20世紀後半を特徴付けるエレクトロニクス時代を支えてきたのは、半導体素子の大量生産を可能にする光リソグラフィー技術の着実な進歩である。最近の半導体露光装置光学系には露光領域数10mmにわたって100nmオーダーの解像性能が要求される。この性能を実現するため、紫外域エキシマーレーザーを光源とし、開口数(NA)0.6から0.7を超える光学系が用いられている。また、要求される解像性能を満たすため、結像系は数十枚のレンズ素子を配列した大型のものとなっている。このような高性能光学系の結像特性の解析では、従来のスカラー理論では不十分で、偏光を考慮したベクトル理論が不可欠となる。第1に、高NAの結像では、レンズの周縁部分を通過する光線は光軸に対し大きな交差角を持つため、光電場のベクトル性が無視できなくなる。第2に、光学材料に残存する応力分布に起因する複屈折が結像特性を劣化させる可能性がある。この効果は小さなものであるから、通常の光学系では問題にならない。ところが、最新の半導体露光装置では、極限的な結像性能を追及する結果、このような小さな効果も無視できなくなっているのである。本論文は、半導体露光装置光学系の設計上重要となる偏光を考慮した結像解析法を開発し、特に光学材料に残留する複屈折の影響を解析した結果をまとめたものである。

 本論文は7章から構成される。

 第1章は序論であり、研究の背景と論文構成の概略が述べられている。

 第2章は「従来の結像特性評価方法」と題し、従来の結像評価の元となる偏光を考慮しないスカラー回折理論に基づく評価方法を紹介している。ここでは、露光装置光学系をモデル化し、部分的コヒーレント照明下における従来の結像式を導き、解像の評価基準となる像コントラストを定義する。その後、従来法の問題点を指摘し、本研究に至る動機づけを与えている。

 第3章「偏光を考慮した結像式」では、光線に沿って偏光状態を追跡することにより、従来の光線追跡法を拡張し、偏光を考慮した結像式を導いている。始めに、光線に付随した座標系を定義し、屈折に伴う変換式を求めておく。この変換式には反射防止膜の偏光特性を含めることもできる。こうした準備の後、照明光の偏光状態を考慮して物体空間における初期偏光状態を決めれば、光線追跡により、像空間における電場分布が求まり、各偏光成分に対する結像式が得られる。結果は、照明光がそれぞれx方向、y方向に直線偏光している場合のベクトル点像分布関数のインコヒーレントな和で表された。

 第4章は「高NA結像における偏光の影響」と題し、光学系は理想的であるとして、ベクトル理論のスカラー理論からのずれを論じている。理想レンズを仮定し、フーリエ光学的な解析法を用い、周期回折格子を物体としたときの像のコントラストから解像性能を評価している。一般に偏光を考慮すると、スカラー理論に比べ解像性能は低下する。特に直線偏光で照明した場合、格子による回折方向が偏光方向に平行な場合に低下は著しく、一方、偏光が直交する場合、解像性能はスカラー理論とほとんど変わらない。非偏光照明の場合、スカラー理論を基準とした解像性能の相対的な低下率は、物体の空間周波数および結像系のNAのそれぞれの2乗に比例して低下するが、照明のコヒーレンスには依らないという結果が得られた。

 第5章と第6章は本論文の主要な部分である。第5章「ランダム複屈折分布による結像性能の低下」では、光学材料中にランダムに分布する残留応力による複屈折の効果を解析している。波長193nmのArFレーザー照明では、色消しのために石英ガラスと蛍石の2種類の光学材料が用いられる。蛍石は等軸晶系に属する結晶であるが、レンズの大きさ30cmにわたって完全な単結晶を成長するのは難しい。このため、応力分布が結晶内に残り、複屈折が誘起される。シミュレーションでは、複屈折の大きさや方向をランダムに分布させ、光線追跡を行い、解像性能を評価した。その結果、解像性能の低下は、複屈折の大きさの平均値の2乗に比例し、また、光学系のレンズ素子数に比例する。この数値計算結果は、複屈折が統計的に独立に分布するとして波面収差の大きさを平均2乗誤差で評価することにより理論的に確かめられた。この解析により、複屈折の許容量を評価している。

 第6章は「光軸対称複屈折分布による結像性能の低下」と題し、光学材料内部の応力分布が、中心軸に対し軸対称であるときの結像特性を評価している。レンズ素子内部の応力分布は製造過程に依存する。溶融石英の場合、溶かした材料を型に入れてガラス化するが、その型枠が軸対称であるため、でき上がったレンズ内に軸対称な応力分布が残存しやすくなる。このため、複屈折も軸対称な分布をもつことになる。進相軸が放射状に分布し、複屈折が中心からの距離の2乗に比例する場合に、点像強度分布関数を解析的に導出し、この影響を解析している。その結果、複屈折量がある大きさを超えると、波面収差に特異点が生じることが分かった。これは、波面の干渉計測により実験的にも確認された。また、複屈折量がある大きさを超えると、焦点位置に明部で囲まれた暗部が生じること、すなわち、光の空洞が作られるとい.う結果も得られた。以上の解析に基づき、収差の評価から、半導体露光装置に使うための複屈折の許容量を求めている。

 第7章「全体のまとめ」では本論文の内容をまとめ、複屈折による解像性能の低下が光学系の特性量を用い簡単な近似式で表されることを結論している。

 以上を要するに、本論文は、従来問題にならなかった光学材料中の応力分布に起因する複屈折が、最先端の半導体製造装置光学系において、無視できない影響を与えることを見出し、その効果を定量的に評価する方法を確立したものである。この成果は半導体製造装置の光学設計に活かされ、現代の半導体産業の進歩を支える基礎技術に貢献した。よって本論文は物理工学に対し寄与するところ大であり、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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